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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第1章 ロートホルン城

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9 採掘ツアーとロートホルン城の破壊

 ダイタク鉱山への旅は、余裕を持って5日くらいで終わらせる予定にした。

 行き帰りの日数を差し引けば、採掘には丸二日くらいは当てられる。イレーネの体力を考えれば、そのくらいが限度だろう、というウィンの意見を採用した結果だ。

 体力と言うよりは、我慢の限界はそのくらいだろうと言う予想なのだが。


 それでも、準備を楽しそうに行うイレーネ、とオリビエである。

 装備品の準備や、携帯する品々を揃えながら、ふとイレーネが言った。

「ねぇ、オリビエの宝箱は誰が持つの?」

 日中彼が入っている宝箱は、それなりの大きさがある。入る幽霊の重さは無しとしても、頑丈な箱はそれだけでかなりの重さがあった。

「・・・私としては、エルオリーセに持って欲しいのだが」

 オリビエの気持ちは解るが、そうなるとエルオリーセの負担が大きくなる。元々アウトドア活動の時は、彼女自身の荷物もあるのだから。


「他の誰かが持つにしても、そもそも宝箱を持って旅をするのって、危なくない?」

 そりゃそうだ。中身が幽霊だなんて知りようがない野盗などの輩が、狙ってくる可能性もあるだろう。

 ウィンとエルオリーセが頷くのを確認して、旅のリーダーは私だと言わんばかりに、イレーネは言い放つ。

「代わりになるものを、探しましょう!」


 そして城中を探し回った一同だが、やがてイレーネは意気揚々と戻って来た。

「良いものがあったわ!」


 それは、厨房にあった大きな鍋だった。


「これなら宝箱より軽いし、蓋もあるわ。落としても割れないし、取っ手あるから持ち運びに便利だし、料理にも使えるじゃないの」

 イレーネの言葉は、確かに尤もかもしれない。けれど、オリビエは流石にガックリと肩を落とした。

「鍋に入って旅をするのか・・・」

「どうせ中に入ってる間は、何も感じないんでしょ。それにこれなら、エルオリーセが背負っても軽くて楽なんじゃないの」

 そうなると、鍋を背負って歩くエルオリーセの気持ちはどうなのだろう。

「確かに、その方が楽そうね。私は、良いけど」

 けれどエルオリーセは、あっさりと言った。見かけがどうとかは、気にならないらしい。


 結局、エルオリーセが大きな鍋を背中に括りつけて、自分の荷物はアルバに背負ってもらうことにして、4人と1匹は、城を後にして出発したのだった。



 朝出発し、夕方まで山中を歩いた一行は、日暮れ前に野営する場所を決める。

 山道を歩き、谷を越えて歩いたイレーネは、文句を言い続けた事もあって既にクタクタだ。道中、何人かの狩人や鉱夫と擦れ違ったが、彼らが、大鍋を背負った少年の様な若い娘を、首を傾げながら見ていたのは確かだ。


 そして日没になると、オリビエが鍋から出て来る。

(鍋じゃなくてランプとかだったら、もう少しマシだったかもしれない・・・)

 自分が出て来た物を振り向いて見ながらそう思うオリビエだが、今更言ってもどうしようもない。


 エルオリーセとウィンは、空になった鍋で、早速食事の用意を始めた。オリビエは、複雑そうな目でそれを見ている。

 イレーネは完全に他人任せで、手を出そうともしないが、ふと少し離れた場所に立っているオリビエに気付いた。

 遥か遠く、北東の方角を見ている彼は、ロートホルン城を探しているのだろうか。

「・・・お城を探してるの?もうとっくに、見えなくなっちゃってるわよ。もうホームシック、だったりする?」

 揶揄う様に声を掛けるが、振り向いたオリビエの顔は、晴れ晴れとしていた。

「まさか・・・牢獄から抜け出したような気分だ」


(ああ、確かにそうかもね・・・私だって、王都はホームシックの対象じゃ無いし)

 そしてイレーネは、ふと気づいた。

(それじゃ何故、私は王都に戻りたいって思ったのかしら?)


