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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
最終章

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32/33

2 イレーネ・カーネリアン女公爵

 鹿毛の馬を連れた片腕の男は、王都の外れの木賃宿に泊まっていた。

 フードを目深に被り、常にマントを外さずにいたが、目立たないよう物静かに振舞う彼に、不信感を覚える者はいない。王都は今、祝い事に沸き立っていて、それどころでは無かった。


「未練がましい、とは思うんだけどな・・・」

 愛馬の肩をポンと叩きながら、ウィンは呟く。

 リバティは、ブルルと小さく鳴いてそっと鼻面を近づけた。


「ひと目だけ、遠くからでも・・・アイツの晴れ姿を見ておきたくてな」

 けじめとか、区切りとか。

 そう言う気持ちだった。

 惚れた女の望みを叶える。それが自分にとっても、目標であり望みだった。

 そして最後に、彼女を助けることが出来た。


「アイツはもう、立派な女公爵で魔導士だ。アイツも俺も、望みを叶えたんだ。もう、手綱は必要ない」

 手綱を握る手は、片方失った。イレーネを守ることは、この先は難しいと思い定めたウィンだ。

 お役御免で、良いだろう。

 けれど、やはり心は残る。

 だから、最後に彼女の晴れ姿を見て、それで満足して、最後にしようと思っていた。



 教会前の広場には、既に人々が集まっている。

 女公爵として、宮廷魔導士として、行わなければならい儀式を終え、最後に教会で祝福を受けた後、イレーネはお披露目をする。


(流石に、少し疲れたわ・・・)

 イレーネは、こっそりと溜息を漏らした。

 女公爵に相応しい典礼服のドレスは、薄紅色の豪華なものだ。レースやフリルが、華やかな女性らしさを醸し出し、イレーネに良く似合っている。

 けれど彼女は、その上からローブを羽織った。


 女公爵であることよりも、魔導士であることの方が誇りに思えた。

 マントのようにローブを羽織り、胸には功績を称える勲章、そして新たに下賜されたOraleのサークレットが光る。


(この姿、見せたかったわ。エルオリーセやアルバや、オリビエ・・・それからウィンに)

