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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第3章 ポタジェ村

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7 幽霊男爵の正体

 結局イレーネとウィンは、アリスヴェルチェたちとポタジェ村に向かう事となった。

 女公爵たちとの旅では、それぞれの馬の統率はノイが行っている。群れのボス的な立ち位置だ。

 とは言え、どの馬もしっかりと訓練を受けているので、行儀も良く面倒な事も起こさない。元々心話(テレパシー)はあまり得意ではないノイだが、動物相手なら意思を伝えることくらいは出来るようになっていた。ただし相手の意志を読み取ることは、まだ出来ないままだ。

 それでも、特に問題は・・・無いはずだったのだが・・・


 アリスヴェルチェの愛馬グラーネは葦毛の馬だが、今はすっかり白くなって白馬のようだ。鬣と尻尾に葦毛の名残があり、艶があることもあって銀色に見える。美しく賢い牝馬のグラーネは、どうやらノイを気に入ってしまったようだ。


 ウィンの愛馬リバティは、牝馬のわりに体が大きく、鹿毛の毛並みも美しく逞しい姿をしている。おっとりして図太い性格だが、勇敢で主に忠実だ。そしてノイのことを、尊敬して信頼している。


 そんな2頭が、ノイを巡っていささか不穏な状況になっていた。

 と言っても、どちらも賢いので喧嘩になるようなことは無い。ただ、お互いノイの傍にいたいので、出来るだけ近くに来て、軽く相手を牽制するくらいのものだ。

 それでもノイは、いささか辟易していた。


 〈あの・・・リバティもグラーネも、少し離れて寝てくれない?ちょっと窮屈なんだけど・・・〉

 休憩時間や野営の時などは、ノイを挟んですれすれまで馬体を寄せてくる牝馬たちである。

 白と茶色に挟まれた黒、と言うのは確かに色としては綺麗だが、サンドイッチの具のようになったノイとしては、そう告げるより他は無い。

 そして、そんな様子を見たイレーネに、揶揄う様に言われるののもモヤモヤする。

「あらぁ、ノイ。モテモテねぇ~~~」

 彼女に悪気は無いのは解るが、それでも溜息をつくしかないノイなのである。



 そんなこんなでポタジェ村に着き、一行は領主館に入った。

 アリスヴェルチェは、領主である弟のアーネストに、迫りくる災厄について説明し、今後の対策を伝える。

「連絡網を整備中ですが、警報の知らせがあったら、村中全て避難して貰います。大人数だと襲われますから、個別か出来るだけ少人数で、逃げて隠れて欲しいのです。その為の準備を、半年以内にしなければなりません」

 病弱で体力がないアーネストだが、今は妻の力を借りて領地経営を行っている。それなりに、自分に自信もついているのだろう。

 姉の言葉を聞いたアーネストは、白い顔をキュッと引き締めた。


 その日から、一行は村人への周知や避難先の選定を手伝う。そして数日後、王都からの早馬が来た。

 さらにその日の夕方には、鷲に変身したアルバが館の庭に飛んできた。



 〈イレーネ、伝言だよ。エルオリーセとオリビエは、ロートホルン城に戻った。そろそろ向こうから伝書インプが来る頃だからって。それと、ジークに伝えて。『ノーテック砦は使えるかもしれない』って〉


「そう言えば、そうだったわ。私も戻らないと」

 忙しさに紛れて忘れていたが、スラルヴィオ前魔王と連絡をとらねばならないのだ。

 イレーネは、アリスヴェルチェとジークに伝言を伝え、一旦ロートホルン城に帰ると告げた。

「了解した。私たちは、一両日中にはエルプスの町へ向かう。そこが当面の拠点だから、こちらへ来る時はエルプスにある館へ直接来てくれ。話は通して置く」

 そこまで言って、ジークは思い出したように、書類の束をイレーネに渡した。

「先ほど王都からの早馬が着いて、以前言っていたロートホルン城に関する資料が届いたんだ。これを持って行って、オリビエに渡してくれないか」


 仕事が早い、女公爵の夫である。

 イレーネはありがたく書類を受け取り、向こうでの用事が済み次第また来ると伝えた。



 そうして、ポタジェ村から出発したイレーネたちだ。

 出来るだけ急いだほうが良いだろうと、再びノイが全員を運搬することになる。強度筋トレ再び、という事だが、あの後自主トレをしていたノイは、前回よりは多少は楽にリバティやウィンを運びながら飛べた。

