24. 2日目⑥ ダルトン夫人のコレクション
『わあああ、すごーい……!』
ダルトン夫人のドレスコレクション部屋は、圧巻の一言だった。
私の知っているものの中では、デパートの展示場や美術館に近いだろうか? 部屋の広さに対し物量が多いのでややごちゃついた印象を受けるが、一枚一枚トルソーに飾られ、一定の間隔で並べられたドレスは、スカートの裾の端から袖の角度まで完璧に手が行き届いていた。
「あらまあ、アヤネ嬢はドレスがお好きなの?」
「はい、私はドレスがとても好きです! このドレスはすっごく……すごいです!(Yes, I like dresses very much! These are so …… amazing!)」
自分が英語の誉め言葉をあまり知らないことに初めて気が付いた。他になんて言えばいいんだ? Awesome? Fantastic? 表現の塩梅も曖昧だ。
アシュクロフト氏はダルトン夫人の説明に相槌などを交えて一着一着足を止めて観覧し、品よく感心するそぶりを見せていた。一方で英語の分からない私は、ダルトン夫人の説明の間もキョロキョロと周りのドレスを気にしていた。
あまりにその動作がうるさかったのか、途中でアシュクロフト氏が「彼女にとって英語の説明を聞き取るのは困難なようです。好きに見させて頂いても?」と自由に見る許可を取ってくれた。私はリードから解き放たれた犬のように、気になったドレスへと突撃した。
ドレスのほとんどは装飾が多いが、今ダルトン夫人が着ているものと同じく一定のコンセプトに沿っているようで、一着一着の調和がしっかりとれていた。あえて装飾を抑えてシンプルにしているものも、ポイントで刺繍が加えられていたり、一部だけ別の素材が使われていたり、芸が細かい。型のバリエーションも多く、ごてごてしたものからシュッとした日常使いできそうなものまで幅広かった。
ドレスとは別の場所に男物の服もあった。
街で見かけた紳士たちはコートこそ多少のバリエーションがあるものの、グレーや紺、ブラウンなどの地味な色合いで、装飾はほとんどつけていない印象だった。コートを脱いだ上流の紳士服はアシュクロフト氏とケネスたち使用人のものしか知らないが、皆一様に黒を基調としている。アシュクロフト氏だけは小物や刺繍で多少の差し色を入れているが、それだけだ。
一方でダルトン夫人の紳士服は、装飾も色も使い倒されていた。
それらの多くがローブとセットになっている。
ローブと言っても形は様々で、ジャケットのように肩回りが四角く襟のあるものから、ゆったりしたシルエットを強調したデザイン、あえて短い裾にしたものや、羽根のような変わったデザインまで。シルエットのバリエーションにデザイナーの美への情熱を感じた。
(なんか、ドレスとは微妙にデザインが違う気がする)
展示場所が離れているのでわかりにくいが、何度も往復して見比べると、紳士服にはドレスと同じ素材で作られているものがいくらかある。おそらく同じタイミングでデザインされたのだろうが、それにしては差し色が違ったり、刺繍の色や形が違ったりと完全にマッチするものがない。
どちらもそれぞれに良いので、デザインするときに違う試案を採用したのだろうか?
