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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第2章 悪霊城

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1 スティンガー山脈を越えて

 遥か北西にあると言う『悪霊城』に向かうと決めて、イレーネ達は準備を整えると、早速ロートホルン城を出発した。

 スティンガー山脈の峰の1つであるアエロリット山の中腹にあるロートホルン城だが、そこから北に進み、山脈の稜線で一番低い場所を越すことにする。

 経験があるウィンとエルオリーセがルートを決め、あとはアルバのカンを頼りに足を進める一行だ。ちなみにオリビエは、エルオリーセが背負う鍋の中にいる。


 相変わらずイレーネは、ぶつくさと文句を言いながら歩いているが、それは相手が岩や木の根に対してなので、他のメンバーは気にも留めない。

 やがてかなりの高さまで上ると、辺りは一面の雪景色となった。


 〈天気が悪くなりそうだよ〉

 メタモルファルのアルバが、鼻を高く上げて空気の匂いを嗅ぎながら伝えて来た。

「え? こんなにいい天気なのに?」

 イレーネが空を見上げて言う。頭上には澄んだ青空が広がり、天気が悪くなりそうな気配など感じられない。

「山の天気は、変わりやすいんだ。どのくらいもつかな、エルオリーセ?」

 ウィンが疲れも見せずに、問いかける。

「そうね、日没頃には吹雪になるかな」

 そうなると、山の稜線を越えるのは難しそうだ。今は、まだその手前だが、進まずにいた方が良いだろう。

「んじゃ、ビバークする場所を探そうぜ」


「・・・ビバーク?何、それ。美味しそうだけど」

 暢気そうなイレーネは放っておいて、先ずはアルバに適当な場所を探してもらう。

 〈ここなら、大丈夫だよ〉

 100mほど先に進んだところで、アルバが立ち止まって伝えた。

 風が当たりにくい緩やかな斜面で、雪の深さも申し分ない。

(何?どういうこと?)

 何が何やら解らずに立ち尽くすイレーネに、エルオリーセは優しく言った。

「ここに、雪洞を作るのよ。その中で、吹雪が過ぎるのを待つわ。じっと待ってる方が寒いから、イレーネも手伝ってね」


 それから1時間ほどかけて、全員が入れる大きさの雪洞を完成させた。換気口も作り、入り口には毛布を張ってかなり居心地は良さそうだ。

「・・・ゼェゼェ・・・ハァハァ・・・ここに・・・入るの?・・・ハァ・・・雪の中に?」

 イレーネにとっては、相当の重労働になったようだ。

「そうよ。意外と暖かいから、入ってみて」

 アルバが先に入って全身の毛皮を伸ばし、内部に敷き詰める。その中に入れば、極上のテント内と変わらないほど気持ちが良かった。


 灯りの蝋燭をつける頃、丁度日没となり、オリビエが鍋から出て来る。吹雪が止むまでには時間が掛かりそうなので、今晩はこのまま過ごすと伝えられると、彼は納得して座り込んだ。


 やがてイレーネとエルオリーセは、アルバの毛皮に包まって眠ってしまった。雪洞の外は猛吹雪だが、内部は暖かな空気に満ちている。

 寄り添って眠る2人を見ながら、ふとオリビエが口を開いた。

「私は、長い年月独りで過ごしていて、誰かと会話することなど無かった。エルオリーセとアルバが、最初に話をした相手だったんだ。それからイレーネが来て、君も一緒に暮らすようになって、話し相手は増えた。だがこんな風に、男性と2人きりで話したことは無い。こういう時、男2人だと、どういう話題を選べば良いのだ?」

 生真面目すぎるような話だが、オリビエは本当に困っているようだ。ウィンは、苦笑しながらも、彼を揶揄するようなことは言わずに答える。

「あ~~、そうだなぁ・・・割と親しい相手なら、それなりに突っ込んだ話もするかな。悩みを話したり、相談したりとか。まぁ大抵は、恋バナだったりすることが多いかな。家族や仕事の話もするけどな」

「恋バナ?」

「ああ、好いた女に振られたとか、ヤバい女に粘着されてるとか・・・相手がいない野郎には、ハッパかけたり揶揄ったりして、相談に乗ったり助言したり・・・酒が入ると、いい加減なアドバイスが出たりして、結構盛り上がるんだぜ」

