45. 4日目④ 鶏ガラ事変 - 序 -
最後に念のため、二人でベッド周り以外に魔法陣などが残っていないかを確認した。
部屋のあちこちに転がっている紙や巻物にそれらしいスクロール(紙や革に魔法陣を書き込んで携帯できるようにしたものだそうだ)が無いかも探したが、降霊術にあたるものは見つからなかった。
『っくしゅ! もー、埃っぽいなー』
埃まみれのところはしばらく触っていないだろうということで探索範囲外にしたのだが、周辺のものを動かせばどうしたって埃が舞う。
痕跡探しが終わった今、最早遠慮する必要はないだろう。一刻も早く快適な住空間を取り戻さなくては。
「ユーリス、窓開けていい?(Yuris, can I open the windows?)」
「どうぞ」
「一階も掃除しちゃうね(I'll clean the ground floor.)」
ユーリスは寝室のデスクでアシュクロフト氏に向けた報告書を書きながら、時折何か考えている様子だった。
私はその周りでせわしなく働き始める。ヴィクトルの住処を荒らすつもりはないが、居心地よく過ごすための換気と掃除はさせてもらいたい。
この後ギル達がご飯を食べにくるのだし。
「……そうだ。ユーリス、今日の夜って時間ある? 友達とここのキッチンででっかいドリフィ・ローフを焼こうって話してるんだけど、良かったら一緒に食べない?(......Oh, Yuris, do you have a time tonight? We......my friends and I, are going to bake a big Drify Loaf in this kitchen. Do you want to join us?)」
ユーリスは書き物から顔を上げた。
「ドリフィ・ローフですか。懐かしいですね。私がご一緒して構わないのですか?」
「もちろん。あー……ユーリスの知らない人ばかりいる、気にならなかったらだけど……(Why not? Ah......if you don't mind, there's a lot of people you don't know......)」
ノリで誘って、昔、人見知りの友達に気まずい思いをさせてしまったことを思い出した。
私はその時まだ子供で、私から誘ったのにその子を知らない人たちの中に放置して、他の友達と盛り上がってしまったのだ。
大人になった私は流石にもうそんなことをするつもりはないが、そもそも大勢の人に囲まれるのが苦手な人がいることを、泣きながら怒られて知った。
「気にしませんよ。どんな人が来るのですか?」
ふ、と笑ったユーリスは、心配するのもおこがましいくらいの大人に見える。
「ギルとダニーっていう、ここで目が覚めた時から色々助けてくれた子たちとー、彼らの孤児院の友達が何人か来るって聞いてる(Gil and Danni, they're kids who have taken care of me since I woke up here ...... and their friends who live in the same orphanage.)」
「……なるほど」
ユーリスはベストのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
「是非ご一緒させてください。キッチンも掃除しなくてはいけませんね」
言いながら、ユーリスは長い髪を手早く一つにまとめ始めた。掃除を一緒にやってくれる気らしい。
そのまま埃まみれのダイニングに歩いて行きそうなユーリスに待ったをかけて、私は大急ぎで着替えを探した。クララの服は私が守る。
いい天気なので、布団の埃を落として、ついでに短時間だけでも風に当てようと窓に掛けた。
アシュクロフト邸での英語のレッスンが午前中にあるので、お茶会まで私がヴィクトルの家のベッドで眠ることはなさそうだが、きれいにしておくに越したことはない。
こうしておけば、戻って来たヴィクトルも快適に過ごせるだろうし。
「アヤネー!」
「ダニー!(Danni!)」
玄関前の石畳の小道で、ダニーがこちらに手を振っている。「お疲れ」と言おうとして、なんて言えばいいのか分からず手だけを振り返した。こういう何気ないシチュエーションで使う英語は、まだまだ勉強が必要そうだ。
ダニーは何かの包みを抱えているようだ。今私が居るのは二階で、距離があるせいでよく見えない。周りには誰もおらず、ダニー一人に見えた。
「買い物ありがとー! ギルと他の子たちは?(Thank you for buying stuff! Where's Gil and other friends?)」
「説明するからさー、先に玄関開けてくれよー!」
確かに、このまま大声で話していては近所迷惑だ。通訳魔術なしでの会話も心許ない。
寝室の掃除をヘレナに任せ、私は階段を降りた。
「見ろよこれ、すげーだろ! めちゃくちゃ安かったんだぜ!」
『うわぁ』
ダニーが誇らしげに差し出した包みの中身に、私は内心引いてしまった。
包みの中には、大量の鶏ガラが入っていた。
肋骨の内側がはっきりわかる造形に、赤黒い血だか内臓の欠片だかがへばりついている。見るからに新鮮なやつだ。二十一世紀の日本のスーパーではあまりお目にかかれない。
「昨日さー、ギルが肉屋に色々聞いて回ってただろ? 店員がそれを覚えてたらしくて、ギルに声を掛けてきたんだよ。『全部買うなら大安売り』っつって。孤児院用にいいな、ってことで全部買ったんだけど、ちょっとだけこっちにおすそ分け。ドリフィ・ローフの材料代の代わりだって。スープにすると旨いんだぜ、これ」
得意げなダニーに、私は動揺を急いで引っ込めた。
落ち着いて考えれば、隣に並ぶ本命の肉――ドリフィ・ローフ用の肉が少なく見えるほど豪華な肉のプレゼントだ。嬉しくないはずがない。
爪の形まではっきりわかる鶏の足が突き出ているのは、見えないことにしよう。私は頑張って笑顔を作った。
『す、すごーい! じゃあ駄目になる前に下ごしらえしないと!』
「おう! あ、でもさ、先にギルを助けに行かなきゃ。確かその辺にでかい鍋が……あった!」
『助けに行くって、どういうこと?』




