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異世界&ギークス  作者: 弥乃


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23/23

21. 2日目③ 雑草の花束

(この人、一度もギルを対等に見てないんだ)


 考え方は論理的で理性的。この国の兄弟間の親しさの基準は知らないが、ヴィクトルのことは大切にしているのだと思う。そのヴィクトルの身体にいるからかは知らないが、私にも一定の敬意を払ってくれている。


 でもこの人の言葉はギルを素通りしている。ギルから情報を聞いて判断はするけれど、その判断の結果や、行動の向き先はいつもギルではない。彼が私を誘うとき、ギルは頭数に入っていない。


「分かりました」

『ギル! これから別の仕事があるんじゃないの?』

「途中で孤児院に戻って別のやつを向かわせます。大丈夫っすよ、戻ってきたら交代するんで」


 ギルは軽くウィンクすると、アシュクロフト氏から短い書付を受け取り、馬車近くで控えていたアシュクロフト氏の使用人と何やら話し始めた。使用人がギルに渡した小銭がどれほどの価値なのかは分からないが、元の予定を変更するのに見合う額なのだろう。


「じゃ、俺は行きます。ヴィクトルの鞄、返しておいてください。また明日」


 ギルは私だけにそう声をかけ、アシュクロフト氏には軽くお辞儀をすると、足早に走り去っていった。


「…………」


 私はその背をしばらく見つめていたが、何を言うことも出来ず、残された鞄に手をかけた。


 ヴィクトルの鞄は、もともと私が持っていた鞄と合わせるとそこそこの重量になった。持てなくはないが、これを持って長くは歩きたくない。


「お持ち致します」

『うわっ』


 仕立ての良い礼装の男性が影のように現れて、ギルから受け取った重い鞄を持ってくれた。先ほどギルと話していた使用人だ。いつの間にこんなに近くに?


「ケネス、お嬢さんを驚かせるのはやめなさい。アヤネ嬢、安心していい。彼は私の従者だ」


 最後に知らない単語が出てきたが、安心していいらしい。


 ケネスは体格のしっかりした、クールな印象の男性だった。上背もしっかりとあり、威圧感すら感じる人なのに、どうやって気配を消していたのだろう?


 そのまま馬車に乗るのかと思いきや、アシュクロフト氏に手を引かれてたどり着いたのはヴィクトルの家だった。


「貴族のご婦人の家を訪ねることになるのでね。最低限の身だしなみは整えなくては」


 アシュクロフト氏はゆっくり話してくれているようだったが、あいにく語彙力の問題で全然理解できない。


「ごめんなさい、それ分かりませんでした(Sorry, I couldn't understand it.)

「君には着替えが必要だ」

「着替える?(I have to change my clothes?)」

「そうだよ。すまない、平易な言葉を選ぶよう気を付けよう」


 着替えるらしい。ちょっとほっとした。全身高級品で包まれていそうなアシュクロフト氏の隣に、血の付いた靴下と二日目の服でいるのは結構居心地が悪い。


 玄関先で鞄から鍵を取り出そうとしたが、アシュクロフト氏から鍵を受け取ったケネスが先に立ち、あっという間に開けてしまった。さらには扉の横に控え、迎え入れる準備をしている。昨日ダニーとギルとティモシーでおしゃべりをしていた庶民の玄関先が、高級ホテルの入り口に早変わりだ。


 小さな玄関口は誰かが迎え入れる仕様になっておらず、ドアをくぐるときに控えているケネスとの距離が近くなりすぎてどぎまぎした。


「酷い状態だな。ヴィクターが戻ってきたら、使用人の要否についてもう一度議論したいところだ」

「片付けますか?」

「先に服だ。二階にクローゼットがあるはずだから、いくらか見繕ってきてくれ」

「畏まりました」


 指示を受けたケネスが一人で二階に上がっていった。アシュクロフト氏はヴィクトルの家の散らかったリビングの奥には入らず、玄関横の棚の天板を手袋をした手で払い、舞い上がった埃に軽く眉をしかめた。


 私はキッチン周りに転がっているコップのうち、綺麗そうなものを見繕って水を汲み、手に持った花の束を活けた。確か切り花でも日光に当てないと枯れてしまうと聞いた気がする。周囲を見回して日当たりのよさそうな場所を探し、アシュクロフト氏が背を預けている棚の付近にコップを置いた。


「花が好きなのかい?」

「はい。この花は、孤児院の女の子からのプレゼントなの(Yes. These flowers are a present from a girl in an orphanage.)」


