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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第3章 ポタジェ村

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8 そして準備は進む

 エルプスの町で、イレーネとウィン、そしてアリスヴェルチェとジークは多忙な日々を送った。

 体があと2つ3つ欲しいくらい、時間が惜しい。

 


 そしてノーテック砦に居続けるエルオリーセたちも、同じく忙しい日々を送っていた。

 アルバは何度もエルプスと砦を往復し、ジークやアリスヴェルチェも忙しい中、なんとか時間を作ってやって来た。

 その結果、HerdEaterを迎え撃つ作戦の大筋が決まる。


「出現した場所に関わらず、HerdEaterを誘導してノーテック砦におびき寄せる。群れを好むという性質を利用して、HerdEaterの近くに家畜の群れを置き、周囲の町や村から離して砦の方へ行かせる。そのために、編成した『戦う者』の軍勢を使う。当然『癒す者』たちも待機させ、王国はHerdEaterの討伐或いは撃退を目指して全力を挙げる」


 アリスヴェルチェは、エルプスと王都を行き来して、軍備を整える。真っ先に駆けつけて来たユールフェストの力を借りて、軍の編成や各地の諸侯らとの連携を図り、守りを固めてゆく。

 レザンにいる時は、各地に配置した観測員の報告を聞きながら、全体の総まとめをしている。


 イレーネはウィンと共に、作戦に必要な家畜を集めに回り、国内の何か所かにまとめる仕事に就いている。牛や羊や豚などを買い付け、牧場を作り、餌の手配もするので大忙しだ。王都からの兵卒や志願兵も来てくれたので、家畜の数は何とか万単位で揃いそうな状況だ。


 ジークは、レザンとノーテック砦を往復して、必要な人員の手配や物資の調達も行っている。

 古の遺跡ノーテック砦は、エルオリーセたちの手によって、見違えるような変貌を遂げていた。



 そんなある日、イレーネはふと思い立って、ノイと共にノーテック砦にやって来る。

「何だか顔が見たくなって、あっちはウィンに任せて、来ちゃった」

 そんな事を言いながら、悪戯っぽく笑うイレーネだが、やはりたまには息抜きもしたくなるのだろう。

「それじゃ、砦の中を案内するわ。随分と変わったわよ」

 エルオリーセは、笑みを返してそう答えた。



 砦の中は、どこか活気に溢れている。

「結構、人が入っているの?」

「うん。ジークが手配してくれて、職人たちが来てくれているの」

 そしてエルオリーセは、イレーネを屋上に案内した。

 そこには、以前に見た奇妙な物体が、下の階から運び上げられて台座に据え付けてある。


「これ・・・何なの? 使えるの?」

 イレーネの疑問に、エルオリーセはしっかりと頷いた。

「これは、バリスタ。あっちは大砲よ。オリビエが運び上げてくれて、設置も全部してくれたわ。整備はアルバに手伝って貰って、使えるように整えてある」


「バリスタ? タイホウ? 兵器なの?」

 イレーネは聞いた事もない単語に、首を傾げる。


「以前・・・と言うか、遠い昔、遥か遠い異国で似たような物を見たことがあるのよ。魔法が存在しない国で、兵器が発達してる国ね。バリスタは、槍のように大きな矢が発射出来て、大砲は鉄の大きな球を撃ち出すの。矢と球はジークの協力で、王都近くの武器工場で作って貰って、先日テストをしてみたわ。充分役に立ちそうだから、今は量産体制に入って貰ってる。出来る傍から、ここの倉庫に運び込んで貰ってるのよ」


「何か・・・凄い・・・勝てそうな気がしてきちゃう」

 イレーネは目を丸くしていたが、ふと思い出す。

「でもHerdEaterは、物理的な攻撃は効かないんじゃなかったっけ?」


「ええ、だから『戦う者』の付与魔法が必須ね。来月当たり、ある程度の矢と球が揃ったら、王都から『戦う者』たちを派遣して貰って、ここで戦うための訓練をして貰う手筈になってるわ」