 会いたい、と痛切に思った。

 エルオリーセたちには、また会えるけれど、ウィンには会えないかも知れない。

 そう思うと、胸の中に想いが溢れる。


 けれど今は、やるべき事をやらなければならない。

 イレーネは愛用の杖をギュッと握り、足を進めた。

 教会の大扉が開かれる。

 眩しい光と歓声の中へ、イレーネはしっかりと顔を上げて踏み出した。



 扉の外には、ノイとアリスヴェルチェが待っていた。

 少しお腹が目立ち始めたアリスヴェルチェだが、この場の介添え役をしている。

 数段ある石の階段下には、ジークとグラーネの姿もあった。

 教会の壁には、シュバルグラン王国の紋章と、新しいカーネリアン女公爵家の紋章が飾られている。

 ダークペガサスと薔薇の意匠である紋章は、アリスヴェルチェのそれと対になるような趣があった。


「カーネリアン女公爵様、おめでとうございます!」

「紅の魔導士、万歳!」

 人々の歓声が、広場に響き渡った。



 豆粒のようなイレーネの姿を、ウィンは食い入るように見つめていた。

 眼に、心に、焼き付けるように。

 瞬きさえ忘れて見ている彼の視線を追って、リバティもそちらを見た。

 人々の頭の上を通り過ぎた鹿毛の馬の視線は、しっかりとイレーネやノイの姿を捕らえる。


「ヒヒンッ!」

 リバティは声を上げ、グイっと頭を引いた。

 轡を取っていたウィンは、驚いて左手に力を入れるが、馬の力には敵わない。

「何だ、おい・・・あっちに行きたいのか?」

 主を引きずるように数歩足を進めたリバティに、ウィンは寂しそうに笑った。

「そうか・・・そうだよな。イイぜ、行きな・・・」


 ウィンは、轡から手を離し、鹿毛の馬の尻をパンと叩いた。

「俺は・・・行けねぇから・・・」

 無理やり作った笑顔を向ける主に、リバティは苛立つように前脚を掻いたが、直ぐに意を決したように走り出した。


「うわぁっ!暴れ馬だぁ~~~!」

「あっ、危ねぇっ!」

 首を振りながら駆け始めたリバティに気付いた人々は、叫ぶ声を上げながら逃げる。

「止めろ!止めろっ!誰かっ!」

 何人かの男が手綱に手を伸ばそうとするが、リバティはそれを許さない。

 獅子粉塵の勢いで人混みをかき分け、真っ直ぐにこちらへ向かう馬の姿に、最初に気付いたのはノイだった。


 〈イレーネっ!リバティだ!・・・その向こうに、ウィンがいるっ!〉

 イレーネは、その言葉を聞いて、遠い人影を見つけた。


「・・・ウィン」

 呟いた声を、直ぐ傍にいたアリスヴェルチェが拾う。

 そして、きっぱりと言った。


「行きなさい。愛に向かって、貴女らしく生きなさい!」


 その言葉を最後まで聞かず、イレーネは階段を駆け下りた。

 〈あっ、イレーネ、僕も・・・〉

 ノイが後を追うように足を踏み出したが、アリスヴェルチェがサッと轡を取った。

「ダメよ、ノイ。これは彼女自身が、行かなければいけないの。見守りなさい」



 ずっと、会いたかった人がいる。

 だから、駆けてゆく。


 けれど、イレーネの足はもつれて転びそうになった。

「ああ、もうっ!邪魔っ!」

 ローブを落とし、杖を投げ捨てて再び走り出す。

 けれど今度は、石畳に躓いて派手に転んだ。

「ダメよ、こんなのっ!」

 イレーネは、パッと立ち上がり、ハイヒールの靴を蹴り飛ばすように脱いだ。


 ドレスの裾を思い切りたくし上げ、裸足で走る。

 そんなイレーネの前には、ギョッとして立ち竦む民衆がいた。


「退きなさいっ!お退きっ!」

 大声を上げるイレーネの身体から、オーラが立ち上ったように見えた。

 薄い色の炎のようなそれの中に、小さな火花がパチパチと爆ぜる。


「ひぇぇぇーーーーっ!」

「うっ、うわぁ!」

 紅の魔導士の噂を嫌と言うほど知っている人々は、大慌てで道を開けた。



「ぁ?・・・何だぁ⁉」

 踵を返して歩き始めていたウィンは、足を止めて振り返った。

「はぁ⁉」


 髪を振り乱して、両足も露わに突進してくるイレーネ。

「な・・・何やってんだ・・・」

 呆然とするウィンの前で、イレーネは急停止した。


「ウ・・・ウィン・カーネリアンっ・・・私からっ、離れることは・・・許しませんっ!」


「あ、・・・いや・・・」

 何と返して良いか解らず、立ちすくむウィンの眼に、彼女の後から走って来る人々の様子が見えた。

「イレーネ様ぁ~~~」

「お待ちください、女公爵様~~~」

 彼らは口々に叫びながら、イレーネが投げすてた諸々の品を拾い集めながら駆けて来る。


「だからっ!・・・もう逃がさないんだからっ!」

 次の瞬間、イレーネはウィンの胸の中に飛び込んだ。


「うわっ・・・オイ」

 慌てて左手だけで受け止めたウィンに、イレーネはその胸に顔を押し付けながら言い募る。

「次の望みが、出来ちゃったんだから・・・仕方ないでしょっ。ウィンが、必要なのよ」


 呆気に取られた民衆と、あたふたと駆け寄って来るお付きの者たち。

 それを見たウィンは、呆れたように大きなため息をついた。

「ああ・・・どうやらまだ、手綱は必要みたいだな」


 けれどウィンの顔は、泣き出しそうに歪んでいる。

「もう一度、手綱を結いつけ直すか」

 浮かべた笑顔に、偽りは無かった。


「ええ、お願い」

 イレーネは素直にそう言って、真っ直ぐにウィンを見上げる。


「こんなトコでナンだがな・・・愛してるぜ」

 2人は、そのまま唇を合わせた。



 人々の目の前で、熱いキスを交わす2人を、ノイとアリスヴェルチェは遠くから見ていた。


 ゴォォォ~~ン ゴォォォ~~ン ゴォォォ~~ン・・・


 教会の鐘が、いきなり鳴り始める。

 そして中から出て来たのは、いつの間にか教会に入っていたらしいジークだった。

「ジーク・・・グッジョブね」

 アリスヴェルチェは、笑顔で声を掛ける。

「気が利くだろう?」

 近づいてくる彼の手を取ったアリスヴェルチェは、ノイに声を掛けた。


「もう、良いわよノイ。行って、2人を連れて来て。放っておいたら、幾らでもキスをし続けそうだから」

 そんな言葉に、ノイは損な役割だと言わんばかりの顔で、静かに翼を広げた。



「片手でしか、抱きしめられなくて悪いな・・・」

「充分だわ。私が両腕で、しっかりと抱きしめているから。これからも、ずっと」


 これからはずっと、大切なものを抱きしめ続けていられるように。

 それが、叶えたい望みだ。

 破天荒な元公爵令嬢は、新しい望みを胸に、これからも周りを振りまわしながら生きてゆくのだろう。



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