8 そして準備は進む
エルプスの町で、イレーネとウィン、そしてアリスヴェルチェとジークは多忙な日々を送った。
体があと2つ3つ欲しいくらい、時間が惜しい。
そしてノーテック砦に居続けるエルオリーセたちも、同じく忙しい日々を送っていた。
アルバは何度もエルプスと砦を往復し、ジークやアリスヴェルチェも忙しい中、なんとか時間を作ってやって来た。
その結果、HerdEaterを迎え撃つ作戦の大筋が決まる。
「出現した場所に関わらず、HerdEaterを誘導してノーテック砦におびき寄せる。群れを好むという性質を利用して、HerdEaterの近くに家畜の群れを置き、周囲の町や村から離して砦の方へ行かせる。そのために、編成した『戦う者』の軍勢を使う。当然『癒す者』たちも待機させ、王国はHerdEaterの討伐或いは撃退を目指して全力を挙げる」
アリスヴェルチェは、エルプスと王都を行き来して、軍備を整える。真っ先に駆けつけて来たユールフェストの力を借りて、軍の編成や各地の諸侯らとの連携を図り、守りを固めてゆく。
レザンにいる時は、各地に配置した観測員の報告を聞きながら、全体の総まとめをしている。
イレーネはウィンと共に、作戦に必要な家畜を集めに回り、国内の何か所かにまとめる仕事に就いている。牛や羊や豚などを買い付け、牧場を作り、餌の手配もするので大忙しだ。王都からの兵卒や志願兵も来てくれたので、家畜の数は何とか万単位で揃いそうな状況だ。
ジークは、レザンとノーテック砦を往復して、必要な人員の手配や物資の調達も行っている。
古の遺跡ノーテック砦は、エルオリーセたちの手によって、見違えるような変貌を遂げていた。
そんなある日、イレーネはふと思い立って、ノイと共にノーテック砦にやって来る。
「何だか顔が見たくなって、あっちはウィンに任せて、来ちゃった」
そんな事を言いながら、悪戯っぽく笑うイレーネだが、やはりたまには息抜きもしたくなるのだろう。
「それじゃ、砦の中を案内するわ。随分と変わったわよ」
エルオリーセは、笑みを返してそう答えた。
砦の中は、どこか活気に溢れている。
「結構、人が入っているの?」
「うん。ジークが手配してくれて、職人たちが来てくれているの」
そしてエルオリーセは、イレーネを屋上に案内した。
そこには、以前に見た奇妙な物体が、下の階から運び上げられて台座に据え付けてある。
「これ・・・何なの? 使えるの?」
イレーネの疑問に、エルオリーセはしっかりと頷いた。
「これは、バリスタ。あっちは大砲よ。オリビエが運び上げてくれて、設置も全部してくれたわ。整備はアルバに手伝って貰って、使えるように整えてある」
「バリスタ? タイホウ? 兵器なの?」
イレーネは聞いた事もない単語に、首を傾げる。
「以前・・・と言うか、遠い昔、遥か遠い異国で似たような物を見たことがあるのよ。魔法が存在しない国で、兵器が発達してる国ね。バリスタは、槍のように大きな矢が発射出来て、大砲は鉄の大きな球を撃ち出すの。矢と球はジークの協力で、王都近くの武器工場で作って貰って、先日テストをしてみたわ。充分役に立ちそうだから、今は量産体制に入って貰ってる。出来る傍から、ここの倉庫に運び込んで貰ってるのよ」
「何か・・・凄い・・・勝てそうな気がしてきちゃう」
イレーネは目を丸くしていたが、ふと思い出す。
「でもHerdEaterは、物理的な攻撃は効かないんじゃなかったっけ?」
「ええ、だから『戦う者』の付与魔法が必須ね。来月当たり、ある程度の矢と球が揃ったら、王都から『戦う者』たちを派遣して貰って、ここで戦うための訓練をして貰う手筈になってるわ」
エルオリーセは説明を終えると、イレーネを一番下の階へと案内する。
「元々住居スペースは無いところだから、とりあえずこの部屋で暮らしてるの。お茶は無いけど、ワインならあるから、それでも飲みましょうか」
そう言ってドアを開けると、室内にはオリビエがいた。
「職人たちの交代時間が終わったので、時間が出来た。夕食を持って来たから、皆で食べるとしようか」
24時間交代制で働く職人たちの、食事の用意もしているオリビエである。疲れをしらない幽霊の彼は、日没から日の出まで、休むことなく働いているようだ。
パンとシチューと言う簡素な食事だが、量はたっぷりで味も素晴らしい。
イレーネはノイを室内に入れ、全員で料理に舌鼓を打つ。因みにノイは、シチューは口に合わなかったのか、パンだけを食べている。
「・・・そう言えば、職人たちって何を作ってるの?」
