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異世界&ギークス  作者: 弥乃


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22/23

20. 2日目② 歯車と違和感

 時刻は十時を少し過ぎたところで、ギルの仕事の時間までまだ余裕がある。ヴィクトルの家までの道すがら、ギルはあたり一帯の説明をしてくれた。


 孤児院からヴィクトルの家まではそこそこ歩くが、道はほとんど一本道に近い。夜は多少治安が悪くなるものの、日中はそこまで危険な区域ではないそうだ。


「一応、細い路地には注意してください。ヴィクトルぐらいでかい男だと単独で何かしてくるやつはそんなに居ないと思いますが、数人で囲んでくるやつらはいるんで」


 確かにいたなあ。私は昨日の追い剥ぎたちを思い出していた。


 ギルと話しながら凸凹だらけの石畳を歩く。編まれた髪から目に付く範囲の花をはずすと、ちょっとした花束のようになった。

 いわゆる雑草にカテゴライズされる花だと思うが、小さくて丸く、繊細でかわいい花だ。ぷっくりした黄色い芯を白く細い花弁がびっしり囲んでいる。ほのかにいいにおいがするので、ハーブなのかもしれない。枯れないうちに持って帰って、小さいコップか何かに生けよう。


 石造りのテラスハウスに囲まれた道は人通りが少なく静かだった。活気にあふれた中央広場や、王城周りとはまた雰囲気が違う。あちらをよそ行きの場所と表現するなら、この住宅街は日常の場所だ。派手に目を惹くものはないが、よく見るとそこら中から生活の気配がして面白い。


 先ほどすれ違った男性は形こそシャツとベストとジャケットという、スリーピーススーツの形の服を着ていたが、ジャケットは身体よりも大きく、色もばらばらだ。被っている帽子はキャスケットで、全体のくたびれ具合からも、スーツというより作業着を連想させた。


 道の奥の方で大荷物を抱えている女性が着ているのはおそらく古着で、大事そうに包みを抱えて速足で歩く女の人は小花のプリント生地のメイド服。どちらも小綺麗さがなく、少し布がよれていて、仕事着であることが一目でわかった。

 スカートの裾が長いのはこの国の文化で、色がくすんで見えるのは仕事上汚れが避けられないからだろう。かといって汚いわけではなく、ひっ詰められた髪にきちんと身支度をしていることが(うかが)える。二十一世紀の日本で言う所の主婦を連想させた。


 ここには映画やドラマ、漫画や小説を読むだけでは体感できない、違う世界のリアルが溢れている。


「アヤネ? どうしたんすか? なんかにやにやしてません?」

『やばい、なんかすっごくワクワクしてきた! ヴィクトルが戻ってくるのが本当に一週間後のお茶会の後なんだったらさ、一週間はこの街を観光できるってことだよね!』

「えっ、観光?」


 ギルはきょとんとしたが、私のテンションは絶賛爆上がり中だ。


『あたし、海外旅行って行ったことないんだー。バイト代を結構貯めてたから卒業旅行で行ってもいいなって思ってたんだけど、今無料で来れてんのめっちゃラッキーじゃない!?』


 ギルは、なぜかものすごく感心した様子でこちらを眺めていた。


『な、何?』

「あんた、ほんとすげー人ですよね」

『なんで? 何が?』


 一人でしみじみしないで欲しい。言葉は分かるのに置いて行かれている気分だ。


「じゃ、その観光旅行、俺も手伝いますよ」


 ギルはにかっと笑った。


「俺は通訳になれるし、知ってる場所なら道案内もできます。喧嘩もそこそこできるんで、用心棒にもなれます。お代は案内中の飯代でどうっすか?」

『えー、それめっちゃ助かる! ダニーも呼んで三人で行こうよ。何時がいいとか、駄目な日とかある?』


 二人が居れば言葉の心配もなくなるし、現地にも詳しい。何より友達と歩いて回るのは単純に楽しそうだ。


 スケジュールの話をするうちにヴィクトルの家の手前、通りから家へ入る小道の手前まで来ていた。

 私はギルの持っている鞄からヴィクトルの手帳を出してもらい、道の端に寄った。ちょうどいい高さの塀があったので、そこに手帳を置いて二人で囲む。書くものはないが、マンスリーカレンダーのページを開いて指さすだけで話がしやすくなる。


 ギルとダニーには孤児院での仕事や授業があるので時間は午後。ギルは街のあちこちで臨時バイトのような働き方をしているらしい。事前に予定を入れておけば空けてくれるというので、ひとまず明日を確保してもらうことにした。


『この辺の観光スポットって何があるの?』

「うーん、そっすね……よく考えたら俺、観光する気で歩いたことねえな……」


 地元住民あるあるだ。ここがセイヴェルの首都だと言うからには見る場所が何もないわけではないだろうが、ギルにとっては毎日見ている街だ。自分の住む地域を「外の人間が見て面白いか?」という視点で考えてもピンとこないのは分かる。


