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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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48. 4日目⑦ 鶏ガラ事変 - 急 -

「ギル。今回はその提案に乗ればいいじゃない」

「ラナ……」


 視線を落としたままのギルの背中に、ラナが手を添えた。ダニーから一通りの話を聞き終わったらしい。


「あんたが何を気にしてるかは分かるけどさ。鶏ガラを処理するくらいのことは手伝ってもらってもいいんじゃない? 返せない借りでもないでしょ。今度向こうになんかあった時に、こっちが手を貸せばいいってだけよ」


 言いながら、ラナは前に出た。ギルを庇うように私との間に立つ。気の強そうな目がこちらを見上げた。


「ねえ、あんた。今は魔術師ヴィクトルじゃないんだよね? 『アヤネ』で名前、合ってる?」

「うん(Yes.)」


 ラナから悪感情は感じないが、兄弟分を言葉でやり込めた直後なので多少居心地が悪い。

 私の密かな緊張を知ってか知らずか、ラナは仁王立ちして腕を組み、対決するような格好になった。ヴィクトルの方がラナよりもはるかに身体が大きいので大したプレッシャーはないが、芯の強さは伝わってくる。


「あんたが私たちに助け舟を出そうとしてくれたことには感謝するわ。でも、ギルを追い詰めるのはやめてよね。ギルはあんたが友達でも、友達だったら余計に、院の問題で負担を掛けちゃいけないって思うのよ」

「……ごめん、もうちょっとゆっくり喋って欲しい(......Sorry, could you speak more slowly?)」


 流れをぶった切って申し訳ないのだが、今のうちに言っておかなければ。


 これがきちんと理解しなければいけない内容になることは想像がつく。普段の推測交じりの理解で話を進めない方がいい。これまでにそれで大失敗もやらかしていることだし。


 推測による大失敗を思い出して目を泳がせた先で、ダニーと目が合った。ダニーは、「いざとなったら通訳は任せとけ」みたいなウインクをしてくれた。心強い。


 私の片言英語を聞いてラナははっとし、ゆっくり言い直してくれた。


「提案、ありがとう。あんたの言葉に甘えさせてもらうわ。ただ、さっきのは、ギルがあんたを友達だと思ってないとかそういう話じゃないのよ。基本的に私たち、自分たちの問題は自分たちで解決したいってだけなの」

『えっと……』


(あれ? ひょっとして「ギルがあたしを友達だと思ってない」ってところに怒ってると思われてる?)


 変な話になってしまったことに気づいて、私は動揺した。


 さっきの「あたしって友達?」というのは、自分が手伝うことにギルを納得させるための材料であって、「友達だと思ってくれていないことにショックを受けた」という話ではない。


(んん? いやでもひょっとして、さっきのざらつきはそういうことなのか?)


 いやいや、まさか。「相手がこちらをどう思うかは相手の自由」というのは私のモットーの一つだ。

 「あたしのことを友達だって思ってくれてないの!?」なんて。そんな可愛い要求、されたことはあってもしたことはない。


 狼狽えた私の様子を見て、言葉が足りないと思ったのだろう。ラナは説明を続けた。


「私たち、不幸な子供だわ。親が居ない。お金もない。だから誰かに恵んでもらおう、助けてもらおう、それが当たり前だ、そうしなきゃ生きていけないんだから、って。そう思い始めたら、他の人も不幸にする。そしたら私たち、誰にとっても厄介者だわ。それでもっと不幸になるの」


 まずい、まずい、まずい。

 すごく重たくて、大切な話をしている。


(違うんだよー! 十中八九ギルがあたしを友達だと思ってることは気づいててさー!)


 気づいていて、「私を頼る」という選択を軽くするために、わざとあんな言い方をしたのだ。


「……ま、多少なり大人の都合でそう教えられてるってのには気づいてるけど! 友達を不幸にしない自分でいたいってのは私の意思よ。ギルがあんたに孤児院の厄介ごとをやらせたくないのも、そういうことだわ」


 ラナはとても誠実で、しっかりした考えの人なのだろう。私の煩悶(はんもん)とは方向性が違うものの、言っている言葉は堅実で分別があり、筋が通っている。

 ギルを守ろうとする心と、ギルと私の間を取り持とうという優しさの両方を感じる。


 ほとんど初対面だが、すでに私は大分ラナのことが好きだ。だからこそ申し訳ない。私の言葉で変な誤解を与えて、気を使わせてしまっている。


(誤解だよ)


 ――ギルにとって、あたしって友達? それともただの雇い主?


 大した深みのない、ただ飛び出ただけの言葉だ。深く考えなくていい言葉。


 やりきれないとか、湧き上がるとか、そんな激しい感情でもない。ほとんど感じていることすら意識していない、些細なものだ。普段はもっと静かなのに、たまたまグラスが揺れたから、うっかり少し零してしまった。


 だから、誤解で間違いない。


「うーーーーん、ごめんなさい! そんなシリアスな話にするつもりなかったの!(I'm so sorry! I didn't intend to make things so serious!)」


 どう弁解すべきか迷った末、私はひとまず謝罪から入ることにした。

 めちゃくちゃな暴言を吐いたわけではないが、相手に刺さることを承知した上で言葉を吐いたのだから、暴言も同然だ。これは私が悪い。


『ごめんね、ギル。あたし、なんか変に強い言葉を使っちゃった。ギルを責めたかったわけじゃないの。ただあたしが手伝うことに、変な責任を感じてほしくなくてさ』

「いや、あんたが謝ることじゃ……」

『謝るとこだって。あんま気にしないでくれると助かる。ほんとごめん!』


 手を合わせて陳謝する。ギルは戸惑っているようだ。何を言えばいいか分からないという顔をしている。


「ラナもごめんね。ありがとう(I'm sorry, Lana. Thank you.)」

「いーえ」


 ラナは仕方がないなあ、という風に笑った。


 通訳に徹してくれたダニーにもお礼を言うと、ダニーは私の動作を真似して「なにこれ?」と笑う。手を合わせて謝罪するのが珍しいらしい。

 由来は知らないが、言われてみれば仏教か何かに通じていそうなポーズだ。セイヴェル人に馴染みが無いのも納得できる。







 絢音とダニーがお互いのポーズを真似しながら戯れている間、ギルとラナは次の段取りについて話し合っていた。


「それじゃ、さっさと鶏ガラをヴィクトルの家に運びましょうか。腐らせたらもったいないどころじゃないわよ」

「……そうだな」


 早速腕まくりをしたラナは、横に突っ立っているギルを不審に思った。いつもならさっさと動くはずなのに、なんだか様子が変だ。


 その視線の先が魔術師ヴィクトルの姿をした絢音に向いていることを確かめ、ラナはもう一度ギルの顔を覗き込んだ。


「ギル? 何、まだ引きずってんの?」

「いや……。早いとこ料理しちまおう」


 ラナは無言で肩をすくめ、遊んでいる絢音とダニーに声を掛けた。




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