8 幽霊城主とメタモルファル
イレーネが居間に戻ると、3人はソファーに座っていた。テーブルの上にはティーセットがあり、オリビエも落ち着いてお茶を飲んでいる。ウィンが、何とかしてくれたのだろう。
「先ほどは、失礼致しました」
イレーネも静かにソファーに座った。目の前に座るエルオリーセは、手を伸ばして立ち上がろうとするが、その隣にいたオリビエは彼女を制して、自分がティーポットを手に取った。そして空のカップにお茶をそぐと、静かにイレーネの前に置く。けれど彼は、座り直すや否やはっきりと言った。
「私は、さっきの発言を撤回するつもりは無いぞ」
暫し、沈黙が流れる。
けれど、その空気をそっと押しのけるように、ウィンが口を開いた。
「前にも言ったかもしれないが、俺はこの城に関することは全て、誰にも言わない。傭兵ってのは信用が大事で、俺は一度言い出した事は必ず守ると決めている。まぁ、信用してくれって言うしかないけどな」
そして彼は、イレーネの方にチラッと視線を送り、小さく顎をクイッと上げた。
お前も、何か言えという事なのだろう。
イレーネはしっかりと背筋を伸ばし、真摯に言葉を紡ぐ。
「私も、同じです。プライドに掛けて、沈黙を守ると誓いますわ」
(・・・いや、誓うって・・・プライドって・・・大仰すぎないか?)
一瞬、そう思ったウィンだが、イレーネの真剣な気持ちはわかる。けれどはやり、我慢できずにクスッと小さく笑いを漏らしてしまった。
「な、なんですのっ! 失礼ではありませんことっ!」
引き続き、貴族令嬢然とした言い方で、イレーネが憤慨する。
それを見たエルオリーセは、クスクスと笑いながら言った。
「イレーネの御令嬢な言動って、私は好きよ。イレーネらしいって思うわ」
イレーネはストンと腰を下ろし、不服そうに少し眉を顰める。
「・・・見せ物じゃ無いのよ」
その言葉が引き金になったように、場の空気は一気に和んだ。
ティーカップの中のお茶は、琥珀色で、爽やかだが甘い香りを漂わせている。ハーブティーなのだろう。エルオリーセが、庭から摘んできて乾燥させ、大事に貯蔵している物だと解った。
「そんじゃ、ちょっと聞きたい事があるんだが、イイか?」
お茶の味と香りを楽しみながら、オリビエの方を見て、ウィンが尋ねた。
「幽霊って、どのくらいやってんの?」
(言い方ぁ~~~)
イレーネは、心の中で、思わず突っ込んだ。まるで、八百屋のオヤジに営業年数を聞くような言い方だ。
けれどオリビエの方は、寧ろその方が答えやすかったのかもしれない。
「知らない・・・覚えていない、と言う方が正しいかな。気が付いたらここ、ロートホルン城にいて、毎夜毎夜城の中を彷徨っていた。日にちや年数を数えることも無かったが、かなり長い年月だったと思う」
「何してたんだ?」
「あまり覚えていないんだが、最初の頃は、城にやって来る人間たちを追い払っていた。その中で、自分に出来ることが、少しずつ解っていったんだ。その後は・・・誰も来ない日々が過ぎて・・・それからたまに、幽霊退治が目的の輩や、金目の物を探して盗人たちが来ていたな。全部、追い出して・・・命を奪ったこともあった」
オリビエは、遠い眼をして語った。
「元々この城には、価値があるような金品なんて無かったが、それでも昼間に来て盗み出されたものは沢山あった。持ち出せるものは、全部持って行かれたよ。城は荒れ放題で、幽霊城の名にふさわしかったんだ」
「・・・誰も来ない時は、何してたの?」
イレーネも、聞いてみる。
「そうだな・・・自分が幽霊だと自覚してからは、書庫にある本を読んだり、クラヴサンを弾いたりすることもあった。何故か、文字や譜面を読むことは出来たし、基本的な知識や人の生活習慣などは、残っていたんだ。手を触れなくても、物は自由に動かせたからね。あの頃は『ロートホルン城の幽霊』らしい時間を過ごしていたと思う」
「成程なぁ~、幽霊になったのは随分と昔みたいだな。・・・ところで、何で幽霊になったんだ?」
ウィンが、次の疑問を口にする。