「ほぅ・・・だがそれは、大人数の場合だろう?」

「差し向かいで、話す場合もあるぜ。何なら、今はそれでいくか?」

 ウィンは笑いながら、持って来ているブランデーの水稲の蓋を外し、舐めるように口に含んだ。


「アンタの場合、相手はそこでスヤスヤ寝てるお嬢さんだろ?悩みなんて、ありそうには見えねぇがな」

 相思相愛、しかもオリビエは彼女を溺愛しているのだから、何も問題はありそうにないと思う。けれど彼は、少し口ごもりながら話し出した。

「悩み・・と言うか、私はいつも、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」

「?」

 ウィンは怪訝な顔で、先を促す。

「私は・・・幽霊だからな。体温は無いし、涙などの分泌物も出すことが出来ない。彼女を抱きしめても体温を奪うから、暖めることも出来ない。キスだって、冷たく乾いたものになってしまうんだ・・・それでも彼女は、全て受け入れてくれる。応えてもくれる・・・でも、それは・・・我慢させているのではないかと思うのだ」


 ウィンは、オリビエの気持ちが解るような気がした。

「だが、愛している気持ちは、真実なんだろ?」

「・・・それも、どうなのだろう。愛については、書物でしか知らないのだ。それも、古い本ばかりで、今一つ参考にならないような気がする。そもそも、幽霊が生身の女性を愛するような心を持てるのかどうかも、解らないしな」

 眉を寄せ、深く腕組みをしながら、ウィンは真剣に考える。

「・・・幽霊とかは関係なく、アンタはエルオリーセを愛してるって、俺は思ってるぜ。自分自身より大切で、彼女のことをいつも思って、精一杯行動してるなら、それは充分『愛』だろ」


 オリビエは暫く黙っていたが、やがて少しだけ安心したように口を開いた。

「・・・そうか・・・君のように、経験豊富な男から言われるなら、少し安心する」


(いや、ちょっと・・・待て。経験豊富って、何だ? 百戦錬磨の恋愛巧者じゃねぇんだが)


「それほど経験豊富ってワケじゃねぇよ。せいぜい、人並みっつうくらいだ。女と付き合ったり別れたりは、数回程度だし、基本長続きしねぇしな。まぁ健康な若い男だから、それなりに誰かとつるんで娼館に行った事もあるが・・・」

 慌てて言うウィンだが、オリビエの方は興味津々だ。

「という事は、一生この女性と一緒にいたいと言う気持ちは、まだ持ったことが無いという事だな。そもそも君は、どういう女性が好みなのだ?」

 一瞬面食らったウィンだったが、直ぐに大笑いになった。イレーネとエルオリーセが起きなかったのは良かったが、アルバの方はさっきからずっと聞いていて、ハラハラしている。


「ガハハハッ・・・アンタもっと自信もって良いぜ。今の台詞は、完璧に親しい男友達のそれだ」

 オリビエは目を丸くしたが、嬉しそうに、けれど追及の手を緩めない。

「そうか・・・で、好みのタイプは?」

 ウィンはブランデーの水筒を差し出して、白旗を掲げた。

「ホラよ、アンタもやれよ。飲めなくても、味と香りは楽しめんだろ。雰囲気だけでも酔ってくれないと、話しにくいってモンだぜ」

 そしてオリビエが水筒に口をつけるのを見ると、彼は苦笑いを交えながら話し始める。


「特に好きなタイプってのは無いが、嫌いなタイプはいるな。『アナタがいないと生きていけないの』って言うような女・・・商売女が手練手管で言うのは良いのさ。男に依存して、男の言う通りに生きてるような女がダメだ。自分の生き方まで、男に決めて貰いたがるような・・・男に縋って生きてるような・・・自分自身っつうのが無いような女だな。まぁそれは、女じゃ無くてもそうなんだが・・・・俺の母親がそうだったのさ。男に捨てられて縋って馬車を追いかけて、跳ね飛ばされて死んじまったよ」


 一瞬で重い話になり、オリビエは言葉に詰まったが、それでも何とか口を開いた。

「・・・・すまん、悪いことを聞いてしまった」

「あ、いや・・・こっちこそ、すまん。つい口が滑っちまった。何か、こう・・・アンタに話しやすい雰囲気があるのかもな。だが、気にしないでくれ」


 帰して貰った水筒のブランデーを、ゴクリと飲んで笑うウィンだが、ホッとしたオリビエは別の事を考えていた。


(そうすると、イレーネの様な女性は、嫌いじゃ無いという事だな。だが、好きかと聞くのは流石にマズいだろう。旅は始まったばかりなのだし)


