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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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43. 4日目② 頼もしい友人

「では、あなたは教師としての義務を全うしているのですか?(Aren't you neglecting your duties as a teacher?)」


 シュワード氏が軽く瞠目し、押し黙った。


 きちんと自分の英語が伝わったのを確認し、私は安心して詳細な説明を追加する。


「私は昨日、あなたに『今の私の発音は合っていますか?』と聞きました。私の答えが合っているのか、そうでないのかすら聞かなければ教えない。間違いを正す方法も教えないあなたは、教師の義務を全うしていると言えるのですか?(I asked you yesterday, "Was my pronunciation correct?". You didn't even tell me if my answer was correct or not. You never taught me how to pronounce it correctly. Do you think you are doing your duties as a teacher?)」


 自分の言葉が喧嘩を売る内容であることを自覚しながらも、気持ちは冷静なままだった。

 理不尽さに苛立つ気持ちは多少ある。その根底に、好奇心が疼いていた。


 この人は、どんなルールで、背景にどんな違いがあって、こんな無茶苦茶な教育論を振りかざしているのだろう? 無茶苦茶と感じる原因は? 文化? 時代背景の違い? それ以外の何らかの前提が噛み合っていないのか? それともそんなものはなくて、生徒を苛めたいだけの理不尽野郎なのだろうか?


 私はシュワード氏の意図を出来る限り正確に読み取ろうと、その厳めしい顔をじっと見つめた。


 白くなりかけた眉の下からじろりと見返す薄茶色の瞳には、怒りが宿っている。少し怯むが、煽ったのはこちらなのだから自業自得だ。私は腹に力を入れて動揺を押し隠した。


「正解とは、教師に与えられるものではない」


 低く、抑えた声だった。内容には「ん?」となったものの、言葉の意味は理解できている。


「正解とは、自ら学ぶものです。私は幾度も、"目指す正しさ"を提示している。あなたはそれを掴もうとせず、私に与えられるのを期待している。それを怠慢だというのです」

「……なるほど?(……Hmm? Okay.)」


 一部知らない言葉があったが、文章の意味はだいたい分かった。言っていることもまあ分かる。分かるけど……。


「注意深く聞き、課題を発見し、自ら学ぶ。これが"教師からものを学ぶ"ということです。ヴィクター様もそのようにして学びました」


 彼はそこで言葉を切り、授業を再開した。今まで通りの、感情を排した淡々とした授業だ。


 私はシュワード氏をちょっと尊敬した。目の前の相手に怒りを感じていても役目を優先しようとする。感情を仕事に持ち込まない。公正で理性的な人なんだな。


 だからといって、授業スタイルが改善されるわけではないのだが。


「念のためお伺いしますが……私が外国人だってこと、ご存じですか?(I'd like to ask, just in case ……Do you know I'm a foreigner?)」

「存じております」


 なるほど?




 

「……っていう感じでさ。私の『外国語が分からない』ってのがどんな感じか、共有できない人なんだよね……(Like that. He can't understand what it's like "I can't understand a foreign language"…….)」


 当然、その後のレッスンは悲惨だった。

 昨日の夜から頑張ったので、「定型文の暗記」は完璧。シュワード氏の教える定型文が、暗記したもので全てなのが分かったのも良かった。

 それ以外、特に発音は全然駄目だ。


 相変わらず、聞かないと上手く発音出来ているのかどうかも教えてもらえない。文章一個分は、シュワード氏の方針に従い自力で間違いを見つけようとしたが、やっぱり無理だと諦めた。

 切り替えて、ひとまず全部「ちゃんと発音出来ているかどうか」だけでも洗い出そうと、逐一確認して回った。「出来ていません」の連続だった。

 昨日は「何も指摘されていないから合ってるんだろう」と思っていた箇所が、軒並み間違いだと分かった分だけ、前に進めたとは思う。シュワード氏の渋面と、ぱしんぱしん音を鳴らす鞭は見えないふりをした。実際には見えているので、神経がゴリゴリ削られた。ノートに積み上げられていく、改善箇所の山も心に重くのしかかっていく。


 結果、まだ昼を過ぎたばかりだというのに疲労困憊の私が出来上がったというわけだ。


「こっちは辞書もないんだよ! そもそも分からないところが分からないのに『自分で学べ』とか、どうしろっての!? きっとあの人には『外国で言葉が分かんなくて困る』っていう経験がないんだよ(I don't even have a dictionary! I don't even know what I'm doing wrong. He said, "learn on your own", how can I study by myself!? He probably never had trouble with language in a foreign country.) 」


 ヒートアップして不満を爆発させてしまった私を、クララはどうどうと宥めた。


「どうかしらねえ。伯爵家に家庭教師として招かれるような男性なら、留学くらいはしたことがあると思うけれど……」


 クララは行儀悪くテーブルに肘をついてうなだれる私を好きにさせつつ、使用人に追加のクッキーを持ってくるように言った。やさしすぎる。


「でも、そうよねえ。その家庭教師の場合、留学先にも英語の本はあったでしょうし、周りに英語の話せる学友や教師もいたでしょう。一人で知らない国に来たアヤネを同じように考えるのは、無茶というものよね」


 よしよし、と慰めてくれるクララ。大人だなあ。好きになっちゃいそう。


「クララも周りに貴族がいない中で貴族の英語を勉強したんだよね? どうやって発音を練習したの? 授業で習った発音を自分でどう練習するか方法を模索するをしているが、まだいい方法が見つかっていません

 (You learned the way nobles speak without nobles around you too, right? How did you practice pronunciation? I'm looking for how to practice pronunciation I learnt in the class by myself but I still can't find any good way.)」

「そうねえ。わたくしの場合は親が家庭教師を住みこませていたから、アヤネとは状況が違うかもしれないわ。その先生とは授業以外で会えないの?」

「分かんないけど、授業の後にまで会いたくないよー。怖すぎるんだもん(I'm not sure but I don't want to meet him after class. He's too scary.)」

「そうなの……。それじゃあ練習は、使用人相手にしてみるのはどう? 上級の使用人なら貴族らしい英語を話せるはずよ」


 私は後ろで控えているヘレナを振り返った。彼女はこの場において、アシュクロフト氏に対するケネスの役割をするらしい。


「私では力不足かと。普段はパーラーメイドをしておりますので。必要最低限の発音しか身につけておりません」

「アシュクロフト伯爵夫人はまだ領地から出てきていらっしゃらないの? 彼女の侍女なら言葉に問題はないでしょう」

「はい、今はまだカントリーハウスにいらっしゃいます」

「まだ三月だものねえ。執事を借りるのは屋敷の業務に障りがあるでしょうし」


 よく分からないが、使用人にも色々な種類があるらしい。

 クララはその後、私の英語ノートを見て内容を確認したり、発音をみてくれたりした。


「この定型句を問題なく発音できるようにならないといけないのよね? やっぱり何度も口に出して、直してを繰り返すしかないと思うわ。貴族的な発音になっていないというより、英語とは違う音になっている気がするから、授業外ではメイドに練習相手になってもらって、授業で細かいところを修正する形にしたらどうかしら? もう日が無いんでしょう?」

「そうしてみる……。ありがとう、クララ(I'll do that. Thank you, Clara.)」


 ここまで言語の苦労を理解して、親身になってくれる友人ができたというだけでありがた過ぎる。きっと彼女が今みたいな貴婦人になるまで、相当な苦労があったんだろうな。改めて友人を尊敬した。

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