 エルオリーセは説明を終えると、イレーネを一番下の階へと案内する。

「元々住居スペースは無いところだから、とりあえずこの部屋で暮らしてるの。お茶は無いけど、ワインならあるから、それでも飲みましょうか」

 そう言ってドアを開けると、室内にはオリビエがいた。


「職人たちの交代時間が終わったので、時間が出来た。夕食を持って来たから、皆で食べるとしようか」

 24時間交代制で働く職人たちの、食事の用意もしているオリビエである。疲れをしらない幽霊の彼は、日没から日の出まで、休むことなく働いているようだ。


 パンとシチューと言う簡素な食事だが、量はたっぷりで味も素晴らしい。

 イレーネはノイを室内に入れ、全員で料理に舌鼓を打つ。因みにノイは、シチューは口に合わなかったのか、パンだけを食べている。


「・・・そう言えば、職人たちって何を作ってるの?」

 硬めのパンを噛み締めながら、少し行儀悪く、イレーネが問いかける。

 するとエルオリーセは、さらりと答えた。

「火薬」



「・・・え?」

 ポカンとするイレーネに、エルオリーセはニコニコしながら説明した。

「フレグ魔王国に行ったでしょ。あの時、魔王都の北が火山地帯で、そこで火薬草っていう植物を見つけたのよ。私が産まれた国には火山地帯があって、そこでよく採集したの。火薬草から火薬を作る方法は、最初の夫が科学者だったから、自然に覚えたわ。火薬ってね、衝撃を与えると爆発する性質があって、武器や兵器に使うと凄い威力があるの。さっき見た大砲は、鉄の球を飛ばす兵器だけど、それに火薬が必要なのよね」


 成程・・・と、イレーネは納得したが、職人たちが昼夜を問わず作業するのなら、さぞかし大量に出来るのではないかと思う。

 それを伝えると、今度はオリビエが口を開いた。


「実は、この砦にはもう1つ大きな兵器がある。私とエルオリーセは、それを巨砲と名付けた」


「え?・・・どこに?」

 巨砲と言うからには、かなり大きな物なのだろう。けれど、この砦の中はひと通り見たが、それらしき物は見たことが無い。

「上から見ると『コ←』の辺りね。3階のその部分に、入り口が無い空間があったの」

 エルオリーセは、テーブルの上に指で形を描きながら説明した。

「へぇ・・・何で解ったの?」


「ノーテック砦は、ロートホルン城と同じくらい古い。しかし遺跡と言うには、保存状態が良すぎる。だから、もしかしたらここも、城と同じように『魔物の一種』ではないかと思ったんだ。それで、スラルヴィオ老から教わったスキルで、砦を探ってみたんだよ」

 オリビエは、説明を続けた。

「思った通り、この砦は城と同じく、魔力を防御に全振りしている『魔物の一種』で、自己保全能力と兵器となる物の保全がメインだ。だからバリスタや大砲が、使用できる状態で残っていたのだろう。それで探っているうちに、3階のその部分に空間があり、そこに大型の兵器があることを知った。出入口が無いから私だけで中に入って、エルオリーセに構造を伝えたんだ」


「・・・それって、砦を作ったのは幽霊だったってこと?」

 出入口が無いという事は、壁を通過できる能力を持った存在ではないかと考えるイレーネだ。

「それは解らん。そういう能力を持った、別の生物かもしれないしな。先日やっと、人が通れるように仮の出入り口を作ったところだ」


「ざっと見た感じでも、かなりの量の火薬が必要みたいなので、とりあえず備蓄しているところよ」

 最後にエルオリーセがそう言って、イレーネを誘う。

「見に行ってみましょ」



 3階に上がり、先ずはテラス部分へ出てみる。

 そこにもバリスタや大砲が設置されていたが、エルオリーセは先ほど示した場所へイレーネを案内した。

「ほら、あそこ。規則的な石組みの中に、丸い岩があるでしょ。あそこが、巨砲の発射口」

 エルオリーセが指さす先は、コの字の内側、中庭のようになってる最奥の壁だ。確かに一か所、直径が人の背丈ほどもある円形の岩がある。


 そして次に、仮に作られた出入口に向かい、中に入った。

「・・・結構広いわね」

 イレーネは呟くが、大きな装置らしきものが何かは、全く解らない。

「これから詳しく調べて、使えるようにしたいと思ってる。これが役に立つかどうかも解らないけど、少しでも可能性があるなら、やってみる価値はあると思うのよ。今のところ解っているのは、大量の火薬と魔力が必要っていうことかな。魔力の方は、アリスとジークが集められるだけのOraleを用意してくれることになってる」