 王都の屋敷を思い出してみても、不思議と懐かしさは感じない。親しかった友もいなかったし、自分が追放されると決まった時も、誰も連絡さえくれなかった。


 イレーネは、珍しく、自分の心に向き直って考えた。

(多分私は・・・落ちたままになりたくなかった)

 身分も財産も無くし、王都から追放された謀反人の娘となって、落ちるところまで落ちた自分。

 けれど、そのままでいることが我慢ならなかった

(誰に見せたいわけじゃないけど・・・負けっぱなしは、性に合わないってことなんだわ)


 要は、ただの負けず嫌いなのかもしれない。

 けれど、いつか自分の力で返り咲くと言うゴールを、目指すモチベーションになるのなら、それも大切なものなのかもしれない。


 イレーネは、拳を握り締めて立ち上がった。

「私らしく、先を目指せば良いのです!」

 具体的なことは、資金集めから先は何も解らないが、それでもそう言えるイレーネは、稀有な存在なのだろう。



 ダイタク鉱山での採掘は、何かを吹っ切ったらしいイレーネの、我儘と無茶ブリに振り回されながらも、何とか終わった。

 暗いだの疲れただの、携帯食料が不味いだの、果ては頭を天井にぶつけては坑道に向かって罵倒をする。相変わらず、ネズミやムカデが出たと言っては、悲鳴を上げて駆けまわり、煩いことこの上ない。

 けれどイレーネは、決して帰ろうとは言わなかった。


 採掘は、熟練した採集者であるエルオリーセの指示で、価値のあるレア鉱石だけを探した。この鉱山は、小規模ながらも質の良い鉄鉱石が掘れるので、一般の鉱夫も採掘に訪れる。お陰で坑道はそれなりに整備されていて、危険な生物の出現も無かった。


 丸二日の滞在で、一行は幾つかのレア鉱石と小さいが良質な宝石の原石を入手する。

 これだけあれば、金貨50枚以上になるだろうという事で、一行はダイタク鉱山を後にした。



 城に戻る前に、鉱石と原石を換金しておこうと、鉱山の麓にある町を目指す。

 今までは、殆ど人に会う事は無かったが、町に入れば周囲の眼が心配になる。そう、鍋の中の幽霊の存在だ。けれど今後の事を考えれば、自分たちも慣れておいた方が良いだろう。バレた時の対処法とか、誤魔化し方なども練習しておきたいところだ。


 トロットという名の町は、鉱山の麓という事で鉱夫が多く、飾り気のない無骨な印象があった。

 商店が立ち並ぶ通りにも、工具を扱う店や鉱石類の買取をする店が多い。酒場や食堂、宿屋もあるが、どれも安くて品はあまりよろしくない店構えだ。

 良心的な鉱石買取の店を探しながら、通りを歩くイレーネ達だが、やはり目立ってしまう。

 華やかな朝焼け色の髪の娘と、大きな鍋を背負った少年、大きなウルフドッグが付き従う様子は、やはり目を引いてしまう。ウィンだけが、この町に一番似つかわしかっただろう。


 それでも気にせず歩き、良さげな買い取り屋を見つけた一行は、店の中に入った。

 カウンターの上にゴロゴロと並べられた鉱石は、上質のサンライト鉱石が3つと、ルービジー鉱石が5つ。そして原石のサファイアは、そこそこの大きさだ。

「ふ・・・・ん、これなら金貨40枚ってトコだな」

 店のオヤジが営業スマイルで行った時、イレーネが異議を唱えた。

「ええっ!安すぎでしょ!金貨50枚は、いくはずよ。こっちが女だと思って、舐めないで欲しいわっ!」

 どこが、元公爵令嬢なのだろうか。

 言葉遣いは左程悪くないが、鼻息も荒く詰め寄る姿は、八百屋で高い大根を売りつけられそうになっているオバサンのようだ。

「えっ!・・・いや、アンタ・・・」

 髪と顔は美しい娘だが、こんな態度を取るとは思いも寄らなかった店の主だ。

 タジタジとなっているオヤジが、少し気の毒になるが、こんなイレーネを見るのは結構好きなエルオリーセは、そこで漸く口を挟んだ。

「サンライトとルービジーは、近頃出回る量が減っているって聞いてる。サファイアも、良質な品だという事は解るだろ?また良い鉱石が掘れたら、ここに持ってくるからさ・・・金貨60で、どう?」

