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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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59. 4日目⑱ 行儀の悪い質問

「もー……。ユーリスを叱ったってことは、その人はよっぽど……うーんと、仲のいい人?なんだね(You were scolded? The person must be ......umm.....close to you. )」


 立ち去るタイミングを逃した私は、ヴィクトルのベッドのフレームに腰かけた。掃除は終わっているし、ヘレナが馬車を呼んで戻るまでもう少し時間が掛かる。暇つぶしに話し相手になってもらおう。


「仲がいい(close)……そうですね。彼が幼い頃から一緒にいましたから」


 ユーリスは棚の中天板に軽く体重を預け、昼間に掃除したばかりのガラスの棚の中を眺めながら答えた。


「幼馴染ってこと?(Is he your childhood friend?)」


 ユーリスは首を横に振った。


「彼は、私の教え子です。長く生活を共にしていたので、生活態度に苦言を呈されることも……叱られることも、よくありました」


 言い直してくれた平易な言葉のせいで、ユーリスが弟子に子供のように叱られる図が頭に浮かぶ。叱られたと言いながらユーリスの表情は楽しそうで、快い思い出を取り出してなぞるような慕わしさがあった。


「ヴィクトルと一緒の、……えーと、ユーリスが先生(ルエル)で、ヴィクトルと一緒に勉強した人?(Is he, like Victor......Um......You're their louel. Is he a student who studied with Victor?)」


 本当は「兄弟弟子」と言いたかったが、言葉が出てこない。


「いいえ、一緒に学んではいません。私がルメインに住むことになった時、彼は旅暮らしに戻りました。私がヴィクトルと出会ったのは彼と別れて少し経った後です。それに、ヴィクトルは私の生徒というには……私がヴィクトルの先生(ルエル)を名乗るには少々、教えた時間が短すぎますね」

「そうなの?(Is that so?)」


 意外な話だった。言われて思い返してみれば、「ユーリスはヴィクトルの先生だ」と言ったのはアシュクロフト氏で、ユーリス自身が「ヴィクトルの先生です」と名乗るのは聞いていない気がする。


「少し、込み入った事情がありまして。ヴィクトルに対面で教えられたのは、出会ったばかりの本当に短い期間だけでした。あとはほとんど手紙だけでやり取りをしていたんです。ヴィクトルの家——アシュクロフト伯爵を通じて、魔術師ギルドに所属している他の魔術師を紹介してもらえるよう頼んだので、ヴィクトルの正式な先生(ルエル)はそちらになるでしょう」


 なるほど。手紙だけで先生をやれるものなのか疑問に思ったが、他に正式な先生がいるなら納得だ。イメージ的には正式な先生の方が学校の担任教師で、ユーリスが通信教育の教師みたいな感じだろうか。


「でも、ヴィクトルはユーリスのこと、先生(ルエル)思ってた、違う? アシュクロフトさんから『ヴィクトルがユーリスのことを何度も良い先生だって言ってた』って聞いたよ

(But Victor thinks you as a louel, doesn't he? I heard from Mr. Ashcroft that Victor said, "Yuris is a good louel," again and again.)」

「そうなのですか?」


 ユーリスは驚き、面映(おもはゆ)そうな顔をした。


「ヴィクトルは、人の褒め所を見つけるのが得意な子ですからね。少し大げさに伝わっているのかもしれません」


 ヴィクトルの人となりについて、また一つ情報が増えた。臆病で善良で慎重で真面目で、人を褒めるのが得意な人。


「実際に私にできたのは、手紙を通じて相談に乗る程度でしたよ。あの子が私を良い先生と感じるならば、彼自身の努力が素晴らしいものだったということでしょうね」


 ユーリスは謙遜するが、「良い先生」だというのはその通りなんだろうなと思えた。火に関する解説は専門知識が無くても通じるよう上手に噛み砕かれていたし、私に対して話すときはゆっくり、簡単な言葉になるよう気を付けてくれている。


「ユーリスみたいな先生に相談できるの、安心と思うけどな。あんまり会えなくてもさ。今日、オーブンを直したときの説明も分かりやすかった

(I guess he feels safe because of your support. Even though you don't meet often. Your explanation when you repaired the oven today was easy to understand.)」


 煮詰まってしまいがちな勉強の場で、外に味方が居るのは心強いと思う。教育の方向性で分かり合えない英語教師と対決中の私にとっては羨ましい話だ。

 ユーリスはちょっと笑った。


「今日は、楽しかったです」

「そうだね。ご飯も美味しかった(Yes, me too. The food was good.)」


 私の軽い相槌に、ユーリスはゆったりと頷いた。しみじみと噛み締めるように、どこか遠くを見る顔で続ける。


「昔はよく、大勢で料理を作ったり、食事を取ったりしていました。石の街に住むようになってからは一人で研究ばかりしていましたから……懐かしくて。久しぶりに、色々なことを思い出しました」


 だから、つい思い出とアヤネの言動を重ねてしまって。笑ってすみません、と。


 再度謝られて、私はちょっとまごついた。そこまでしっかりと怒っているわけでもない。別にいいけど、とかなんとか、もごもごと言って濁す。


「昔って、クララのお屋敷に住むようになる前だよね? ユーリスの故郷での話?(Back then... you mean before you started living at Clara's house, right? Is that in your home town?)」

「故郷、とは違いますね。長く旅をした後に居付いた集落で……最後に見た時には街と言える規模になっていましたが、私が住み始めた頃はまだ村とも言えない小さな集落でした。あの頃は、どこもかしこも人手が足りなくて。最初は、何をするにも集落の人間全員が駆り出されていましたよ」


 目を細めるユーリスの眼差しには、郷愁と寂寥(せきりょう)が半々に混じっているように見えた。感情的な部分でそれを感じながら、論理的な部分で首を傾げる。


 ルメインに住む前はお弟子さんと旅をしていて、さらに村が街になるまで同じ場所に住んでいて、その後ルメインに住むようになってからヴィクトルに出会って……?


「ヴィクトルと最初に会ったのって、ヴィクトルがいくつくらいの時なの?(When you met Victor, how old was Victor?)」

「十代後半だったと思いますよ。正確なところは聞いていませんが」


 ギル達、セイヴェル人の感覚では、「ヴィクトルは二十五歳より上に見える」らしい。つまりユーリスとヴィクトルの出会いは十年くらい前ということになる。


「ルメインに住むようになったのと、クララと友達になったのと、ヴィクトルと最初に会ったの、同じ時?

(Was that the same time when you moved to Lumaine, became friends with Clara, and met Victor for the first time?)」

「大体同じくらいの時期ですね。……どうかしましたか?」


 質問攻めの形になった私の受け答えに、流石に違和感を覚えたのだろう。ユーリスが変な顔をした。目が合った私も、負けないくらい変な顔をしていると思う。


 頭の中で疑問が次々浮かび上がり、理性でそれを追い払おうとして、やっぱり止められず、少しばかり混乱していた。


 えっ、どうしよう。これ聞いていいやつ? 駄目なやつ?


 日本の文化的にはあんまり行儀のいい質問じゃない。でも海外では割とフランクに聞くと聞いたことがある。セイヴェルでどうかは知らないけれど、今のところユーリスに隠そうという意図は感じられない。聞いてもいいのだろうか?


「うーんと……あー……これがセイヴェルの文化的に質問する、失礼なら、答えなくていいんだけど(Well......Uh......if this question is rude in Seivel's culture, you don't need to answer it, but......)」


 気になるものは仕方がない。結局我慢ならなくなって、私は今まで控えていた質問を投げかけることにした。

次回(7/13)の更新は20時頃になります。

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