17. 1日目⑰ 友達との再会
トラム駅は道の真ん中で、大通りの本来の交通を妨げないよう限界まで狭く作られていた。細長いホームの敷石の上に人々は一列に並び、立ったまま雑談したり、手すりに身を預けてトラムが来る方向を眺めたりしている。
昼間にはトラムが来るのを大はしゃぎで待っている子供たちがいて騒々しかったが、日が暮れた今は大人ばかりで、人の行き来の多いビジネス街のような雰囲気になっていた。
ドッピーは流石にそのままあたりを跳び回らせるわけにはいかないと、ティモシーの抱えた鞄の上に乗せられている。
ちゃんと状況を理解しているのか、ドッピーはじっとして微動だにしなかった。なんとも賢い水毬である。やがて大きな金属音を立てながらトラムがやってくると、振動でプルプルと身を震わせた。
トラムの中は最初こそ話し声がしていたものの、郊外に行くにつれ人が減り、会話している人もいなくなった。あたりはすっかり夜になり、景色もあまり見えない。街灯の下で待ち合わせをする人や、ブラッスリーのオープン席でビールを傾けている人たちが時々視界を横切り、窓の外を流れていく。
「アヤネ、アヤネ。起きてください。次で降ります」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
ティモシーに起こされて慌てて降りた駅は、中央広場に比べてずいぶん静かだった。トラムの線路沿いには灯りの付いた店があるものの、オープン席は見当たらず、通行人もほとんど見えない。
ティモシーは少し周囲を見渡して、見つけた角を曲がった。そうすると店がなくなり、完全に住宅地になる。通行人が全く見当たらなくなり、道を照らすのは各々の家から漏れた灯りと、数の少ない街灯だけになった。道幅が広いので圧迫感はないが、見通しの悪さは昼間に追い剥ぎに遭った路地よりも悪い。
私は改めて財布の入った鞄をぎゅっと抱きしめ直した。横からぶよん、ぽよんと気の抜ける音が聞こえてくる。
「孤児院に着きましたよ。アヤネ、大丈夫ですか?」
やがて、そう歩かないうちにティモシーが立ち止まった。
「……え? 何が?」
「なんだかふらふらしている気がしたので。気のせいならいいんですけど」
そう言われてみればちょっと眠たすぎる気がする。私は頭を振り、シャキッとしようと頬をぺちんと叩いて、予想外の痛みに悶絶した。
『い………っ』
自分の頬が殴られて腫れているのを忘れていた。
「え、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫(That's alright.)」
あほなことをしてしまったが目は覚めた。結果オーライだ。
「本当かなあ……。扉、ノックしますね」
孤児院は思ったよりも小さい、普通の家のような建物だった。暗くてシルエットしか見えないが、五角形のかわいい形をしている。似たような形の家が隣にもあるので、ひょっとしたらあちらも孤児院の敷地なのかもしれない。四角い窓のいくつかから、弱い光が漏れていた。
私が少し離れて外観を眺めている間にティモシーが玄関の扉をノックし、出てきた誰かとやり取りをしていた。ほのかなオレンジの光がドアから漏れている。
「あー、アヤネ! いや、ヴィクトル? どっち?」
私が扉に近づくのと同じくらいのタイミングで、ダニーが建物の奥から小走りにやってきた。
『アヤネよ! うわー、なんか久しぶり!』
「なんでだよー、今日の昼には一緒にいたじゃん!」
両手を握って日本語で会話ができる、この感覚も久しぶりだ。なんだかものすごく長い一日だった気がする。
「再会できてよかったですね。それじゃ、僕はこれで失礼します」
ティモシーは玄関口で対応をしてくれた女性に挨拶をすると、さっさと施設を離れた。
「ありがとうティモシー! ドッピーも!(Thank you, Timothy......and Doppi!)」