 見かけ通り、少年の様な口ぶりで話すエルオリーセは、雀斑を浮かせた顔で笑いながら言った。

 もうメタモルファルであることを、イレーネやウィンは知っているのだから、ちょっとした変装を躊躇う必要も無いのだ。

「ここは良心的な店だと踏んで、入って来たんだぜ。なぁ、オヤジ?」

 ウィンも、ぬっと顔を出してニヤッと笑ってみせた。

 鉱石買い取り屋のオヤジは、苦笑いと愛想笑いを混ぜた笑顔で、金貨60枚を渡してくれた。



 懐が急に豊かになったせいもあって、イレーネはウキウキとあちこちの店を見て回る。

 無駄遣いはするなとウィンに釘を刺されたが、買うつもりが無くても、買えるだけのお金を持ってのウィンドウショッピングは、ただ見て回るだけよりも楽しいのは事実だ。


 そして案の定、イレーネはしっかり迷子になってしまった。

「え?・・・あれ?皆、どこへ行ったの?」

 私を置いていくなんて、信じられないし許せない。と、先ず腹を立てるイレーネだが、どちらかと言えば、イレーネが彼らをおいて勝手に先へウロウロと走り回ったせいなのだ。


 どっちから来たかも覚えていないイレーネだが、とりあえずあちこちの路地を覗きながら歩く。すると、慌てた風の若い男が、足早に近寄ってきて、声を掛けた。

「すみません、助けてくれませんか?」

 男はそこそこ身ぎれいだが、仕事着のような服装だ。困っているようだと思い、イレーネは足を止めた。

「私?」

「はい、実は連れの女性が気分が悪いと蹲ってしまって、介抱を手伝って欲しいんです。女性の方が、良いかと思って」


 介抱と聞いて、イレーネは少し嬉しくなった。

 今回の採掘では、回復役しか出来ないイレーネは出番が無かった。それもあって、自分が役に立てる機会があることに気を引かれる。

「私で、よろしければ」

 イレーネは鷹揚に答え、若い男の後ろに付いて路地へ入った。


 けれどそこには、具合が悪い女性などはおらず、一目でたちが悪そうに見える男たち2人が立っている。

「親切なお嬢ちゃん、ありがとよ。もっと奥に来な」

 1人の男が、有無を言わさずイレーネの腕を掴むと、路地の奥へ引っ張ってゆく。そこには幾つもの木箱や樽が、所狭しと置いてあった。

「何をするのよっ!んぐっ!」

 イレーネは叫ぶが、直ぐに口を塞がれる。

「ンなの、決まってんだろ」

「上玉じゃねぇか。おい、大人しくしな。命だけは、取らねぇからよ」


 流石のイレーネも、これはマズイことになったと焦る。

 必死に暴れるが、男の力には敵わない。抑えつけられ、胸元を破かれ、スカートを捲り上げらる。

 けれどそこに、一陣の風が飛び込んできた。


「ウォンッ!ガゥゥゥッ!」

 それはイレーネの匂いを追って来た、ウルフドッグだった。

「ぅわぁッ!」

「ヒェッ! な、なんだ!」

 驚く男たちだが、更にその後ろから、如何にも場慣れして強そうな男と、鍋を背負った少年が駆け込んでくる。

「何だ、お前らっ!」

 声を上げる男たちを無視して、エルオリーセはイレーネに飛びつくと、庇うように彼らに背を向ける。


 タイミングが良かったのか、悪かったのか。

 丁度その時、日没になった。


 少年の背負った鍋から、シュルシュルと一筋の煙の様なものが出た。それは直ぐに形を取り始め、人の様な姿になる。

 出て来たのはオリビエで、事前に言われた通り、貴族風の衣装ではなく、鉱夫風の作業着と頭をすっぽりと覆う粗末な帽子を目深に被っていた。

「・・・ぅお?・・・」

 出て来たものの、そこが路地裏で、目の前にはむくつけき男どもがいる。オリビエは一瞬面食らって、奇妙な声を出してしまった。


「でっ、出たぁ~~!」

「ゆ、幽霊っ!」

「んぎゃ~~」

 男3人は、珍妙な声を上げて、脱兎のごとく逃げ出す。オリビエの服装がリアリティーを演出し、金髪碧眼の眉目秀麗な顔が隠れていたことが、功を奏したようだ。


 逃げた男たちは、路地の外で叫んだ。

「幽霊っ!幽霊が出たーーー!」

 その声に、人々が集まって来る。

「なんだ?どうした?」

「幽霊・・・鍋から、幽霊が出たっ!」


 その騒ぎを聞きつけると、ウィンが路地の樽を指して、オリビエに言う。

「そこの樽に、入ってろ」

 プレートが裏に貼ってある鍋は、その効果で、夜が明けないと中に入ることが出来ない。戻ることが出来ないなら、とりあえず身を隠せと言うのだ。

