38. 3日目⑤ 若気の至りと言うべきか
先ほどまで落ち込んでいた様子のコリーが、急に元気になった。好奇心が原動力になるタイプなのだろう。それにしても素晴らしい切り替えっぷりだ。
「これは魔術だぜ! 魔術師ヴィクトルの発明品。言葉が分かんなくても通じるの。すげーだろ!」
ダニーが自慢げに答えた。ラジオとは違うベクトルだが、確かにすごい。こんなの百年後の科学でも実現できない。
「魔術なんですか!? なんてことだ、あんな使い古された技術分野にまだ発展の余地が残っていたなんて!」
「…………」
私はコリーが何を言っているか分からずぽかんとしていただけだったが、他の皆がしーんとしたのには気が付いた。
「??? どうしたんですか、皆さん?」
コリーだけが沈黙についていけず、きょどきょどしている。うっかり木から落ちて、今いる場所がどこか分からなくなった子リスのようだ。
「おまえさー……」
ダニーは不服そうだったが、どう文句を言えばいいのか分からない様子だ。
私はぽかんとしたままコリーとダニーの顔を交互に見ていた。ギルが気を利かせて要約してくれる。
『魔術って使い古されてるんだ?』
「生まれる前からその辺にありますし、最近は科学が流行ってるんで、まあ……」
私にとって魔術は最も目新しいものだが、この国で生まれ育った人間には違うのだろう。
そしてコリーは、無自覚に魔術を下に見ているらしい。
多分これはあれだ、現代日本人が十数年前の流行りを揶揄する感覚に似たものを感じる。子供が親のセンスを古いと笑い、自分たちこそが時代の寵児と得意がる、あの感覚だ。
だからこそ明確な悪意が無く、大好きなヴィクトルの魔術を面と向かって下げられたダニーも、どう反論すればいいのか迷っている。
(いやー、あたしも中学生か高校生くらいまでやってたわー……)
こういうのを共感性羞恥と言うのだろうか? 少し違ったかもしれない。心がそわそわする。
それなりに時間が経ってもコリーは自分の発言の棘に気が付かない様子だった。
私は何を言おうか迷った。戸惑うコリーに説明することもできなくはないが、初対面で価値観に口を出すというのも踏み込み過ぎな気がする。第一、日本語でもうまく理解してもらえる自信がないものを、英語でどう説明したらいいのだろう?
「あ! そちらのミスター! ラジオにご興味がおありでしょうか!?」
ラジオの山を興味深げに眺めている紳士に気が付き、コリーが飛びつく。残された私たちは互いに顔を見合わせた。
「……次いきましょっか」
「だなー」
資金集めはまだまだ難航しそうだ。私は心の中でそっとセイヴェルのラジオ開発にエールを送った。
そうしてぞろぞろと移動しようとしていた時だった。
向こうから走ってきた少女を、私はすれ違いざまに引き留めていた。十歳にもならないくらいの幼い少女だ。
「あ、あれ……? ご、ごめんなさい(I'm sorry.)」
うっかり出してしまった腕を引っ込め、両手を上げる。栗色のやわらかそうな髪をリボンで留めた少女は、真ん丸な緑の目で、きょとんとこちらを見上げていた。
「どうしたんだよ、アヤネ。知り合い?」
『いや、えーっと……』
「あのう……うちの娘がどうかされましたか?」
おずおずと声をかけてきたのは、優しそうな、少しくたびれた印象の男性だった。先ほどコリーのラジオを眺めていた紳士だ。ラジオの話は終わったらしく、コリーが道行く人へ呼びかける声が背後から聞こえている。
「あ、いえ、知り合いの子に似ているした気がして。勘違いだったみたいです。すみません(Uh……I felt she looks like someone I know. But it was my mistake. I'm sorry.)」
私が謝罪すると、紳士は「はぁ……」と困惑を隠せない返事をした。女の子が「お父さま」と言いながら紳士に駆け寄り、ズボンのすそに隠れてこちらを見ている。
