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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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44. 4日目③ 魔術師による現場検証

 馬車で同乗しているユーリスにそれを話すと、彼は柔らかく目元を綻ばせた。


「彼女は頼りになるでしょう? 目端の利く、創意工夫の得意な努力家ですから」


 今日のユーリスはフード付きの黒いローブを羽織っていた。ふくらはぎの真ん中くらいまでの丈で動きやすそう。色味も質素で庶民の居住区を歩いても変に目立たない。光沢の違う黒い糸で細かい刺繍が入っているので、見る人が見れば熟練の職人の一点ものだと気づくかもしれないが。


「クララとはどれくらいの、……えーと、どれくらいの付き合いの友達ですか?(How long you and Clara......Uh......How long have you been friends?)」

「十年くらいでしょうか。考えてみれば、彼女とも長い付き合いになりました」


(……それって、人生の半分くらいの付き合いってことじゃない?)


 ユーリスはどう多く見積もっても二十五歳前後、人種差を踏まえると二十手前の可能性すらある。


「魔術師って、他の人より長く生きたりする?(Can Wizards live longer than other people?)」


 ユーリスは虚を突かれたような顔をし、ついでくすりと笑った。


「ふふ。魔術師は人間ですよ。他の皆と何ら変わりはありません。皆と同じように老いて、皆と同じように死にます」


 魔術師は不老長寿だとか、そういうファンタジーな設定は特になかったらしい。


 魔術師の存在自体が私にとってはファンタジーだが、今まで見てきたこの世界の魔術は縛りが多く、結構現実的だった。フィクション作品で触れてきた設定のうち、何がありで何がなしなのか全然読めない。


(この人もいつかおじいちゃんになるのか。あんまり想像できないな)


 過去に思いを()せているユーリスの姿はいっそ神々しく、時間を超越していると言われても信じてしまいそうだった。馬車の窓の明かりに色素の薄い長い髪が透けてキラキラと輝き、逆光になった横顔を縁取っている。


 今日のローブは後ろから見るとドレープが多く布量がそれなりにあるのだが、生地が薄めなのかフードがすべて後ろに流れている。そのためシルエットにフードの布のもたつきが影響せず、前から見るとスッキリした印象になった。ローブの下はジャストサイズのベストとスラックスで、この間見たカソックよりも姿勢の綺麗さと腰の細さが強調されている。


 外でフードを被る判断は賢明だなと思った。こんな綺麗すぎる人が不用意に歩いていたら、意味なく印象に残ってしまう。

 馬車の中でフードを被ることにどれほどの効果があるかは不明だが。


 (ん?)


 馬車から降りるとき、一番奥に座ったユーリスが御者と迎えの時間を相談していた。ちなみにこの馬車はクララの家――ダルトン子爵家の馬車で、アシュクロフト伯爵家の馬車ではない。私が迎えに来た時、ユーリスが急用で外出していたとかで、彼の乗ってきた馬車にそのまま同乗させてもらうことになったのだ。


 その馬車から私とヘレナが先に降り、一足先にヴィクトルの玄関先に立って鍵を開けた。そしてふと振り返った時に、ユーリスが小さな瓶の中身を飲み干したのを見たのだ。


 遠目だったが、あの瓶には見覚えがある。数日前、温室で魔法陣を起動した後、クースの説明を受ける前にも同じものを飲んでいた。


(薬か何かなのかな)


 私はあまり気にすることなく、ヘレナを連れて家の中に入った。





「キッチンに魔術の痕跡はありませんね。使っても問題ありませんよ」


 まず最初にキッチンを使っていいかどうか確認してほしいと依頼していたので、ユーリスは真っ先にそちらを見てくれた。

 早速ヘレナに孤児院までの伝言を頼む。少し遅くなってしまったので、市場で肉がまだ手に入るか少し心配だ。ギル達が買い出しの行き帰りにトラムを使えるよう、追加のトラム代をヘレナに預けることにした。


 最後に入った時にケネスが掃除をしてくれていたおかげで、ダイニング周りは多少綺麗になっていた。


 とはいえ麗人の背景にはまだまだそぐわない。寝室のクローゼットを漁る許可が出たら、ユーリスの服が汚れないようエプロンか何かを探して渡したいところだ。この服も間違いなくクララの作品なのだし。


 一昨日窓際に生けた花は、少し元気をなくしていたものの、まだもちそうだった。コップの水を入れ替えて窓際に置き直す。これで元気になってくれればいいが。


 ヴィクトルの寝室の方も確認したが、ユーリスの回答は同じだった。


「こちらにも魔術の痕跡は見当たりません。アヤネ、ここで目覚めた時、どのような形で寝ていたのか覚えていますか?」

「えっと……多分こんな感じ?(Well......maybe like this?)」


 私はベッドに横になり、下半身に上掛けを被った。起きた時は、知らない男性がドアの外に居る怖さで動揺していてしっかりとは覚えていないが、びくつきながら上掛けを握りしめていた記憶がある。


 ユーリスは何か考えつつ、ベッドの周りを注意深く見分した。


「起きた後に動かした覚えのあるものを教えてください」

「そうね、まずカーテンでしょ、窓でしょ。それからこのイヤーカフがこっちの棚の小箱の中にあって……(OK. First, curtains and windows. This ear cuff was in this small box on the shelf. And............)」


 私はできるだけ正確に思い出そうと努めた。


 顔を洗うのに使ったタオルは、多分洗面所のある一階に備え付けられていたもので、この部屋のものではないと思う。着替えやローブを持って来てくれたのは確かギルだ。しっかり見ていなかったので自信が無いが、ローブはおそらくクローゼットの中から取り出したのだと思われる。

 そのローブは、一昨日礼装に着替えたときにハンガーに掛けて、今は最初と同じクローゼットの中にしまってある。


 ローブ以外のクローゼットの中身は、ケネスが礼装を探し出すにあたってかなり動かしたと考えられるが、ケネスの様子を見ていなかったので詳細は不明だ。靴下や下着を探すときにタンス周りも動かした。ギルが持ち出した資料入りの鞄がもともとどこに置いてあったかは分からない。それから……。


「あ、この鞄が机に置いてあった! こんな感じで(Oh, this bag was on the desk! Like this.)」


 私は持ってきた小さい鞄を机に置いて見せた。目覚めた時に既視感を感じたあの鞄だ。

 中身は、少なくとも私は入れ替えていない。手帳を追加したくらいだ。


 ユーリスが鞄の中身を一つ一つ取り出して机に広げていく。

 財布、ハンカチ、手帳と万年筆、不透明な鉱石がいくつか、飴、飴の包み紙、何に使うのか分からない雑多な小物の数々、「初針の守り子」らしきぬいぐるみ。


 鞄やぬいぐるみに私が既視感を感じていることも伝えたが、ユーリスの返答はやはり「魔術の発動に使われたとは思えない」だった。


「いくつか魔術によく使われるものはありますが、もし術に組み込んだなら、鞄の中に入れたままにはならないはずです。あなたの既視感は気になりますが、ぬいぐるみにも鞄にも魔術の痕跡はありません」


 じゃあ、あのぬいぐるみは本当に何の変哲もない人形なのか。ますます意味が分からない。

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