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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
最終章

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31/33

1 懐かしくも無い王都

 イレーネは頬杖をつきながら、窓の外をぼんやり眺めていた。

 HerdEaterの撃退からひと月。

 今は、かつてのアルアイン公爵邸にいる。

 目まぐるしく忙しかった一か月だったが、漸くひと段落して、今日はのんびり出来る日だ。


「はぁ・・・・・」

 イレーネは、大きなため息をついた。

 また明日からは、忙しい日々が始まる。今日は大事な休養日だが、さて何をしたらいいのか。


 コツコツ・・・コッコッ・・・


 窓ガラスを叩く音が聞こえ、イレーネはハッと我に返った。

 〈イレーネ?今日は休みでしょ?〉

 窓を開けると、そこには翼を広げて宙に浮かぶダークペガサスの姿があった。


「ええ、そうよ」

 イレーネは答えて、窓を大きく開けた。

 館の3階にある部屋の窓に、直接やってきたのはノイだ。

 〈だったら、ロートホルン城に行かない?今から出れば、僕の翼なら昼前には着けるよ〉

「それは良いわね。行きましょう!」

 窓枠に足を掛けたイレーネは、サッと彼女に愛馬に跨った。


 窓を開けておけば、使用人たちにいちいち言う必要は無い。

 彼女は王国唯一の魔導士で、愛馬と共に、自由に空を駆けることが出来るのだから。



 イレーネがアリスヴェルチェらと一緒に王都へ行くと決まった時、エルオリーセたちは言った。

「私たちは、ここで別れるわ。王都は、人が多すぎるから」

「メタモルファルや幽霊には、暮らしにくいな。人の眼が多すぎて」

 〈知らせがあったら、僕が行くから〉


 そして彼らは、あっさりとロートホルン城へ帰る。

 これが今生の別れでもないし、と笑顔で夜空を飛んで行った。


 それからひと月。

 イレーネは、ただ無性に彼らに会いたかった。



 懐かしいロートホルン城の応接室で、イレーネはホッと寛いでいた。

 けれど、そこにウィンはいない。

 エルオリーセたちは、時間が許す限り捜索を続けてくれているが、彼らをもってしても、その行方は解らないままだ。

「ごめんね、イレーネ。まだ見つからないの。でも、諦めずに探すから、待っててね」

 昼間なのでオリビエはいない。エルオリーセはお茶の用意をしながら、申し訳なさそうに言った。


「うん・・・ありがとう。多分、ウィンの方が会いたくないと思ってるんだわ。でも、それを許す私じゃないのよ。アリスヴェルチェ達も協力してくれているし、私自身も人を雇って探させているから」

 逃がしゃしないわ、と笑みを浮かべるイレーネだが、無理をしていることが解る。


 裏切られたような、捨てられたような。

 寂しくて、悲しくて、辛くて。

 けれどイレーネは、それを表に出さない。


 それを解っているエルオリーセは、ソファーに腰を下ろすと、笑顔で言った。

「忙しかったでしょ?王都では、どんな事があったの?」

 イレーネは、懐かしい香りのお茶を一口飲んでから、話し始めた。


「王都に入って、最初は国王陛下と院主様に謁見したわ。そこで、今回の働きに対して、女公爵の地位を授けるって仰って下さったの」

 淡々と話すイレーネに、エルオリーセとアルバは驚く。

「イレーネ、それって願いが叶ったってことでしょ⁉ 何でそんなに・・・」


 王都に返り咲きたいと言って、そのためにずっと頑張って来たのではないか。

 大望を果たした喜びは、イレーネの雰囲気からは見て取れない。


「う~~ん、そうなんだけどねぇ・・・あ、勿論嬉しくはあるのよ。でもなんかこう・・・飛び上がって喜ぶとか、そんな気分じゃなかったって言うか・・・」

 イレーネは小さなため息をついて、再び話し始める。


「院主様、国王陛下の姉上でレイラ様って仰るのだけど、私に聞いてくださったの。家名はどうしますかって」

 ジークの姉でもあるレイラ王女は、イレーネがアルアイン公爵の娘であることを聞いていたのだろう。

 家の再興をするのなら、イレーネ・アルアイン女公爵になるからだ。

「私は、カーネリアンでお願いしますって答えたわ。アリスヴェルチェとも相談していたんだけど、アルアインだとどうしても謀反のことが連想されるから、別の方が良いだろうって。だから、馴染んでいる名を使おうって思ったの」