 何となく状況を察したオリビエは、直ぐに近くのカラの樽に入った。

 そしてウィンは、路地の出口へ急ぐ。


「何だ?幽霊なんて、いないぞ。夢でも見たんじゃねぇか? それに、鍋から幽霊って・・・そりゃ、料理素材の幽霊かよ」

 ガハハと笑い飛ばすウィンに、集まって来た人々も笑い始めた。

「それに、そいつらは、路地に女を連れ込んで暴行を働きかけてた輩だぜ」


 ウィンの暴露に、罰が悪くなったのか、男たちはそそくさと逃げ去った。

「なんだ、そう言う事か」

「それにしても、鍋から幽霊ってなぁ。大根やじゃが芋の幽霊かよ」

「豚や牛や鶏かもしれねぇよな。よくも調理したなぁ~~って」

 人々が笑いながら散ってゆく様子を見ながら、ホッと胸を撫で下ろすウィンだった。


 路地に戻ると、地面に正座させられたイレーネと、膝まづいて説教をしているエルオリーセがいた。

「あんな奴ら、私がもっと強かったら、ぶん殴ってやったのにっ」

 少し落ちついたらしいイレーネは、直ぐに怒りを覚えたようだ。

 けれど、そんなイレーネに対し、エルオリーセは淡々と告げる。


「イレーネ、悔しい気持ちは解るけど、それより何故、こんな状況になったのか、落ち着いて考えてみなさい。誰かがいつも傍で、貴女を守っているとは限らないって言う事を」

 静かだがきっぱりとした物言いは、イレーネを俯かせるのに十分だった。

「強くなりたいなら、先ず自分自身を守れるようにすること。腕力を鍛えるより先に、常に周りを見て、危険から身を遠ざけることを学びなさい」

 エルオリーセが、怒っていることは明白だった。


「本当に強い奴ってのは、無暗に力を振るわないものさ。お前さんの場合、力を云々言う前に、もう少し落ち着きってモノを養ったほうがイイんじゃねぇか」

 路地の中へ戻って来たウィンが言うと、アルバも前脚を舐めながら伝えて来る。

 〈イレーネは、しっかり反省した方がいいよ〉


「ご、ごめんなさい・・・」

 2人と1匹からしっかりと諭されて、流石のイレーネも謝って反省をする。

 すると、近くの樽の中からか細い声が聞こえた。

「・・・もう・・・出て良いか?」


 ついうっかり忘れていたが、オリビエは樽の中で待っていたのだった。

「あ、悪い悪い。もう、大丈夫だぜ」

 ウィンの声に、樽から染み出るように出て来たオリビエだが、人の形をとるなりヨロヨロとふらつき、その場に蹲ってしまった。

「く・・・臭かった・・・・あの樽、底の方に・・・腐ったニシンの酢漬けが残ってて・・・うぅ・・・」

 幽霊でも、五感はあるオリビエなので、それはさぞかし辛かっただろう。


「ゲェッ・・・近寄らないでっ!」

 けれどイレーネは、口元に手を当てて、数ぽ跳び退いた。

(誰のせいだと、思ってるんだ・・・)

 騒ぎの元凶のくせに、酷すぎるだろう。

「・・・大丈夫。臭い移りはしていないわ」

 エルオリーセが、彼の身体の近くでクンクンと臭いを嗅ぎ、オリビエを慰める。

 霊体だから、身体に臭いが沁みつくことも無いのだろう。


「いや、悪かったな。予定なら、日没前に宿を取って、部屋にいる筈だったんだが・・・」

 ウィンは、代表するように頭を下げて謝った。

「今晩はもう町を出よう。オリビエは、屋根伝いに付いて来てくれ。誰にも見られないよう、充分気を付けてくれよ」

 こんな騒ぎも起こしてしまったし、全員疲れてしまった。こうなったら、さっさと帰るのが良いだろうと言うウィンに、アルバまでもがホッとしたように頷いたのだった。


 こっそりと町を抜け出し、そそくさと街道から外れて、人目に付かない場所まで来た一同は、最短時間でロートホルン城へ帰ることにする。

「私が、エルオリーセを抱いて、飛んでいこう」

 慣れているから、と言うオリビエだが、当然他の誰をも運ぶつもりは無い。

「それじゃ、イレーネとウィンは、アルバに乗せて貰って。アルバ、よろしくお願いね」

 ウルフドッグは少し嫌そうな顔をするが、エルオリーセに頼まれれば、嫌とは言えない。早速変身を開始して、彼らの目の前に現れたのは、グレードラゴンだった。


「おぉっ!スゲェな。ドラゴンか!」

 グレードラゴンは、その名の通り灰色の鱗を持つ飛竜だ。ドラゴンにしては小さめで、性格も大人しく、ブレスを吐くことも無い。けれど飛行能力はピカイチで、人間の2人くらいは容易に運べる。

