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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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32. 2日目⑭ 悪筆のクエスチョンマーク

 ほどなくしてケネスが二冊の手帳と、万年筆を二本持ってきた。同時に他の使用人が、ティーポットにお湯を足して去っていく。


 アシュクロフト氏の手帳のスケジュール欄はほとんど中身が見えなかったが、ちらっと見えたページには几帳面に予定が書き込まれていた。


 ヴィクトルの手帳と比べると、同じ書き込みでも性格が違うのが分かる。アシュクロフト氏のスケジュールの文字が整然と並んでいるのに比べて、ヴィクトルの手帳は突発的な走り書きが多く、雑然としていた。いかにも研究メモといった感じだ。


 他人の手帳に書き込みをするのは気が引けたが、スケジュールを忘れては困るので勘弁してもらいたい。私は机に堂々と手帳を広げ、明日の欄と明後日の欄に予定を書き込んだ。ユーリスは最初から自分の手帳を持ってきていたようで、そこに書き込んでいる。


「現場の検証を明後日に行うのであれば、それまでヴィクターの寝室の状態を保全しておかなければならないね。アヤネ嬢は明後日まで私の邸宅で寝泊まりしなさい。もちろん、気に入るようなら一週間ずっといてくれても構わないよ」


 貴族のお家の宿泊体験だ。ぜひともお願いしたい。私は喜んで承諾した。


「あ、でも、それって孤児院から遠いですか? 明日は孤児院にいる友達と会うんです(Is it far from the orphanage? I'll meet my friends in the orphanage tomorrow.)」

「時間を教えてくれれば、馬車を手配するよ」


 何とも有難い待遇である。きっとそれだけヴィクトルが大事なのだろう。


「そのほかにできることとしては、魔術師ギルドにヴィクターが降霊術に関する報告書を上げていないか確認することだね。こちらは私の領分だろう」


 言いながら、アシュクロフト氏は手帳にメモを書き足していく。


「ユーリス卿は、降霊術が専門の魔術師に心当たりは?」

「近い研究をしていた魔術師に心当たりはあります。ただ、最後に会ったのが何年も前のことなので、その研究を続けているのかも、今どこにいるかも分かりません。典型的な外の魔術師ですから」


 これは後で聞いた話だが、この国の魔術師は大きく二種類に分かれるらしい。「街の魔術師」と「外の魔術師」だ。


 「街の魔術師」はヴィクトルのような、街の中に定住している魔術師のことを言う。国内の魔術インフラ関連の仕事に携わったり、研究の産物を売りに出したり、魔術師ギルドに登録して毎月研究内容を共有する代わりに研究費を得たり、特許を取るなどして収入を得ている。


 「外の魔術師」は街の外に住む魔術師たちの総称だ。ほとんどの場合定住せず、個々人で独自の真理を探究している。しがらみ、特に権力を嫌うため、用が無い限り街に近づかず、魔術師ギルドにも所属していない。


「ですので、降霊術に詳しい魔術師についても、魔術師ギルドに問い合わせるのが最も確実でしょう」


 ユーリスの言に、アシュクロフト氏は頷いた。


「そちらも私の方で問い合わせてみましょう。最近では国家主導の魔術管理局が、外の魔術師の把握に努めているとも聞きますからね。そこからも有益な情報が得られるかもしれません」


 それで聞きたいことは全て終わったのか、アシュクロフト氏は万年筆を置くと、紅茶に手を伸ばした。

 私はお茶菓子を独占しないよう自分を抑えるのに必死だ。常識的に考えて自分が食べていい分は食べつくしてしまっている。九割以上言葉が分からなくて暇だったのと、普通にクッキーがおいしすぎた。この屋敷のシェフの作なのだろうか。


「いや、非常に分かりやすく、有意義な答弁でした。卿は再来月のコロキウムには参加なさらないのですか? 魔術師ギルドから招待状を貰ったのですが、参加しようか迷っていましてね」