 するとウィンは、雰囲気を元に戻そうと思ったのか、急に突っ込んだ話を振って来る。

「イレーネにちょこっとだけ聞いたんだが、アンタと彼女は夫婦みたいな関係なんだろ?そう言う場面を、うっかり見ちまったって言ってたぜ」

 そんな事まで話していたのか、と眉を顰めたオリビエだが、そう言えば誰にも言うなとは言っていなかった。

「・・・まぁ、そうだな。だが・・・人間の男女が、愛し合う行為とは、少し違っているんだ」

「そりゃ、そうだろうな」

 何しろ幽霊なのだから。

「言いにくいことだが・・・さっきも言ったように、私は涙などは流せない。そもそも分泌されないんだ。汗も唾液も、その他の体液も全て」


(という事は・・・アッチの方もか・・・)

 行為の最後には、至らないという事なのだろう。


「だから、そこまでやってしまって自分が我を忘れたら、疲労も感じない身だから、行為がエンドレスになってしまうかもしれない。そうなったら、苦しめるだけだろう?」

「・・・確かにな」

「触れるだけ、見ているだけで私は充分満足なのだ。彼女の肌や体温を感じ、吐息や声にドキドキしてしまう。欲がないわけじゃ無いが、それでも彼女が愛しくて堪らない」


 ただ触れるだけ、見ているだけで充分だと言う彼だが、それはどうなんだろう思うウィンだ。

「何かそれって・・・変・・いや、アブ・・・」

 変態っぽいとか、アブノーマルだとかは、流石に言えない。

「やはり、変で危ないか?」

「あ、いや・・・そうじゃ無くて」

 話がどんどん妙な方向へ流れてゆくが、ここまで来るとどうにもならない。


「ええと・・・そしたら・・・最後って、どうすんの?」

 下世話な事だと解っていても、つい聞いてしまうウィンである。

「・・・道具を使う」

「・・・ああ、成程ね。って、どっから手に入れたんだよ、その『お道具』は」

「書物を参考にして、自分で作った」


(幽霊がせっせと、ハンドメイドで作るのがそれかよ・・・)

 呆れるような気もしたが、何やら物悲しい気分にもなる。



 ウィンは、暫し考えて、ゆっくりと話し始めた。

「世の中には色んな夫婦や恋人たちがいるから、愛し方も色々あると思うぜ。けど、お互いに納得してればイイんじゃねぇかな。細かい部分で、これはイヤだって事は、どんな男女の間にもあると思う。けど大抵は、それよりももっと満ち足りてる部分があるから、我慢したり話し合ったりして、一緒に居続けるんだろうよ。我慢が出来なくなりゃ、別れるって事もあるけどな」

 ウィンは、チラリと視線を眠る2人に投げて、再び口を開く。


「だから、そう言う事も含めて、彼女にちゃんと聞いてみたらイイんじゃねぇか?」

 オリビエは、深刻な顔で眉を顰めた。

「・・・そんな事を聞いて良いものなのか? 嫌われたりはしないか?」

 男女の営みについて、女性に細々と尋ねても良いものなのだろうか。嫌な顔をされるかもしれないと、思うだけでゾッとするくらいなのだ。


「大丈夫だろ。50年も一緒にいるんだから、そのくらいの事は聞いてもイイと思うぜ」

「50年・・・と言っても、キスするまでに10年かかっているのだが」


 恋愛の進行速度が相当にスローなのは、互いの持ち時間が途方もなく長いからなのだろうか。

 ウィンには想像もできないが、とりあえず言う事は1つだ。


「だったら、気長にいけばイイさ。この旅の間は、そんな話が出来るような場所も時間も無いだろうしな。全て片が付いて城に戻ったら、話せそうな機会に聞いてみればイイ。それもある意味、夫婦の会話だぜ」

 何とか話をまとめたウィンに、オリビエは心底嬉しそうに答えた。

「解った。そうしよう。ありがとう、ウィン。やはり、男同士の会話というのは、有益なものなのだな。また機会があったら、相談に乗ってくれ」


 猛吹雪に包まれた雪洞の中で、親密度がアップしたウィンとオリビエだった。



 翌朝は快晴となり、一行はスムーズに山の稜線を越えた。

 昨晩の雪で周囲は銀世界だが、それを利用して山を下ることにする。

 アルバは巨大なアザラシの姿になり、3人と荷物を乗せて斜面を滑った。

「キャッホ~~!これ、最高じゃない♪」

 イレーネは、大喜びではしゃぐが、それは最後まで続かなかった。


 〈あっ!ゴメン、制御しきれな・・・〉

 アルバが突然伝えて来た言葉が終わらないうちに、斜面を相当のスピードで滑っていたアザラシの身体が、いきなり横転した。


 ズザザザザッ!