 そんな移動の中で、ウィンはしんみりと考えていた。

(ノイもすっかり成長して、イレーネの立派な補佐役になったなぁ・・・)


 魔法に関しては、ウィンは門外漢である。

 自分に出来るのは、魔法を使うイレーネの守護くらいなものだと思っている。

 けれどそれも、ノイの能力で不要になりつつある昨今だ。


(イレーネも落ち着いて来て、以前のような、制御困難な暴れ馬令嬢じゃなくなったし、俺の出る幕は無くなって来たよなぁ・・・)


 ウィンは気づいていない。

 イレーネが落ち着きのある行動をとれているのは、彼がそうなるよう、さり気なく導いているという事を。

 猪突猛進の暴れ馬状態にならないよう、事前にお膳立てをしているという事を。


 どこか寂しい気持ちを抱えながら、けれど今は、イレーネと友人たち、そして未曽有の危機が迫る王国のために、微力でも働こうと決意するウィンだった。



 ロートホルン城に着くと、イレーネは早速手紙をしたため、伝書インプに託す。

 そして1週間後の夜、やって来たのは返事を持ったインプではなく、前魔王スラルヴィオ・フレグ自身であった。

「ええっ!・・・お爺様?」

 乗って来たワイバーンから、ひらりと降りたスラルヴィオに駆け寄ったイレーネだ。だがこの老人、いや老魔族は、高齢とは思えないほどかくしゃくとしている。


「おお、イレーネ。元気じゃったか? いや、手紙ではまどろっこしくてのう。来て話した方が早いと思うたし、このロートホルン城を直に見てみたかったしで、息子に無理を言って来てしまったんじゃよ」

 真っ白な髭で、悪戯っ子のように笑いながら言うスラルヴィオに、オリビエが聞く。

「大丈夫なのですか?・・・その、国外に出ても・・・」

 確か魔王国では、国民の魔物たちは国から出られないはずだったが。

「ああ、まぁ言うなれば『お忍び』じゃな。こっそり出て来たぞ。だが、ちゃんと陛下には話を通してある。アヤツも最初は渋っていたが、最終的にはワイバーンを貸してくれたからのう」


 彼の息子は、現魔王ナラン・フレグである。イレーネからの手紙を読ませて貰ったナランは、出来れば自分が行きたかったのだ。けれど流石に、現魔王陛下が城を抜け出して、こっそり国外へ出てゆくわけにもいかない。

 それゆえ、今回は父である前魔王の企みを許したのだろう。

 言うなれば、お供がいないどこぞのご老公の、内緒の外遊のようなものか。ナランも、自分の騎乗魔獣を貸した辺り、やはりイレーネの役に立ちたいと言う気持ちはあるのだ。



 スラルヴィオを城の中に招き入れて、早速本題に取り掛かる。

「お爺様は、HerdEaterについてご存じでしょうか?1000年に一度現れるそうですが」

 イレーネの質問に、前魔王は穏やかに答えた。

「直に見たことは無いのう。魔王国に出たことは、記録に残る範囲では無かったからなぁ」

 イレーネからの手紙で、調べて来てくれたようだ。

「ただ、この地には、シュバルグラン王国が出来る以前の遠い昔に、HerdEaterらしき化け物が出現したという記録があった。じゃが、詳細は全く解らんな。イレーネや、手紙の内容以外に、もっと詳しい情報があったら教えておくれ」


 イレーネは、書ききれなかった詳細を、スラルヴィオに伝える。老魔族は、持てる膨大な知識を掘り起こすように、暫くの間考えていた。


「・・・ただ群れを食らうだけの存在・・・魔物の範疇にも入らない・・・空の穴から降りて来る、か。・・・1000年に1度現れるそいつの正体を、我々が突き止めることは叶わないだろうなぁ。じゃが、手をこまねていているわけにもいくまいよ。物理攻撃は効かないという事じゃが、魔法は少なくとも、ある程度は有効と考えていいじゃろう。武器にも付与魔法をかければ、何とかなりそうじゃが・・・とにかく大きいという事なら、剣や弓などでは通用しないと見て良い」


