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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第4章 ノーテック砦

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3 力の限り

 ドゥン!ドゥン!ドゥン!・・・

 ガィン!ガィン!ガィン!ガィン!・・・・


 大砲とバリスタが、付与魔法を纏って、次々と発射された。


 グシュッ グシュ グシュ・・・

 HerdEaterの身体に当たる攻撃は、その黒い体液を飛び散らせる。

 けれど『群れを食らうもの』は意にも介さず、砦の中庭にいる牛や羊、そして豚たちを次々と飲み込んでいた。


 砦の中庭に面した扉は解放され、家畜たちはそこから逃がしてはいたが、それでも右往左往する群れは多い。HerdEaterは、それらを捕食することに夢中になっている。


 ゴゥンッ!ドゴン!ガゥンッ!・・・

 射手たちは、交代で付与魔法を掛けながら、撃ち続ける。

 ユールフェスト率いる『戦う者』も、砦に入って交代要員になっていた。


 HerdEaterの体表は、抉られるような跡が残るが、黒いジュウユのような体液が飛び散るだけだ。


「ヤツには、骨とか肉とかってのは無いのかよ。これだけの攻撃が、効いてない様にさえ見えるぜ」

 リバティに乗ったまま、屋上から中庭を見下ろすウィンが言う。

 今は、頭を地面につけている体勢のHerdEaterだが、頭を上げれば屋上にまで届きそうだ。


「無いんじゃない?非常識な生き物よね。生き物って呼べないかもだけど」

 イレーネもノイに跨ったまま、答える。

「でも、人間だって小バエの大群に纏わりつかれたら、絶対に不快だわ」

 相手が生き物じゃないと言いながら、人間と同じ感性を求めるようなイレーネの台詞だ。


「行くわよ、ノイ! ヤツの頭の正面から、口の中に炎の槍をお見舞いするわ!」

 イレーネはキュッと手綱を絞り、ノイと一緒に舞い上がった。


 その姿を見送ったウィンは、屋上を駆けまわって大砲やバリスタの様子を見て回る。

 けれどその視線は、常にイレーネを追っていた。



 どれほどの時間が経ったのだろう。

 いつの間にか家畜たちも消え、HerdEaterは身じろぎを始めた。受けた攻撃で、それなりに体液も減っているようだ。攻撃の成果か、動きは緩慢で、砦から出ようとしているように見える。

 しかしバリスタと大砲も、撃ち出す射手の魔力も、全てが底をついていた。


 けれど中庭部分の外へ通じる箇所には、5頭のドラゴンが待機している。

 彼らは早速、威嚇するようにブレスを吐いた。

 HerdEaterは、押し込まれるように奥の方へ移動してゆく。


 そんな様子を眼下に見ながら、イレーネは唇を噛み締めていた。

 今までに、何度もHerdEaterの口内に魔法を飛ばしたが、全て外している。最大火力の魔法で、何度もトライしたが、口の中から続く管の中までは届かない。

「アイツが、首を真っ直ぐに伸ばしてくれないと・・・それに、多分あと1回くらいしか・・・」


 前魔王スラルヴィオから貰ったローブと杖を装備しているイレーネだが、それでも使える魔力には限りがある。そしてその膨大な魔力でさえ、そろそろ底が見えて来ていた。


 〈イレーネ、僕も1回なら雷を落とせるから〉

 ノイが伝えて来た。

 ダークペガサスは、自ら魔法を使う事も出来る。魔力の大きさはイレーネに遠く及ばないし、使えるのも一度だけだが、それでも助けにはなるだろう。


「最後の、1回!」

 イレーネは、ノイの頭をHerdEaterの口の方へ向けさせた。

 何としてでも、やらなければならない。


 アリスヴェルチェと、エルオリーセと、約束した。

 任されたからには、やり遂げなければならない。


 今までずっと、ツラく苦しい思いをして、魔法を習得してきた。

 失敗することもあった。

 迷惑も、沢山かけた。

 だから、報いなければならない。


 イレーネの頭の中が、カッと燃える。

 何がなんでもっ!


(ヤベェ!のぼせ上っちまってる!)