「こんにちは、お嬢さん。観光場所を探しているのかな?」


 突然割って入った声に私たちは顔を上げた。


『アシュクロフトさん……』

「予定が決まっていないならば、今日は私と街を見て歩くのはどうだろう?」


 アシュクロフト氏は相変わらず仕立てのよさそうな服を纏い、完璧に整った金髪に手触りのよさそうな山高帽を被っていた。後ろには二頭立ての馬車が控えている。山高帽を少し上げ、友好的に微笑んでいるが、昨日の別れ際の冷淡さを知っている私には親しみを覚える材料にはならなかった。


「おや、本当に昨日のお嬢さんのままなのだね。私は今日、ヴィクターが帰ってくると聞いて来たのだが」


 そういえば昨日、私は去り際に「明日ヴィクトルが帰ってくる」というようなことを言った気がする。今朝方そのあてが外れたわけだが、どう説明したものか。私自身、何故なのか分かっていないのだ。


 私が「ええと……」と言ったきり口ごもって説明の仕方を探していると、代わりにギルが口を開いた。私にも内容がわかるよう、手は握ったままだ。


「一日経っても元に戻らなくて、彼女自身困惑しています。魔術師ヴィクトルの手帳の記述から、来週のお茶会の後には戻れるのではと話していたところでした」


 ギルの言い方には昨日の怒りは残っていなかった。ただ事務的に、必要な情報を伝えている。


「来週の茶会の後? 何か根拠があるのかね?」

「ヴィクトルは以前、お茶会の前に一週間ほど調子を崩したことがあるそうです。あくまでも推測ですが、それを回避するために一週間前から霊を憑依させているのではと」

「ふむ」


 二人のやり取りを聞きながら、私はぼんやりとした鬱屈のようなものを感じ始めていた。


 アシュクロフト氏は昨日、ダニーを犯罪者扱いした。

 ギルの話しぶりからすると、おそらくそれはダニー個人の過去の行いへの警戒であり、「孤児」全体に向けられた猜疑(さいぎ)なのだろう。実際には何もしていない二人に対して失礼で理不尽なことに変わりはないが、理解はできる。


 その理不尽にダニーは怒り、ギルは怒りを飲み込んだ。


 相手にはお金があって、あの孤児院は彼が寄付したお金で運営されている。ギルは理不尽を飲み込まざるを得ない。何でもなかったことにするしかないのだ。よくあることだから、と。


 アシュクロフト氏はそれを分かってやっているのか? それとも単に気づいていない? 自分が、立場の弱い人間を踏みにじっていることを。目の前の孤児が言葉を、感情を飲み込み、プログラミングされた機械のように淡々と、求められた情報を提供している。立場が弱ければ、それが当然だと?


(でも今、あたしには何も言えることがない)


 もやもやするのは、私自身が「この場ではそれが正しい」と感じてしまっていることだ。


 ギルがもし、少しでも気持ちを抑えている様子を見せていたら、私は即座にアシュクロフト氏に文句を言っただろう。しかしギルは今求められた役割を全うしており、無理に感情を押し込めている気配はない。昨日はこみ上げる怒りを堪えていたけれど、今はもう飲み込み、この場に適した大人の対応をしている。


「判断材料が少なすぎるね。一度、信頼できる魔術師に見せたほうがいいだろう」


 アシュクロフト氏は憂慮の面持ちで私を見た。私ではなく弟のヴィクトルへの心配だとしても、この人が情のない人間だとは思えない。


 今だって、自分より弱い人間だからとギルを貶めるようなことはしていない。ギルからもらった情報を元に考え、判断し、淡々と行動を決めているだけだ。有能な部下の情報を扱う上司のごとく。この場の歯車は一切の狂いなく回っていて、形にならない私の違和感だけが隙間に引っかかっている。


 私の不透明な心情をよそに、アシュクロフト氏は上品なアルカイックスマイルを浮かべた。


「どうかな、お嬢さん。私に君を、魔術師殿のところまでエスコートさせて頂けるかな? 一日かかるわけではないから、残りの時間は馬車の窓から街を見て回ることもできる。気になる場所があれば、降りて散策しても構わない。ある程度私の予定に付き合ってもらうことにはなるが、歩きでは訪れることのできない場所にも連れていけるよ」


 ギルが通訳してくれて、提示されたプランの隙のなさに舌を巻いた。私たちでは実現できなかった「信頼できる魔術師を頼ること」も、「観光」も同時に叶えられてしまう。

 私の上手く言葉にできないもやもやを差し引いても、Yes以外の言葉が見当たらない。


「いいですね。是非(Sounds great. I'd love to.)」

「よかった」


 定型句で答えた後、「そうだ、ギルはこれから仕事だから一緒にいけないんだ」と思い至った。私がそれを伝えようと口を開く前に、アシュクロフト氏がギルに向かって言った。


「では、君。北東区のダルトン夫人の屋敷に使いに行ってくれたまえ」


 昨日からアシュクロフト氏に感じていた違和感が、唐突に形を得た。

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