37. 3日目④ ラジオ開発にお恵みを!
呼び込みをしているのは若い男性だった。
体格が違いすぎるので自信がないが、ギルよりは年上と思われる。筋肉質でいかにも運動が得意そうなギルに対して、青年は小柄でなまっちろく、典型的な文化系男子といった風情だ。瓶底眼鏡に扁平なキャスケットを身に着け、手には設計図のようなものを掲げている。
何かを必死にプレゼンをしているようだが、人前に出るのがあまり得意ではないのだろう。呼びかける声は小さくこもっていて、声を張ればひっくり返り、通行人を引き留めるには物足りない。
「つまり、振幅変調を用いることで――ああ、振幅というのは波の強さのことでして――その強弱に音声情報を……ええと……」
彼の隣にはダイヤルやスイッチがいくつもついた、四角いボックスが積み上げられていた。蓋を空けて配線を見せているものもあれば、ヘッドホンのような装置がぶら下がっているものもある。あれがラジオだろうか?
「ごめん、アヤネ。俺には何言ってるか分かんねーわ」
「俺もさっぱりです」
「英語なんだよね?(Is that English?)」
「英語ですねえ」
道行く人たちも同じ感想なのか、綺麗に素通りしていく。ちらっと目線をやる人もいるが、目すら合わせようとしない人がほとんどだ。
青年も流石にまずいと思ったのか、焦りながら設計書の代わりに配線の見えるボックスを持ち上げて、別のプレゼン方法を試みはじめた。
「ご覧ください、これこそが先ほどの美しい回路図を具現化したものです! えー、簡単にご説明しますとまずこちら。ここにコイルとコンデンサがありまして、この共振回路が――」
青年のテンションは一段上がったが、通行人は彼の情熱には興味がないようだ。彼の興奮は内向きで、見知らずの人の共感を全く呼び起こさない。隣でダニーがあくびをした。
「アヤネー、他んとこ行こうぜ。俺ら通訳できねーし、意味も分かんねーし。つまんねーじゃん」
『そうなの? あれが本当にラジオなら、すごく便利そうだけど』
考えてみれば、これまでセイヴェルで何かの放送を見たり聞いたりしたことがなかった。ラジオがまだない時代なのだとすれば、この青年がプレゼンしているのはものすごく画期的な科学技術なのではないだろうか?
「そこの皆様! ご興味がおありでしょうか!?」
「うわあっ」
唯一立ち止まっていた私たちに、彼が気付いたようだ。プレゼン用のボックスを抱えたまま、やや遠くにいた私たちに鬼気迫る勢いで近づいてきた。
「ああ、いや、すんません、俺らちょっと休憩してただけで……」
「このラジオって今聞けるの?(Can we listen to this radio now?)」
ギルがダニーを庇うようにして立ち、断りを入れている。その声を聴きながら、私は四角いラジオの山に近づき、屈みこんでしげしげとその物体を眺めていた。
ギルとダニーが同時に「えっ?」と声を上げる。
「これって何か聞くやつなの?」
「アヤネ、さっきの演説の意味が分かったんすか?」
むしろ彼は今まで何をプレゼンしていたんだ? これが本当にラジオなのか、急に自信がなくなってきた。
「えっと……これ、ラジオですよね? 遠くの場所から声や音楽のような音を送ることのできる機械(This is a radio, right? The machine which sends sounds like voices and music from a far place.)」
私の拙い英語はちゃんと通じたようだ。分厚い眼鏡のむこうで、青年の顔が「ぱあああ」と輝いた。
「その通りです! あああ、貴方はラジオをご存じなのですね!? その言葉、ひょっとして留学生、いえ、外国から招待された研究者!? アメリカ合衆国ではすでにラジオ放送が行われたのですよね? まさか現地でお聞きになったことが!?」
『近い近い近い近い!』
ものすごい勢いで手を取られて迫られ、私はエビぞり状態になった。言っている言葉はほとんど聞き取れる音だったが、早口と勢いと長文に押されて内容が入ってこない。
「こらこらこらこら、落ち着けよ。距離感どうなってんだあんた」
目を白黒させている私に変わり、ギルが青年を引き剥がしてくれた。青年ははっとして姿勢を正し、眼鏡を両手で直すと、きちんと距離を取ってこちらを見た。
「こ、これは失礼を。興奮してしまってつい」
「気にしないで(No worries.)、ええと……」
「僕はコリー・パストン、大学生です」
「絢音よ(I'm Ayane.)」
握手を交わすと、彼は初恋の人を前にした乙女のようにもじもじし始めた。
「ええと、それで、あ、あなたはラジオの放送をき、聞いたことが……?」
どう答えたものだろうか。
ラジオを聞いたことがあるかと聞かれれば答えはYesだ。しかしここよりはるか先の未来、しかも魔術の存在しない、パラレルワールドと思しき世界での話である。私はまるで走馬灯のように、これまでに見たり読んだりしたSFものの作品を思い出していた。
人間が過去にタイムリープした場合、未来の話はどの物語でもトラブルの元だった。過去にトラブルがあって未来の話がタブー化していたとしても、何らかの原因で未来の人間であることがばれて、そこから大きな事件に発展していくのだ。
ユーリスやアシュクロフト氏のような、今私の身に起こっていることを解明しようとしてくれる相手への情報共有であればともかく、通りすがりの大学生に未来の人間だと知られていいことがあるとは思えない。
私は当たり障りなく誤魔化すことにした。
「アメリカ合衆国のそのラジオ放送を聞いたことはありません。ただ、このラジオは科学における素晴らしい発展になるだろうと思っただけなんです。(I haven't heard the radio program in the United States of America. I just think this radio would be a great development in science.) 」
コリーはあからさまにがっかりした。
「そうでしたかぁ……」
嘘はついていないが隠し事をしている手前、ちょっと罪悪感を覚えてしまう。
「ええと、あなたは人々に研究への投資を求めているんですよね? この国の人たちはラジオに興味が無いんですか?(You're asking people to invest in your study, right? People in this country aren't interested in radio?)」
「僕の研究というより、大学の研究室の研究テーマでして……初のラジオ放送の話題は、外国のセンセーショナルな話として新聞にも大きく取り上げられていたので、興味が無いということはないと思うんですが」
ギル達の通訳を介して詳しく聞くと、何でもセイヴェル国内でのラジオ開発が上手くいっていないらしい。最初は「最新科学」としてもてはやされ、期待された研究室だったのだが、あまりに失敗が続くのでパトロンに愛想を尽かされかけているのだそうだ。
『それは何というか……お気の毒に』
英語でなんて言えばいいんだろう? "I'm sorry to hear that"かな?
「ところでさっきから気になっていたんですが、そちらの通訳の方が話しているのはただの英語ですよね? ほとんど僕の言うことを繰り返しているだけなのに、どうしてあなたに伝わっているんでしょうか?」