「う~~ん、実はそれも解らない。多分、幽霊になったばかりの頃は覚えていたような気もするが、今はもう、すっかり忘れている感じだ」
「はぁっ?・・・何それ。おかしくない?普通幽霊って、恨みがあったり思い残すことがあって、死んでもこの世に留まるっていう存在よね。それで、恨みなんかが消えたり忘れたりしたら、浄化されて消えるんじゃないの?」
イレーネは、彼に同情的になって気持ちを吹き飛ばして突っ込む。
けれど、オリビエはあっけらかんと答えた。
「・・・だが、消えないんだ。自分でも、不思議なんだが」
「何よ、結局解らないことだらけなんじゃない」
脱力してソファーの背もたれに背中を預けたイレーネだが、同時に彼の長かった孤独を思い出した。
(幽霊だって、寂しいわよね・・・1人って)
オリビエは、再び話し出した。
「生前の事は、殆ど覚えていないが、名前と身分だけは最初から解っていた。オリビエ・ローレンス・ロートホルンで身分は男爵。この城の城主だった、と。だから、この城に勝手に入って来る者は、許せなかった」
「なぁ、今の姿って、生前の物なんだろう?」
ウィンの質問に、オリビエは軽く頷く。
「多分、そうだと思う。鏡には映らないから自分では見えないが、エルオリーセが教えてくれたから」
金髪碧眼で白皙の貴公子。絵に描いたような美青年の姿が生前の姿なら、おそらくそれが死の直前の物ではないかと思う。
「少なくとも20代前半で、健康そうに見えるから・・・病死とかじゃないんだろうな。不慮の事故とか、暗殺とか・・・」
それなら幽霊になったのも、解らなくもない。推測でしかないが。
「でも、最初に会った時は、相当怖い見た目だったわね」
それまで黙ってお茶を飲んでいたエルオリーセが、微笑みながら口を開き、悪戯っぽい眼差しでオリビエを見る。
「そうかもしれないな・・・けれどあれから、随分変わっただろう?」
「ええ、そうね。少しずつ、少しずつ変わっていった・・・」
「懐かしいな。会ってからの事は、全部覚えているよ。あれからもう、50年か・・・あっ!」
そこまで言って、オリビエはバッと口に掌を当てた。
「えっ!・・・50年っ!」
「5年の間違いじゃなくてか?」
イレーネとウィンは、オリビエの言葉をしっかりと拾っていた。
アルバは伏せたまま、両の前脚で目を覆っている。
あちゃぁ、やっちゃったぁ・・・という態度だ。
エルオリーセも、額に手を当てている。
「い、いや・・・間違え・・・」
慌てて訂正しようとするオリビエだが、もう遅い。
エルオリーセは、苦笑いで彼を止めた。
「オリビエ、もうイイから・・・この際だし、ついでに白状しちゃう」
そしてエルオリーセは、小さく息を吸い込むと、一気に言った。
「私は、人間じゃないの。アルバと同じ、メタモルファル」
イレーネは、零れ落ちそうなほど、目を大きく開く。
ウィンは、これ以上ない程大きく、口をポカンと開けた。
どちらも、はっきり言って間抜け面だ。
「メタモルファルは、最初は別の動物の姿で育つの。アルバは犬で、私の場合は人間が子供の姿ね。それによって、犬型メタモルファルとか人型メタモルファルって分類されるみたい。子供のうちはそのまま育ち、オトナになった時、覚醒して自分がメタモルファルであることを知るのよ」
穏やかに話すエルオリーセの言葉は、最初こそ頭に入らなかったイレーネとウィンだが、それでも少しずつ話が聞けるようになった。
「エル・・・メタモルファルなの?信じられないけど・・・」
「そう言われてみれば、ちょっと変わった雰囲気の娘だって思ってたけどな・・・」
「黙っていて、ごめんなさい」
エルオリーセは、頭を下げて謝る。
「聞きたい事には、全部正直に答えます」
言葉が出ないイレーネに変わって、ウィンが口を開いた。
「メタモルファルってことは、エルオリーセも変身できるってことか?」
けれど彼女は、ゆっくりと頭を横に振った。