「イレーネ・・・・」

 エルオリーセは、それ以上何も言えなかった。


「アイツが・・・勝手に使って、って怒って出て来てくれたらイイのに・・・って。カーネリアンの名は、借りてるだけだから・・・どこかで聞いて、文句を言いに来てくれたら・・・イイのに・・・って・・・」

 イレーネは俯いて、小さく肩を震わせた。


 エルオリーセは、黙って彼女の傍に座り直し、その肩を優しく抱いた。

「・・・うん、そうね。会いたいわよね・・・」

 イレーネは、堪えていたものを吐き出すかのように、エルオリーセの胸に顔を埋めて泣いた。


「・・・うっう・・・会いたい・・・ヒック・・・ふぇぇぇ~~~ん・・・」

 エルオリーセは、彼女の背中を摩りながら、うんうんと頷く。

 アルバもソファーに上がり、暖かい肉球を肩にそっと乗せた。


 メタモルファルは、心も癒すのだろう。

 暖かい波動が、イレーネの中に浸み込んだ。


 やがてイレーネは、鼻をぐずぐずとさせながら、話し出す。

「・・・グスッ・・・は、恥ずかしいけど・・・グスン・・・こんなの、私らしくないけど・・・グス」

「泣いて良いのよ。イレーネの心から生まれた涙なんだから、これも貴女の大事な感情。人の心は変わってゆくものだし、変わったことも含めて、今の自分も認めてあげないと。変わっていっても、イレーネはイレーネでしょ?」

 エルオリーセの言葉に、イレーネはまたウィンを思い出した。


 変わってゆくイレーネも全て、包み込んで、惚れていてくれると言ってくれたウィン。


 イレーネは、グイグイと顔を拭い、しっかりと座り直した。

 眼は真っ赤で、鼻の頭も赤い。

 けれど、もう泣いてはいなかった。


「いつか、きっと・・・とっ捕まえてやるわ」

 差し出された布で、チーンと鼻をかみ、イレーネは立ち直った。

 一度泣いたお陰で、覚悟も決まったのだろう。それを導いてくれたメタモルファルたちには、感謝しかない。


「あ、大事なことを言い忘れていたわ。女公爵として、領地を貰えることになったんだけど、私はここ、ランディール地方が欲しいって言ったの。アエロリット山やゲレイロ村やスレーブ村を含んだ、この辺り一帯をね。希望は受け入れられたから、私がランディールの領主になるわ」


 イレーネは、晴れやかに笑った。

「領主になれば、ロートホルン城の秘密も守れるし、ちょこちょここっちに来てもおかしくないでしょ?」

 エルオリーセは驚いたが、直ぐに満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、イレーネ。すごく嬉しい。オリビエも、きっと喜ぶわ。会ってゆくでしょう?」

 お祝いをしましょうと誘うエルオリーセに、けれどイレーネは残念そうに言った。

「ごめんね、エルオリーセ。夕方には、王都に帰っていないといけないの。明日、朝からスケジュールがぎっしりなのよ。オリビエには、よろしく伝えておいて」


 本当に忙しいのね、と言うエルオリーセに、イレーネは大げさな溜息をつきながら答える。

「新しい魔法学院を作ることになったの。今は聖別院の中に『癒す者』の学院があって、『戦う者』の学院は別の場所になってる。けれど院主のレイラ様の働きで、男女の別なく適性に合った方を選べるように規則が変わって、統合するために建て替えをしてるんだそうよ。それで、ついでに新しく『魔導士』の学院も作りましょうって、レイラ様が仰ったのよ」