 ドサッ、ぼふっ、ゴロゴロ・・・


 全員が雪の中に放り出され、ウィンは頭から逆さに埋まり、エルオリーセは雪だるまのようになって転がる。イレーネは一番被害が少なかったが、それでも自慢の髪は真っ白になり、口の中にまで雪が入ってしまった。

「・・・ぅ~~ップ・・・何よ、これっ!」

 〈ご、ごめん・・・スピードが出すぎちゃって、無理にでも止めないといけなかったんだ〉

 ウルフドッグの姿に戻ったアルバが、すまなそうに伝えて来る。辺りを見れば、少し先で雪面が途切れ、その先は剥き出しの岩がゴロゴロしていた。転がってでも止まらないと、大事故になりそうだったと解る。

「大丈夫だった、イレーネ?」

 割と近くに転がったらしいエルオリーセが、雪の上を這ってきて尋ねた。

「ち、ちっとも大丈夫じゃないわよっ!雪まみれだし、顔面から雪に顔を突っ込むし!」

 イレーネの顔は、鼻の頭が真っ赤っかだ。そして直ぐ近くには、柔らかな雪の上にくっきりと押された、彼女の顔型が残っている。

「・・・・プッ・・・あははっ、イレーネの顔型!」

 エルオリーセは、窪んだ雪面を指さし、我慢できずに噴出してしまった。


 ギュッと眉を寄せて瞑った目元、形の良い鼻、そして限界まで空いている口。

 イレーネの瞬間的な驚愕の表情を写し取ったその顔型は、どうにも笑える間抜け面としか言いようがない。


「わ、笑うことないじゃないのっ!」

 イレーネは、腹立ちまぎれに雪を掬って、エルオリーセに投げつけた。

「うっぷ・・・やったわね!」

 大笑いの余勢で、エルオリーセも雪をたっぷりと彼女の頭に浴びせる。

 そこから先は、無邪気な子供の雪遊びのように、声を上げて笑いながらはしゃぐ2人だ。


「・・・何やってんだよ、よくこんな時に遊べるよな」

 やっとの思いで雪の中から抜け出したウィンが、呆れたように呟くと、アルバはゆっくりと伏せの姿勢になりながら伝えた。

 〈あんなエルオリーセは滅多に無いし、イレーネの方もあんな風にはしゃぐことなんて、無かったんじゃないかな〉

 この2人の娘たちの間にも、飾らない親しさが出来てきたようだった。


 岩だらけの斜面を下り、平地に入ると、そこは殺風景な荒野だった。

 暫く進んで日没になったところで、一行は野営の準備をする。

「あの・・・ごめんなさい、オリビエ。お鍋、凹んじゃったわ」

 雪の中を転がった時に、何かにぶつかったのだろう。鍋の底が、かなりの大きさで凹み、微かにだが亀裂が入りそうになっている。完全に割れ目にならなかったのは幸いだったが、もし壊れていたらオリビエはどうなっていたのだろう。

 エルオリーセは、それを思うとゾッとしたのだ。

「・・・いや、大丈夫だから、気にしないで。それより、君に怪我が無くて良かった」

 オリビエは、優しくそう言って、独り黙々と鍋の修理を始めた。


「ねぇ、ウィン。あんな風にお鍋やお釜を修理する人って、何て言ったかしら?」

 焚火の傍に座り、コンコンコツコツと鍋を叩きながら真剣な顔になっているオリビエを見ながら、イレーネは小声でウィンに尋ねた。

「・・・鋳掛屋のことか?」

「ああ、そう。本で読んだことがあったけど、思い出せなかったから」


(鋳掛屋幽霊・・・ホント、色々器用な幽霊だぜ、オリビエってやつは)