「犬型と人型の違いなのか、私が単に落ちこぼれなのかは解らないけど、他の誰かや動物に変身することは出来ません。せいぜい髪の色や長さを変えたり、体形を少し変えることくらいしか出来ないの。アルバと私は、大体同じくらいの年齢だけど、能力差は大きいわ」
「あ!じゃあ、ちょっと見せて。髪だけでも!」
好奇心全開で身を乗り出すイレーネに、エルオリーセはふと思った。
(『好奇心は猫をも殺す』って諺、教えたくなるけど・・・まぁ、イレーネらしいからいいか)
「・・・それじゃ、髪だけね」
エルオリーセは、軽く目を瞑った。
彼女の栗色の髪が、柔らかい光を放つ。それはアルバが変身する時の物と似ていたが、それよりも遥かに弱いように見える。
そしてショートカットの髪はみるみる伸びてゆき、色も変わって、オレンジがかったサーモンピンクになった。
「え?」
イレーネは自分の髪をひと房取って目の前に持ってくると、それとエルオリーセの髪を何度も交互に見る。
「イレーネの真似、しちゃった」
ちょっと出した舌と、軽く竦めた肩。可愛らしい顔に、朝焼け色の髪が似合っている。
「・・・・た、確かに変わったわね・・・で、でも・・・」
イレーネのプライドは、傷ついた。
この髪色は自分だけのもので、だからこそ自慢の髪だったのだ。
「うん、でもやっぱり真似だから、本物には敵わないけど」
エルオリーセは、するすると髪を元に戻しながら、優しい笑顔を見せる。
けれどイレーネは、何となく不機嫌そうに、自分の髪をいじるのだった。
そしてエルオリーセは、先ほどのオリビエの失言についても説明を始めた。
「メタモルファルは寿命が長くて、1,000年くらい生きるって言われてる。覚醒した後は見た目の成長が止まり、少しずつ能力が育つみたい。私もアルバも、メタモルファルとしてはまだ若いわ。50年前、オリビエと会ってからずっと、この姿で変わらずここで暮らしてる」
(つまりエルは、ずっと若いままの姿でいられるって事よね。それは凄く羨ましいけど・・・でも、全く老けなかったら、おかしいって思われるわよね)
メタモルファルであることは、知られない方が良いのだろう。色々とトラブルが起きそうなことは、イレーネにも解る。たとえ知られなくても、歳を取らない娘がいたら、それだけで不気味な存在として見られるのは確かだ。
(そうしたら、同じ場所にずっといることは出来なくて、あちこち放浪する生活になるの?でもきっと、ここに来てからは落ち着いて暮らせるようになっているんだわ)
幽霊城主とメタモルファルの娘にとって、ロートホルン城は安住の地なのかもしれない。
特に城から出られないオリビエにとっては、エルオリーセはこの世で唯一の、絶対に失いたくない存在なのだろう。
イレーネは、考える。
無理やりこの2人を、引き離すのは難しいだろう、と。
気の毒だとも思う。
そう感じることは、もしかしたら初めてだったかもしれない。
けれど、そこで諦めないのがイレーネだ。
「最初の話だけど、エルオリーセとアルバが城を出るのがダメなら、オリビエも一緒に来ればいいじゃないの」
突然、話を元に戻し、先ほど思いついた事をぶつけるイレーネだ。
「城から出られないっていうから、最初は地縛霊みたいなものかって思ってた。でも、恨みとかを忘れても消えずにいるなら、違うんじゃないかと思うのよ。城から出られない理由は解らないけど、何か方法があるかもしれないじゃない」
「それもそうだな。試してみる価値はあると思う。おい、オリビエ。やってみないか?」
ウィンも、すっかり友人の口調になっている。
「試すって・・・今まで、自分でも色々やってはみたんだ。だが、門や塀から1歩でも出ると、弾き飛ばされてしまう。もっと上の方からと考えて、塔の窓から上に向かって跳んでみたが、やはり同じだった」
結界の様なものかもしれない。
「それじゃ、地面に潜って出てみたら?」
イレーネの言葉にも、オリビエは首を振る。
「塀の近くへ行って、地中から外に出ることも試してみた。けれど、それも弾かれてダメだった。そもそも、あまり深くは潜れない。壁などの通過も、その厚さで限界はあるんだ」
オリビエは、溜息をついた。
