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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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41. 3日目⑧ 既視感に既視感

 市場の終了時間が近くなった頃。丁度小腹が減った私たちは、タイムセールのおやつを買って広場の端に設置されているベンチで休憩することにした。


 『そういえばさ、ギルとダニーはこれが何か知ってる?』


 ギルが買ったばかりのおやつの袋を開けて皆に回し始めた横で、私は自分の鞄の中を開いて見せた。


 おやつは本日二品目のセイヴェル料理、エンバーナッツだ。


 エンバーナッツは、簡単に言えば味付けナッツだった。木の実やドライフルーツをハーブと塩で炒ったスナック菓子。小腹が空いたときにつまむのにピッタリのおやつだ。キャラメルや蜂蜜で味付けした甘いのもあったが、そちらは変わり種らしい。


「何って、ぬいぐるみじゃねえの?」


 私は手持ちのナッツを全部口に含んで咀嚼(そしゃく)しつつ、紙の手ぬぐいで手を拭き、鞄の中身を取り出して見せた。


『うん、ぬいぐるみなんだけどさ……』


 ダニーの言う通り、ぬいぐるみだ。顔に対し大きめの耳が付いている。モチーフは耳の短い兎か、耳の大きい犬だろうか? 手足の縫い付け方が悪いせいか、中の綿が少ないのか、手足がだらんとしていて不格好に見える。


『なんか、見覚えがある気がするんだよね』


 これがアシュクロフト氏から昨日返してもらった、ヴィクトルの鞄の中から出てきたのだ。つまり、ヴィクトルの寝室で目を覚ました時に既視感を感じた、あの鞄の中身である。


「ヴィクトルの鞄の中に入ってたやつっすよね? 一昨日、魔術師ギルドに向かう準備をしてる時に見ましたけど」

「そーなの? 俺、気付いてなかった」


 二人ともナッツをぼりぼり噛みながら、きょとんとしていた。ぬいぐるみ自体に特別な意味があるわけではないらしい。


 かくいう私も、どうしてこれに既視感を感じるのかさっぱりだ。


『うーん、あんま気にしなくていいのかなあ。見覚えがあるの変だなーっていうだけで、意味があるか分かんないし。ヴィクトルはこのぬいぐるみをいつも持ってたの?』

「さあ? 俺は見たことねーけど」

「俺もないっすね」


 ヴィクトルが二人に見せなかっただけで、鞄にずっと隠し持っていたという可能性もある。が、それが分かったところでどうという話でもある。


「ヘレナは? なんか分かる?」


 ダニーがヘレナに話題を振ったので、私はぬいぐるみをヘレナの前に差し出した。手元のナッツを食べ終わったヘレナは手を拭うと、平常運転の無感動な表情のままぬいぐるみを持ち上げ、見分をはじめた。


 ベンチの向こうでは、ロウ・マーケットが丁度終了したようだ。陳列用の箱から商品が引き上げられ、店員たちがいたずら防止の布をかけて回っている。


「……これは、もしかしたら、初針(しょはり)(まも)り子かもしれません」

「初針の守り子?」


 これには私だけでなく、ギルとダニーも疑問符を浮かべた。


 ヘレナが言うには、「初針の守り子」はセイヴェルに古くからある女の子のための慣習らしい。


 工場製の安い衣服が出回った今、徐々にその重要性は下がってきているものの、伝統的に針仕事は女性の重要な役目だった。故に昔ながらの慣習として、この国の女の子はおおよそ十歳を超えたあたりで針仕事を教わるのだそうだ。そのときに、最初に作るのがこのぬいぐるみなのだという。


 もちろん、ぬいぐるみをいきなり全部作るのは難しいので、布の裁断等の難しい工程は母親や教師が行う。本人は縫い方の練習から始めて、少しずつぬいぐるみの制作に必要な技術を学び、数週間から数か月かけて完成させるのだそうだ。


 完成したぬいぐるみは、その子の健やかな成長と自立を助けるお守りになると言われている。


『じゃあ、ヴィクトルが子供の頃に作ったお守りってこと?』

「えー? でもヴィクトルって男の子だぜ?」

『そうだけどさあ、分かんないじゃん。男の子だって作るかもしれないじゃん』


 性別で役割を強制するの良くないよね、という風潮の中で育った私の感覚は、多分ダニーの感覚と大きくずれている。


「もしヴィクトルが十歳で作ったなら、作られてから十五年以上は経ってるってことになりますよね。それにしては綺麗な感じしますけど」

『確かに』


 ぬいぐるみのフォルム自体はだらんとしているものの、布地に汚れは見当たらなかった。ぬいぐるみは時間が経つと黒ずんだり、置き場所によっては日焼けしたりするものだが、それもない。


 小袋にいっぱいのナッツを食べ終わるまで四人で頭をひねったが、結局それ以上は何もわからなかった。


 何にせよ、お守りというからには大切にした方がいいのだろう。

 私は間違ってもスリに狙われないよう、ハンカチに包んで鞄の一番奥にぬいぐるみをしまった。

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