「や、ほんとにすみません……。怯えさせちゃったかも(Uh, I'm so sorry…… I scared her.)」
「いやいや、大丈夫ですよ。もともと人見知りな子でね。さ、行こうか」
歩き去っていく親子を、ぼんやりと見送る。父親のズボンのすそを握りしめ、振り返って背中越しにこちらを見る少女の瞳は、やはり緑だった。
「アヤネ、なんだったんすか?」
『あ、いや。ほんと、ただの見間違いだったんだけど』
すれ違う一瞬、少女の瞳が紫に見えた気がしたのだ。
(あの子と同じ色)
調子を崩しかねないので、あの金髪の少年のことは考えないようにしていたのに。不意に思い出して幻覚を見るほど、私は思い詰めていたのだろうか? うっかり知らない少女を引き留めるほど? 自分の行動が解せない。
『セイヴェルで紫の目の人は珍しいって聞いてさ。知り合いの子が紫だったから、親戚か何かかと思って、つい引き留めちゃった』
まあ、勘違いだったけどね。
あまりあの子のことを考えすぎて頭痛を起こすわけにもいかない。私はそれとなく話題を逸らした。
「紫の目ー? 確かに見たことねえかも」
「珍しい色ではあるよな。でも、居ないわけじゃないらしいっすよ」
『そうなんだ?』
それなら、瞳が紫と言うだけであの子と結びつけるのは軽率だったか。危うく知らない少女をナンパする怪しいおじさんになるところだった。これからは気を付けよう。
広場を一通りぐるっと回った後、私たちはロウ・マーケットへ足を運ぶことにした。
今日のロウ・マーケットは十五時半には終わってしまうらしい。まだ二時間近くあるが、移動時間のことを考えるとそろそろ動いた方がいいだろう。
「ロウ・マーケットでは……いや、ロウ・マーケットに限らねえな。人が多いところでは鞄を前にして、出来ればジャケットの下に隠しといて下さい。どうしたってスリが出るんで」
『はーい』
優秀な観光ガイドのギルの注意に従い、私は一度ジャケットを脱ぎ、ヴィクトルの鞄をその下に掛けて着直した。アシュクロフト氏の屋敷にはローブが無かったので、今日の私は普通のシャツとジャケットを着ている。
アシュクロフト氏の着ている明らかに高級そうな服とは違い、程よく使い込まれた、地味な色味の上下だ。上手いこと庶民の市場に溶け込めている。魔術師らしい長い髪だけは多少目立ちそうだが、人ごみを眺めれば似たような長髪の人間がちらほらいたので大丈夫だろう。
ロウ・マーケットの入り口では、本日の目玉商品なのであろう、特価品の売り込みに各店舗がしのぎを削っていた。あの手この手で人目を引こうと、声の大きい男性の売り子たちが商品を手に歩き回っている。並んでいるフルーツをその場で切って、試食を提供している人までいた。
私とダニーは差し出された試食に手を伸ばしかけたが、ギルに手を引かれて空振りに終わった。今日の目的は観光という名の冷やかしに近いので、購入しなければ悪い気持ちになるものは極力受け取らない方がいいのかもしれない。
「いや、あれ、タダじゃないことがあるんで。悪質なのだと因縁付けた上で囲まれて連れてかれて有り金全部奪われます。もちろん、全部がそうってわけじゃないすけど」
『マジかー』
平和ボケしすぎていた。ここは外国で、百年前だ。治安の常識が全然違う。
私は絶対にはぐれないようダニーとギルの手をぎゅっと握り、ジャケットの下の鞄を隠すように脇を締めた。
本日で投稿開始から一か月になりました!
いつも読んで下さる皆様、ブックマーク・評価をしてくださった皆様、本当に励みになっております。ありがとうございます。
ここからは更新ペースを調整するつもりでしたが、なぜか初回の活動報告に「2026/5/28まで連続投稿」と書いていたので28日まで毎日投稿します。