気を付けて帰ってね、と言いたかったが英語でどう言えばいいか分からなかったので、代わりに手を振って精いっぱいの感謝を示した。
「ドッピーって?」
「もう一人いたのか?」
玄関口に遅れてひょいと出てきたギルが、ティモシーの背中を眺めながら不思議そうに言った。
『ギル! よかったー、会えて!』
「アヤネ、どうしたんすか? あの後、アシュクロフトさんと一緒に居たんじゃ」
『アシュクロフトさんとのお茶は断ったの! 二人が走って行ったあとすぐに追いかけたんだけど、見失っちゃってさー。路地で迷子になってた』
「マジかよ、アヤネって方向音痴?」
「ダニー、アヤネにとっては初めての街なんだぞ。迷って当然だろ。逆によくここまでたどり着けたっすね」
『ティモシーに偶然会えたからね。案内してもらえなかったら野宿だったかも』
きゃっきゃと話に花を咲かせていると、低い位置からオホンと咳払いが聞こえた。最初に玄関に出てきてティモシーと会話していた、年配の女性だ。
「魔術師ヴィクトル? もうこんな時間です、子供たちは眠る支度をしなくてはなりませんの。ご用件は手短に済ませて下さいな」
この丁寧で迂遠な言い回しの英語は、私にはさっぱりわからなかった。女性の固い表情から、歓迎されてないんだろうなーということだけはなんとなく分かった。
「あー……、アヤネ、ひょっとしなくてもこっからヴィクトルの家への道、分からねえっすよね」
『さっぱりだわ』
ギルは「ですよね」と頷いて、女性と何か話し始めた。女性は初めぎょっとし、しかめっ面で首を横に振ったが、ギルが何かを言うとだんだん表情が変わっていった。私はダニーがブーツの上に乗ってきたので、両手を広げて巨大ロボットごっこをして遊んでいた。
最後にしぶしぶといった様子で女性が頷き、ギルがこちらを向いた。
「アヤネ、今日はここに泊って行ってください」
「えーっ! マジかよ、いいじゃんそれ!」
私にとっては願ってもない話だったが、私より先にダニーが喜んだ。詳細を聞くためにギルと手をつなぐ。
『いいの? 変な別れ方だったから、気になって来ただけなんだけど』
「アヤネは送っていかなきゃヴィクトルん家に行けねえし、俺らが送ったとしても帰り道は子供だけになっちまう。だったら泊まってもらった方がいいって話になりました。あっちの方のエリアは結構危ないとこが近いんで、夜にガキだけでうろつくのはやめといた方がいいってことで」
なるほど。そういうことなら一晩お世話になった方がよさそうだ。
『ありがとう、じゃあお言葉に甘えるわ』
「やりー! なあなあ、今夜は一緒に寝ようぜ!」
「いけません、なんてことを! あなたは女の子なんですよ!」
ダニーの発言に女性がぎょっとして言い、私は女性の発言にぎょっとした。
『ダニーって女の子だったんだ!?』
「あー、見た目じゃわかんないっすよね」
ギルが肯定してくれたので、聞き間違いではないらしい。
年齢的に性別が分かりにくい年ごろなのもそうだが、体格的にもダニーは細く、ぶかぶかのシャツを着ていることも相まって全然わからなかった。この魔術翻訳装置では男の子っぽい喋り方に聞こえるが、実際のところ英語ではどう聞こえているんだろう?
「アヤネだって女の子だぜ? ギルに聞いてねえの?」
「聞いていますが、駄目です! 今は女の子でも、明日の朝には男の子になっているんですよ!?」
一生使わない英語を聞いた気がする。明日にはこの身体に魔術師ヴィクトルが戻ってくるらしいので、まあ間違ってはいない。
「まあまあ。どこで寝るかは置いといて、ダニーにも少し話す時間をくれませんか。アヤネは俺らと話しに来てくれたみたいなんで。寝支度は先に済ませますから」
ギルに諭されて、女性はしぶしぶ引き下がった。ギルの調整能力はすごいな。
結局、私には職員用の小さな個室が割り当てられた。




