31. 2日目⑬ 魔術師による状況分析
ユーリスとアシュクロフト氏の面会は、医師が身内に診療結果を報告するのに似ている。プライバシーに配慮して、クララは席を外していた。
ケネスを含めた使用人たちは、ユーリスと私にティーテーブルの椅子を引き、紅茶と軽食を並べると、粛々と退室していった。おいしそうなサンドイッチに空腹を思い出す。よく考えたら昼食を食べ損ねていた。
「まず、アヤネが降霊術でヴィクトルに憑依した状態であることはほぼ間違いないと思われます。ヴィクトルの身体と、中のアヤネが発しているオド――個々人が持つ生命エネルギーのようなものだと考えてください――この二つの形を観測しましたが、癒着は認められませんでした」
ユーリスはあらかじめ描いておいた図に文字を書き足しながら説明を始めた。
アシュクロフト氏向けの説明は難しい言葉だらけで、私にはまったく分からなかったが、クララの待っている客室に戻る前、ユーリスからかみ砕いた説明を受けていた。何でも降霊術による憑依と、悪魔などが肉体を乗っ取る際の憑依では、生命エネルギー――オドの状態に違いが出るらしい。
人間のオドは肉体と魂の両方から発生していて、生きるために互いのオドを共有している。一つの肉体には一つの魂しか宿ることができない。
降霊術は一時的に術者の魂を眠らせて保管し、他人の魂に肉体を貸す術だ。この場合、肉体と魂の繋がりは切れず、オドの共有もそのまま。招かれた他人の魂は自分の持つオドだけで活動する。つまり、肉体のオドと招いた魂のオドは完全に無関係の状態になるのだという。
一方で悪魔や神霊など、高位の存在が肉体を乗っ取ろうとする場合、肉体と魂のつながりを切り、自分のオドと肉体のオドをつないで徐々に混ぜ合わせ変質させる。もともと繋がっていた肉体のオドが別のものに変化してしまうことで、魂は肉体を取り戻すことができなくなり、息の根を止められてしまうのだそうだ。
私とヴィクトルの場合、二人のオドが交じり合う様子が無い。
「つまり、アヤネがヴィクトルの肉体を乗っ取るような兆候はないということです」
ユーリスはぼかして言ったが、要するに私への「悪魔かも」という疑いが否定されたということだ。
自分が悪魔の疑いを受けている状況には笑ってしまいそうになるが、身内が憑依された側からすれば一番心配な部分なのだろう。
「では、なぜ一日経ってもヴィクトルが戻らないかという点ですが、これは術者本人でないと分からない部分が多い。故に現時点で考えられる可能性を申し上げます」
ユーリスは事前に用意しておいた、四つの可能性が書かれた紙を取り出した。
1.ヴィクトルが降霊術の有効期間を一日より長く設定した(次のお茶会まで等)
2.ヴィクトルが降霊術の有効期間を設定していない → 通常、霊の自然消滅で戻る
3.降霊術に未知の要素がある
4.アヤネに未知の要素がある
一つ目は、今日の朝にダニーが指摘した内容だ。
基本の降霊術は発動時に術者が自由に術の有効期間を決められるらしい。その期間が一日より長かっただけ、という話だ。
二つ目は、慣れない人間が降霊術を行った際にたびたび起こる事故なのだそうだ。
術に本来必要な「有効期間」という情報を入れ忘れて困る状態。
ただし、霊は通常弱く、勝手に消滅してしまう。肉体からのオドの共有を得られないため存在を保てず消えたり、術者の肉体を使って未練を解消して消えるため、長期的には問題にならないケースがほとんどだ。
「私の知るヴィクトルは慎重で、何事にも準備を怠らない真面目な気質の持ち主です。降霊術を頻繁に行っていたという証言を踏まえると、このような初歩的なミスを犯す可能性は低いと考えられます」
三つ目は、魔術に限らずどのような技術にもありうる話だ。「降霊」という結果を、ユーリスの考える「降霊術」と違う手段で得た場合、想定外の要素が含まれる可能性がある。
「魔術師は、各々が専門領域を持っています。基本的な作法は師について教わることが多いのですが、自身の探究分野が師とは異なることも珍しくない。そして各々、新しい手法を日夜探究しています。今回の降霊術が、ヴィクトルが独自に改良したものである場合、あるいは私の知らない同系の術の場合、この場では推測不可能な要素が含まれている可能性があります」
ユーリスの専門は降霊術ではないのだそうだ。
ユーリスはヴィクトルに魔術の基礎と探究方法を教えたが、ヴィクトルの研究を逐一把握はしていない。これはむしろ、彼が所属している魔術師ギルドの方が情報を持っているだろう。
四つ目は、私がそもそも霊ではない可能性だ。
私としてはこれを全力でプッシュしていきたい。今のところ死んだ覚えはないし、生きている方に全ベット中だ。
