52. 4日目⑪ 子供たちのキャンディ・ハウス
「……私とアヤネが最初に会った時に見たエレメントは、私の温室に入ろうとしていた。これは間違いありませんね?」
「うん、そうだと思う(Yes. I guess so.)」
あの時のエレメントは、私が見えることに気づいて引っ付いてきたというより、ユーリスの温室に入ろうとしてできず、仕方なく私を足掛かりにしたように見えた。
「前のエレメントは『魔術師が寄こしたもの』とか言ってなかったっけ? 今回もそうなの?(You said that the elemental I saw before was made by a wizard, right? Is that the same case?)」
「分かりません。自然に生まれたものにしては変わった動きをしているように思いますが、術者が作ったものにしては強度が弱すぎる」
魔術師がエレメントを作るときの第一の目的は、大概の場合、情報を持ち帰ることなのだそうだ。簡単に壊されては目的が果たせないので、普通はある程度頑丈に作る。守護の魔法が少し触れた程度で消滅するのは不自然なのだという。
特に今、私に掛けられている守護の魔法は、二日経つうちに効力が弱まっている。自然発生したエレメントならいざ知らず、術者が作ったエレメント相手では「少し気づかれにくくする」程度の効果しか期待できないそうだ。
「アヤネが魔術を使ったんじゃないの?」
「使えないよ?(I can't use any magic.)」
知り合ったばかりのラナは、私と魔術師ヴィクトルの区別がついていないのかもしれない。
「使えそうに見えますけどねえ」
「本物の魔術師の中にいるからねえ(Because I'm in a genuine wizard.)」
ヘレナが淡々と仕事をしながら、ふらっと会話に加わってきた。
「でも見えないものが見えるんだろ? ヴィクトルみたいに。いいなー」
「完璧に見えるわけじゃないどね(I can't always see them clearly.)」
エレメントは結構はっきり見えたが、前に謎の水毬・ドッピーを見た時は、だんだん姿がぼやけていくという中途半端な見え方をしていた。ダニーがそういうということは、ヴィクトルならもっとしっかり見えたのだろうか。
私たちが雑談をしている間に、手を洗ったユーリスが布巾で水気を拭いながら作業台に戻ってきた。
「念のため、この家に守りの魔術を仕掛けておきます。私は今からその作業を行うので、すみませんが誰か一人、すべての窓を閉めて鍵を掛けてきてもらえますか」
「分かった(OK.)」
「俺が行ってくるんで、アヤネは作業しててください。丁度キリがいいんで」
見れば、ギルの手元のボウルの鶏ガラが無くなったところだった。お言葉に甘えてギルに任せることにする。
ユーリスはキッチンの収納庫からいくつか瓶を取り出して、中身を確かめた後、そのうちの一本だけを選び出した。そしてラナとベティに持ってきたハーブを使う許可を取ると、何本かの枝葉を見繕ってからキッチンを出て行く。
「魔術、使うのかな?」
二人が居なくなったキッチンで、手元の鶏ガラを洗いながらベティが言った。
「そうみたいね。ちょっと見てみたいかも。本物の魔術を使うところなんて、そうはお目にかかれないもの」
「そうなの?(Oh, you don't?)」
ラナは大きい鶏ガラを包丁で両断してから肩をすくめた。
「本物の魔術師に会うこと自体が少ないのよ。広場なんかに居る魔術師は偽物らしいじゃない?」
私は昨日広場で見た魔術師の芸を思い出していた。あれはあれで大道芸のパフォーマンスとしては面白かったが、確かに魔術とは違う技術だったとは思う。
「俺はヴィクトルが使ってんのを何回も見たことあるけどなー」
「知ってるわよ! あんたが何度も『本物はこう』って自慢するから気になってるんでしょうが!」
「痛って! 料理中に頭触ったらいけないんじゃなかったのかよ!」
「裏拳だからいいの!」
言いながら、ラナは手を洗いに行った。
私が野菜を切り終わった頃、ギルがキッチンに戻って来た。
ラナが担当作業変更の指示を出し始める。ギルはオーブンの予熱をしに行き、ダニーと私が切った野菜を二つのボウルに分けて、他の材料と混ぜる作業に入る。ベティはハーブを洗ってちぎってその中に入れる担当だ。
