33. 2日目⑮ 推理と密談
「ここに意味があるかは分かりませんが、少し引っかかりますね。丁度アヤネとヴィクトルが今の状態になった日の前日です」
普通なら単純な書き忘れで終わる話だろう。しかし、指摘されて私も気づいた。
(そうか。『今の状態になった日の前日』は『あたしが降霊術で呼ばれる直前』――この「お茶会?」の日が丁度、あたしの記憶が無いところに重なるんだ)
そして私は、知らないはずの少年に強い感情を覚えている。酷く取り乱して、意識が飛びかけるほどに。
些細な違和感に深刻さを見出すには、十分な状況だった。
「ふむ。この日のヴィクターの動向を知っているものが居ないか、一応確かめておこう。あの孤児院の子供たちは何か知っているだろうか」
「彼らはこの『お茶会?』の日、ヴィクトルには会わなかったって聞きました。でもダニーは、この日の前の一日にヴィクトルに会ったと言っていました。ヴィクトルは……えっと……興奮している?ように見えたって言っていました。(I heard they didn't meet Victor this day. But Dannie said she met Victor one day before this day. She said he had looked like ......uh......excited.)」
魔導具の翻訳で「そわそわ」「うきうき」していたとか聞いた気がするが、英語でどう言えばいいのかさっぱりだ。とにかくポジティブな様子だったのだとは思う。
「楽しみな予定があったということかな? ふむ……」
他に何かヒントが無いか手帳を捲ったり、手帳のカバーに何か入っていないか確認してみたが、三人とも特にめぼしいものは見つけられなかった。
これ以上ここで悩んでも進展はなさそうだ。私たちはこの場での推理を切り上げ、解散することにした。
「これでもし、ヴィクトルが普通に帰ってきたら面白いね(If Victor came back naturally, it would be funny.)」
ここまで真剣に悩んだのに、意味深に見えた記述の数々は全て勘違いで、一週間後にヴィクトルがしれっと帰ってきたら皆はどんな顔をするだろう?
「もしそうなったら、面白い茶飲み話が出来て有難いさ。あの子もきっと、笑って聞いてくれるだろう」
アシュクロフト氏はそう言って、カップに残った紅茶を飲み干した。ぎくしゃくしているらしい義理の兄弟の仲が、上手くいくきっかけの一つにでもなればいい。
私はヴィクトルのことを知らないが、気弱で善良な人だという話は聞いている。もしそうなったら、気まずそうな顔をしておずおずと戻ってくるのかもしれない。心配させた皆に「なんだよー」とか言われながら安堵混じりにつつかれたりして。
(あたしがその場にいられないのは、少し残念だけど)
ヴィクトルが帰ってくるということは、私がセイヴェルからいなくなるということだ。
ヴィクトルは今、どうしているんだろう。なんだかんだ、セイヴェルに来てから魔術師ヴィクトルが一番そばに居るのに、一番何も知らない。
ユーリスは確か、「降霊術は一時的に術者の魂を眠らせる術」と言っていた。ということは、私がこうしてヴィクトルの身体で活動している間も、ヴィクトルの魂は体の中で眠りつづけているのか。
「……あ。ねえ、ユーリス。ひょっとして、クースで助けてくれた魔術師がヴィクトルって可能性はない?(Yuris, is it possible that the wizard who saved me in Qus was Victor?)」
丁度、アシュクロフト氏が席を立ち、出入り口付近でクララと話し込んでいるタイミングだった。思いつきをそのまま口にした私にユーリスは目線だけを向け、食べかけのクッキーを上品に咀嚼し終えてから答えた。
「興味深い推論です。降霊状態でクースに入った場合にどうなるかは私にも分かりませんが、あり得るかもしれません。『降霊状態の術者の魂がどういった状況にいるのか』はまだ結論の出ていないテーマですから」
魔術にも、未知の領域がたくさんあるらしい。
もし本当にクースで会った魔術師がヴィクトルなら、もっといろんなことを聞いておけばよかったなと思った。
*
魔術師ユーリスは人気のなくなったサンルームに一人佇み、ガラス窓から午後の光を零すエニシダの蕾を眺めていた。この場所は庭園の最も美しい場所を切り取り、季節ごとに違う表情を楽しめるように設計されている。
人が手と心を尽くした場所が、ユーリスは嫌いではない。