 アルバが変身したグレードラゴンは、通常の個体よりも小さく、ウルフドッグより二回り大きいくらいだ。それが変身後の、大きさの限界らしい。けれど、イレーネとウィンが乗るには充分だ。


 グレードラゴンが夜空を飛び、その後ろを幽霊が飛ぶ。

 奇妙な夜間飛行だが、それでも2時間後にはランディーレ地方に入り、ロートホルン城があるアエロリット山が見えて来る。

 すると、先を飛んでいたアルバが、ふいに伝えて来た。

 〈何か、変だよ。ロートホルン城が、おかしい〉


 城の真上まで来ると、それははっきりと解った。

 眼下に広がる城の外観は、建物の半分くらいが崩れ落ち、庭は木々が倒れ、あちこちに焼けた痕跡もある。


 城の門前に降り立った一行は、ロートホルン城の変わりように愕然とした。外観もそうだが、夜なのに以前の様な禍々しい雰囲気が消えている。オリビエを閉じ込めていた結界の様なものが、綺麗さっぱり消えていた。

「留守中に、何があったと言うんだ・・・」

 例え牢獄でも、長すぎるほど長い時間を過ごした場所である。オリビエは、門の格子の間から中を眺めて、呆然と呟く。

「中に、何かいる気配は無さそうだ。とりあえず、俺とイレーネで中に入ってみる。オリビエとエルオリーセは、アルバを連れて行って城の周囲を調査してくれ」


 塀の中や城の中には、襲撃者の気配は無い。周囲の調査はエルオリーセが適任だし、何かあってもアルバとオリビエがいれば大丈夫だろう。

 それぞれが納得して、二手に分かれて調べることにした。



 城の周りを歩いたエルオリーセたちは、これと言った変化を見つけることは出来なかった。

「足跡も無いし、木や草も折れたり踏まれたりしていないから、何かが襲撃して来たとすれば、それは空からね」

「ああ・・・そうだな」

 口数の少ないオリビエに、エルオリーセは城の門の前に腰を下ろして、彼を気遣うように尋ねる。

「ロートホルン城があんな風になってしまって、やっぱりツラい?」

 けれどオリビエは、ハッとしたように彼女を見て、次に首を横に振った。

「いや、そうじゃなくて・・・昔の事を、思い出していたんだ。関係あるかどうかは解らないが、それについては、全員揃ったところで話そうと思う。心配させて、すまないな。城については、流石に見た時は驚いたし腹が立ったが、今は・・・面倒だが、また修理するかと考えているよ」


 エルオリーセが初めてロートホルン城を訪れた時、よく言えば歴史のある城で、はっきり言えば半分崩れかけているような古すぎる城だった。

 そして彼と彼女が心を通わせてから、少しずつあちこちを修理して、今の様なそれなりに見られる古城になったのだ。


「そうね。また直しましょうか。私たちには、時間があるのだし」

「ああ、そうしよう。だが、先に原因を確かめて、対処してからの方が良いだろう?直す傍から壊されるのは、流石に厄介だしな」


 寝そべったアルバの腹に寄り掛かって休むエルオリーセの隣に座り、オリビエは優しく彼女の肩を抱いた。自分自身に体温は無いが、メタモルファルの毛皮に埋もれた彼女は暖かい。

 アルバはいるが、久しぶりの2人だけの時間。

 2人は暫しその時間を味わい、夜空を眺めて過ごした。


 一方、城の門から中に入ったウィンとイレーネは、先ずは庭の様子から調べ始める。叩き折られた塔の瓦礫が、あちこちに散らばり、城全体は北と西側が酷く崩れている。

 庭の木々の様子も調べ終えると、2人は中に入った。

 外から見た通り、内部も半分くらいは崩れていたが、南側の部屋などはほぼ無事で、危険は無いように見える。これなら暫くは、まだ暮らせそうだと判断できた。


 城の調査中、イレーネは今まで受けた忠告や教えを思い出し、忠実にそれを守っていた。

 ウィンの邪魔をせず、無駄口も発せず、常に彼の様子を見て、勝手に動かない。それに気づいたウィンは、茶化すことも無く、こっそりと笑みを浮かべていた。



 やがてエルオリーセたちは、城に戻って来る。オリビエが鍋に戻るまでは、まだ時間があった。

 イレーネとウィンは、城の内外を調べ終わって居間で待っていたので、直ぐに調べた結果をひと通り報告し合う。そして、最期にオリビエが話した。

「気になることを、思い出した。以前、黒アガースを撃退した時に、翼を持った小鬼がいたと言っていただろう? あれは、もしかしたらインプでは無いかと思う。実は、以前会ったことがあるんだ」