硬めのパンを噛み締めながら、少し行儀悪く、イレーネが問いかける。
するとエルオリーセは、さらりと答えた。
「火薬」
「・・・え?」
ポカンとするイレーネに、エルオリーセはニコニコしながら説明した。
「フレグ魔王国に行ったでしょ。あの時、魔王都の北が火山地帯で、そこで火薬草っていう植物を見つけたのよ。私が産まれた国には火山地帯があって、そこでよく採集したの。火薬草から火薬を作る方法は、最初の夫が科学者だったから、自然に覚えたわ。火薬ってね、衝撃を与えると爆発する性質があって、武器や兵器に使うと凄い威力があるの。さっき見た大砲は、鉄の球を飛ばす兵器だけど、それに火薬が必要なのよね」
成程・・・と、イレーネは納得したが、職人たちが昼夜を問わず作業するのなら、さぞかし大量に出来るのではないかと思う。
それを伝えると、今度はオリビエが口を開いた。
「実は、この砦にはもう1つ大きな兵器がある。私とエルオリーセは、それを巨砲と名付けた」
「え?・・・どこに?」
巨砲と言うからには、かなり大きな物なのだろう。けれど、この砦の中はひと通り見たが、それらしき物は見たことが無い。
「上から見ると『コ←』の辺りね。3階のその部分に、入り口が無い空間があったの」
エルオリーセは、テーブルの上に指で形を描きながら説明した。
「へぇ・・・何で解ったの?」
「ノーテック砦は、ロートホルン城と同じくらい古い。しかし遺跡と言うには、保存状態が良すぎる。だから、もしかしたらここも、城と同じように『魔物の一種』ではないかと思ったんだ。それで、スラルヴィオ老から教わったスキルで、砦を探ってみたんだよ」
オリビエは、説明を続けた。
「思った通り、この砦は城と同じく、魔力を防御に全振りしている『魔物の一種』で、自己保全能力と兵器となる物の保全がメインだ。だからバリスタや大砲が、使用できる状態で残っていたのだろう。それで探っているうちに、3階のその部分に空間があり、そこに大型の兵器があることを知った。出入口が無いから私だけで中に入って、エルオリーセに構造を伝えたんだ」
「・・・それって、砦を作ったのは幽霊だったってこと?」
出入口が無いという事は、壁を通過できる能力を持った存在ではないかと考えるイレーネだ。
「それは解らん。そういう能力を持った、別の生物かもしれないしな。先日やっと、人が通れるように仮の出入り口を作ったところだ」
「ざっと見た感じでも、かなりの量の火薬が必要みたいなので、とりあえず備蓄しているところよ」
最後にエルオリーセがそう言って、イレーネを誘う。
「見に行ってみましょ」
3階に上がり、先ずはテラス部分へ出てみる。
そこにもバリスタや大砲が設置されていたが、エルオリーセは先ほど示した場所へイレーネを案内した。
「ほら、あそこ。規則的な石組みの中に、丸い岩があるでしょ。あそこが、巨砲の発射口」
エルオリーセが指さす先は、コの字の内側、中庭のようになってる最奥の壁だ。確かに一か所、直径が人の背丈ほどもある円形の岩がある。
そして次に、仮に作られた出入口に向かい、中に入った。
「・・・結構広いわね」
イレーネは呟くが、大きな装置らしきものが何かは、全く解らない。
「これから詳しく調べて、使えるようにしたいと思ってる。これが役に立つかどうかも解らないけど、少しでも可能性があるなら、やってみる価値はあると思うのよ。今のところ解っているのは、大量の火薬と魔力が必要っていうことかな。魔力の方は、アリスとジークが集められるだけのOraleを用意してくれることになってる」
下手をすれば、ぶっつけ本番になるかもしれないけど、とエルオリーセは苦笑いを浮かべながら言った。
どんな事でも、可能性があるならやってみる。
それが今、自分たちに出来る全てなのだと言う彼女の意思は、イレーネを奮い立たせた。
「解ったわ。私も、頑張らないとね」
エルプスの町を拠点にして、アリスヴェルチェとジークは日々迎撃態勢を整えた。
シュバルグラン王国全体が、緊迫感に飲み込まれてゆく。
予想された半年後が2週間先に迫った頃、偶然全員が集まる機会があった。
イレーネ、ウィン、エルオリーセ、オリビエ、アリスヴェルチェ、ジーク。
アルバ、ノイ、リバティ、グラーネ。
庭先に集まったところで、アリスヴェルチェが手にワインの瓶を持って現れた。
「次に何時、集まれるか解らないから、これ開けちゃいましょう」
「えっ!それ・・・開けるのかい、アリス?」
驚いた声を上げ、少しばかり不満そうなジークだ。どうやらそのワインは、彼の秘蔵の代物だったらしい。