 そうなると、相当に高レベルの攻撃魔法が重要になりそうだ。

 しかし現在それを使えるのは、王国内ではイレーネしかいない。1人だけで、HerdEaterに立ち向かうしか無いのだろうか。


「お爺様・・・お手伝いしていただけませんか?」

 唇を噛み締めた後、イレーネは前魔王に頭を下げた。

「そうしたいのは山々なんじゃが・・・実はもう、儂は攻撃魔法の類は使えないんじゃよ。魔王国では代替わりの時に、その力を譲り渡すんじゃ。ナランなら出来るとは思うが、現魔王の身としては、国を空けることは出来んしのう」


 眼に見えて肩を落としたイレーネに、スラルヴィオは更に言った。

「じゃが、手立てはあるはず。ナランも、援軍を送るくらいはしてくれるだろうし、儂もそれに協力しようと思うぞ」

 ドラゴンなどの攻撃力の高い魔物や魔獣を、派遣することくらいは出来ると言うスラルヴィオに、一同は少し肩の荷が下りた気になった。



 HerdEaterに関する話題がひと段落すると、スラルヴィオはオリビエに向き直った。

「ロートホルン城に関しての調査じゃが・・・」

「あっ!」

 そこでイレーネは、ジークから託された書類の事を思い出した。

「ジークから、オリビエに渡す様にって、言付かってきてたんだわ!」

 イレーネは慌てて、書類を取って来た。


 オリビエは渡された書類を見て、解ったことを要約して伝えた。

「どうやらこのロートホルン城は、シュバルグラン王国が出来た時には、もう建っていたようです。その後、一度だけ領主が入ったという記録があると書いてあります。その領主と言うのがロートホルン男爵で、それ以来ここがロートホルン城と呼ばれるようになったそうです」


「という事は、あのノーテック砦みたいな、前世紀の遺物並みに古いってことなのか?」

 一同は、首を傾げる。

「そんなに古いの?私が初めてここに来た時だって、真新しいとは言えないけど、それなりに整ってる感じだったわよ。幽霊城っぽくはあったけど」

 イレーネの言葉に、ウィンも同意する。

「だよな・・・古城っぽくはあったけど、遺跡のように古い感じじゃ無かった。オリビエたちが修繕したって、前に言ってたけど、それでなのか?」


「いや、確かに修繕、と言うか多少は手を入れたけれど、大々的にリフォームしたわけでは無い。そもそも、これだけの城の外壁などは、交換することなど出来ないだろう」

 オリビエが答えると、ますます謎めいた気分になる。


 そこでスラルヴィオが、妙に納得したような顔つきで口を開いた。

「ふむ・・・もしかしたら、儂の推測が当たっているかもしれんな。実は以前から、妙だとは思っていたんじゃよ。ホレ、この城が半壊した時、こちらで修理をすると言ったじゃろ?それでここに派遣した連中が、帰って来た時に報告したんじゃが・・・」


『我々が到着した時は、半壊ではなく、城の4分の1程度が破壊された状態でした。作業を開始しましたが、それが妙に早く進みまして、不思議な感じでした』


「それで、儂もこの城に興味を覚えたんじゃ。それで、色々と調べて、ある事に気付いた」

 スラルヴィオは、熱心に聞き入っている一同に向かって、きっぱりと告げた。


「ロートホルン城は、魔物であると考える」


「はぁ⁉」

 全員が驚いて、同じ言葉を上げた。

「城が生きてるってコトか?」

「どういう事?お城の魔物?」

 黙っているのは、オリビエとエルオリーセ、そしてアルバだ。


「説明しようかの。実は器物が魔物になるという事は、さほど珍しいことでも無いんじゃ。実際魔王国にも、数は少ないがいるんじゃよ。皿の魔物とか、剣の魔物とか・・・」

「あ、そう言えばパピアは肖像画の魔族だったわね」

 イレーネが、苦虫を噛み潰したような表情で、口を挟む。

 彼女にとっては、嫌な記憶だ。

 けれどスラルヴィオは、それを聞き流すように話を続けた。

「厳密に言えば、器物と言うか物体や物質の魔物は、それを作った誰かの恨みなどが原因で生まれた場合と、物体が長い年月を経て魂を得る場合の二通りがあるんじゃ。遠い異国では『付喪神』と呼ばれることもあるらしいぞ」