 ウィンは、イレーネの様子を見て、リバティの腹を蹴った。

 そして空中にいるイレーネに最も近い場所まで来ると、装備していた槍を手に取り、力いっぱい彼女の方に向けて投げる。


「うわっ! な、何? 誰よっ!」

 いきなり前を横切るように飛んできた槍に、流石に驚いて止まるイレーネ。


「イレーネっ! 落ち着けっ! ちょっと、来い!」

 槍が来た方を見ると、ウィンが叫んでいる。


 のぼせた頭が怒りに変わり、イレーネは彼を襲うような勢いで跳んできた。


「何なのよっ!邪魔しないでっ!」

 怒鳴るイレーネに構わず、ウィンは落ち着いた声で告げた。


「ヤツが最奥まで移動したら、ジークは巨砲を使う指示を出すだろう。そうしたらオリビエが、最短時間でエルオリーセに告げる。巨砲の攻撃は、おそらくかなりの打撃を与える筈だぜ。だからその時が、チャンスだ。それまで少しの時間だが、落ち着いて冷静になるんだ」

 ウィンはそう言うと、馬を近づけてイレーネの腕を掴んだ。


 グイ、と彼女の腕を引いて身体を寄せたウィンは、そのまま彼女の唇を奪った。

「ちょ、ちょっと・・・・んぅっ・・・」

 この状況で、突然のキス。


 短い時間だが、充分に濃厚な恋人のキス。

 イレーネを解放したウィンは、不敵で頼もしい笑みを浮かべながら言った。

「落ち着いたか?」


 イレーネは、一言だけ返した。

「・・・悔しいけどねっ!」



 HerdEaterは、最奥部まで移動してきた。

 壁を壊すか、乗り越えるかして、外に出ようとしているのかもしれない。

 そしてその身体がギリギリまで近づいた時、巨砲の発射口が開いた。


 巨大な円形の発射口の内部は、魔力と火薬で生じた灼熱の赤に染まっている。

 そして、次の瞬間。


 ゴウゥツ!


 轟音を響かせて、真っ赤な巨大ドリルのような太い炎が飛び出す。


 グワォッ!

 グジュゥゥゥッ・・・・


 巨砲の一撃は、HerdEaterの胸元、首の付け根辺りに深々と食い込んだ。


 ビシャッ ビチビチッ・・・

 HerdEaterは体液を撒き散らしながら、一気に後退し、その首を空に真っ直ぐ向けた。

 その瞬間、真上の空に黒い点が出現する。

 逃げるのか、と思われたが、その時には既にイレーネとノイが空中にいた。


「今よっ!」

 イレーネは頭上に掲げた杖に、残る全ての魔力を集めていた。

 限界まで集中を高めた魔法は、彼女のかつての髪の色、『朝焼け色』のOraleを眩く輝かせる。


 そしてノイも、漆黒の馬体を青白く光らせる。

 パチパチと帯電するような火花が、身体の下に集まった。


 HerdEaterは、大きく口を開けたまま、真っ直ぐに天を仰いでいる。

 その真上から、紅の魔導士とダークペガサスから、灼熱の炎と雷撃が放たれた。


 僅かに早く、青白い何本もの細い稲妻が、HerdEaterの口内へ落とされる。

 それを追って、眩い紅の炎が尾を引いて飛び込んだ。


 グボォォォ~~~


 硬直したHerdEaterの口から、悲鳴にも似た奇妙な音が響く。

 そして次の瞬間、巨大な化け物はのたうち回るように激しく身体を捩った。


(・・・・やった?)

 一瞬だけそう思ったが、イレーネの視界はサァッと暗くなる。

 完全な魔力切れで、それはノイも同じだった。


 空中でよろめく騎影に、HerdEaterの首が当たる。

 為す術も無く、ノイはイレーネと一緒に落下した。

 HerdEaterの、背中の上に。


 頭上の『空の穴』は、ぐんぐんその大きさを増している。

 このままでは、逃げるHerdEaterと共に、イレーネ達も異世界へ運ばれてしまうかもしれない。

「ヤバい!」

 ウィンは、リバティの横腹を強く蹴った。


「すまん、頼むっ!」

 助走を着けてそれだけを叫び、ウィンは胸壁を飛び越えた。

 HerdEaterの背中へ向かった跳躍を、リバティは全力で行う。

 怖れも無く、躊躇も無い。

 それはこの栗毛の牝馬の、胆力や図太さだけが為しえた技では無かっただろう。


 ただ、主人の望みを叶えるため。

 その想いで、先の事など何も考えず、跳んだ。


 ボギッ!

