4 勝利を得て、けれど失って
頬を撫でる微かな夜風に、イレーネはフッと瞼を上げた。
(・・・ここは・・・どこ? あ、砦の部屋ね)
窓の方に目を向けると、カーテンの隙間から、静かに夜気が入ってきている。
「イレーネ?・・・目が覚めた?」
声が掛かり、そちらを振り向くと、アリスヴェルチェの顔がある。
「えっ、もう起きてていいの⁉」
イレーネは、ガバッと起き上がった。
「ええ、出血は止まったし、あれから1週間経っているから、無理のない程度には動いて良いって言われてるの。それより、貴女の方は大丈夫?」
笑顔で問いかける女公爵だが、イレーネは驚く。
「えっ!・・・1週間? って言うか、HerdEaterはどうなったの?」
「災厄は去ったわ。詳しい経過は、皆が揃ってから話すわね。貴方はあれからずっと、魔力切れで眠っていたのよ」
アリスヴェルチェは人を呼び、イレーネが目覚めたことを伝えさせた。
暫くすると、ジーク、エルオリーセとアルバ、オリビエとノイまでもが室内に入って来る。
〈イレーネ!良かったぁ~~~心配してたよぉ〉
回復はダークペガサスの方が早かったようで、その後はずっと廊下で待っていたらしい。
「本当に良かった。後方に運ぼうかとも思ったが、目覚めを待っているらしいドラゴンが1頭、ずっと、砦の外にいるしな」
ジークの説明に、イレーネはそのドラゴンはブラックレックスのラッシュだろうと思う。スラルヴィオへの手紙を託されるのを待ってくれているのだ。
けれどイレーネは、その時ふと気づいてしまった。
「・・・ウィンは?」
「・・・・・・・」
口をつぐんで互いに顔を見合う中で、エルオリーセが口を開いた。
「いないの・・・・どこにも」
「ど、どういう事⁉」
イレーネの言葉に、ジークが答えた。
「順を追って、話そう。HerdEaterの最後の様子も含めて」
ベッドの周りに全員が腰を下ろした。
「全体を俯瞰して見ていたのは、オリビエだ。先ずは、HerdEaterがイレーネとノイの攻撃を受けた後のことを話してくれ」
ジークに促されて、オリビエが話し始めた。
「HerdEaterは、のたうち回って暴れた。体内から何度も爆発音が聞こえていた。バリスタと大砲は、沈黙していた。皆、ただ見守るしか無かった」
そこにエルオリーセが、口を挟む。
「補足しておくわ。後になってジークと話したんだけど、イレーネ達の攻撃で、HerdEaterの口から体内へ続く管が、損傷を受けたんだと思うの。そこからジュウユが浸み出して、管を流れる時の摩擦で静電気が起こり、放電火花が発生した。イレーネの魔法による高温で、ミストも発生していて、引火して爆発が起きた、と推測されるわ」
以前ジークが言っていた通り、ジュウユの性質がとどめになったのだと言えよう。
「HerdEaterは、半死半生の状態になっていた。その背中に、ノイとイレーネが落ちた。その時点で、『空の穴』は広がっていて、ヤツが逃げることは明白だった。近くに飛んで行って、引きあげようと思ったんだが、それより早く、ウィンがリバティに乗って胸壁から飛んだ」
(・・・そう言えば、名前を呼ばれたような気がする)
魔力切れで気を失って落下しながら、イレーネはウィンの声を聞いたことを思い出す。
(助けに・・・来てくれたんだ)
「全員を私の力で引きあげるには、位置が悪かった。見えない物は動かせないから、イレーネとウィン、ノイとリバティが見えるところを探したのだが、先ず見えたのは、滑り落ちてゆくリバティだった」
オリビエは、息を継いで再び話す。
「次に見えたのは、翼を広げたノイが宙に逃れた姿で、イレーネを抱きかかえたウィンが、下に向かって滑り降りる様子だった。その間に『空の穴』は広がりきって、HerdEaterの身体は上昇し始める。暴れながら浮かび上がるので、砦の壁が壊されて、大小の岩が落下した。土煙が、視界を遮って地面の様子は見えなかった」
オリビエは俯いて、話を終えた。
〈僕は・・・宙に逃れた後、まだ自由に飛べなくて・・・ジュウユがべっとりついてて、上昇するアイツの身体に接触して、壁にもぶつかって落ちて・・・しばらく動けなくて・・・ごめんなさい〉
ノイが、泣きそうな声音で伝えてくる。
大切な主人を守り切れなかったことを、悔いているのだろう。彼だって、魔力切れでフラフラだった筈なのに。
「HerdEaterの身体は、『空の穴』に入る時にはもう、ぐったりとして動いていなかった。異世界に戻ったとしても、生きているかさえ危ういと思う。とりあえず、災厄は去ったわけだ。私とアルバ、そして救護班は、直ぐに負傷者の元へ走った」
するとアルバが、伝えてくる。
〈最初に見つけたのは、リバティだったよ。前脚と肋骨を折っていて、打撲と裂傷も酷かった。でも急いで骨を繋ぎ、傷を塞いで、動かずに待っているように伝えて、次の負傷者を探しに行ったんだ。でも、リバティも・・・いなくなっちゃった〉
「君とウィンを見つけたのは、救護班の兵士とオリビエで、急いで砦の中に運び込まれた。ウィンは右腕を失っていて、『癒し手』の治療を受けた」
「右腕・・・って・・・」
イレーネは気が遠くなりそうだった。
「あの時は、救護用の部屋もごった返していて、『癒し手』も大忙しだった。次々と運び込まれる負傷者の治療に、駆け回っていたんだ」
戦いの間、HerdEaterはバリスタや大砲を排除しようと思ったのか、何度か長い首を振りまわした。それによって、弾き飛ばされた人員は少なくない。最後のあがきで暴れた時も、多くの負傷者が出ていた。
最後にジークは、苦渋の表情で告げた。
「私が救護室に行った時には、ウィンの姿はもう無かった。出て行った彼に、気づいた者もいなかった。その後もずっと、砦の外も探しているが見つからずにいる」
「それって・・・ウィンは、勝手に出て行ったってコト?・・・片腕になって、どこへ行ったっていうのよっ!」
イレーネの頭が、カッと燃えあがった。
終わったからって、勝手に帰るなんて、どういう事っ!
私を置いて、姿をくらますなんて、酷いっ!
しかも、大怪我をしているんじゃないのっ!
怒りが大きすぎて、言葉も出てこない。
思い切り握り締めた拳から、血が滴りそうだ。
そんなイレーネに、エルオリーセとアリスヴェルチェが声を掛けた。
「ここもひと段落したから、私とアルバはオリビエと一緒に、ウィンを探しに行くわ。イレーネは、待ってて」
「イレーネさん、王都に行きましょう。色々とやるべき事が山積みで、忙しくなると思うから、そこで待っていると良いわ」
イレーネの怒りの中には、悲しさと寂しさも含まれていると解る2人だ。
擦れ違ってしまったイレーネとウィンの心には、時間が必要だろうとも思う。
長い間ずっと、気性難の暴れ馬のようだった没落貴族令嬢の傍で、支え続けてくれた掛け替えのない相手。
気づけばいつの間にか、愛し始めていた彼。
イレーネは、じわじわと沸き上がる喪失感に、唇を噛み締めていた。