「・・・ダメ?もう、持ってきちゃったんだけど?」
悪戯っぽい表情のアリスヴェルチェは、女公爵の威厳も、女騎士の凛々しさも、今はどこかに置いてきたようだ。
愛する妻のそんな様子に、ジークはあっさりと降参した。
「何時か記念日に、君と飲みたかったんだがな。でも、今皆で飲むのも、悪くない・・・と言うか、飲みたいね」
グラスが全員に渡り、極上のワインが注がれると、全員が軽くグラスを掲げただけで、静かに口をつける。乾杯、の声はそぐわない気がした。
グラスの中を見つめていたジークが、徐に口を開く。
「ふと・・・考えたんだ・・・『空の穴』とHerdEaterのことをね」
それは独り言のように静かで、穏やかな口調だった。
「穴の向こうは、異世界なのではないか、とね。ディアルナの世界もあるし、もしかしたらこの世には、無数の異世界があるのかもしれない。我々が今存在するこの世界も、その中の1つなのだろうな」
ジークは、科学者らしい思考で、HerdEaterを考察していたのだろう。
「HerdEaterの性質について、考えてみた。『群れを食らう』という事は、端的に言えばその種の数を減らすという事に繋がる。それが、意図的ならばどうだろうか。突飛な考えで、妄想的かもしれないが、何かが目的を持ってHerdEaterを寄越していると仮定すると、異世界を支配する何かがいるという事になる」
「異世界を仕舞いするもの・・・それって、神様的な?」
イレーネが口を挟む。
「この世界をを創造したものを、『神』と考える文明は多い。だが『神』は1人とは限らないだろう。無数の異世界があるとすれば、創造主も多いと考えるのが自然だ」
「何か難しい話になってきたが、つまりはその創造主がHerdEaterを寄越してるのかもしれないってコトだよな?」
ウィンも、ワインで気が緩んで来たのか、淡々としゃべった。
「想像の域ではあるがね。そこで更に話を飛躍させると、例えば『1000年に1度、HerdEaterを使って、増えすぎた種の個体数を減らし、バランスを取る』という創造主の意図があるのではないか、と言う考えに辿り着く」
そこでジークは、ワインに口をつけた。
「それは興味深い・・・だが、そうすると我々は創造主の掌の上にある、ということになるな」
今後の寿命を保障されたオリビエが、眉を顰めて呟く。
「・・・そうね。私とアルバは、いつも考えていた。メタモルファルの存在意義って、何だろうって。でもそれも、創造主の意図が関係しているのかもしれない。けれどもし創造主がいるなら、その思考を私たちのそれと同じとするのは、違うような気もする」
それを聞いたイレーネは、クイッとワインを飲み干して言い放った。
「何か、よく解らないけど・・・創造主がいたとして、そいつが気まぐれに世界を消しちゃうってことも、もしかしたらあるんじゃない? 飽きちゃって放置したり、『や~~めた~~』ってパッと消しちゃったりして・・・あ、何かそれってイヤかも。消すなら消すで、ちゃんと期限を教えてくれないと」
哲学的とも言えるような難しい話が、一気に気楽な空気を醸し出す。
「ハハッ・・・どうせなら、何時までに消えるぞって言って貰って、パッと消える方がイイかもな。いきなり大爆発とかで、苦痛があるよりはマシだしな」
ウィンが笑い出すと、ジークも笑みを浮かべた。
「例え創造主がいたとしても、我々がその意図に従わなければならない理由など無い。バランスを取って現状維持と言うのが目的なら、標的になるのは人類の数とその進化だろう。だが、大人しく意のままにされる我々では無い、という事だ」
HerdEaterが来るのなら、それを迎え撃つだけだ。
ジークの言葉に、一同は力強く頷く。
そしてイレーネは、もう一度きっぱりと言い放った。
「そうよ! 創造主だろうが神様だろうが、やられっ放しなんてゴメンだわ。負けるつもりなんて、これっぽっちも無いんだからねっ!」
如何にも彼女らしい台詞に、全員が笑う。
何時の間にかワインの瓶は何本も空になり、夜空を見上げて決意を固め、その日を待つイレーネ達だ。
〈何か、難しいことは良く解らないけど・・・僕たちは、大事な御主人のために、力の限り頑張ろう!〉
ノイは、周りに集う馬たちに告げる。
リバティもグラーネも、そして他の馬も、ダークペガサスに信頼の目を向け、唱和するように嘶いた。
漆黒の翼をいっぱいに広げ、馬たちの中に立つノイは、鼻先を夜空に向ける。
それは、彼なりの宣戦布告だったかもしれない。