 リバティの肢がHerdEaterの背の真ん中に着地した時、嫌な音が響いた。

 全力の跳躍の距離は充分だったが、黒くぬめる体液に足を取られ、リバティの前脚が折れた音だった。

 けれど牝馬は、3本の肢で必死に踏ん張り、ゆっくりと背を傾ける。

 ウィンは落馬することなく、その背から滑り降りた。


「リバティっ!」

 ウィンは、ずるずると落ちてゆくリバティの轡に手を伸ばす。粘液と共に滑り落ちる馬体を、引き上げようとした。

 けれど、鹿毛の牝馬はその手を跳ねのけるように頭を強く振る。


 リバティの眼は、真っ直ぐにウィンを見ていた。

 激しい痛みが、あっただろう。

 けれどその瞳は、優しい。

『行ってください』

 そう言っているかのように。


「リバティ・・・すまん。ありがとう」

 ウィンは絞り出すような声でそう言い、後ろ髪を引かれながらも背を向ける。

 逞しい馬体が、滑り落ちてゆく音だけが聞こえた。



 暴れるHerdEaterの背の上で、ねっちょりした体液に足を取られながらも、ウィンは必死で進んだ。

 イレーネは完全に気を失い、流れ落ちるジュウユに半分埋もれながら、少しずつ落ちてゆく。

「イレーネっ!」

 ウィンは叫びながら、その身体に飛びついた。


 彼女の身体を抱え、頭を巡らせば、ノイが四肢を埋めたまま藻掻いている。落ちた姿勢と広げていた翼が、幸いしたのだろう。

「ノイっ! 翼を使えっ! こっちは任せろ! 飛び上がれっ!」


 その声を聞くや否や、ダークペガサスはその翼に力を籠めて羽ばたく。

 筋トレの効果があったのだろう。

 肢に纏わりつく戒めを、ノイは引きちぎるようにして舞い上がった。


 ウィンは、イレーネの身体をしっかりと抱え、HerdEaterの横腹部分を滑り降りる。

 出来るだけ緩やかな斜面を選びつつ、足や肩でブレーキを掛けた。

 真っ黒な体液が体中にこびり付き、その臭気が鼻を打つ。けれど、顔を顰めるような余裕さえ無い。

(クソッ・・・何とか、下まで・・・)


 こんな汚く格好悪い救出劇も、そうそう無いだろう。

 だが、そんな事はどうでもいい。


 あと少しで着地する、と思われた時、ふいにHerdEaterの身体がふわりと浮くような感じがした。

『空の穴』が開いたのだろう。

 ウィンは、力を振り絞ってHerdEaterの身体から身を放す。


 ドサッ!ベチャッ!


 数メートルの落下で済んだが、その場所も安全ではない。

 HerdEaterは断末魔の痙攣を起こしたように、その巨体を砦の壁にぶち当て、少しずつ浮き上がりながら、壁を破壊していた。


 ゴイン・・・ガラガラガラ ガンガン ドゴン・・・


 壁の石組みが、大小の破片となって落ちて来る。

「チクショウ!どこか、無いかっ・・・」

 せめてイレーネだけでも、安全な場所に。

 ウィンは必死に目を凝らすが、砦内部への扉は遠い。


「ここなら、何とかっ!」

 壁に出来ていた、ほんの僅かなくぼみを見つけた。

 ウィンはイレーネの身体をくぼみに押し込み、覆いかぶさる。


 次の瞬間、大きな岩の破片が、ウィンの身体を削ぐように落下した。

「ウグッ・・・・グ・・・・」

 直撃は免れたが、右腕を持って行かれてしまった。


「・・・クソッ・・・ひでぇ置き土産だ・・・ぜ」

 それでも、イレーネの身体は無事だ。

 右腕の肘の少し上から、大量の血液が噴出している。

 それでもHerdEaterは、砦の中庭から完全に浮き上がっていた。


 落下して来る壁の破片は、無くなって来ていた。

「・・・イレーネ・・・悪いが、これ・・・借りる・・・いや、貰うぜ」

 ウィンはイレーネから身を離し、彼女の髪を纏めていたリボンを取った。


 美しい赤毛を結っていた淡いピンク色のリボンは、朝焼けの色にも見える。

 ウィンにとっては、懐かしい色だ。

 それを固く腕に縛って、何とか止血をするウィンは、地面に座り込んで俯いた。


 直ぐに、救護の者が来るだろう。

 アルバが来てくれればいいが、救護班の兵士もいる。ウィンは、静かにそれを待っていた。



 砦に集まる『戦う者』や兵士たちは、『空の穴』に吸い込まれてゆくHerdEaterを見つめていた。

 歓声を上げる余裕もなく、達成感さえ感じられない。

 ただ「終わった・・・」とだけ、呟く。


 HerdEaterの姿が消えると同時に、エルオリーセとアルバは発射室を飛び出した。

 それまで何度も部屋と外を往復し、出来る限りの援護を行っていたオリビエが待っている。

「HerdEaterは、異世界へ帰った。だが瀕死の状態だろう。また来るにしても、それは遠い先の事だろうと思う」

 オリビエの言葉に、メタモルファルたちは静かに頷く。

「災厄は、去ったのね」

 〈出番だね!救護に行ってくる!〉

 アルバは、胸壁を飛び越えて行った。


 東の空が、薄紫色になっている。

 直ぐに、夜明けが来るだろう。

 朝焼けの無い美しい空が、人々の前に広がるのだ。



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