 ウィンは、この仲間たちと旅をしていることが、妙に楽しくなってきた。



 数日間は、無人の荒野を旅した。

 風景は少しずつ変わり、越えて来たスティンガー山脈が小さくなると、北西の方角に新たな山脈が見えて来る。どうやらこの辺りは、大きな盆地になっているようだ。

 辺りに生える植物も、見慣れない種類がチラホラ見れるようになり、ここがシュバルグラン王国から遠く離れた場所なのだという事が解る。

 初めての土地だという事で、行程は全て徒歩で進んでいた。


 そしてある日、一行は明らかに畑や牧場だと解る場所に入り、その向こうにある集落を発見した。

「お!・・・村か?人が住んでるって話は聞いた事が無かったが・・・」

 スティンガー山脈の向こうは、人も住まない荒れ果てた土地だと聞いていたが、ここまで来た王国の人間がいなかっただけかもしれない。確かに山脈越えは厳しく、ここまで来るまでに何度も魔物に遭遇したこともあった。

 危険生物との遭遇は、アルバの能力とエルオリーセの知識で、全て戦闘にはならずに回避できていたわけだが。


 〈・・・人間じゃないよ〉

 畑にいた人影がこちらに気付き、慌てたように村へ駆けてゆく姿を見て、空気の臭いを嗅いでいたアルバが告げた。

 〈多分、コボルトじゃないかな。そんな臭いだと思うよ〉


 コボルトは王国内で見かけることは無いが、文献には残っている。顔が犬で、二足歩行。異国の鉱山で遭遇することがあり、人語を介する魔物として紹介されていた。

「コボルトか・・・俺も初めてだが、村まで作って畑仕事や家畜の世話をするんだから、知性は高そうだな。友好的かどうかは解らねぇが、いきなり襲ってきそうな雰囲気じゃなさそうだ」

 けれど念のため、エルオリーセは帽子を被って少年の姿になり、イレーネは髪を縛って纏めておく。そして、逃げて行ったコボルトたちの後を追うように、一行はゆっくりと歩を進め、村の入り口までやって来た。


 狭い通りに足を踏み入れた時、両隣の家の屋根から、突然大きな網が降って来た。

「うわっ!」

「キャァッ!」

 気配も敵意も感じさせない出来事に、アルバでさえも油断していた。全員が網に絡めとられ、身動きが出来なくなる。

 その様子を確認したのか、村人(人?)たちが手製の槍を持って出て来た。


「おい!動くなよ」

「やっぱり人間か?村長は、まだか?」

 顔は犬だが、それ以外はごく普通の服を着ているコボルトたちは、口々に言い交わしながら、槍の先を突き付けて来た。

 そこに、年嵩のコボルトがやって来て告げる。

「長官様に使いを送った。いらっしゃるまでに少し時間が掛かるだろうから、とりあえず牢に入れておけ」

 どうやら彼は、村長らしい。彼の指示で、更に多くのコボルトたちが集まり、一行は村の中にある1軒の家に連れて行かれた。


 数の圧力はあったが、その気になれば、アルバとウィンで切り抜けられそうではあった。けれど今はまだ、大暴れするのは得策では無いだろうという判断で、大人しく連れてこられた一行である。



 連れてこられた建物は、それなりに頑丈な造りで、中に入ると取り調べが出来るような部屋があり、奥の扉から先が牢になっているようだ。

「ここに全ての荷物を置いていけ。長官様がお出でになるまで牢に入っていて貰うが、大人しくしていろ。おい、連れていけ」

 村長は、待機していた牢番らしい牛頭の男に告げる。おそらくミノタウロスだろう。そう言えば、集まってきた住人たちの中には、ゴブリン以外の種族も何人か見て取れた。


 〈とりあえず、言う事を聞いておこうって、エルオリーセが言ってるよ〉

 アルバが伝えてきたこともあり、先ずはウィンが、そして次にイレーネが連れて行かれる。

 牢の扉を開けて、中に入るようにイレーネに促したミノタウロスだったが、不機嫌そうに鉄格子を潜った彼女の頭を見ると、ふいにその雰囲気が柔らかくなり、うっとりしたように髪を見つめた。