 昨日ティモシーやギル達の言葉を聞いて覚えた「orphanage(孤児院)」という単語を使いたくて言ってみたが、うまく伝わっただろうか。


「孤児院の……」


 ちゃんと伝わったようだ。私がちょっとした達成感を感じているのとは裏腹に、アシュクロフト氏は何か考え込む顔になった。


 さて、靴下と、ついでに下着も一式替えたいがどうしようか。服は二階に置いてあったので、靴下も二階のどこかにあるだろう。魔術の専門知識が詰まっているらしい鞄ももう必要ないだろうし、持って上がるか。シャツも着替えたいが、さっきアシュクロフト氏がケネスに「服を選ぶ」とか言っていた気がする。そちらを待っていた方がいいのかもしれない。

 まあ、直接確認すればいいか。


 アシュクロフト氏に服を変えるか否か聞こうとそちらを見ると、予期せず目が合った。


「ヴィクターは怒ると思うかい?」

『え?』


 唐突な問いに、思わず日本語っぽい聞き返し方をしてしまった。


「昨日、君は『私が孤児たちに言ったことをヴィクトルに言えるか』と聞いただろう。君は、私が彼らに言ったことをヴィクトルが聞いたら、怒ると思うかい?」


 アシュクロフト氏はこれまでと変わらず緩く微笑んでいたが、なんだか少し疲れているように見えた。


「……私はヴィクトルのことを知らないけど、ギルとダニーは私にとても親切でした。もし彼らがヴィクトルに同じようにしているなら、ヴィクトルは彼らのこと、とても好きだと思う(I don't know Victor, but Gil and Danni were very kind to me. If they do same things to Victor, he likes them so much.)」


 私は昨日一日持ち歩いていた鞄から財布を取り出し、アシュクロフト氏に手渡した。ティモシーに「絶対に外で開けないで」と念押しされたあの財布だ。


「この財布にはたくさんお金が入っていると聞きました。ギルはこれを私のバッグに入れたけど盗まなかった。ダニーもヴィクトルの財布を持ってたけど、お金を盗んだりしなかった。彼らは泥棒じゃない。(I heard there's a lot of money in this wallet. Gil put it in my bag and never stole it. Danni also had Victor's wallet but didn't steal any money. They aren't thieves.)」


 ヴィクトルがどう思うかなんて分からないが、私は怒っているのだ。慣れない英語でたどたどしい演説をするくらいには。いい機会なので、アシュクロフト氏にはきちんと真実を知ってもらいたい。


「あなたの方がヴィクトルのことをよく知っているでしょう。あなたの知っているヴィクトルは、友達が泥棒みたいに言われたとき、怒らないの?(You know much more about Victor than me. The Victor you know wouldn't get angry when his friends were called thieves?)」


 アシュクロフト氏にとっては稚拙にも程がある演説だっただろうに、彼は途中で止めることなく最後まで聞いてくれた。言いたいことを言いきらせてもらえたおかげで、私の溜飲も少し下がる。


「…………」


 アシュクロフト氏はしばし沈黙し、目を伏せた。私の渡した財布の中身を改めると、ふと笑って、こちらに視線を戻す。そして私にわかるよう言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。


「私はヴィクターのことを……ヴィクトルのことを、それほどよくは知らなくてね」

「どういうこと?(What do you mean?)」


 彼は考え考え話してくれた。私にわかる簡単な言い回しを選ぶと同時に、どこまで話すべきか探っているようだった。


「ヴィクトルの親と私の親は、違う人でね。ヴィクトルが私の弟になった時、私は別の場所に住んでいた。私は新しくできた弟にあまり関心が無くて……今考えると、幼い彼にずいぶん酷いことをしてしまった。彼が助けを必要としていることに気づかず、結果的に無視をしてしまった」

「…………」


 今度は私が黙り込む番だった。


 多分、言っていることは正確に理解できたと思う。理解できただけにどう返していいか分からなくなった。私よりずっと年上の、きっと立派な立場にいるのであろう男の人から、自責の念を感じたのはこれが初めてだった。

 そして彼は、私に(ゆる)しを求めているわけではない。


「今は兄として、弟のことを知りたいと思う。……ふ、この財布。ヴィクターが家を離れると言った時に無理矢理渡した小遣いがほとんどすべて入っている。研究費の足しにしなさいと言ったのに」


 ほとんど新品に見える革製の高級そうな財布が、コップに飾られた素朴な花の隣に並べて置かれた。昼の明るい光が濃く短い影を作り、存在を際立たせている。


「そうか、彼らは、本当にヴィクターの友人になったのだね」

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