第163話「心正しき魔族カリス」
焚き火の名残がまだほのかに残る広場に、二人の影が並んでいた。
転送ゲートの奥に続く光は、遠くでゆらめくように存在している。
その手前で、カリスは寡黙に立ち尽くしていた。
「……時間か?」
カリスの低く、落ち着いた声。
「……ああ。残るはお前と、システィーンだけだ」
ブリシンガーは隣に並び、カリスと同じように空を見上げた。星が、やけに遠く感じる。
しばらく、二人は何も言葉を交わさなかった。
ただ、戦士同士の沈黙がそこにあった。
やがて、ブリシンガーがゆっくりと口を開いた。
「……カリス」
「ああ」
「お前がグロイと戦った時、そしてアイゼンヘイムの器に立ち向かった時、バルダーを守ってくれたこと、感謝している」
その言葉に、カリスは少しだけ表情を崩した。
「……グロイの時、あいつが勝手に飛び込んできただけだ。俺も死にかけてたし、助けてくれた連中に死なれても後味が悪い」
ブリシンガーは彼を見据える。
「それでも、結果としてお前がいたから、生き延びられた」
カリスは顔を伏せてフッと笑う。けれど、それ以上何も否定はしなかった。
ブリシンガーは続ける。
「バルダーは、お前にとっても……特別なんだな」
「……そうかもしれんな。あいつは、俺の“選択”の証だ」
カリスのその言葉に、ブリシンガーは目を細めた。
「選択?」
「俺がザラハートの避難民として生活していた時は、まだ人間なんて完全に信用しちゃいなかった。だが、グロイ戦で初めてあいつを見た時、直感で感じたんだ。こいつなら、信用してもいいと」
「お前は俺がバルダーを救った礼をしてくれているが……俺もあいつには何度も救われている。心も身体もだ」
ブリシンガーは静かにうなずく。
「……俺もだ。だからこそ、言っておきたいことがある」
「聞こう」
ブリシンガーの声が、ほんの少しだけ低く、重くなった。
「……万が一、俺がいなくなったら……バルダーのことを、頼む」
その一言に、カリスは黙って目を伏せた。そして、ゆっくりと拳を握る。
「あいつは、お前に憧れてる。だからこそ、あんたの死は、何よりも重くなる。……でも」
カリスは、まっすぐブリシンガーを見た。
「わかった、任せろ。あいつも、俺自身も。……お前の代わりなんて到底できやしないが、それでも背中を見せる者として、俺なりに立ってみせる」
その言葉に、ブリシンガーはわずかに目を細め、深く頷いた。
「……感謝する」
二人は握手を交わした。
火花のような熱はなかった。けれどその手の中に、確かにあったのは信頼だった。
「カリス。……また、どこかで会おう」
「お前が戻ってくる時にな」
カリスは言い捨てるように言って、踵を返した。
ゲートの前で一瞬立ち止まると、振り返らずにひと言、呟くように残した。
「……生きて帰れ。バルダーに、泣かせんなよ」
そして、そのまま彼の姿は光に包まれ、ゲートの中へと消えていった。