「そんなにじっくり見られると、なんだか照れてしまいますわ。他に、お化粧品のブランドにも力を入れているんですのよ。興味がおありかしら」
アシュクロフト氏への説明が一通り済んだのか、ダルトン夫人がこちらに歩み寄ってきた。
「コスメ!? はい! 是非見たいです!(Cosmetics!? Yes! I'd love to see that!)」
置いて行かれたアシュクロフト氏が後ろでアルカイックスマイルを浮かべていたが、テンションの上がった私は全く気付いていなかった。
それからダルトン夫人のプロデュースしているコスメから、お気に入りの他社ブランド、ドレスのデザイン画等々、制作の裏側まで見せてもらった。
専門的な話になると私の語彙力の問題で説明にも理解にも時間がかかるが、目の前に実物があるとかなり話が通じやすくなる。夫人は自分でドレスを制作しているのではなくコンセプトデザインのみを行っていて、実際に制作するためのデザイン設計画や制作自体は工房に任せているのだそうだ。
「最近は科学の発展で、使える布の種類も色も増えたんですのよ。わたくしとしてはこの流れをお化粧品にも広げられないかと考えておりますの。例えば、口紅の発色をよくするだとか……簡単な言葉に直すと、そうね、『科学が口紅の色を改善することを望みます』」
「リップの色? えー、クララのリップ、すでにめっちゃ発色いいと思うけどなー。あ、でもバリエーションがあったらもっといいかも! ニュアンスカラーが……えーと、トーンの低い色?があったらあっちのドレスに合いそうじゃない?(Lipstick color? I think your lipstick color is already nice. Oh, that's also good if there's more variation. If there's......uh, nuance color? Uhhh, low-tone color? That would match that dress.)」
こんな感じのパッションイングリッシュだったが、ダルトン夫人の配慮と、鉄壁のアルカイックスマイルを浮かべたアシュクロフト氏がたまに英語のフォローをしてくれたおかげで、なんとか会話を続けることができた。
その後、使用人に声を掛けられるまで、私とダルトン夫人は女子トークに花を咲かせ、最終的に「アヤネ」「クララ」と愛称で呼び合う仲になっていた。
ヴィクトルの状態によっては魔術の道具が必要になるかもしれないという連絡を受け、私たちは魔術師ユーリスの居室近くのサンルームまで移動していた。サンルームのさらに奥には大きな温室があり、そこ一帯がユーリスの魔術の実験場になっているのだそうだ。
「アシュクロフト卿はこちらでお待ちください。結果がまとまり次第、ユーリス様が直接こちらに来られますわ。お茶を用意させますので、おくつろぎくださいませね」
説明するクララからは、最初の迫力が消えていた。親しくない紳士の前ではしゃいでしまったことに照れているのだろうか? だとしたらちょっとかわいい。
アシュクロフト氏と別れ、クララに先導されて歩く。クララは来た道を少し戻って別の角を曲がり、小さな客間のようなところを横切って、外につながる扉を開けた。
「この先はわたくし、入らないことにしているの」
「え? どうして?(Why?)」
「魔術師の領分ですもの。手入れに必要な人間以外、立ち入りは最低限にしているのよ。大丈夫、そこの階段を上がればすぐに温室だから、迷子になることはないわ」
半分くらい聞き取れなかったが、ここからは一人らしい。クララはどうするのかと聞くと、すぐそこの小さい客室で待機しているそうだ。
「殿方の相手なんて疲れること、延々としていられないもの! アヤネが戻るまでここで自由を満喫するわ。できるだけゆっくりしてきて頂戴ね」
茶目っ気のあるクララの言い草に笑ってしまった。だからアシュクロフト氏を一番近い客室ではなく、少し遠いサンルームで待機させたのか。
私は笑顔でクララと別れ、小さな階段へと進んでいった。
階段の影になっている部分から日の当たる場所に出た時、何か光るものが通り過ぎた気がした。
足を止めてその場所をしばらく眺めても何もない。気のせいだと思って進むと、また何かが視界の端を通り過ぎる。もう一度足を止めて、今度は数度瞬きしてみたが何も見当たらなかった。
(ドッピーと同じ類の何かが居る気がする)
ティモシーが連れていた謎の水の塊・ドッピーは瞬きをするとくっきり見え、しっかり眺めようとするとぼやけていく不思議な生物だった。今回は瞬きをしても見えないが、法則が違うのか、単純に動いている時しか出てこないのか。ともかく「何か」がいるような気がしてならない。
私は気にせず進むことにした。
(何かが居ても、どうしたらいいのか分かんないもんね!)
向かう先の温室にはヴィクトルに魔術の手ほどきをした先生がいるという。最悪、彼に何とかしてもらえるだろう。
私が気にせず進み始めると、視界の端の光は断続的になり、明確に私についてくるようになった。耳を澄まさないと聞こえないくらい微かに、「ちりりりり……」という音がする。
小さな階段は短く、緩くカーブを描いていて、登り切ったところには温室の扉があった。
近すぎて全体像が見えないが、温室は円形のドームのような形をしていて、とても大きいのが分かる。透明なガラスをふんだんに使ったアーチ状の飾り窓が並び、そこから取り込んだ陽光に、つやつやした木々の緑が優しく光っていた。クララの邸宅に着いた時も庭の美しさや内装の優美さに見惚れたものだが、この温室も邸宅に負けず劣らず優雅で気品がある。
謎の光はもはや隠れる気が無いようで、目の前の温室の扉にカツカツと体当たりをしはじめた。
『早く開けろって? はいはい』