外に出た瞬間消滅するとか、或いは飛んだ後、地面に叩きつけられても構わないと思って、本気で試してみた。けれど、結果は全て同じだった。
「う~~ん、それじゃ別方向から考えんとな・・・あ、オリビエは、そもそも昼間は、どこにいるんだ?」
「え?だって幽霊なんだから、昼間は・・・寝てるんじゃないの?」
ウィンとイレーネに真面目な顔で聞かれ、ちょっと面食らう幽霊城主である。
「どこにって・・・自室だが・・・寝ているのかと聞かれると、ちょっと違うような気がする」
オリビエは、軽く首を傾げて考えた。
「朝日が昇ると、身体が引っ張られるように部屋に戻されて・・・そこから先は、全ての感覚がプツンと切れる感じだ。日没になると自由に動けるが、それまでの間は・・・何も感じない。外の音も聞こえないし、何かを考えることも無い。完全な『無』のような状態だと思う」
「自室って、2階よね。ベッドには入るの?」
イレーネの、無邪気にも聞こえる質問に、オリビエは言いにくそうに答えた。
「ベッドに入る、と言うか・・・何と言うか・・・」
「はっきり言ってよ。入らないなら、ベッド下に潜るの?それとも上に浮かぶの?」
ネズミでも無いし、蚊で蠅でも無いぞ、と思ったオリビエだ。
「入るのは、棺だ・・・」
ぼそっと呟いたオリビエに、イレーネが軽く突っ込む。
「定番ね。幽霊と棺」
そこに、それまで黙って何やら考えていたウィンが、口を開いた。
「その棺、見せて貰えねぇか?」
「えっ・・・ぁ・・・・いや、その・・・何故、見たいのだ?」
オリビエは、口ごもりながら答える。どうやら、あまり見せたくないらしい。
「色々考えてみたんだが、順を追って話そう。先ず、このロートホルン城だが、昼と夜では全く雰囲気が違う。昼間は、ごく普通の古城のように見えるんだ。夜になると、いかにも幽霊城らしい禍々しい感じなんだ。最初はそれが、出てきているオリビエの影響なのかと思っていた」
その場の全員が、ウィンの話を真剣に聞き始める。
「もしかしたら、昼間ならオリビエを外に出せるんじゃねぇかと思ったんだ。棺ごと、出したらどうなるか試してみたいと思わねぇか?」
その瞬間、どうなるかは解らない。消滅の危険もある。けれど今なら、ウィンとアルバが力を貸せば、重い棺は運び出せるのだ。
オリビエは、ほんの少し考えたが、やがてきっぱりと頷いた。
「やってみよう」
オリビエを先頭に2階に上がり、彼は自室の前に立つ。
「ねぇ、エルは中に入ったことがあるんでしょう?」
イレーネが、こそっと耳打ちする。
「いいえ、無いわ。オリビエが、中に入って欲しく無さそうだったから」
という事は、この部屋に入る幽霊以外の存在は、いままでずっと無かったという事だ。
「ちょっと、待っててくれ」
オリビエはそう言うと、スゥッとドアを通り抜ける。
直ぐに、内側から鍵を外す音が聞こえた。
「自分しか開けられないってのは便利だが、外からあの物を動かす力で開けりゃイイんじゃないか?」
するとドアを開けたオリビエは、あっさりと答えた。
「見ている物しか、動かせないのだ」
成程ね、と納得しながら室内に入るが、内部は思っていたよりも綺麗だった。
調度品の類は全く無いし、殺風景ではあるが、埃も積もっていなければゴミも落ちていない。この幽霊は、どうやらある程度の掃除をしているのだろう。
部屋の中には、大きなベッドが1つ。
近寄ってそれを見たイレーネは、思わず爆笑してしまった。
「プハッ!な、何これ~~~っ!ア、ッハハハハッ!」
ベッドの上には、大きな棺が1つ。
枕をして、掛け布団も掛けていた。
「・・・・っ・・・・いや、何で・・・っ・・・」
必死に笑いを堪えているウィンは、何とか言葉を紡いだ。
そんな2人に、オリビエは忌々しそうに呟く。
「・・・・少しでも・・・人間らしく・・・・・・したかったんだ・・・」
だから見せたくなかったのだろう。これは、恥ずかしいかもしれない。
けれど、ウィンもイレーネも、笑いを引っ込めた。彼はきっと、エルオリーセと出会ってから、少しでも、より人間らしくありたいと思ったのでは無いだろうか。