「私は魔術師ギルドの所属ではありませんから。私などいなくとも、有望な魔術師たちが日々の研鑽の成果を見せてくれることでしょう。魔術師ギルドの主催ならば、ヴィクトルも参加するのではありませんか?」

「実はそれを確認するため、ちょうど昨日ギルド本部に寄ったのですよ。どうも、あの子はぎりぎりまで意思表明をしない癖があるようでしてね。昨日はトラブルがあって結局聞きそびれてしまったのだが、諸々の問い合わせをする際に改めて確認しようと考えていたところです」


 そこでふとアシュクロフト氏がヴィクトルの手帳に目を留めた。


「それはヴィクターの手帳だね。少し見せてもらってもいいかな?」


 私は頷き、アシュクロフト氏に手帳を差し出した。


 彼はいくらかページをめくる。再来月のページには、一つだけ予定が書きこまれていた。


「一応、コロキウムの記述はあるようだね」


 私は手持ち無沙汰にその記述を見た。知らない言葉だったので二人に聞くと、「Colloquiumコロキウム」とは学術的な研究会のことだと説明してくれた。


「へー……じゃあこの後ろの"z"は? "魔術師"とか意味するですか?(I see....... Then, what's this "z"? Is that mean "Wizard" or something?)」


 私は「Colloquium」の記述の後ろにある謎の「z」を指さした。形の悪い「2」のようにも見える。


「これは……おそらく、クエスチョンマークではないかな?」


 なるほど。まだ参加するか分からないから「コロキウム?」と書いたということか。

 それにしても、アシュクロフト氏でもすぐに断言できないのか。ヴィクトルの文字の読みづらさは、私が筆記体に慣れていないことだけが原因ではなかったらしい。


 私は紅茶を飲みながら、アシュクロフト氏が手帳を今月のページに戻すのを眺めていた。


『あれ?』


 ふと、手帳の記述の一点が気になった。

 私がヴィクトルの部屋で目覚めた日の前日、「お茶会」の書き込みの後ろに、同様の「z」が書かれている。


『んー?』


 手帳を手元に引き寄せ、来週の「お茶会」の記述を確認する。私がここに来た日から一週間後、「ヴィクトルが情緒不安定になるほど参加するのが嫌で、私を一週間前から憑依状態にしている」説のお茶会の記述だ。こちらには「z」の記述は見当たらない。


 つまり、来週は「お茶会」、私が来る直前の日には「お茶会?」と書かれていることになる。


「アヤネ嬢、どうかしたかな?」

「あ、それは大きなことではないけど(It's not a big thing, but......)」


 私は気づいたことを二人に伝えた。


「ふむ。来週の茶会は母の親しい友人が主催だからね。母から直接話が来たのだろうし、ヴィクターも断る気が無かったのだろう。君がこの国で目覚めた直前の茶会は、他の誰かからの招待で、受けるかどうかぎりぎりまで迷っていたのではないかな」


 そうなのだろうか。だとしたら、招待する側にとってはあんまりいい客じゃなさそうだ。


「……こちらも特に意味はないかもしれませんが。このお茶会のクエスチョンマークだけ、わざと消されていないようにも見えますね」


 手帳をめくって眺めていたユーリスが言い、アシュクロフト氏と私は改めて手帳を覗き込んだ。


 過去のスケジュールを見ると、お茶会に限らず「?」が付いている予定がある。それらは全て、「?」の部分だけ二重線で消されていたり、ぐちゃぐちゃな線で塗りつぶされていた。


 ほんの少数、「?」と一緒に予定全体が二重線で消されているものもある。こちらは他の予定と思しき記述があるので、予定が被って参加を見送ったものだろう。


 つまり、ヴィクトルは参加するか決まっていない予定には「?」を書き、予定が確定したのちに「?」を消していたのだ。そして、参加するか否かとっくに決まっているはずの一昨日のお茶会の記述だけ、「?」が消されていない。


 これがヴィクトルの書き忘れでないなら、一昨日の「お茶会?」の記述は「参加するかどうかまだ不明」という意味ではなく、


「茶会かどうかわからない招待を受けたということか?」


 ユーリスは頷いた。

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