51. 4日目⑩ 料理中のおしゃべり
「エレメントに追いかけられた、ですか」
ヴィクトルの家のキッチンの大きな作業台を皆で囲み、お喋りをしながらの食材の下ごしらえをしていく。作業の合間、私はユーリスに先ほどのエレメントについて相談していた。
きちんと掃除してみると、ヴィクトルの家のキッチンはかなり広かった。ヘレナも加え、七人で作業をしてもそこまで窮屈さを感じない。
「うん。見た感じも、音も前に見たのと同じだった、多分そうだと思う……。この前みたいに大爆発して怪我をしたりはしなかったから、別の種類なのかも
(Yes, we were. It looked like...... sound was same the one I saw before, I think it was an elemental....... But it didn't explode and nobody got hurt. Maybe it was another kind of elemental.)」
「アヤネと初めて会った時のエレメントは、少し特殊な例でしたからね。本来、エレメントが積極的に人を傷つけることはありません」
「アヤネ、玉ねぎは粗目でいいわよ。オーブンに入れる前に火を通すからね」
「OK」
作業の全体指揮はラナだ。ドリフィ・ローフの下ごしらえが私、鶏ガラの下処理が残り全員の担当。
私が鶏ガラの担当から外されたのは、ユーリスに水仕事を禁止されてしまったからだった。
ヴィクトルの寝室の調査をする前、オドの測定のための血液採取で指に傷をつけた。
小指なのでちょっと野菜を洗うくらいなら傷を避けながら出来るのだが、水どころか血や内臓の欠片を触らなければいけない鶏ガラの処理は厳しい。ドリフィ・ローフの下ごしらえは野菜を切ることさえできれば問題ないので、そちらの担当ということになった。
「そうなんすか? 俺らには何も見えなかったんですけど、最後、何かが弾けたような音がしてましたよ」
「そうそう。あれが爆発じゃねえの?」
ギルを始め、子供たちはユーリスへ勘違いへの謝罪をし、一通りの自己紹介を済ませている。
「弾けた音?」
「うん。私が……こう、手を使って『来ないで!』ってやってるときに、爆発したような音が聞こえた。でも前の時の爆発よりずっと軽くて小さい音だったよ
(Yes. When I .....uh, when I was using my hands like, "Stay away from us!", we heard the sound as if something exploded. But that was a much smaller sound than the sound before.)」
「手で追い払う」の言い方が分からなかったので、こうやって、とジェスチャーをして見せる。ほとんど蚊を追い払うのと同じ要領だ。ユーリスはちょっと笑うと、作業の手を止めて流水と石鹸で手を洗った。
「アヤネ、少し手を見せてもらえますか?」
簡単に手を布巾で拭いて、言われたとおりに手を伸ばす。ユーリスは私の手を両手で包むと、しばらく無言になった。
「……うん。先日の守護がまだ効いていますね。おそらく今回のエレメントは、これに負けて消えたのでしょう」
「守護? ……あ、ひょっとしてあの時の金平糖?("Protection"? ......Oh, was it the konpeito that I ate before.)」
「コンペイトー?」
ダニーとユーリスの声が被った。英語訛りの「こんぺいとう」の音が可愛い。
聞いてみると、やはりユーリスと初めて会った時に出してくれた、金平糖のような甘いおやつが守護の魔法だったらしい。あれから二日も経っているのに、まだ効き目があるとは驚きだ。
「そっか。じゃあ次に見かけても逃げなくていいんだ(Right. So I don't have to run away if I see it again.)」
「ええ。最初にアヤネが見たものが特殊だっただけで、エレメントは本来どこにでもいる、無害なものです。石の街の真ん中にいるのは珍しいですけどね。もしも家の中の淀んだ場所に溜まっているようなのが居れば、それだけは注意して、近づかないようにしてください」
そういえば、ユーリスが温室で魔術を使った時にもふわふわと漂っている光を見た。あっちが普通のエレメントだったのかもしれない。
「でも、怖いわよね。私たちには何も見えないのに、突然爆発する何かがその辺に居るかもしれないなんて」
ラナがシンクにある新しい鶏ガラをボウルに入れて、運びながら言った。作業台は大きいがシンクが一つなので、たびたび水を入れ替えなければならないのが難点だ。
「確かに。自然に生まれたエレメントは無害って、逆にいえば、魔術師が作ったエレメントは危ないかもってことだもんね(Definitely. A naturally born elemental is harmless. In other word, the elemental made by a wizard might be dangerous.)」
聞き取れた範囲の説明を組み合わせると「普通のエレメントは爆発しない」ということだと思うが、例外を知っている身としては恐怖の記憶の方が勝ってしまう。
「大丈夫。見えていない相手に危害は加えられませんから」
「そうなの?」
「はい」
ユーリスは頷きながら、ラナに続いてボウルの水を入れ替えた。ヘレナが各々の目の前の器から、処理済みの鶏ガラを大きな鍋に回収して回る。
「ですから、神秘の存在が人間に何らかの影響を与えようとする場合、まず自分を認識させようとします。姿を見せたり、声を聞かせたり……。それが無かったということは、今回のエレメントは皆さんにとって害のないものだったということです。見えたり聞こえたりした場合も、こちらが気づかないふりをすれば相手が諦めてやり過ごせることがありますよ」
幾分か安心できる話だ。現代日本でも幽霊に気づかないふりをしてやり過ごそうとする話があるが、そういうことだったのかもしれない。
「じゃあ最後の方にアヤネだけを追いかけたっていうのは、アヤネだけ見えてることに気づいて、何かしらのちょっかいをかけようととしてたってことすか?」
比較的大きな鶏ガラを処理し終えて、次を手元に引き寄せながらギルが質問する。
「アヤネだけを追いかけていた?」
「えっと、最初は違った。途中から(Uh......Not at first, but from the middle.)」
ユーリスは少し考えるそぶりを見せた。
「アヤネ、そのエレメントに何かしましたか? 攻撃したり、怒らせるようなことを言ったり」
「え、ええ? 何もしてないと思うけどなあ(Well......I don't think I did something.)」
あの時は割と必死で、自分の行動すらうろ覚えだ。うっかり失礼なことを言ってしまっただろうか?
確か、最初はギルやダニーの周辺に居るのを見た。その後、ベティの前に居るのを見つけて……。
「強いて言えば、ベティの近くに居るのを手を振って追い払おうとしたこと? そういえば、その後からこっちを追いかけてくるようになった気がする(I'd say... I waved my hands to get it away from Betty. Come to think of it, it started chasing me after that.)」
「ね」とベティの方を見ると、ベティははにかんだまま、一生懸命こくこくと頷いてくれていた。
「ふむ……」
ユーリスは腑に落ちない様子で考え込んだ。