「アヤネに話を聞いたところ、彼女は通常の霊に比べて健全過ぎるほど健全です。偏った執着は見られず、記憶も生者と同等に保持している。オドの量は、精神状態にも影響します。肉体に宿った魂だけのオドの量を計測することはできませんが、彼女の健康的な精神状態から考えれば、かなりの量を保持していると思われます」
かといって、私が霊以外の何なのかはユーリスにもよく分からないらしい。彼が今までに見聞きした事例のどれにも当てはまらないのだそうだ。
「ここからは私の個人的な意見になりますが。一週間様子を見るという案は、現実的な選択肢だと考えます。その間に術が終了してヴィクトルが戻れば良し。戻らなくとも経過観察が可能になります。今回、ヴィクトルの肉体のオドの形と推定量を記録しました。時間経過による変化の観測が、状況を推察する一つの材料になるでしょう」
ユーリスはそう締めくくると、「ご質問があればどうぞ」と質疑応答の時間に入った。アシュクロフト氏が手を上げる。
「霊は弱く、自動的に消えてしまうこともあるということだが、一週間霊が消えないというのは一般的なのでしょうか?」
「いくつか事例があったと記憶しています。今の降霊術の方式が確立される前の古い事例ですが。降霊術は発動時以外外部の力を使わないため、継続期間は呼び出した霊の性質に依存します」
「術者が有効期間を一週間に設定したとしても、霊が消えて一週間より前に術が終了することもあり得るのですよね? 一週間術が継続するような、強い霊を選んで呼び出すことは可能なのですか?」
「術者が相応の準備をして臨んだのであれば可能です。目的の霊に関連する媒介を用意する、憑依させる霊が居る場所に直接出向き、対話による同意を得た上で術を行う等の方法が考えられます」
このあたりで私は用意されたサンドイッチを平らげ、ポットから紅茶のおかわりを注いでいた。アシュクロフト氏とユーリスは最初に紅茶を少し飲んだだけで議論に没頭しているが、お腹は空かないのだろうか?
「ヴィクターが降霊術をどのようにして行ったかが鍵になると思われるが、それを確認する術はあるのでしょうか? 例えば、術の発動場所に痕跡が残っている可能性などは?」
「あり得ます。アヤネ、初めてヴィクトルの身体になっていることに気づいたのは、彼の家のベッドの上で間違いありませんか?」
クッキーに伸ばしかけた手を止め、私は頷いた。このあたりはイヤーカフを通じた問答で話してある。
「であれば、『彼が新しい方式を試すために自室で術を行った』という推測が立てられます。断定はできませんが、そこに未知の媒介や陣の記述が見つかれば、この推測を補強する材料になるでしょう。逆に通常の降霊術だった場合、発動の痕跡が見つかる可能性はありますが、有効期間の設定はおそらく読み取れません。口述で行うのが一般的な作法ですので」
「それらの検証を、卿に依頼することは可能でしょうか? もちろん相応の返礼は約束します」
ユーリスはしばし思案した後、頷いた。
「ヴィクトルの寝室の術式の痕跡を確認するのみでしたら。それ以外の、ヴィクトルの研究資料を探るようなことは現時点ではお受けしかねます。魔術師には、時に情報の秘匿が重要な意味を持ちますので」
「現時点ではということは、場合によってはヴィクトルの研究に原因になりそうなものがないか、調べて頂けるということでしょうか? 例えば、ヴィクトル自身や、周囲に差し迫った危険がある場合は?」
「その場合は、ご相談に乗らせていただきますよ」
アシュクロフト氏は満足げに微笑んだ。
「それで構いません。当日は我が家の馬車でお迎えに上がりましょう。いつがよろしいかな?」
「明日以降であれば」
「明日? 私、明日は友達と遊びに行く予定があるの! 明後日じゃダメ?(Tomorrow? I have plans to hang out with my friends! How about the day after tomorrow?) 」
また二人が同時にこちらを見た。真剣な会話をしている大人たちに、何も事情を知らない子供が割り込んだみたいな沈黙だ。何か間違えただろうか?
でも十中八九私が関わることなのだから、スケジュールの話にはきちんと参加しておきたい。
「……明後日でよろしいかな?」
「私は構いません。その際にオドの測定を行えば、経過観察としてもちょうど良いかと」
アシュクロフト氏が手元のベルを鳴らし、使用人を呼んだ。スケジュール帳を持ってこさせるらしい。
そういえば、私もヴィクトルの手帳を持ってきていた。クララ――ダルトン夫人に会う前に鞄ごと回収されたのだ。明らかに礼装に見合わない鞄だったので文句はない。ついでにその手帳も持って来てもらえるよう頼んだ。




