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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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68. 5日目⑥ 唯一の武器を奪われた

 一番大きな写真はアシュクロフト家の集合写真だった。これまでに紹介された親族の内、何人かは写っていないので、正確には集合写真とはいえないかもしれない。これが一番新しい写真らしく、最も鮮明に写っている。

 ヴィクトルとアシュクロフト氏も、私の見知った年格好をしていた。この二人とその両親が一緒に写っている写真はこの一枚しかない。


「ヴィクトルはお母さん似なんですね(Victor looks like his mother.)」


 この場にある中では最も画質がいいとはいえ、二十一世紀の画質とは比べようもない。荒く、白黒で、外国人の顔ということもあって、個々の写真で見ている間はピンと来なかったが、並べてみると一目瞭然だった。ヴィクトルが母親似で、アシュクロフト氏が父親似。


「ああ。私とヴィクターは似ていないだろう。前にも言ったかもしれないが、私とヴィクターには血の繋がりが無いんだ。今の母は父の後妻で、ヴィクターはその連れ子だからね」


 親が違うとは聞いていたが、そういうことか。言われてみれば、他の兄弟もヴィクトルとは似ていない。畏まったポーズで撮られた家族写真では関係性が分からないが、アシュクロフト氏とヴィクトルの距離感が妙に遠いのは、このあたりにも理由があるのかもしれない。


「ヴィクトルとお母さんは、離れた場所、暮らしてるんですよね? お茶会でのヴィクトルのお母さんとの会話は、本当に相槌するだけ、大丈夫ですか?(Victor and his mother have lived in separate places, right? Is it really okay that I will just nod when I talk to her?)」


 逆に言えば、この写真の中で唯一血の繋がりを感じる母親とは、もう少し距離が近くてもおかしくない気がした。そもそも貴族街と下町、全然違う環境で暮らしている親子が久々に会うのなら、積もる話もあるのではないだろうか? 社交シーズン以外は領地に戻るのが一般的なら、ヴィクトルのお母さんだって、別の季節にはルメインの外で暮らしているはずだ。


 私の言わんとすることが伝わったのか、アシュクロフト氏は補足した。


「母は、なんというか、よくしゃべる人でね。基本的には聞き役に回ることになるから、それほど心配しなくて良いよ。込み入った話になりそうなら、私が間に入って『また後日』という形でまとめよう」


 私は首を傾げた。


「……もしかして、ヴィクトルとお母さんって、仲悪い?(......Victor and his mother don't get along?)」

「仲が悪いというわけではないんだ。ヴィクターが元々寡黙な性格で、母がよくしゃべる性格だから、自然にそうなるというだけさ」


 そんなものだろうか? 母子関係のサンプルが自分と母しか無いので、よく分からない。


 そう言えばシュワード氏も、「ヴィクトルは口数が少ない」というようなことを言っていた気がする。今日の午前中の授業での話だ。


「……そのような質問は、ヴィクター様らしくありません」

『は?』


 ロールプレイで、ヴィクトルらしいふるまいを一通り教わった後のことだった。発音の時と違ってフィードバックがきちんとあるのが楽しく、どこが出来ていないのかを積極的に質問していた時、シュワード氏が妙なものを見る目で言ったのだ。


「そのように快活な方ではありません。いつも何かに怯えて、小さくなっているような方でした」


 発音の授業方針について、この時点ではシュワード氏と和解していなかった私は「だからなんだ、質問はやめないぞ、このやろう」と思った。同時に「そりゃこんな授業受けてたら、ヴィクトルだってそうなるでしょうよ」とも思った。


 実際は授業内容とは関係なく、単にヴィクトルがそういう性格だっただけなのかもしれない。そう言えばダニーも「ヴィクトルは臆病」だとか言っていた。


(シュワード氏のあのやり方じゃあ、相当な精神力が無いと皆怯える気もするけどね)


