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異世界&ギークス  作者: 弥乃


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17/21

16. 1日目⑯ 夕闇の帰り道

 魔術師ギルド本部からトラム駅までは、あの高級そうな大通りを歩くことになった。


 城壁沿いの道と大通りの交差する場所は広場になっており、城の正面につながる巨大な城門を中心に半円状に広がっている。ちょうど大通りに入ったところで揃いの装飾を纏った街灯が点灯し始め、迫りくる夜を伝えていた。


 ティモシーは仕事を終えて、ドッピーの散歩に出てきたところだったのだと言う。


「この子がどういう生き物なのか、実は僕にもよくわかっていないんですよね。でも一日一回は外に出たがるので、天気のいい日はこうして一緒に散歩することにしてます」


 仕事帰りなのかこれから出かけるのか、畏まったスーツと帽子の紳士たちがせかせかと歩いているのが目につく。淡い色のドレスの貴婦人が馬車に乗り込みどこかに消えていく。ゆったりと歩くコート姿の老夫婦が、ショーウィンドウを指さしながら談笑している。大通りは昼よりも賑わっているように見えた。


 その中でドッピーは、器用に人を避けながら私たちについて来ていた。ドッピーの跳躍力はせいぜいヴィクトルの膝の高さ程度で、下手をしたら道行く人に踏みつぶされかねない。それでも心配にならない程度には、街を歩くのに慣れている様子だった。


 クラシカルな装いの人々の間を水の塊が飛び跳ねている様子はなかなか異様だが、道行く人の視線を集めている気配はない。ティモシーの言った通り、彼らにはドッピーが見えていないのだろう。


 そういえば私ことヴィクトルのローブ姿も、昼間のように悪目立ちをしている様子はなかった。夕闇が上手いこと隠してくれているのかもしれない。


「えーとぉ、それで、なんですけど」


 私はちょっと驚いた。ここまでずっと飄々(ひょうひょう)とした言動をしていたティモシーが、おずおずと気まずげな様子を見せたからだ。


「その頬って、僕の叔父さん……トンプソン氏にやられちゃいました?」


 ちょいちょいと自分の頬を指さして言う。私は()れている自分の頬を撫で、首を横に振った。


「違う違う。トンプソン氏じゃないよ(No. No. He didn't.)」


 本当は「追い剥ぎにやられた」と説明したかったが「追い剥ぎ」を英語で何と言えばいいかが分からなかった。「強盗(robber)」でいいのだろうか? まあ、変に心配をかけるだけだし、別に言わなくてもいいか。


「そうでしたかー。それならいいんですけど。いや、良くないか。良くないな」


 ティモシーが何を言いたいのか分からず、私は首を傾げた。彼は申し訳なさそうに続ける。


「実はギルドに戻った後、皆に怒られちゃったんですよね、僕。『魔術師ヴィクトルに、私に会いに行くよう言ったのはお前か』って、叔父さんなんてそりゃあもうカンカンで。言われてみれば、報告書は僕が持って行ったのに、遅れた理由だけ説明しに行ってもギルド側にとっては意味不明だし、第一、理事なんて立場の人を約束もなしに呼び出すってだけで無理がありましたよね」


 ティモシーの言葉は早口、というかおそらく母国語話者同士の会話の標準のスピードで、つまり私には相当理解が難しかった。多分、誰かが怒った話をしている、のかな?


「だから、今日アヤネたちが嫌な思いをしたとしたら僕のせいで……すみませんでした」


 理由はよくわからないが、謝られたことは分かった。


「えーと、多分、大丈夫……?(Maybe it's OK.....?)」


 よくわからないまま大丈夫と言おうとして、思いとどまった。


 私と彼との間には言語の壁以外に文化の差もある。表情から読み取る情報の精度もどこまで信頼できるか分からない。それでも今、私は「ティモシーがきちんと謝ろうとしている」と感じていた。


 ”そういう時に適当に許すのは、「お前なんかどうでもいい」って言っているのと同じだよ”