 イレーネ自身は、全く気付いていなかったが。


 牢番がいなくなると、早速イレーネが向かいの牢に入っているウィンに話しかける。

「ねぇ、これ、大丈夫なの?」

「まぁ、とりあえず大人しくしとこうぜ。じきに、日没だろ。オリビエが出て来てから、その長官様と話をすりゃぁ何とかなると思うぜ」


 2人が連れて行かれる間に、エルオリーセは帽子の中で、自分の耳を変形させておき、アルバにも目と牙を変えておくように伝える。


「次はお前だ。おい、背中の鍋も置いていけ」

 村長の言葉に、エルオリーセは落ち着いて答える。

「これは祖母の形見の大切な鍋で、手元から話すと何が起きるか解りません」

 そしてゆっくりと帽子を取った。

「・・・その耳は・・・」

 村長は、彼女の尖った耳を見てハッとする。

(尖った耳と、端正な顔立ち・・・高位の魔族なのかもしれない)


 そしてアルバは、低く唸りながら村長を睨みつけて牙を剥く。

「ヒッ・・・」

 息を飲むのも仕方が無い。燃えるように真っ赤な目と、大きな白い牙を見せつけるアルバは、ただのウルフドッグには見えない。戦闘力の高い魔物の1種ではないか、と村長はたじろいだ。

「あ、貴女方は・・・人間では無いのですね。そ、それでもあの人間たちの仲間なら、一応牢に入っていて下さい。詳しいお話は、長官様にお伝えいただくことにして・・・その鍋も、持って入ってくれて構わないので」

 一転して態度を変えたコボルトの村長に、エルオリーセは鷹揚に頷いて牢に入った。



 小1時間も経つと、日没になった。

 他の牢屋に比べれば、少しはマシな閉鎖空間で、いつものようにオリビエは鍋から出て来る。

「・・・ここは、どこなんだい?」

「魔物の村の、牢屋の中。取り調べがあるまで、入っていろって言われたの。隣にはイレーネが、その向かい側にはウィンがいるわ。人間に対しては排他的な感じね。私とアルバには丁重だったけど、2人はぞんざいに扱われていたわ」

 オリビエは彼女の耳に気付き、軽く頷いたが、眉を顰めて呟く。

「およその事は解ったが、私はこんな所には居たくないな」


 その時、話し声を聞きつけたミノタウロスの牢番が声を掛ける。

「おい!何だ、お前・・・」

 いきなり出現した、半透明の貴族風男性に驚いたと見える。けれどオリビエは、そんな男を無視して、牢の鉄格子をスゥッと抜けて廊下に出た。

「邪魔だ、どけ」

 その気になれば、生き物でも通り抜けられるが、敢えて威圧的に告げるオリビエに、圧倒的な力の差を感じたのか、ミノタウロスはサッと道を開け、彼の指示通りに鍵を開けてエルオリーセとアルバを外に出した。


 わざわざ牢番にドアを開けさせて取調室に入ったオリビエの姿に、村長は飛び上がるように椅子から立ち上がった。

「えっ・・・あ、あの・・・貴方様は?」

「私は『幽霊城の主』ロートホルン男爵である。訳あって配下の者と旅をしているのだが、陽があるうちは出て来れないのだ」


 只者ではないオーラを纏うオリビエに、コボルトの村長は哀れなほど取り乱した。

(き、貴族だぁ・・・しかも、相当に力がある『ゴースト』か『レイス』では・・・)


「しっ、失礼を致しました、でございます。あ、あの私は・・・このレコルト村の村長をしております『公平なコボルト』タバルと申しますです」

 オリビエは、エルオリーセから出来るだけ尊大に振舞って欲しいと伝えられていた。

「では、タバル。何故我々を捕らえて牢に入れたのか?」

 村長は、冷や汗をかきながら必死に答えた。


「く、国の法律で、人間が来た時は捕らえて牢に入れ、長官様の沙汰を待つという事になっておりまして・・・まもなくお見えになる筈ですので、どうぞ今しばらくお待ちくださいませ。お、おい!ちゃんとした椅子とテーブル、それとお茶を持ってこい!」

 大慌てで飛び出して行った牢番が用意を整えて戻ってくると、青い顔で立ち尽くす村長と牢番を尻目に、暫しのティータイムを過ごすオリビエとエルオリーセだった。


 その頃、牢の中のイレーネは、憤懣やるかたないといった風情で、ライオンのように牢の中を行ったり来たりしていた。

(ちょっと!私のことを、忘れてないでしょうね!)

 エルオリーセと一緒に、自分も牢から出してくれるとばかり思っていたのである。

(後で、絶対に文句を言ってやるんだからっ!)

 イライラと、けれど待つしかないイレーネだった。



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