4. 1日目④ 魔術師ギルドへ行こう
「あ、魔術師ヴィクトル。なーんだ、ちゃんと居たんですね。居ないのかと思って次に行っちゃうところでしたよ。僕は確かに怒れる叔父上様に言われてきていますが、僕自身は怒ったりしないんですから、返事くらいはしてほしいなー」
『駄目だ、ほとんど分かんない。ダニー、通訳お願いできる?』
「おうっ」
ダニーが訳してくれたところによると「怒らないから返事をして」と言っているらしい。ついでに、この人は魔術師ギルドのギルド員ということだった。
魔術師ギルドがどんなものなのか知らないが、とりあえず、
『ヴィクトルは怒られるようなことをしたの?』
「ヴィクトルはどうしたんです?」
「だからヴィクトルは居ないんだって! もー! 説明めんどくせー!」
大人二人に同時に質問をぶつけられ、小さなダニーは頭を抱えてしまった。
『ダニー、そのイヤーカフをこの人に付けてもらったらいいんじゃない? そしたら私が説明できるよ』
「無理。だってこれ、ただつけるだけじゃ使えないやつだもん。俺とギルは、最初に使うとき、ヴィクトルに魔術をかけてもらってるんだ」
魔術には思ったよりもいろんな制限があるらしい。
しかし困ったな、このままではどんづまりだ。三人で途方に暮れかけていたところに、後ろから息を切らせたギルがやってきた。
「すんません、報告書が遅れたから回収に来たんすよね! 多分、これだと思うんすけど」
確認してください、とギルが男性に手渡した書類は、部屋のそこかしこに散らばっていた紙のどれかなのだろう。ところどころ折れた痕や汚れが見える。
ギルド員の男性は書類をぱらぱらと確認するとひとつ頷いた。
「うん、形式は問題ないな。内容については僕には分からないんで、持ち帰って回答待ちになりますけど」
言いながら書類を大きな封筒の中に入れ、肩にかけた大きな革鞄にしまう。封筒の前面に、筆記体でヴィクトルの名前が書かれているのがちらりと見えた。
「後はー、っと。……ふむふむ、期限オーバーは今回が初めてなんですね。理由は、さっきから英語を喋れなくなっていることと関係あります?」
男性はちらっと私を見た。ギルは前に出て男性と私の間に立ちつつ、後ろ手でこっそり私の手を握ってくれた。ありがたい配慮だ。
「はい。降霊術で霊が憑依していて、本人が報告に行けない状態で」
「なるほどなあ。それなら……でもなあ、うーん」
ギルド員は何かのリストとおぼしき紙の束とにらめっこしながらしばらく唸っていたが、やがて眉を下げて申し訳なさそうに切り出した。
「多分ですけど、今日はギルド本部に行って、直接理由を説明した方がいいと思います。理由を説明するというか、その状態を見せて納得してもらった方がいいというか。今日は理事が来てるんですよ。君たちは知ってるかな、これくらいの背格好の、よく怒鳴るおじさんなんだけど」
「俺、知ってる! トマスとかトマトとか、そんな名前のおっさんだろ」
「もっと怒られますよー。トンプソン氏って呼んであげてください。まあ、そのトマト氏がですね、後々いちゃもんを付けにくいように今の状況を見せた方がいいんじゃないかなっていう、親切なお兄さんからのアドバイスみたいなものです」
ダニーと男性が話している横で、ギルが私に話を要約してくれる。つまり、理事のトンプソン氏とやらにヴィクトルがギルドの報告書の期限に遅れた理由は私であると、直接見せて説明すればいいってことか。
『じゃあさくっと説明しに行こっか。ちょうど家の外も見てみたいと思ってたとこなんだよね』
「それなら、俺らでギルド本部まで案内しますよ」
「えー、マジかよ。俺あのおっさんきらーい」
「まあまあ、そんなに嫌わないであげてください。それに自分で行かないと、そのおじさんが自分で来るんじゃないかな」
「げぇ~~」
