第167話「最終戦」
太陽が完全に昇りきる前に世界は、沈黙を失った。
ガウレムが吼える。それは万象を震わせる怒声。
空間が震え、重力が歪む。
彼の背後に現れた巨大な魔法陣が、濃密な闇のエネルギーを呼び出した。
「終焉を告げるのは、この一撃だ」
黒と赤の雷が暴走し、大気が裂ける。
ガウレムの掌に集約されたその力は、惑星の核すら破壊する開幕の咆哮。
ブリシンガーも動いた。
剣を横薙ぎに構え、黄金の光を収束させる。その刃から立ち昇る光は、まるで太陽の核そのもの。
「行くぞ……!」
閃光。世界を貫くような、光と闇の衝突。
二人の一撃が、天地の境界でぶつかり合った。
その瞬間、すでに半分壊れている地球が更に半分に消し飛んだ。
音は、しばらく遅れてやって来た。地響きとも悲鳴ともつかない咆哮が、大地の奥底から響きわたる。
地球は、わずか数秒で、かつての姿を大きく失った。
その中心で二つの存在が、なおも交差していた。
ブリシンガーとガウレム。
英雄と呼ばれた男と、神を超えた存在。
もはや彼らの戦いは、単なる「力」としての衝突ではなかった。
意思そのもののぶつかり合い。
ブリシンガーの振るう一閃は、時間軸すら斬り裂き、ガウレムの放つ一撃は、因果律を逆流させる。
それらすべてが、戦いという形を持って、今この空間に現れていた。
剣が鳴るたび、過去が揺れる。
拳が交わるたび、未来が書き換わる。
そこから、異なる未来が垣間見える。滅びた地球、別の形をした宇宙。
それらすべての可能性が、一瞬だけ現れては、次の瞬間、砕け散った。
「……やはり……前とは違うな」
そう呟いたのは、ガウレムの方だった。
その声音には、「好敵手」としての認識が込められている。
ブリシンガーの瞳が、輝きを増す。
剣を振るう。
だがその瞬の交差でガウレムがわずかに優位に立った。
「……くっ……!」
ほんの一瞬、ガウレムの拳が腹部をかすめただけで、空間ごと抉れ、彼の体が吹き飛んだ。
数百メートル先まで叩きつけられた地面が、地殻ごと割れる。
立ち上がる。剣を支えにして、崩れかけた膝を立て直す。
(……やはり、まだ……届かない……)
確かに前よりは戦えている、だが、お世辞にも勝っているとは言えなかった。
ほんのわずかずつ。
少しずつ、確実に押されている。それが、破壊神ガウレムの完璧というものの重みだった。
ブリシンガーが踏み込む。
回転する剣閃が時間差で爆ぜ、四重に重なった光の斬撃が軌道を描きながらガウレムへ迫る。
その一太刀ごとに、空間が何重に切断される。
しかしガウレムは微動だにせず、口元にわずかな嗤いを浮かべる。
「その程度の技で我に挑むか」
彼の腕が残像を残しながら一瞬で別の位置に転移し、見えていないはずの斬撃全てを的確に捉えて打ち払う。
その返しに拳を一閃。
ブリシンガーは剣を旋回させて受け流すが、全て受け切れずにそのまま地に叩きつけられる。
即座に反転。
上空から滝のように振るわれる十数連撃。
それはまるで光の剣雨だった。
しかしガウレムが手を広げると、そこに現れたのは因果律を歪ませる盾の陣形。
ブリシンガーの斬撃は、一つ残らず到達前に逸れていく。
「これが、完全な力というものだ」
ガウレムが指を弾く。
瞬間、ブリシンガーの足元が爆ぜる。
ブリシンガーは滑るように後退してかわす。だがー
(読まれている……!)
その瞬間、後方の空間が炸裂。
逃げた先を読まれていた。爆発した空間が、彼の背を焼く。
「ッ……!」
彼は空中で一回転し、地面に着地。しかし、ダメージで膝がわずかに沈んだ。
たったそれだけの遅れ。だが、戦況はそれを見逃さない。
「貴様に先手を取らせぬ」
だが、ブリシンガーもまた黙ってはいない。
「時界返し!!」
斬撃を放ち、それを空間が吸収。それを時差発動で呼び戻す技。
数秒前の剣閃が、ガウレムの背後から再現される。
「遅い」
それを、まるで予見していたかのように掴み、粉砕。
記憶すら力で破壊するという暴挙。ブリシンガーの技術が、力で塗り潰された。
(マズい……!)
反撃に転じたガウレムの爪が、ブリシンガーの左肩を斬り裂く。
肉が裂け、血が舞った。逃れるために、急上昇。
だが、ガウレムが待ち構えていた。
上空から、掌底を叩きつける。
その一撃が、ブリシンガーの胸部に命中。
爆発する衝撃。
彼は彗星のごとく落下し、大地に叩きつけられる。
確実に、差が開いてきていた。
力でも、技でも、速度でも、ガウレムが上にいる。
だが、その目にはまだ決して諦めぬ光が宿っている。
その動きには、かすかな淀み。戦況は、静かに、しかし確実に傾き始めていた。




