第166話「星喰らいの刻」
地球、ただ一人残された男の元に、夜明けが訪れようとしていた。
闇に包まれていた空が、わずかに朱に染まり始める。
壊れた大地はなおも沈黙を保ち、崩れた都市の残骸が影の中に沈んでいる。
かつて世界だったこの星は、今となってはもはや「戦場」以上の意味を持たない。
丘の上に、ひとつの影があった。
ブリシンガー。
その背にマントを纏い、剣を膝の上に置いて、彼はずっと座っていた。目を閉じ、ただ静かに、瞑想していた。意識の奥底で、仲間たちの祈りを感じながら。
「……来たか」
まるで待っていたかのように、彼はゆっくりと立ち上がった。
世界が震えた。
空間そのものが軋み、空が裂けたように歪む。
大気が唸りを上げ、音もない咆哮のような「気配」が地上を貫いた。
無限の圧力と共に、ひび割れた次元の亀裂から、それは現れる。
ガウレム。
数日ぶりに姿を現したその「破壊神」は、以前とは比べ物にならないほどの完成された姿だった。
かつては複数のドラゴンの融合によって生まれた、忌まわしき暴威。それが、アイゼンヘイムの力と融合し、理の外側に位置する存在へと昇華した。
だが今、その身体には地獄の騎士アイゼンヘイムの遺骸がより完璧に融合され、完全に適合していた。
翼はより巨大に、角は雷のように鋭く、瞳には燃える星の核を思わせる光が宿っていた。
完璧な破壊の権化として、ガウレムはこの星に降臨する。
「……数日ぶりだな、ブリシンガー」
低く、重く、そしてどこまでも冷たい声だったが、声色にどこか期待している色が混じっていた。
ブリシンガーは微かに口角を上げる。彼の銀髪が、朝焼けの風に揺れる。
「思ったより早く来たな。俺との再戦が、よほど待ち切れなかったようだな」
「今の私は、かつての私ではない。進化したのだ。私は神すら凌駕する存在へと至った」
ブリシンガーはゆっくりと話す。
「だが……この星の空気に触れて、変わらないものもあるだろう?」
それを聞いたガウレムがフンと鼻を鳴らす。
「変わらぬものは、もはや滅びだけだ。そして、貴様の死だ」
空が再び軋む。ガウレムの背後の空間が歪み、黒き雷が奔り出す。
だがブリシンガーは一歩も動かない。ただ、淡く光を帯びた剣に手を添える。
「そうか。なら、ようやく終わらせられるな。この世界を巡る、果てしない戦いを……お前との因縁を」
目を細め、彼は一歩、前に出た。
「……ガウレムよ」
彼は低く呟いた。その声音には、怒りも、焦りもない。ただ、深い覚悟と静かな炎だけが宿っていた。
「前の戦い……お前は不思議に思っていたんじゃないか?」
「お前の力は俺よりも遥かに上。瞬殺されてもおかしくない力の差だ。なのに、出来なかった」
「……何?」
ガウレムの瞳が、微かに細められる。
ブリシンガーは、ゆっくりと剣を構える。
その刹那。彼の全身から、淡く、そして確かに金色の光が溢れ始めた。それはまるで、夜明けの陽光が具現化したような、眩しく、優しく、そして力強い輝きだった。
「俺は……この星を壊したくなかった」
金の光が、彼の銀髪を揺らし、衣をまとい、剣を包んでいく。
「そして……この星に生きる者たちを、何よりも守りたかった。だから、限界を超える力の全ては使わずにいた。お前に“勝てるかどうか”じゃなく……壊さないことを、選んでいた」
「今は、その護るべきものが”ここ”には居ない」
光がさらに広がっていく。
ガウレムが、はっきりと眉をひそめる。
「……ほう。つまり今の貴様は、その枷を外したというのか」
「それで、私に勝てるとでも?」
「お前に勝てるとは言わない。だが……」
その瞳に宿る光が、夜明けの空のように清らかでまっすぐだった。
「お前が完璧な姿になったように、俺もまた、本当の自分として、ここに立っている」
「以前のように、楽に勝てると思わないことだ」
彼の身体から微かに黄金の光が昇る。空気が震え、空さえも眩しく染まり始める。
ガウレムの周囲に、黒雷が荒れ狂う。それに対し、ブリシンガーの金光はあくまで静かに、すべてを包み込むように広がっていた。
剣を高く掲げる。その刃先が、朝日と溶け合い、天に向かって輝いた。
「さあ、終わらせよう。ガウレム」
ガウレムの口元が僅かに歪む。それは、嘲りか、それとも認める意思か。
「面白い。ならば見せてみろ、貴様の最後の輝きを」
「……望むところだ、破壊神」
朝日が、ついに地平線の上に顔を出した。その金色の光が、ふたりの戦士を照らす。
片や、全てを守るために生きる者。片や、全てを壊すために進化した者。
ブリシンガー・ヴァルディア vs 破壊神ガウレム。
最終戦。
ここに、世界の命運をかけた最終決戦が、静かに幕を開けた。