ラナは材料の計量をして私とダニーのボウルに入れたり、材料の一部をフライパンで炒めたり、合間で鶏ガラの下処理をしたりとせわしない。
「なんか、手慣れてるわよね、ユーリス」
ユーリスがキッチンに戻り、鶏ガラの処理を再開してしばらくしたのち、ラナが処理済みの鶏ガラを鍋に回収しながら言った。
見れば鶏ガラ担当がヘレナとユーリスの二人になったことで、処理量の差が顕著に表れ始めた。ヘレナが遅いのではなく、ユーリスが速い。どこをどうすれば速くきれいに処理できるのか、分かっているかのようだ。
「街に住むようになる前は、旅暮らしで森を歩いていましたからね。狩りをして、獲物を捌くところまで明るいうちに済ませないといけないので、こういった作業は手早くできるようになりました」
言いながらぶちぶちと血合いを取り除いていく。顔の造作が上品な分、地味で血なまぐさい作業とのギャップが凄まじい。
「森に住んでる魔術師って、狩りもするの? 魔術で家とか、いろんなものを出せるんじゃないの?」
ラナが素朴な疑問を口にする。
私はなんとなく、童話でお菓子の家を出す魔女を想像した。西洋の童話だし、セイヴェルでも同じものが読まれているのかもしれない。
「おや。街の子供にとって、魔術師はそういうイメージなのですか?」
「絵本だとそんな感じだよなー」
「うん。美味しいお菓子とか、ごちそうとか、魔法で出すよ」
魔術師は子供にとって、ずいぶんと魅力的な存在らしい。ユーリスはくすくすと笑った。
「残念ながら、魔術だけではなかなか美味しいものを作れないのです。ごちそうが出せたらいいですね。ひょっとすると、ラナのように料理上手な人の方が、皆さんの想像する魔術師に近いかもしれません」
最後の鶏ガラをユーリスが手元に引き寄せた頃、ギルが作業台に寄ってきた。
「ダニー、オーブンの動かし方をヴィクトルから聞いてねえか? 俺が知ってるのと違うのかもしれねえ」
「えー? 俺、一回使ってるとこを見てただけだぜ」
言いながら、ダニーが作業台を立ってギルについていく。ラナはダニーの混ぜていたボウルを代わりに混ぜ始めた。
「孤児院のオーブンとはやり方が違うの?」
「魔導式なんだよ。この家、ヴィクトルが買う前はパン屋か何かだったんじゃねえかな」
話を聞くに「魔導式のオーブン」というのは高級品のようだ。業務用ならまだしも、一般家庭ではまず使わない。ギルは仕事先で何度か使ったことがあるが、ラナをはじめ、他の皆は誰も実物を見たことがないそうだ。
「オーブンの件はギルたちに任せましょ。こっちは鶏ガラの下ごしらえが終わったら、孤児院に持って行かなきゃね。向こうのオーブンを動かさなきゃいけないから、行くのは私と……力のある人がいいんだけど、アヤネが今外に出るのは危ないかしら?」
ラナがユーリスを見遣る。私がエレメントに追いかけられたことを心配してくれているのだろう。
「念のため控えておきましょうか。鶏ガラを運ぶのは私がやりますよ。二階で着替えてくるので少し時間をください」
「待って。あたしもついて行っちゃだめ? ユーリスが一緒ならエレメントが出ても平気だろうし、変な動きをしてるかどうか見てもらえるでしょ。普通のエレメントは爆発したりしないってことだしさ。あたし、荷物持ちのためにも役立てるよ
(Hold on. Can I go with you? If you're with us, we'll be safe if we meet another elemental. And you can check how the elemental moves. Normal elementals don't explode, right? I can help to carry heavy pots as well.)」
成人男性の身体になって以来、力仕事の頭数に入れるのが地味に嬉しかったりする。ヴィクトルの身体に筋肉は少ないが、それでも今いるメンバーの中では力を頼りにされる側になれるのだ。
ユーリスは頷いた。
「それもそうですね。私も、エレメントの件は少し気になります」
そんなわけで、ラナとユーリスと私で下処理の終わった鶏ガラを分配し、孤児院まで持って行くことになった。