 昔、傷つけた相手に言われた言葉を思い出した。


『あー!』


 私は頭を押さえ、私の話せる英語の中で一番自信のある文章を叫んだ。


「ごめんなさい、よくわからなかった! もっとゆっくり話してくれますか?(Sorry, I couldn't understand! Could you speak more slowly?)」

「あー! そうですよね、僕ってばまたうっかり!」


 ティモシーが同じテンションで返してくれたのがちょっと面白かった。

 



『うわー、気持ちいー』


 私の掌の擦り傷に気づくと、ティモシーは洗い流した方がいいと言い、ついでにドッピーの特技を披露してくれた。


「意外に思われるかもしれませんが、なんと! 水が出せるんです。これで傷を洗いましょう」


 正直あんまり意外ではなかった。しかし不思議なことに、ドッピーに直接触っても手は洗えないのだ。水の感触はするのに、触っても手や服は濡れない。ドッピーが意識的に水を出そうとした時だけ、そのみずみずしい体は水の用途を果たすらしい。


 私はありがたく手に付いた血や砂を洗い流し、ついでに顔の擦り傷も洗わせてもらった。


 しかしそうなると次に気になるのは、だ。


「この水、飲んでいいの?(Can I drink the water?)」

「……飲む勇気、あります?」


 言われてはっとなり、私は目の前の動く水の塊をじっと見つめた。


 出してもらった水は透明で綺麗な普通の水に見えた。が、言われてみれば目の前に居るのは自立して動く水である。意思のある水である。


 これを身体に入れて、胃の中で自立して動きださないと、果たして誰が断言できるだろうか?


「だって、喉が渇いてて(Because I'm thirsty.)」

「…………。いや、流石に実験台にするのはちょっと」


 ティモシーはしばらく考えてから、聞き取れない小声の早口で何か言った。


「水を買いに行きましょう。それくらいならお詫びにおごりますから」


 後半は一部聞き取りに自信がないが、水をおごってくれるようだ。多分、今日のお詫びということなのだろう。


 あの後、ティモシーの謝罪の理由をしっかり聞いても、やっぱり私の答えは「大丈夫、気にしないで」だった。


 そもそもの原因はヴィクトルの報告書の提出が遅れたことで、ヴィクトルの報告書の提出が遅れた原因は、ヴィクトルが報告日の前日に私を憑依させたことだ。

 私を憑依させた理由が「ヴィクトルが前日のお茶会の気まずさをやり過ごすため」だったのなら、私たちがギルドで怒られた大本の原因はヴィクトルにある。


 だから気にしなくていいのだが、ティモシーは案外義理堅いのかもしれない。


 城門前の広場からしばらくは気軽に食料を買える店がなかったので、トラム駅近くまで喉の渇きを我慢して歩いた。駅に近づくにつれ小さな店が増え、ターミナル駅の乗客狙いなのだろう、店先で水や軽食を並べている小売店がいくらか見つかった。


 私たちはそこで瓶入りの水を二本と、パンの割合がだいぶ多いサンドイッチを買った。サンドイッチのお金はヴィクトルの財布から出そうとしたが、ティモシーに真顔で止められた。


 トラム駅で次の発車時刻を確認し、切符の買い方を教わった。クラシックな切符はそれだけでなんだかかわいい。手元に日記帳があったら貼り付けておきたいくらいだ。


 まだ少し時間があったので、大通りの隅にあるベンチで水を飲み、サンドイッチに(かじ)りつく。ぱさぱさしていて、正直あんまりおいしくない。大きさはあるので、空腹はだいぶ満たされた。ティモシーは家で食べてきたらしく、水だけ飲んでいる。


「じゃあ、ティモシーは叔父さんと一緒に住んでるの?(So, you live with your uncle?)」

「一緒に住んでいるわけじゃないんですよ。僕が住んでいるのは商会員用の寮なので」


 ティモシーはトンプソン氏の兄の息子に当たるそうだ。父親が亡くなって以来、叔父であるトンプソン氏にお世話になっているらしい。トンプソン氏の家は商会をやっているらしく、ティモシーが間借りしているのはその商会の寮なのだそうだ。


 そんな話をしているうちにトラムの発車時刻が近づいてきた。

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