 物体が魔物や妖怪となるケースは、どうやら珍しいことでは無いらしい。

「そう考えれば、城も1つの物体なのだから、魔物になってもおかしくはなかろう。大きさは、バカでかいがのう」

 スラルヴィオは、笑って言った。

「それもあって、ここに来てみたかったのもあるんじゃよ。魔物ならば、儂が直接、詳しく調べられるからのう」


 という事は、自分たちは今、魔物の中にいることになるのだろうか。

 イレーネは、何となく居心地が悪くなる。


「どれ、少しばかりロートホルン城に接してみるかの・・・」

 前魔王は眼を閉じ、両手を組んで集中し始める。

 ブワリ、と彼の身体をオーラが包んだ。


 やがてスラルヴィオは、静かに元の好々爺の雰囲気に戻った。

「ふむ・・・どうやらこの御仁、無口・・・いや、そもそも心話(テレパシー)の能力は無いようじゃな。魔力はとんでもなく高いようじゃが、全ては防御系に全振りされておる。知性と感情はある程度ありそうじゃ・・・記憶はきちんと蓄積されておる」

 対象の能力などを探知する力は、流石に前魔王と言うところか。


「記憶の方を探ってみたが、ロートホルン男爵家がここにいた時の部分が多く、大事に保管しているようじゃ。オリビエの姿は、おそらくその男爵家の誰かのものじゃろう。この城にとって、とても大切な存在だったのかもしれんな。その感情が高じて、生み出されたのがオリビエだったのだろう」


 人の形をした幽霊、ゴーストと言う存在になったのは、魔物が生み出すものの限界だったのかもしれない。

「オリビエ・・・良かったわね。お母様が解って」

 エルオリーセは、そっと彼の顔を引き寄せて、その頬にキスをした。

「あ・・・いや、その・・・それはともかく、ホッとした」

 オリビエの顔は、安堵と喜びに溢れていた。


「ずっと・・・エルオリーセに出会ってから、ずっと・・・不安と恐怖があって・・・」

 オリビエは、彼の最愛の存在を確かめるように抱きしめる。

「幽霊だから、何時どんなところで、霧散するのではないかと不安だった。何が原因で幽霊になったのかを忘れてしまっているが、呪いや怨念が消えたら、浄化されるのだと思っていた。朝日が昇る時はいつも、次の日没にちゃんと存在していられるのかが、いつも恐怖だったんだ」


 けれど、愛する人に不安を抱かせたくないと、そんな様子さえ見せずにきた。

 そして、だからこそ、自分自身のルーツを知っておきたかったのだ。


「ロートホルン城は、そもそもシュバルグラン王国が出来る前から建っていたし、自己保全能力もある。この先ずっと、まだまだ朽ちることは無いはずじゃ。オリビエ殿も、寿命の心配は無さそうじゃの」

 ホッホッホ、と磊落に笑うスラルヴィオ老人の声が部屋に響く。


 祝福されたような空気の中で、オリビエはエルオリーセをしっかりと抱きしめて、誓うようなキスをした。


(良かったわねぇ・・・でも、何かやっぱり・・・羨ましいって言うか・・・)

 幸せそうな2人を笑顔で見ながら、ふとイレーネは考える。

(私も・・・ウィンと・・・ウィンと?)

 最も身近で、心から信頼して、傍にいてくれる大切な存在。

 愛しているかと言われれば、多分そうだと答えるかもしれない。

 けれど未だに、彼とはキスとハグくらいしか交わしたことが無い。絶妙なタイミングで邪魔されることがしばしばだし、邪魔されそうにないチャンスがあっても、ウィン自身が踏み込んでくれないのだ。

(・・・いっそ、私から?・・・ええと・・・)

 そこまで考えて、イレーネはハッとする。

(わ、私ったら、何を考えて・・・何より大事な目的があるし、目の前には一大事があるし・・・そんな、はしたない・・・)

 イレーネは、音がしそうなほどブンブンと頭を振る。


 その様子を見たウィンは、心の中で呟いた。

(・・・ナニやってんだ?・・・首でも、凝ったのか?)