「ヴィクトルは先月研究費の前借り制度を利用しているみたいなので、それも絡めて変な目の付けられ方をするかもしれません。お金にうるさいんで、あの人。こっちは報告内容に不備がなければ大丈夫なはずなんですけどね」
ギルド員はそれだけ言うと、リストを肩掛け鞄にしまった。そして帽子のつばの位置を直し、ちょいと手を挙げて挨拶をした。
「それじゃあ、僕は他の人の報告書も回収しないといけないんで。幸運を祈っています」
ギルド員が去り玄関の扉を閉めると、束の間の静寂が訪れた。置時計がカチコチと鳴っている。
「魔術師ギルドの本部か……特に必要なものもなさそうですけど、一応ヴィクトルの鞄を持って行って、いつものローブくらいは着ていきましょうか」
『おっけー。髪はこのままでいいの?』
魔術師ヴィクトルの髪はふわふわの巻き毛で、見たことがないほど長かった。スーパーロングってやつだ。日本の美容院に行ったらロング料金は絶対確定、むしろ洗髪台に髪が収まりきるのか心配になるレベル。ところどころ髪が途切れてぴょいぴょい飛び出しているのが、巻き毛なら普通のことなのか、ただぼさぼさなだけなのか、いまいち判別できない。
「どうだろ? ヴィクトルは結んでることもよくあったぜ。結ぶ?」
『そうね。このままだと長すぎて邪魔かも』
洗面台の鏡で改めて身だしなみを確認する。寝起きと変わらず、不健康そうなおじさんが映っていた。
顔の作りが取り立てて不細工だとは思わないが、身だしなみという点ではもう少し整えた方がよさそうに見える。
せめて伸びすぎてぴょんぴょん飛び出している眉毛だけでもきれいにできないだろうか。これくらいの隈ならコンシーラーがあれば隠せるのにな。髭の手入れの仕方は分からないが、映画で見た海外の俳優さんたちの髭は、もっときれいに生え揃っていたような気がする。
顔を洗った時に手櫛で簡単に整えただけの髪にもう一度水をつけて撫で付け、ダニーが見つけてくれた髪紐で一つに結えると、多少は見た目がすっきりした。
「アヤネ、これがローブです。ダニー、ヴィクトルがいつもどっちの鞄を使ってたか分かるか?」
ギルが二階からくたびれたローブと鞄を二個持ってきてくれた。
ローブは私に手渡し、ダニーと二つの鞄を囲んで相談を始める。どちらも使い込まれた風合いの革鞄で、片方は小さいショルダーバッグくらいの大きさ。もう片方は、サラリーマンが通勤に使っているバッグと同じくらいのサイズだった。
「わかんねー。両方もってけばいいんじゃね?」
「結構重いんだよ。大きい方は手帳とノートがパンパンに入ってるから、ギルドで何か聞かれたときに使えるもんがあるかもしれねえ。小さい方はガラクタとおもちゃしか入ってないように見えるが、魔術師から見れば重要なもんだったりするのかと悩んじまってな」
「財布は入ってねーの?」
「財布は両方に入ってたんだ」
「なんでだよ」
一方で、私は初めて羽織ったローブに興奮していた。
『うおー、見て見て! あたし、めっちゃ魔法使いっぽくない? ね、ここ鏡ないの、鏡! 全身がどうなってるか見たいんだけど!』
「そんなでかい鏡ねーよ。アヤネ、はしゃぎすぎ!」
「とりあえず外に出るか。アヤネ、大通りの店のガラス窓で見れると思いますよ。ちょっと歩いたとこにショーウィンドウの付いてる店があるんで」
ギルは悩んで、結局両方の鞄を持っていくことに決めたようだ。
大きい鞄は持ち歩き続けるにはややしんどい重さだったので、床に転がっていた別の鞄に中身を半分移し、ギルと私で分けて持つことにした。一番身体の小さいダニーは、軽くて小さい鞄の担当だ。
私はこのとき、その小さい鞄が先ほど既視感を覚えたものだと気が付いた。寝室の机に置いてあったあの鞄だ。しかし魔法使いのローブと外へ出られる高揚感で、すぐに忘れてしまった。




