49. 4日目⑧ 不吉な音
他の子供たちに見つからないよう孤児院のキッチンに移動すると、山のような鶏ガラの他に、ギルとダニーがロウ・マーケットで買ったドリフィ・ローフの材料が置かれていた。
『よく一人でこんなに持って帰れたねー。大変だったでしょ』
「はは……。まあ、荷運びはいろんな仕事でやってきてるんで。肉の汁まみれになったのには焦りましたけどね」
私たちはヴィクトルの家から持ってきた鍋に大量の鶏ガラを詰め込んだ。鍋を二つ持ってきた方がいいというダニーの判断は正解だったようだ。
その間にラナが、必要な材料が揃っているかを確認していく。
「孤児院の分の鶏ガラは下処理した後、オーブンで焼くんだろ?」
「そうね。そこまでやっちゃえば残りは明日でもいいし。ああ、でもきっと、ヴィクトルの家のオーブンで一気にやるのは無理ね。普通の家のサイズのオーブンなんでしょ?」
「俺は使ったことがないからよく知らねえな。ダニー、どうだ?」
呼ばれてやってきたダニーの話によると、ヴィクトルの家のオーブンは孤児院のものより小さいらしい。
話し合った末、鶏ガラの処理とドリフィ・ローフの生地の用意はヴィクトルの家で並行して行い、処理が終わった後の鶏ガラを孤児院に持って行って焼くことにした。
オーブンの番を任せるくらいなら他の子の負担も少ないので、ギルもラナも気が咎めずに済むそうだ。
まだ孤児院の夕食の支度には早いらしく、キッチンにも、玄関からキッチンまでの部屋にも誰もいなかった。無用なトラブルを避けるため、他の子どもたちに見られる前に移動した方がいいだろう。
「それじゃあ、ヴィクトルの家のメニューは鶏ガラのスープと、ドリフィ・ローフと、あと果物――グリーンスターか。六人でこの量なら十分すぎるくらいね」
鶏ガラの入った大きい鍋を私、小さい鍋がダニー、粉類や野菜などの重いものをギル、卵と残りの鶏ガラをラナ。
荷物をそれぞれに分担し、さあ出発するぞ、という時だった。
「ラナ。今日のご飯、ドリフィ・ローフなの?」
みつあみの小さな女の子がひょいとキッチンに顔を出した。数日前、私ことヴィクトルの髪を花で飾ってくれたあの子だ。
「ベティ! 何こっち来てんだよ!」
「何よ、悪い? ダニーだって来てるじゃない」
「俺はいいの!」
見つかったらまずいという気持ちが焦りを生んだのか、ダニーがやや乱暴にベティを遠ざけようとする。近くに居た私とラナがそれぞれに宥めつつ、二人の身体をそっと引き離した。
「どうしたの、ベティ。誰かに用事だった?」
「うん、ご用事よ。ラナ、朝にハーブ、探してたよね? 摘んできたよ。ローズマリーでしょ、タイムでしょ、あと他に見つけたのをちょっとずつ。欲しがってたバジルさんは、まだ小さくて、ちょこっとだけ」
見ればベティは小さな籠にハーブと思しき草花を乗せていた。
私にはどれがどれなのか分からなかったが、三種類以上はある。先日髪に飾ってくれたのと同じ、白い小さな花も籠の端から覗いていた。
「ありがとうベティ。助かるわ」
「どういたしまして! ね、ラナ。今日のご飯、ドリフィ・ローフなの?」
ベティは目を期待に輝かせている。ドリフィ・ローフが孤児院の子供たちにとってごちそうというのは本当のようだ。
「ベティ、しー……」
ラナが膝を折り、ベティと視線の高さを合わせた。大きな秘密をこっそり教える顔だ。
「ばれちゃあ仕方がないわね。私たち、今日は秘密のお仕事があるの。鶏ガラをいーっぱい下ごしらえするっていう、すっごく大変なやつよ。そのご褒美に、仕事の後にドリフィ・ローフを作って食べることになってるの」
色々な順序を事実と逆にしているが、説得力のある言い分だなと思った。「ドリフィ・ローフを食べる」というご褒美に「鶏ガラの処理をする」という条件を付け加えて、不公平感を相殺している。
子供の前でこういう大人の嘘を見せるのは良くないかもしれないなとダニーを見ると、普段通りの顔でやり取りを見守っていた。
「ベティはどうする? これから一緒にお仕事をして、ご褒美のドリフィ・ローフを食べたい? お仕事をしてもしなくても、他の子たちには秘密にしてもらわなきゃいけないけれど。ベティはどっちがいいかしら?」
ベティは「えー……」「んー……」と言いながらしばらく考えた。かしげた首に沿って長いおさげがたわむ。
見た目だけではよく分からないが、この子はダニーより少し幼いのかもしれない。
「ええとね、わたしね、一緒にお仕事する」
ベティはどうも、面識の少ないおじさんである私の存在に緊張しているようだ。目の前のラナの耳に内緒話のようにして答えつつ、はにかんだ目でこちらをちらちら見ている。
ラナは「わかったわ」と言いながらベティの頭を撫で、立ち上がった。
「って、成り行きで勝手に決めちゃったけど。アヤネ、この子——ベティも一緒に行っていいかしら? そんなにたくさん食べる子じゃないから、料理の量が足りなくなるってことはないと思うの」
「もちろん、いいよ(Of course.)」
人数が多い方が楽しそうだ。材料の量から考えても、人手があった方が助かるだろう。
そんなわけで、改めてベティを加えた五人で荷物を分担し、孤児院からヴィクトルの家へ出発した。
——ちりり、ちり、ちりりりり……。
不吉な音に、私はぎょっとしてあたりを見回した。
お喋りをしながらの道中、体感で道のりの半分くらいに来たあたりで、小さな鈴が震えるような微かな音を耳が拾った。
「うわっ!? 何、どうしたんだよアヤネ?」
急に会話を中断して立ち止まった私に、皆が怪訝な顔をする。私は全身を強張らせて、注意深くあたりの様子を窺った。
『今、音がしなかった? ちりりりり……って』
英語をしゃべる余裕もない私に代わり、ギルとダニーが通訳をしてくれる。
私の発言を理解した皆が耳を澄ませるが、特に何も聞こえないらしい。各々に首を傾げた。
「何も聞こえねーけど……」
「何? 何かいるの?」
緊張している私の様子に、ただ事ではないと勘付いたのだろう。ラナが不安げに私を見上げた。ベティはラナのスカートを掴んで様子を窺っている。
『前に同じ音を聞いたの。ヴィクトルの魔術の先生は、"エレメント"って呼んでた。詳しいことは知らないけど、あたしが前に見た時は……爆発して、けが人が出た』
最初にギルとダニーがぎょっとし、二人の通訳で内容を理解したラナとベティが遅れてぎょっとした。