 あれはエルオリーセと出会う少し前、何となく庭の塀近くにある高い木に上がって、城の外の景色を眺めていた時だった。

 ふいに1匹のインプが飛んできて、塀向こうの梢にとまったのだ。


「50数年前だったと思う。インプは興味深そうにこっちを見ていたが、結界のせいなのか、中には入れないようだった。そして向こうから、声を掛けて来たんだ」


「え? インプって、魔物でしょ。喋れるの?」

 イレーネの疑問に、ウィンが答えた。

「魔物にも、色々いるってこった。シュバルグランじゃ、全部魔物って一括りにされてるが、種類は凄く多いんだぜ。王都近くに現れるようなヤツには、喋れるようなヤツがいなかったってことだろうさ」

 そしてウィンは、オリビエに話の続きを促した。


「ああ、話は普通に出来た。それによると、彼は遠く北西の方角から来たそうだ。国境である高く険しいスティンガー山脈の向こう、そこから荒野の先にある『悪霊城』が棲み処だと言っていた」


「悪霊城! 幽霊城よりランクアップした感じかしら?」

 イレーネは、軽いノリで言う。好奇心を、完全に抑えるのは難しいらしい。だがきっと、彼女から好奇心が完全に消えたなら、それはイレーネで無くなってしまいそうだ。

「・・・ずっと以前に、ちょっとだけ聞いた事があるな。結構高レベルのパーティーが探索に出たが、帰って来れたのは1人だけで、とにかく山脈の向こうはとんでもなく危険地帯らしいぜ。そもそも向こうは、今のところ資源も見つかっていないし、人も住んでいないそうだ」


 そこに、少し席を外していたアルバが、戻って来て座った。

 〈庭の鶏たちを見に行ってたんだけど、全部無事だったよ。それで聞いたんだけど、襲撃して来たのはドラゴンが2匹で、インプも2匹いたらしい。ドラゴンたちが火の球を吐いたり、体当たりをしたりして、城や庭を壊したって言ってた〉


 メタモルファルは、他の生物との親和性が高く、仲が良くなれば心話(テレパシー)で会話が出来る。エルオリーセもメタモルファルだが、まだそこまでの能力は無い。


「火球を吐くなら、レッドドラゴンかな。黒アガースやインプの事もあるし、こうなるとその『悪霊城』が関係している可能性が高いな」

 ウィンが、纏めるように言うと、オリビエも頷く。

「私がインプと会った時、彼は私がこの城に閉じ込められているを理解して、そのまま去って行った。それ以来、1度も会ったことは無い。この前の黒アガース以外には、魔物が近づくことも無かった。だが、このところの状況を考えると、何かが変わったのかもしれないと思う」


「だな・・・そうすると・・・どうする?」

「エルオリーセとも話したんだが、原因を調べたいと思う。城は半壊しているから、いっそのことここを留守にして、山脈の向こうにあると言う『悪霊城』を調査したい」


(え?それは面白そうだけど・・・私の資金調達は、どうなるの?)

 イレーネだけが、そんな事を思って顔を曇らせるが、それに気づいたウィンが、誰に言うともなく呟いた。


「山脈の向こうか。殆ど手つかずの土地だからな・・・情報は高く売れそうだし、上手くいけば資源のある場所や、お宝なんかも見つかるかもしれねぇな」


(何ですって⁉)

 イレーネの頬が、微かにピクッと動いた。

(そうよね・・・人が入ったことが無いダンジョンとか、宝箱がある廃墟とかがあるかもしれないし、所有権がどうとか言う人もいない筈だし)

 人はいないが、魔物はいる。彼らだって、所有権を主張するかもしれない。

 けれど、そこまで考えは及ばず、イレーネは心の中でガッツポーズを決める。


「行きましょう!あの山の向こうへ!」

 すっくと立ち上がって、イレーネはきっぱりと告げた。



これにて第1章は終了となります。

第2章は、ロートホルン城を出て、新たな土地で活躍(?)するイレーネです。

どんな出会いを経験するのでしょうか。


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どうぞ、よろしくお願いいたします。

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