6. 1日目⑥ 中央広場とセイヴェル料理
大通りに沿って進み、馬車の間を縫って横断していく。先導されるまま道を曲がると、トラムの線路から逸れ、店がたくさん並んでいる道に出た。
行きかう人々の談笑の声が街の音になっている。どこか遠くの方で金属がぶつかっているような音がする。行列のできているお店。馬の足音。車輪の回る音。店員が注文を取る声。
もう一つ角を曲がると、一気に視界が開けた。
「ここが中央広場です」
中央広場はこれまで歩いてきた中で一番活気のある場所だった。
今いる場所の付近にはテラス席のたくさんあるカジュアルなレストラン(ブラッスリーと言うらしい)が軒を連ね、あふれんばかりの商品を表に飾った雑貨屋の店員がセールストークを繰り広げている。いくつも窓がついた、どっしりとした四角い建物が広場の端にも、そこにつながる道の向こうにも見える。ところどころで大道芸人が芸を披露しており、足を止めた観客が拍手をしたり、演者の足元に置かれた帽子にチップを投げ入れたりしていた。
広場の反対側には教会と、何かのレリーフを掲げた権威的な建物が連なっており、それらを分断する一番大きな道の奥にぼんやりと王城が見えた。通りから入ってきた馬車が広場の外周をゆったりと進んでいく。
「ここでちょっと待ってればトラムが見れるんすけど」
少し中央の方を見れば、広場を縦断する形で石畳がくぼんでおり、トラムの線路が通っているのが分かった。それを目で追っていくと、広場につながる道のうち、最も広い通りに駅があるのが見える。
トラム駅周辺には乗車待ちしている人の他に、駅とは関係ない場所で待機している人もちらほら見える。線路の先を熱心に眺めては興奮気味に囁き合っているのを見るに、ダニーと同じくトラム自体に興味のある人がたくさんいるのだろう。子供の姿も多い。
広場の中央には大きなモニュメントがあった。その周りは背の低い生垣でぐるりと囲まれていて、人がいない。対照的にモニュメントを見守るように配置された花壇には、縁の石部分に腰かけて談笑する人たちが大勢いて、ちょっとした常識のギャップを感じた。
(日本ではあんまり見ない気がする。いや、お祭りの時には花壇に座る人もいるかな?)
これがセイヴェルの国民性なら、あのモニュメント周りの生垣は「ここに座るな」という無言のメッセージなのかもしれない。
駅に並ぶ人も足早に歩いていく人も、女性はお姫様みたいなロングスカートのドレスで、エスコートしている紳士は結婚式でしか見ないような首元の詰まったスーツ。結婚式と違うのは、どちらも普段使いのくたびれ感があることだ。
(そうか、この人たちにとってフォーマルなドレスもスーツも「普段着」なんだ)
馬車だって別にかしこまったものじゃない。車輪から跳ねた泥で車体は汚れているし、御者も小さい頃見たシンデレラのアニメ映画みたいに着飾って胸を張ったりしていない。道の端っこで止まっている馬車に繋がれた馬は退屈そう。あたりに信号が見当たらないのは、それが必要ないほどゆっくり進むのがこの国の交通の常識ということなのだろう。
『おもしろーい……』
「なにが? まだトラム来てないぜ」
『あー、いや。トラムを見るのはいいんだけどさ、あたしたち、早く魔術師ギルドに行かないといけないんじゃないの?』
「いいんじゃん? 別に約束とかしてねーし」
「トンプソンさんがいつまで居るか聞いとけばよかったっすね」
「俺はあのおっさんに会いたくねーし! ねー、それより腹減った! アヤネー、あのソルビ買ってくれよ」
『ソルビ?』
「おい馬鹿、ダニー!」
ダニーが指さした先には移動式のフードスタンドがあった。「Solbe」と看板が出ていて、その横にメニュー表が並んでいる。ショーケースに並んでいるのは、固めのクレープのような生地に野菜や肉などの具材をいっぱいに挟んだ軽食だった。
『あれ、ソルビっていうの? 初めて聞く名前だわ』
「ああ、ソルビはセイヴェル料理で、ひょっとしたら外国では見ないのかもしれないっすね。……つーかダニー! アヤネにたかるんじゃねえ!」
「痛って! いーじゃん、ヴィクトルは買ってくれたぜ」
「余計に駄目なんだよ!」
私はギルの必死な様子に首を傾げつつ、目の前のソルビスタンドをしげしげと観察した。
ちょうど目の前で、購入した客がソルビを受け取るところだった。袋状の油紙に包まれていることから、食べ歩きを想定した軽食なのだろう。メニュー表のトップに記載されている商品は3.5gk、下に行くほど高くなって、一番高いのが5.5gk。
