36. 3日目③ セイヴェル観光
それよりも、今は英語のレッスンのことである。
お茶会まであと五日。この調子では、ヴィクトルの代役が務まるところまで英語が上達するとはとても思えない。
「今日はこれからどうします? アヤネが疲れてるなら、今日は予定を変更してこのままのんびりするのもアリっすよ」
『やだー! 観光する! 嫌なこと忘れて遊びたい!』
涙目の私にギルは苦笑し、ダニーはぴょんと立ち上がって私の腕を引っ張った。
「よっし、じゃあさ、いっぱい遊ぼうぜ!」
「そんじゃ、行きますか。どこに行きたいとかあります?」
『えっとね、ロウ・マーケットとー、あ、こないだ話してたセイヴェル料理って売ってるかな? どこかで買えるなら食べてみたい! それから中央広場の大道芸でなにか面白いのないかなー、英語が分からなくても楽しめるやつ』
言いながら孤児院の門まで来てぎょっとした。アシュクロフト氏の屋敷から一緒の馬車に乗ってきたメイドが、外で待機していたのだ。
「ヘレナ!? 近くに用事があるんじゃなかったの!?(Helena!? Don't you have something to do nearby!?)」
ヘレナはアシュクロフト邸で私のお世話をしてくれているメイドの一人だ。背の高い綺麗な人で、淡々と業務をこなす仕事のできるタイプ。私の理想の女性に近くて、正直滅茶苦茶友達になりたい。
「私の用はもう終わりました。残りの時間はお嬢様のお世話をするようにと旦那様が。勝手についていきますが、私はいないものと思ってお好きなところへどうぞ」
馬車はすでに屋敷に戻ったようで、あたりには見当たらない。
「なんだー、一緒に行くって教えてくれればよかったのに! ヘレナはどこか行きたいところがある? 私たちはロウ・マーケットに行くことをしようとしているの(So you could have told me that you would come with me! Do you have anywhere you want to go? We're going to go to The Low Market.)」
それから中央広場の大道芸と、などと行きたい場所を説明したが、ヘレナの返答はシンプルだった。
「どこへでもついていきますよ。お構いなく」
ヘレナは本当にどこでもよさそうな様子だ。つまらなそうでも、面倒くさそうでもないが、興味も特になさそう。きっと仕事は仕事として割り切るタイプなのだろう。
「もし途中で行きたいところを見つけるしたら、言ってね!(If you found anywhere you want to go, let me know!)」
そういうわけで、四人でのセイヴェル観光が始まった。
ルート的には先に中央広場に行く方がいいだろうということで、四人でお喋りしながら歩くことになった。そこそこ距離があるが、天気もいいし、ちょっとした散歩だと思えばいいだろう。孤児院から中央広場まではおおよそトラムの路線沿いを歩くだけなので、迷う心配もない。
「おっ! なあなあ、クレープってセイヴェル料理?」
「違うんじゃねえか? もともと外国の高級料理だったって聞いたことあるぜ」
トラム駅周辺は軽食系のフードスタンドや、周辺の小売店が持ち歩き出来る食品を売っているところが多かった。クレープの看板を見つけたダニーに連れられてメニュー表を覗き込むと、馴染みのある薄い生地の食べ物の絵が描かれていた。
『クレープは私の国でも見たなあ。春はいちごフェアをやっててさー。おっきいイチゴがいっぱい入ってるやつ、大好きだったなー』
「えっ、クレープの中にイチゴっすか? ソースかジャムを塗るんじゃなくて?」
「あんな薄いの、中になんか入れたら破れるんじゃねえの?」
『えー、セイヴェルのクレープは中に色々入れないの? あたしの知ってるクレープと違うかも』
「食ってみますか?」
『うーん……、いいや。中身以外は日本のクレープとそんなに大きく違わない気がする。あ! あっちの丸っこいのは?』
「あれは……パインキャップっすね」
「アヤネの国にもあるやつ?」
『それは知らないやつかも!』
パインキャップは、本来大きめのキノコに具材をこんもり詰めてオーブンで焼く料理らしい。そこから派生して、キノコに似た形の固めのパンに色々な種類の具材を詰めた軽食が街で売られるようになったそうだ。
観光のお目当ての一つ、「セイヴェル料理」だ。さっそく買って食べてみることにした。
ギルとダニーには観光案内の代金としてご飯を奢ることになっているのでこちらが財布を出す。ギルもこの間のソルビの時とは違い、快く受け取ってくれた。
「え? 私にも買ってくださるんですか?」
今回変な反応をしたのはヘレナだ。「ヘレナはどのパインキャップにする? ついでに奢るよ」と言うと、あまり表情を出さない瞳が驚きに見開かれた。
「そりゃあもちろん。あ、ヘレナが要らなかったらいいんだけど(Of course. If you want.)」
ヘレナは戸惑いを見せたが、すぐに「いえ、ありがとうございます」と受け入れた。
そうやって時折寄り道しつつ、店のディスプレイを冷やかしながら、ゆったりと中央広場を目指した。
中央広場で披露されている芸はバリエーションが豊かだった。
ジャグリングやアクロバットを披露する文字通りの大道芸人から、ヴァイオリンやアコーディオンのソロ演奏者、見たことのない打楽器で一人アンサンブルをしている人。
ローブに長髪、長いひげの魔術師による魔術の実演(チープな神秘の演出を除けば見事な手品だった)。
人形劇は英語が分からず内容にはついていけなかったが、木枠の舞台の中、人形を糸で操る様子を生で見たのは初めてで、裏方の動きが見えるのが新鮮だった。
『ねえねえ、あっちの呼び込みは? なんて言ってるの?』
すっかり興奮した私は、物珍しいものを見かけると突進していく猪になっていた。ギルとダニーが協力して必ずどちらかが手を繋ぐ状態をキープしているのは、通訳のためばかりではない。
「えっと、えー? なんだあれ? ギル、知ってる?」
「俺も初めて聞いたな。なんか、新しい科学技術のために資金を集めようとしてるみたいです。えーと、なんだって? radio?」
"radio"の部分だけ魔術で通訳されずに聞こえた。流石にこの英語は分かる。
『ラジオ?』




