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異世界&ギークス  作者: 弥乃


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15. 1日目⑮ ティモシーとドッピー

 ――ぶよん、ぷよん、ぽよん。ぶよん、ぷよん、ぽよん。


 聞き慣れない音が耳元で鳴っている。


『うわっ』


 頭に水風船でも当たったかのようなべちゃっとした衝撃があり、私は目を覚ました。数度瞬きし、音の発生源を探すも見当たらない。西日で黄色からオレンジ色に染まりつつある城壁だけが目に入った。


「ちょっとドッピー、起きちゃったじゃないか。戻っておいで、ほら!」


 やや離れた場所から若い男の焦ったような声が聞こえた。


「って、あれ? 魔術師ヴィクトルじゃないですか。浮浪者がギルド前に住み着いたのかと思って警戒しちゃいましたよ。なーんだ、よかったー」

『あ、ええと、ギルド員の人』


 近づいてきたのは、ヴィクトルの家に書類の回収をしに来たあのギルド員だった。


「あ、まだ幽霊さんが憑いたままなんですね」

「それ、何?(What’s that?)」


 ギルド員の足元には、半透明の水の塊のようなものが一匹(?)飛び跳ねていた。大きさはバレーボールよりやや大きいくらいだろうか。私を起こしたのはおそらくこの子だろう。


「この子はドッピーっていいます。かわいいでしょ?」


 ドッピーには顔らしきものはなく、鳴き声も特にないようだった。ただただ飛び跳ねているだけだが、じっと見ていると動きに愛嬌が感じられる。


 その姿が霞んでいるように見えて、私は目をこすった。一時的にピントが合ったが、すぐにぼやけてしまう。隣にいる彼の顔は霞まないので、おそらくドッピーが原因だろう。半透明だからという理由ではない。例えるなら理科の実験で使う顕微鏡の、ピントが勝手に切り替えられている感じだ。瞬きをすれば一瞬ピントが合うが、しっかり観察しようとする間にぼやけてよく見えなくなってしまう。


「可愛いと思うけど、私はあまり見えない(I think it's cute but I can't see it well.)」

「そうなんですか? まあ、普通の人には見えませんからね」

「え、そうなの?(Oh, can't they?)」

「はい。魔術師ヴィクトルには見えていたみたいですけど」


 見える人と見えない人がいる。つまり、幽霊みたいなものだろうか?

 私は「視える人」ではないはずなので、今見えているのはヴィクトルの身体にいる影響なのかもしれない。


「それはともかく、こんなところで何をしてるんです? うちのギルド、野宿はちょっとお断りしてるんですけどー」


 ここで私は自分の危機的状況を思い出した。


「私をギルとダニーの家に連れて行ってもらえない!?(Can you take me to Gil and Danni's house!?)」

「わあ」


 私の鬼気迫る様子に呼応したのか、ドッピーが勢いよく跳ねまわる。ギルド員も驚いたようだったが、リアクションはドッピーの三分の一にとどまった。


「ギルとダニーって、昼間のあの子たちですよね。家って言われてもなあ」

「彼らが住んでるのは……あー、何て言ったらいいんだろう。親がいない子供の住む家に住んでいる。ヴィクトルの家の近くなの(They live in …… uhhh, how should I say? A house of children who don't have their parents. It's near Victor's house.)」


 孤児院を英語で何というのか分からなかったので、しどろもどろの説明になった。

 彼は少し考えて「ああ」と言う顔になった。なんとか通じたようだ。


「魔術師ヴィクトルの家の近くの孤児院なら分かりますよ。でも昼に会った時は確か、二人がここに連れて行くって言ってた気がしますけど……はぐれちゃったんですか?」


 私はこくこくとうなずいた。

 ギルド員は私の必死の顔を見て何かに気づき、目をそらしながら「あー……」と天を仰いだ。


「いいですよ、もちろん。謝罪もしなくちゃいけないみたいですし」

『やったー! よかったー!』


 後半は小声の早口で何を言っているのか分からなかったが、了承を得たことは理解できた。私は飛び跳ねんばかりに喜んだ。会話を理解しているのかいないのか、一緒にドッピーも跳ねる。ぽよん、ぼよん、ぽよん。


「僕、ティモシーです。幽霊さんはなんて呼べばいいですか?」

「絢音よ(I'm Ayane.)」


 これで道に迷う心配はなくなった。心からほっとした。


 ティモシーは立ち上がると、ポケットから懐中時計を出して時間を確認した。ドッピーも覗き込むように近くで跳ねている。時間を認識できるのだろうか?


「東街の孤児院か……。だいぶ遠いので、トラムに乗ったほうがいいな。アヤネ、お金は持ってます?」

「うん(Yes.)」


 私は自分の鞄の中を探った。出かける前、ギルと二人でヴィクトルの鞄の中身を分けたときに、ギルは私の方の鞄に財布を入れてくれていたのだ。


「あった。トラムっていくらするの?(How much is the tram?)」

「片道切符は十ガークです」


 通貨単位のgkはガークと読むらしい。


 ヴィクトルの財布はとてもしっかりした革製で、ほとんど新品に見えた。刻印されている文様がかっこいい。中には大きい金色の貨幣が九枚と、それより小さい色々な大きさの貨幣が十枚以上。それからお札が何枚か入れられていた。


 暗くなり始めた夕方の光の中、財布に入れたままでは貨幣に書かれた文字を読み取れず、私は一個一個それらを取り出して階段の上に並べた。


「わ、わ、わー」


 何故かティモシーが焦りはじめた。ドッピーの身体が震え、振動が下から駆け上がっていく。そして私とティモシーの周りを警戒するように跳び回り始めた。


「どうしたの?(What's up?)」

「しまって、しまって! トラム代にはこれで足りますから!」


 ティモシーは中くらいの貨幣を一枚だけ取り出すと私に握らせた。そして他のお金を全て財布に放り込むと、鞄にさっと戻し厳重にフラップを締めた。


「いいですか、絶対に外でそれを開いちゃだめです。持ち歩く時も鞄は身体の前にして、目を離さないでください。絶対に」

「ぜ、絶対に?(Never?)」

「絶対にです。僕が悪い奴だったら、代わりに切符を買いに行くとか言って、中身を抜いて戻ってきてますよ」


 ティモシーの英語はちょっと早かったが、子供に言い含める言い方なのだろう。一つ一つの言葉が短くはっきりしていて、ジェスチャーも交えてくれたのでおおよそ理解することができた。


「分かった。気を付けるわ(Got it. I'll be careful.)」


 気圧された私は、しどろもどろの返答をした。


 私、そんなにいっぱいお金を持って歩いていたのか。あの追い剥ぎたち、見る目があるな。

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