gkがセイヴェルの通貨単位なのだろうが、読みすら知らない私にはこれが高いのか安いのか分からなかった。
「やあ、魔術師のにいちゃん。そっちは弟さんたちかな? しっかり手ぇつないで仲良しだねえ。どうだい、兄弟三人分買ってくれたら、女房のクッキーをおまけに付けてやるよ。本当はおじちゃんのおやつなんだけどな。はっは!」
他に客が居なくて暇だったのか、屋台の中から店主が話しかけてきた。私には五割くらいしか聞き取れなかったが、多分、買ったらクッキーをおまけにくれると言っているのだろう。
「いや、俺たちは……」
『ギル、せっかくだから買って食べない? あたしもお腹空いちゃったし、セイヴェル料理を食べてみたいからさ』
「俺ら、金持ってないんすよ」
『あたしが払うって。別に高いものじゃないんでしょ?』
私というかヴィクトルのお金だが。まあ、勝手に呼び出されたのだしちょっと多めに食費を貰ってもばちは当たらないだろう。
「やりー! 俺、ハムのやつにするー!」
『あたしはチーズときのこのやつにしよっかな。ギルはどうする?』
「俺は……」
「ギルはこの肉のやつにしよーぜ! ちゃんと三つ買って、おっちゃんのおやつを減らしてやんねーとな!」
「はっはっは、おじちゃんの腹がこれ以上育たないように協力してくれんのか? 賢いいい子じゃねえか」
ギルが言いよどんでいるうちにダニーがサクサクと注文を終え、手持ちのヴィクトルの鞄から財布を取り出して会計を済ませてしまった。貨幣の種類も分からない私にとってはありがたいことだ。
『ギール! 気にしないで食べてよ。あの朝ご飯だけじゃ足りないでしょ? 今日の案内のお礼ってことでさ』
実際、ヴィクトルの大きな体はあの質素な朝ご飯だけでは足りなかったらしく、軽めのめまいを感じ始めていた。成長期のギルならばもっと足りないだろう。
「ギル、アヤネ! こっちで座って食べよー! トラムもよく見えるしさ!」
ダニーは一人で先に走っていくと、トラムのレールの見えるベンチに陣取った。
ソルビは野菜を美味しく食べる料理のようだ。薄焼きの生地にはメニュー表に記載されていた材料の他に、大量の葉物野菜と香草が挟まれていた。結果的にとても分厚く、ボリューミーになっている。
私の注文したソルビはきのこに濃い目の味付けがされていて、そこに濃厚なチーズと香草の刺激が加わり、味の薄い生地や葉野菜と上手にバランスを取っていた。生地は表面だけかりっとしていて、薄い割に弾力のある面白い食感だ。
『うまー』
お腹がすいていたところに塩みが染みわたる。
「だろー? クッキーも分けようぜ。ほい」
ダニーが差し出してくれた、紙袋に入ったクッキーをひとかけら貰う。端の方がぼろぼろと崩れて粉まみれになっていたが、簡単に崩れる生地の歯ざわりが優しく、甘みが少しの塩で引き立てられていておいしかった。
『てかさ、ヴィクトルはどうして降霊術で霊を憑依させたりしてるの? 二人が慣れてるってことは、しょっちゅうこんなことがあったってことでしょ?』
まだどこか浮かない顔をしているギルに、話しやすそうな話題を振ってみる。そもそも自分が霊という自覚がないので言っていて違和感があるが、ヴィクトルがどういうつもりで降霊術を使っているのかは気になるところだった。
「えー? 魔術師だからじゃねーの?」
『魔術師はみんな降霊術をするの?』
二十一世紀の日本人である私がイメージする魔法使いと、この国の魔術師に違いがあることはだいたい分かってきた。でも、使う術が降霊術ばかりなら、「魔術師」じゃなくて「降霊術師」にならないだろうか?
「魔術師全部が降霊術をするかは分からないんすけど」
口元を抑えてソルビを飲み込みながらギルが答える。手元のソルビはもう半分以上消えていた。やはり体の大きいギルに、小さなりんごとパンだけの食事は少なすぎたらしい。
「ヴィクトルが他の魔術師より降霊術が得意なのは確かなんだと思います。貴族には降霊術が好きなやつらがいて、ヴィクトルは時々、そういう連中の降霊会に招待されてたんで」
『へー』
そういえば産業革命あたりのイギリスでオカルトブームがあった、みたいな話を読んだことがある気がする。フィクション作品だったし、史実に沿っているのかは知らないが、セイヴェルでもあの本と似たようなことが起きているのかもしれない。
『でも、あたしは目覚めた時ヴィクトルの家にいたんだよね。ヴィクトルが自分の家で降霊術の練習をしてたからこうなったってこと?』
「いえ、アヤネが呼び出されたのは多分……自分の身代わりにするためです」
『えっ?』