好きに出歩けなくなって以来、新しい景色に出会う機会はめっきり減ってしまった。
ヴィクトルの姿をしたアヤネとは、先ほどサンルームの出口で別れたばかりだ。今頃は屋敷の門あたりにたどり着いてダルトン夫人と別れを惜しんでいる頃合いだろうか。
(警戒心の強いクラリッサと初対面であれほど仲良くなれるのは、彼女の無邪気さ故だろうか)
今年で二十歳だと聞いているが、英語が拙いせいかどうにも幼く感じる。緊迫する場面を積極的に壊しにかかる彼女の言動を思い出し、ユーリスは口元を軽く抑えた。
「こちらの庭のミモザは見事ですね。腕の良い庭師が居るのでしょう」
「私と二人だけで話したい用件とは何でしょうか、アシュクロフト卿?」
従者も連れずにやってきた男を振り返り、ユーリスは単刀直入に切り出した。爵位の差を持ち出せば無礼とも取れる態度だが、男に気にするそぶりはない。
「確認したいことがありましてね。本当はもう少し先に懸念すべき事柄なのだろうが、夫人があなたを表に出すのをあまりに渋るので。貴重なこの機会を最大限生かさざるを得ないのです」
「ご用件を」
エドマンド・アシュクロフト伯爵は、目の前の麗人のつれない態度に軽く笑った。
敵意も嫌悪もなく、貞淑な淑女のようにこちらを拒絶しているわけでもない。ただ無駄話をする気がないだけの率直な様子が、エドマンドは嫌いではなかった。
駆け引きとは縁遠い場所で育ったのだろう。自分とはかけ離れた人生を歩んできた青年に、純粋な興味と好感を覚えている。
もっとも、必要以上に自分の属する場所の情報を与えたくないという警戒心は、多少なり含まれているかもしれないが。
「まず一つ。『現状、アヤネ嬢がヴィクターの身体を乗っ取る兆候はない』との観測結果を踏まえた上で、アヤネ嬢に未知の要素があり、かつ経過観察をして頂けるとのこと。つまり、この先徐々に乗っ取りの兆候が出ることも視野に入れて、観察するという解釈でよろしいでしょうか?」
エドマンドは軽い前置きから入ることにした。
本題ではないが、二人きりでないと話しにくい内容なのは確かだ。英語が不自由なのは間違いないが、ある程度は会話を理解している様子のアヤネの前で、不用意に言うべきことではないだろう。
「それも含みます。逆にオドの癒着がこのままなく、彼女の記憶が欠けていったり、精神的な健全さを失っていくようなら、彼女が普通の霊であるという結論になります」
「オドの癒着とは、外から観測可能なものでしょうか?」
「悪魔等が原因の場合、姿かたちが歪む・体が壊死する等の事例があります。しかしこの場合、変化は即座に発生するため、今回の事例には当てはまらないでしょう」
「人間の霊がオドの癒着を引き起こした場合は、ゆっくりと変化する?」
ユーリスは少し考えて答えた。
「私の知る限り、憑依した人間の霊がオドの癒着を引き起こした事例はありません。強い執着により悪霊と化していたとしても、オドの癒着が発生しないまま暴れるのみ。生者のオドはそれほど強いのです。例外的に、人間の霊のオドと他の人間の肉体のオドを意図的に繋いだ場合、外見が変化しないまま一部の身体機能が低下したという研究記録を見たことがありますが……この場合も、変化は即座に観測されていたはずです」
ふいに覚えた愉快さを、エドマンドは微笑の下に隠した。
聖人然とした顔で、神への冒涜ともとれる研究の話を眉一つ動かさず口にする。駆け引き慣れはしていない割に、清濁併せ呑んだようなこの態度をどう解釈すべきか。一層興味深い男だ。
「アヤネを卿の近くに置いて監視するおつもりでしたら、彼女の精神を意図的に追い詰めるようなことはお勧めしません。精神的な健全さを失った原因が『霊であるから』なのか『環境の問題』なのかを切り分けできなければ、私の経過観察は無意味に終わることでしょう」
牽制を受けて、エドマンドは本心から笑った。
「肝に銘じておきましょう」
おおよそ十年前、彼がヴィクターに出会ったと思しきパーティで、あまり話をできなかったのが残念だ。あの頃の天使のような少年となら、もう少し腹を割って話せただろうか。
「さて、ここからが本題なのですが」
ユーリスの軽い警戒を無視して、エドマンドはまっすぐに切り出した。
「人道的な話を一旦抜きにするとして。もし、アヤネ嬢を強制的にヴィクターの身体から引き離さなければならなくなったとしたら、どのような手段が考えられるでしょうか?」
*
次回はここまでのまとめメモになるので、次の話も含め2回投稿します。
投稿時間は8時頃+通常通り12時頃の予定。