「ところで、アヤネ嬢。少し気になる話を聞いたのだが」


 そんな考え事をしているうちに、写真の紹介が一通り終わっていたようだ。しまった、全然話を聞いていなかった。説明してくれていたアシュクロフト氏には申し訳ないことをした。気を引き締めて、話の続きを待つ。


「アヤネ嬢は女性で間違いないのだね?」

「え? はい(Eh? Yes.)」


 急にどうしたんだろう? アシュクロフト氏はずっと私をレディ扱いしてくれるので、そこは了解しているものだと思っていた。


「そして君は、私の弟の肉体を使っている。つまり、外見的には男性だ」

「そうですね……?(Yes, I am......?)」


 アシュクロフト氏の表情からアルカイックスマイルが消えている。といって、怒っている風でもない。真剣に話そうとするあまり、表情が固くなっているだけと言う感じだ。一体どうしたのだろう?


「で、あれば、少々自重が必要ではないかな?」


 ちょっと何を言われているのか分からなかった。語彙的な問題の可能性を考えて簡単な言葉で言い直してもらったが、それでも分からない。自重とは? 行動を慎むべきということ。何の? 私の? 何を?


 ひたすらに疑問符を浮かべている私の顔を見て、アシュクロフト氏は白手袋に包まれた手で口元を押さえ、もごもごと口の中で言葉を転がしていた。言葉を選ぶ中で、「そうか、文化的な隔たりがある可能性も考慮に入れる必要があるか」とかなんとか聞こえた気がする。常に紳士の手本のようなふるまいをするこの人が、ここまで煮え切らない態度を取るのは珍しい。


「つまりだね。ユーリス卿は、華がある」

『はあ』


 どうして突然ユーリスの名前が出てきたのだろう? 何かと聞き間違えたかな?


「女性の君にとって、大変に魅力的なのは理解しよう」


 確かに美人ですよね、とは思ったが、理解の方向性がおかしな方に行っている気がする。真剣な表情で肩に手を添えられ、諭す構えでこちらを覗き込まれれば、訂正するタイミングは消えてしまった。


「君はまだ若い。心のままに動けないのは窮屈だと思うこともあるだろう。しかし……我が国では、同性同士というのは許されていないんだ」

『う、うん?』


 何の話だ?


「ヴィクターの名誉のために、今後は軽率な行動を控えてほしい」


 アシュクロフト氏に重々しく告げられ、私はどんな表情をしていいか分からなくなった。


 つまりあれだ。私がユーリスにアピールしているとか、モーションを掛けていると思われているらしい。男性の見た目のまま、男性であるユーリスに、恋愛的な意味で。セイヴェルの文化的に、外聞が悪いと指摘されている。どうしてそうなった。


「ヘレナから、君たちが昨日二人きりで部屋に籠り、服を乱していたと報告が」


 ああ、アシュクロフト氏もヴィクトルと同じくらい身長が高いんだなあ。私は束の間、明後日の方向に意識を飛ばした。


 昨日、ユーリスが倒れた時、介抱のために彼の服のボタンを緩めたっけなあ。その前に頭を痛がるユーリスが、頭を押さえて髪を乱していたのも見た。ヘレナが来る前に服装を軽く整えていたけれど、全部は直せていなかっただろうなあ。あの部屋には鏡も見当たらなかったし。


 全ての誤解を解くには、ユーリスが昨日倒れたことから説明しなければならない。そして私は、ユーリスが倒れたことを誰にも言わないようにと固く言い含められている。軽めの脅し付きでだ。言えば何か、とてつもなく困ることになるらしい。それが何かは知らないが。


「…………」


 私は、小さな頃から弁の立つ子供だった。


 複数の客観的な事実を順序立てて組み立て、人を説得するのは得意な方。しかしながら、説得材料を端から根こそぎ奪われて、一体何が出来るだろうか。


 万事休すである。


 私は大きく息を吸い、この場で唯一許された、説得力のない反論を口にした。


「誤解ですから!!!!!(That's a misunderstanding!!!!!)」

次回は異世界5日目のメモのため、8/12(水)8時ごろ更新します。

その後は通常通り月・金の更新になります。

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