第168話「限界の先」
(もう一度、全力を叩き込む……!!)
ガウレムがアイゼンヘイムと融合する前の状態で、お互いにせめぎ合った全力の技。辛うじてブリシンガーが打ち勝った時の技。
グランド・ラグナヴェイン。
今の状態でガウレムに有効打を与えるとすれば、この技しかない。いや、この技ですら、今の彼に対して有効な一撃であるという保証はどこにもない。
だが、やるしかない。
怒号とともに、ブリシンガーが光速を遥かに超えたダッシュで拳を放つ。ガウレムが防御の構えを取るよりも早く、彼の胸部へ直撃。
ガウレムの巨体が、地球圏から放たれるようにして吹き飛んだ。
衝撃波は月を破壊した。そのまま、彼の身体は光の尾を引いて、遥か木星圏へと飛ばされた。
コンマ数億秒。
宇宙空間・木星の衛星軌道上。
彼の到着した場所を地球から目視で視認したその瞬間、ブリシンガーも跳躍する。
瞬間移動と全く変わらない速度で、木星を背にしたガウレムの目前に迫り、彼は剣を真横に構えていた。
「うおおおおおおおおお!!!」
彼は真横に剣を薙ぐ。
剣が唸る。宇宙を眩い光で照らす光がガウレムの全身を包み込む。
光の一閃は、その光が木星を横薙ぎに貫いた。
木星と、その後ろにある土星までもが、真っ二つに両断された。
揺れるように傾いた二つの球体が、遅れて崩壊し、巨大なガスの竜巻が宇宙に流れ出す。破壊された惑星の残骸が、宇宙を染める紅い滝となって舞い上がった。
だがその閃光の中から、ガウレムが再び姿を表した。
ブリシンガーの斬撃を片手で受け止めたのだった。彼の背後の斬撃はその余韻でしかなかった。
左腕から出血していただけだった。しかしその双眸には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「見事だ……ブリシンガー」
「だが……その程度では、我には届かぬ」
息をつく間もなく、ガウレムの巨大な尾がブリシンガーに叩きつけられる。
「―ッぐッ!」
その一撃で、ブリシンガーの身体が再び宇宙を突き抜け、地球へと弾き返される。
前回の戦いで地球を突き抜けたブリシンガーが、もう一度地球を貫通し、その後ろにある金星にまで到達し、その表面に叩きつけられる。
灼熱の嵐が吹き荒れる金星の大地に、ブリシンガーは倒れていた。超高温の地表を、彼の背中が深々とえぐるように滑っていき、やがて力なく横たわる。
彼の剣は遥か後方に投げ出され、金色の光もほとんど消えかけていた。
焼け焦げた外套。身体中からは赤い血が流れ、地表に染み込み、気化していく。
「はっ……はっ……」
彼の呼吸は荒く、言葉も出ない。
酸素など存在しないはずのこの地に、それでも微かに残る生命の意志だけが、彼をこの場所に留めていた。
視界が揺れる。
空は鉛色の雲に覆われ、降り注ぐ光はなく、ただ遠く宇宙の彼方で、崩壊した木星の赤い破片が、滝のように舞っていた。
「……これほど……の一撃を……入れても、か……」
拳が震える。
彼は全てを込めた。焼き尽くす超越の斬撃。それでも届かなかった。
「……これが、俺の限界か……」
分かってはいた。
呟きはかすれ、やがて虚空に消えた。彼の脳裏に、仲間たちの顔が浮かぶ。
システィーン、バルダー、ドゥガル、ゼルグ、カリス。そして、今なお希望を抱いて避難空間で待つ人々。
彼らを救いたい。未来を残したい。その一心でここまで来た。
「このままでは……奴には……勝てない」
彼はゆっくりと、拳を握りしめた。
彼の体内深くから、欠片が彼を呼んでいる気がした。創造神ハルディヴァーから与えられた 神の欠片。
(……使えば、俺はもう……俺ではいられなくなる)
具体的に、何が起こるかは彼でもわからない。だが、使えば、どうなるかは何となく分かってはいた。
触れれば、全てが変わってしまう。
だが。
「今……この命で守れぬなら」
彼は、ゆっくりと立ち上がる。よろめきながらも、地を踏みしめる。
「人であることに、しがみついている場合ではないな」
その言葉が空に溶ける。
金星の焦げた地表を、重く、鈍く、破壊の気配が走る。異空間を引き裂くようにして、ガウレムが姿を現した。
「……まだ立つか、ブリシンガー」
黒と紅の瘴気が揺れる中、彼は一歩、また一歩と踏み出してくる。存在するだけで、その力の重みに耐えきれずに惑星が徐々に崩壊し始める。
だが彼の歩みが、ふと止まった。
「……ほう?」
金星の空が、微かに揺れた。
そこに立つブリシンガーから、明らかに別種の気配が立ち昇っていた。
光でも炎でもない。
それは、遥かに古く、深く、純粋な光。
「貴様……まだ何かを隠しているな」
ガウレムの眉が、初めて僅かに動いた。
彼の戦慄が、ほんの一瞬だけ滲む。それは、理解を超えた力への本能的な反応。
彼の身体は、まるで神話の中心に立つような威光を放ち、胸の奥から何か”ゆっくりと、確かに開いていく。
「俺は……人として、この世界を救おうとした」
「だが、それでは……届かないらしい」
その瞳に、かつてない決意が宿る。
「だから俺は、自分の存在そのものを賭ける」
天が、音もなく割れる。彼の背後に現れたのは、六つの光輪と、無数の細光。
「これが……俺の中に残された、創造神ハルディヴァーの欠片」
「神が俺に与えた、最後の鍵だ」
ブリシンガーの背に、六枚の光翼が広がる。
その気配を前にして、世界が沈黙する。
空間が膝を折り、大気が敬意のようにその周囲を循環する。
そんな中。
「……フッ」
不意に、ガウレムが嗤った。その笑みは、恐れではない。
敗北を認めるものでもない。
「そうだ。そうでなくてはつまらん」
その声は、まるで概念の外の者そのものが唸るように響く。絶対の支配者がまるで歓喜すら滲ませながら、言葉を紡ぐ。
「英雄よ、創られし者よ。……ブリシンガー」
「貴様が本気でこの命を賭けたとき、何を見せてくれるのか、興味が尽きん」
その巨体をわずかに前に傾ける。
「その覚悟、見せてみろ」
「この私に……ありとあらゆる理全てを超えたそのものに、貴様が挑むその意味を!」
星々が震える。ブリシンガーの光が、天を焼く。
戦いの神話の新たなるページが、静かに開かれた。