「・・・凄いわね」

 エルオリーセは、人間のバイタリティーと進歩に驚くしかない。

「そうなのよ。レイラ様って、本当に凄いお方だわ。で、その『魔導士』の学院を、私に任せるって仰って、引き受けるしかなかったのよね」


 シュバルグラン王国唯一の魔導士であるイレーネにしか、その務めは果たせないだろう。

 資質がある子供が、どれだけいるかは解らないが、ゼロでは無いだろうとレイラは言った。

「貴女が教わったように、教えれば良いと思いますよ」

 事も無げに言うレイラに、イレーネは戸惑いながらも頷くしかなかったのだ。


「何も無いところから始めるから、毎日あちこちと相談したり、書類を書いたりしてホント忙しいのよ。それなのに、訪問客は後を絶たないし・・・」

 苛立たし気な口調で、イレーネは思い切り顔を顰めた。


 救国の英雄であるイレーネ・カーネリアンは、実はアルアイン公爵の娘であるという事が、いつの間にか知れ渡ってしまっていた。

 公言はしないが、隠すつもりも無いイレーネは、こそこそと噂するようなヤツは相手にもしていない。

 父とは別の人間だというスタンスを、崩さないでいる。


 寧ろ困るのは、昔の知り合いや友人だと言いながら、擦り寄って来る輩である。

 父親であるアルアイン公爵と懇意だったと言う人間は、きっぱりとお断りしているが、イレーネ本人の関係者では、門前払いするわけにもいかない。

 例えば、イレーネの昔のイジメ仲間、ジルケやメラニーも訪ねて来ていた。


 彼女たちは、当時公爵令嬢だったイレーネの腰巾着で、没落したアリスヴェルチェを初めとして、色々な相手に意地悪や苛めを行っていたのである。


 当時と同じように媚びをうって、あわよくば恩恵を賜らんとする彼女たちに、イレーネは面と向かって言い放った。

「あれは私の、黒歴史です。今でも悔いていることなので、それに関して話すことは許しません。貴女たちは旧友だと言いますが、私が王都を追われた時に、手紙の1つの寄越さず、何も助けてくれず、見捨てたのではありませんか。私はそれを許す程、寛容ではございませんの」

 ピシャリと言葉を叩きつけるイレーネだが、別に恨みなどはありはしない。

 寧ろ、過去にきっぱりと区切りをつけたいと言う想いの表れだ。


 他にも、同じように擦り寄って来る相手には、ほぼ同じように対応しているイレーネは、気難しい魔導士と噂されるようになっている。

 けれど、それが寧ろ、女公爵となるイレーネの尊厳を保つことに繋がっていた。



「ああ、ごめんなさい、エルオリーセ。もう帰らないと・・・アルバも、ありがとう」

 イレーネは窓の外を見て、名残惜しそうに立ち上がった。

「また来てね、イレーネ」

〈うん、待っているから〉

 エルオリーセとアルバの言葉に、イレーネはにっこりと笑った。



 王都に帰り、屋敷の庭に降りたイレーネは、ノイの鞍を外してやる。するとノイは、ふいに伝えて来た。

 〈イレーネ、少しは元気出た?〉

 朝から溜息をついていた彼女を、気遣ってくれたのだと解る。

「あ、うん。ありがとうね、ノイ」

 イレーネは、優しくその首を軽く叩いた。


 ノイは、その大きな鼻先をイレーネに近づける。

 〈イレーネ、僕はどっかに行っちゃったりしないからね〉

 今は傍にいないウィンに対するイレーネの気持ちが、よく解っているダークペガサスだ。


 そしてノイは、その鼻をイレーネの頬にそっと押し付けた。

「・・・ノイ・・・」

 愛馬の気持ちが嬉しくて、その頭を抱きかかえようと顔を離すイレーネ。


「・・・えっ・・・ちょ・・・」


 イレーネの頬とノイの鼻の間に、粘液の糸の橋が架かっていた。

「ノ、ノイ~~~鼻水~~~」


 〈あっ!ゴ、ゴメン・・・)

 慌てて横を向き、頭を振るノイ。


「感動してたのに・・・」

 イレーネは顔をゴシゴシと拭きながら、情けなさそうにそう言うしか無かった。



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