 下手をすれば、ぶっつけ本番になるかもしれないけど、とエルオリーセは苦笑いを浮かべながら言った。


 どんな事でも、可能性があるならやってみる。

 それが今、自分たちに出来る全てなのだと言う彼女の意思は、イレーネを奮い立たせた。

「解ったわ。私も、頑張らないとね」



 エルプスの町を拠点にして、アリスヴェルチェとジークは日々迎撃態勢を整えた。

 シュバルグラン王国全体が、緊迫感に飲み込まれてゆく。

 予想された半年後が2週間先に迫った頃、偶然全員が集まる機会があった。


 イレーネ、ウィン、エルオリーセ、オリビエ、アリスヴェルチェ、ジーク。

 アルバ、ノイ、リバティ、グラーネ。

 庭先に集まったところで、アリスヴェルチェが手にワインの瓶を持って現れた。

「次に何時、集まれるか解らないから、これ開けちゃいましょう」

「えっ!それ・・・開けるのかい、アリス?」

 驚いた声を上げ、少しばかり不満そうなジークだ。どうやらそのワインは、彼の秘蔵の代物だったらしい。

「・・・ダメ?もう、持ってきちゃったんだけど?」

 悪戯っぽい表情のアリスヴェルチェは、女公爵の威厳も、女騎士(リッテリン)の凛々しさも、今はどこかに置いてきたようだ。


 愛する妻のそんな様子に、ジークはあっさりと降参した。

「何時か記念日に、君と飲みたかったんだがな。でも、今皆で飲むのも、悪くない・・・と言うか、飲みたいね」

 グラスが全員に渡り、極上のワインが注がれると、全員が軽くグラスを掲げただけで、静かに口をつける。乾杯、の声はそぐわない気がした。



 グラスの中を見つめていたジークが、徐に口を開く。

「ふと・・・考えたんだ・・・『空の穴』とHerdEaterのことをね」

 それは独り言のように静かで、穏やかな口調だった。


「穴の向こうは、異世界なのではないか、とね。ディアルナの世界もあるし、もしかしたらこの世には、無数の異世界があるのかもしれない。我々が今存在するこの世界も、その中の1つなのだろうな」

 ジークは、科学者らしい思考で、HerdEaterを考察していたのだろう。


「HerdEaterの性質について、考えてみた。『群れを食らう』という事は、端的に言えばその種の数を減らすという事に繋がる。それが、意図的ならばどうだろうか。突飛な考えで、妄想的かもしれないが、何かが目的を持ってHerdEaterを寄越していると仮定すると、異世界を支配する何かがいるという事になる」


「異世界を仕舞いするもの・・・それって、神様的な?」

 イレーネが口を挟む。

「この世界をを創造したものを、『神』と考える文明は多い。だが『神』は1人とは限らないだろう。無数の異世界があるとすれば、創造主も多いと考えるのが自然だ」


「何か難しい話になってきたが、つまりはその創造主がHerdEaterを寄越してるのかもしれないってコトだよな?」

 ウィンも、ワインで気が緩んで来たのか、淡々としゃべった。


「想像の域ではあるがね。そこで更に話を飛躍させると、例えば『1000年に1度、HerdEaterを使って、増えすぎた種の個体数を減らし、バランスを取る』という創造主の意図があるのではないか、と言う考えに辿り着く」

 そこでジークは、ワインに口をつけた。


「それは興味深い・・・だが、そうすると我々は創造主の掌の上にある、ということになるな」

 今後の寿命を保障されたオリビエが、眉を顰めて呟く。

「・・・そうね。私とアルバは、いつも考えていた。メタモルファルの存在意義って、何だろうって。でもそれも、創造主の意図が関係しているのかもしれない。けれどもし創造主がいるなら、その思考を私たちのそれと同じとするのは、違うような気もする」


 それを聞いたイレーネは、クイッとワインを飲み干して言い放った。

「何か、よく解らないけど・・・創造主がいたとして、そいつが気まぐれに世界を消しちゃうってことも、もしかしたらあるんじゃない? 飽きちゃって放置したり、『や~~めた~~』ってパッと消しちゃったりして・・・あ、何かそれってイヤかも。消すなら消すで、ちゃんと期限を教えてくれないと」


 哲学的とも言えるような難しい話が、一気に気楽な空気を醸し出す。


「ハハッ・・・どうせなら、何時までに消えるぞって言って貰って、パッと消える方がイイかもな。いきなり大爆発とかで、苦痛があるよりはマシだしな」

 ウィンが笑い出すと、ジークも笑みを浮かべた。


「例え創造主がいたとしても、我々がその意図に従わなければならない理由など無い。バランスを取って現状維持と言うのが目的なら、標的になるのは人類の数とその進化だろう。だが、大人しく意のままにされる我々では無い、という事だ」

 HerdEaterが来るのなら、それを迎え撃つだけだ。

 ジークの言葉に、一同は力強く頷く。


 そしてイレーネは、もう一度きっぱりと言い放った。


「そうよ! 創造主だろうが神様だろうが、やられっ放しなんてゴメンだわ。負けるつもりなんて、これっぽっちも無いんだからねっ!」


 如何にも彼女らしい台詞に、全員が笑う。

 何時の間にかワインの瓶は何本も空になり、夜空を見上げて決意を固め、その日を待つイレーネ達だ。



 〈何か、難しいことは良く解らないけど・・・僕たちは、大事な御主人のために、力の限り頑張ろう!〉

 ノイは、周りに集う馬たちに告げる。

 リバティもグラーネも、そして他の馬も、ダークペガサスに信頼の目を向け、唱和するように嘶いた。


 漆黒の翼をいっぱいに広げ、馬たちの中に立つノイは、鼻先を夜空に向ける。

 それは、彼なりの宣戦布告だったかもしれない。



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