孤独で寂しく、長い時間を過ごした彼の、そんな気持ちを笑う事など出来ない。
こうなったら、棺の調査は出来るだけ事務的に行おうと決める。
「かなり古いが、手入れが良いから破損も無いな。持ち出しても大丈夫そうだが、中を見てもイイか?」
頑丈そうな樫の木でできた棺は、錆も無い金属の飾りが付いている。蓋には、百合の花の意匠がある紋章の様な飾りが付いていた。
「・・・ああ、自分で開けよう。実は、今まで一度も開けたことは無いんだが」
ここまで来たら、もうやるしかない。開き直っているオリビエは、誰かに開けられるよりも自分で開けた方がマシだと考える。
普段の棺の出入りは、蓋など開けずに直接通過しているのだ。お陰で、蓋はギシギシと嫌な音をたてたが、それでも壊れることなく無事に外された。
「・・・・何も無いな」
ウィンが言うとおり、棺の中はカラだった。遺体があった痕跡も、いや使用された雰囲気も無い。
「う~~ん、当てが外れたか・・・」
「あ、ちょっと待って!」
蓋が開く時から中腰になり、中を見つめていたイレーネが声を上げた。
「蓋、蓋の裏側・・・見て」
その声に、オリビエは蓋を裏返す。そこには、薄い金属製のプレートが貼ってあった。
紙のように薄いプレートは、カードくらいの大きさで、ウィンが爪を当てると容易に剝がすことが出来た。彼は、手を出したイレーネの掌の上に、それを乗せてやる。
「これ・・・魔力がある・・・と、思う」
イレーネは貴族の子として、胎児洗礼を受けていた。それはまだ母親のお腹にいる時に、聖別院の院主から施されるものだが、性別によって与えられる力が異なっている。けれどどちらにしても、魔力に関する基礎的な能力は開かれるので、人にしろ物にしろ、魔力がある存在は感知できた。
〈魔力なんだ。何か、生き物とは違うエネルギーを感じたけど〉
大人しく付いて来ていたアルバが、鼻先を近づけて臭いを嗅ぎながら伝えて来た。
「そうすっと、コイツが鍵かもしれねぇな」
ウィンは、ニヤリと笑って言った。
「先ずは、コイツを使って試してみようぜ。棺じゃ無くても、別のモノの中に入れるかもしれない。ところで、オリビエ、お前さんはどのくらいの大きさなら、中に入れるんだ?」
オリビエは、記憶を辿るように考えながら答える。
「・・・そうだな・・・夜、他の物に入ってみたことは、何度かあるが・・・飾ってある甲冑とか、衣装箱とか・・・小さめの物なら、宝箱だろうか」
侵入者を脅かすために、中に入っていた事はあった。
「ええと、確かまだ、どこかにあったはずだ。持って来ようか?」
新しい発見があったことで、皆活気づき、とりあえず居間に場所を移して、お札の様なプレートを試してみることにする。
オリビエが持って来た宝箱は、大きめの宝石箱の様な代物で、40㎝×30㎝×30㎝の直方体であった。その蓋の裏側にプレートを貼り、一同は夜明けを待つ。
そして太陽が姿を見せ始めると同時に、オリビエの姿は宝箱の中に吸い込まれていった。
「よっしゃっ!」
これで、大きく重い棺を移動させる必要は無くなったが、いきなりこれを持って外に出るのはマズいだろう。オリビエの方にも、覚悟は必要だろうから。
「日没まで、待とうか・・・開きそうにないしな」
蓋が開くかどうか試みながら、ウィンが言う言葉にエルオリーセもイレーネも、ちょっと疲れたように頷いた。
そして日没後、出て来たオリビエにエルオリーセが尋ねる。
「大丈夫だった?どこか身体に、変わったところはない?」
棺の中よりはずっと狭い場所で、日中を過ごした悪影響は無いかと心配なのだ。
「いや、全く変わりはない。寝ているわけでは無いのだから、心配は要らないよ」
何時も全く変わらない様子で、朝の挨拶として彼女を抱きしめ、その頬に優しくキスをするオリビエは、今晩も溺愛モード全開だ。
夜明けに行う事を確認しあうと、決行までは、2人きりにしてやろうという心遣いで、ウィンはイレーネを引きずって居間から出て行った。
夜明け直前、全員が門の前に集まった。
