50. 4日目⑨ 謎の光と不審人物
「爆発って、まずいじゃない!」
「アヤネ、まだ音はしてますか? そのエレメントってやつ、見た目とか分かります?」
耳を澄ませると、再び微かに音が聞こえた。
ちりり、ちり、ちりり……。前に聞いたのよりも音が短く、途切れ途切れに感じる。
『まだ聞こえる。見た目は、小さい光って感じ』
これくらいの、と指で丸を作って見せた時、視界の端に光るものを見つけた。
『居た! ギルの肩の上!』
「えっ!?」
ギルが慌てて自分の肩の上を払う。
「何もいないわよ!?」
『今度はダニーの頭の上! 飛び跳ねてる。痛くないの!?』
「何も感じねーけど!?」
見えないのは分かる。きっとこれも見える人にしか見えない類のアレだ。
しかし、感触も感じないものなのか? 私が頭の上で飛び跳ねられたときは、霰が当たるような衝撃をはっきりと感じたはずだ。
「魔術師にしか見えないんじゃねえか? どうする、逃げるか!?」
『逃げよう! ヴィクトルの家まで行けば、ユーリスが助けてくれるはず!』
私たちは一斉に走り出した。
体格の差で、どうしてもダニーとベティが遅れてしまう。特にベティは、走るのが苦手なようだ。
ギルはやや無理矢理自分の荷物を片手で持ち、粉の袋をベティに持たせると、そのままベティを抱え上げた。そのベティの顔周りにエレメントの光をみつけ、私は虫にそうするように手を振って追い払う。
『うわっ』
すると怒ったのか、光は私の方に纏わりつき始めた。
「アヤネ? だ、大丈夫!?」
「今どうなってます!?」
光が見えないギルとベティは困惑したままだ。もはやギルにもダニーにも触れる余裕のない私は、英語で必死に叫んだ。
「あたしについて来てる!(It's chasing me!)」
むしろこれは好都合かもしれない。音だけ聞こえてどこにいるか分からないよりは、はっきり見える形で追いかけられる方がマシだ。
私は可能な限り足を速く動かし、皆の先頭に立った。抱えている鶏ガラ入りの鍋が重い。息が切れる。ヴィクトルの家が見えた。一目散に玄関の扉に飛び込む。
『鍵がかかってる!?』
そりゃそうだ。出ていくときに私は鍵を掛けていないが、誰かが出て行った後に中の住人が鍵を掛け直すのは自然な流れだ。出て行ったのが鍵を持っている家主であればなおさらである。
『鍵、鍵……!』
鍵を入れている小さな鞄を持って来ていないことに気づいた私は、焦ってドンドンと玄関扉をノックした。
『ユーリス! ヘレナ! 開けて!』
後ろを振り返れば、他の皆が走ってくるのが見えた。ちり、ちりり、という音が耳を掠める。エレメントが私に追いついてきたのだ。
私はとっさに鍋をその場に放置し、玄関口から離れて他の皆の逃げ道を確保した。
「アヤネ!?」
「先に行って!(Go first!)」
私は単身、誰もいない小道に飛び出した。
エレメントの音が鳴りやまない。もはやはっきりと私を追いかけてきているようだ。皆と離れ、広い場所まで出ると、私は虫を追い払う仕草で手を振りまわした。
『来ないでよ……!』
と。
左手に何か当たった感触があった。ついで、パァンと乾いた短い音がする。
「爆発!?」
「アヤネ! 大丈夫か!?」
この音は私以外にも聞こえたらしい。
恐る恐るあたりを見回すと、エレメントの光はどこにも見当たらなくなっていた。ちりり、というあの微かな高い音も聞こえない。
『い、いなくなった……?』
呆然としながらあちこちを確認する。
手にも腕にも異常はない。服も破れていないし、怪我も無いようだ。
(前に見た爆発とは、ちょっと違う気がする)
ユーリスが怪我をしたときの爆発は、こんなに軽い音じゃなかった。あの時はもっと大きな音と共に衝撃破のような、突風のようなものが襲い掛かってきて、目を開けていられなかった。ひょっとしてエレメントに似た別の何かだったのだろうか。
私も、他の皆も時が止まったように固まっている中、ヴィクトルの家の玄関からガチャリと音がした。
「きゃあああ!?」
「誰だてめえ!」
『今度は何!?』
見れば、玄関先でユーリスが困った顔で立っていた。荷物を抱えたギルが、警戒心むき出しで他の子どもたちを背に庇っている。
ユーリスは、埃避けに顔の半分を黒いスカーフで覆っていた。ヴィクトルの作業用と思われるエプロンには黒ずんだインクのような汚れが染み付いており、見ようによっては血痕に見える。ドアノブを掴んだのと反対側の手には薄赤い液体で汚れた包丁が一本握られていて、指先には赤黒い血がこびりついていた。濡れた刃が光を反射し、てらてらと光っている。
きっと直前まで鶏ガラの下処理をしていて、ノックに気づいて扉を開けてくれたのだろう。急いでいる雰囲気を察して、片方だけ手を洗った状態で出てきたに違いない。
ユーリスを知っていて、出かける前の状況を知っていればそんな推測もできるが、不幸なことに今目の前にいる子供たちの半分以上はユーリスと面識がなかった。
細身ながら背の高いユーリスは、玄関が道より数段高くなっていることも相まって、子供たちを見下ろす形になっている。これが家の暗がりから現れたら、殺人鬼と間違えられるのも無理からぬ仕上がりだ。
「ギル、この人は大丈夫だぜ。ヴィクトルのせんせーだって」
子供たちの中で唯一ユーリスを知っているダニーが、一番最初に冷静になった。
私もようやく緊張を解き、皆が固まっている玄関先へ近づいた。
「ユーリス、開けてくれてありがとう。中に入れてくれない? 相談したいこともあるし(Yuris, thank you for opening the door. Can we enter? I want your advice about something.) 」
「ああ、どうぞ……」
ユーリスは困惑を残したまま身体を引き、皆が中に入れるよう道を開けた。
子供たちもまだ困惑を拭いきれず、ちらちらユーリスを気にしながら、それぞれに荷物を抱えて家の中に入っていく。
最後に私が中に入り、扉を閉めた時、窓に反射する自分の姿を真剣に見ながら、ぼそりとユーリスがつぶやくのを聞いた。
「そんなに怖い顔をしているだろうか……」
結構ショックだったんだな。