オリビエは覚悟を決めたように、もう一度エルオリーセを抱きしめてキスをする。その間、他の2人と1匹は、さり気なくそっぽを向いていてくれた。
「それじゃ、よろしく頼む」
そう言うと、オリビエは夜明けの光と共に、宝箱の中に吸い込まれていった。
そしてエルオリーセは、しっかりと宝箱を抱える。
その細い腕には重そうに見えるが、その役は誰にも譲らないだろうと思うので、ウィンもアルバも何も言わなかった。
朝の光の中、鉄の門が軋みを上げて開かれる。
先にウィンとイレーネが外に出て待ち、アルバはエルオリーセの後ろに控えた。
大きく息を吸い、一歩ずつゆっくりと足を進める彼女は、しっかりと宝箱を抱きしめた。
そして、門から出て数歩先まで出たが・・・
何も起こらなかった。
ホッとしすぎて、全員が地面に座り込んだ。
だが安心するのは、まだ早い。
この後、日没になった時、オリビエは宝箱から出て来れるのか。出て来て、城の外に留まれるのか。そこまで確認しないと、試みは成功したとは言えないのだ。
けれど、それは杞憂に終わった。
その日の日没と同時に出て来たオリビエは、城の外にいることに気付くや否や、文字通りそこいらを飛び回って喜びの声を上げた。
(大喜びで笑いながら、飛び回る幽霊って・・・シュールだけど可愛いかもね)
けれど、一度戻ろうと城の中に入ろうとしたオリビエだが、今度は帰るなとばかりに弾き出される。
「何だか、お城が自動的に幽霊城モードになって、結界を作ってる感じね」
イレーネの言うとおり、ロートホルン城は禍々しい雰囲気を纏っている。オリビエを閉じ込めていた結界は、中に彼がいなくても勝手にモードを切り替えているようだ。
「あのプレートみたいに、城のどこかにそうなるような魔法の何かがあるのかもな」
かと言って、それを探すような気にはなれない。
「別に構わないさ。夜が明けたら、また宝箱に入って、中に運び込んでもらえば良いのだから」
オリビエの方も、特に困ることは無い様だ。
「それじゃ、俺とイレーネは城の中に戻って休むわ。警護はアルバがやってくれるだろうから、お二人さんは初めてのデートでも楽しんでくれや」
ウィンは、またもや愚図るイレーネを引きずって、城の中へと戻るのだった。
その夜、オリビエとエルオリーセがどう過ごしたかは、言わずもかなである。
一応警備員として傍にいたアルバが、帰ってきた時にげんなりした顔をしていた事でも解る。
好奇心の塊であるイレーネは、そんなアルバにしつこく何度も聞いてきたが、忠実なメタモルファルの返事は同じだった。
〈ずっと、くっついてたよ。オリビエは最高に幸せそうだった。エルオリーセは、最期は疲れてたよ〉
結局、翌日の昼間は、エルオリーセとアルバはずっと寝ていたわけで、ウィンとイレーネは仕方なく日常の仕事をこなして過ごしていた。
オリビエがロートホルン城を出る手立てが整ったことで、イレーネの計画は現実味を帯びてきた。
資金集めだ。
とりあえず何処かで、金貨か金目の物を入手したい。
同行することで、あっさりとエルオリーセの参加を認めたオリビエも加わって、先ずはどこへ行くかを話し合う。
「最初は、あまり遠征しない方がイイだろうな。慣れないことも多いだろうし」
城から外に出たことが無いオリビエは当然だが、そんな彼と一緒に旅をするのは、同行者にも慣れが必要だろう。何しろ夜しか出て来れない幽霊で、ある意味世間知らずな彼だ、何が起きるか解らない。しかも、計画立案者のイレーネだって、まだまだ世間知らずの傾向が色濃く残っているのだから。
「そうか、そうだな。行き先は、ウィンたちに任せよう。私は、どこだって構わない」
終始上機嫌なオリビエは、遠足に行く子供のようにウキウキしていた。
「それじゃ、レア鉱石の採掘にするか。それなら近場にあるし、ここに来る前に聞いた話じゃ、まだある程度は見つかりそうな感じだった。ここから南西の方にある、ダイタクっつう鉱山だ」
行き先は、決まった。
こうして、早速準備に取り掛かるイレーネ達だった。