 こっちもこっちで、何だかちぐはぐな2人だった。


 一方オリビエは、スラルヴィオに城との接し方を教わっていた。

「母親と言う概念では無いが、自分を生み出した存在として接すると良いぞ。接し方は、心話(テレパシー)に近いが、心を添わせるような感じで念を送り、穏やかに読み取る感じでな」

 意識を集中して念を送り、相手を読み取るのは秘術に近い魔法らしい。

 けれどスラルヴィオは、それを彼に惜しげもなく教えた。

 それはきっと、オリビエにとっても、この先起こる災厄に対しても、有用だと思う判断だった。



 やがてスラルヴィオは、あまり長居は出来んと言って、持って来た小さな箱をイレーネに渡す。

 蓋を開けると、鳩くらいの大きさの鳥が、ぴょこんと顔を出した。

「見かけは普通の野鳥だが、特別に訓練した魔物じゃよ。伝書インプじゃと、不都合な場合もあるだろうと思ってな。飛ばせば儂のところに来るが、1度しか使えないから、そのつもりでな」


『空の穴』が出現したら、或いはHerdEaterの迎撃が困難だと判断した時は、この魔物で魔王国に連絡できる。それまでは、普通に飼い鳥として傍に置けば良いだろうと言う前魔王である。


 そしてスラルヴィオは、来た時のように飄々とワイバーンに乗って、ロートホルン城を去って行った。



 HerdEaterに関する情報は、あまり得られなくはあったが、それでも彼らは前に進まなければならない。

「私とウィンは、エルプスの町に向かうわ。オリビエたちは、どうする?」

 アリスヴェルチェとジークと一緒に、準備を整える役に立ちたいと言うイレーネに、エルオリーセが答えた。

「私とアルバとオリビエは、ノーテック砦に行くわ。アルバを連絡役にして、定期的にそっちに行って貰うから」

 エルオリーセは、あの古い砦を重要視していた。

 ジークと連絡を取り合って、役に立てたいと目論んでいる。


「数日後には、城を発とうと思っているよ。それまでに、もう少しロートホルン城と接して、慣れておこうと思っている」

 オリビエが言うと、エルオリーセも付け加えた。

「うっかり忘れていたけど、あの鳥と一緒に置いていってくれた伝書インプで、魔王国に連絡しないといけないの。あっちで手に入る素材を、送って欲しくて」


 それぞれの予定も立ったので、イレーネたちは翌日には城を出た。


 途中、近隣の村や町に立ち寄ってみるが、どこも王都からの知らせに戸惑っている様子だった。

「とんでもない化け物が、半年後に来るって・・・ホントかよ?」

「人を食う化け物で、空から落ちて来るってサ」

「今のうちに、隠れ場所を探したりしておけって言われてもなぁ・・・」

 国王と院主は、既に動き始めているようだ。

 けれど民衆としては、まだ半信半疑といったところらしい。


「ホントだぜ。異世界から来る、群れを好む化け物らしいから、できるだけ早く準備した方がいいぜ」

「そうよ。山の中の洞窟とか、人里離れた小屋とか、数人単位で隠れ住めるところを探しておかないと。ある程度の食料なんかも、備蓄しておいた方が良いしね。遠くの親戚とか友人とかにも、知らせておいた方が良いんじゃない?」

 ウィンとイレーネも、行く先々で、王都からの知らせを後押しする。


 そんなある晩、宿の厩でイレーネがノイの蹄の手入れをしていた。

 〈ねぇ、イレーネ。イレーネとウィンは、いつか番になるの?〉

 いきなりノイが、尋ねてきた。

「えっ!何、急に・・・」

 〈だって・・・イレーネとウィンは、好き合っているんでしょ?〉

「う・・・ん・・・まぁ、そうだけど。先の事は、解らないって言うか・・・」


 ノイとしては、イレーネは育ての親みたいなもので、主従の誓いも果たしている。誰よりも大切な主で、大好きな彼女なのだ。

 〈何かさぁ・・・複雑な気持ちなんだ。イレーネのことは大好きだから、番になるのを喜ぶべきなのかもしれないけど・・・〉


 独占欲と嫉妬。

 そんな感じなのかもしれない。

 けれどノイは、人間とダークペガサスという種族の違いも分かっている。


「ありがとうね、ノイ。でも、今はそれどころじゃないし・・・それに、私のノイに対する気持ちは、何があっても変わらないから」

 イレーネは、ピカピカになった蹄に満足して、すっくと立ち上がった。

「大好きよ、ノイ。私はノイを、心から信頼してる。それを忘れないでね」


 イレーネはノイの頭を抱いて、優しく心を籠めて、その額にキスをした。


 これからきっと、目が回るように忙しくなるだろう。

 悔いが残らないように、出来る限りの準備を整えなければならない。

 その先に、どんな未来が待っているかは、まだ想像も出来ない。

 けれど、立ち向かわなければならないのだ。


 イレーネは、夜空を見上げた。

 ノイも、それに倣って星空を眺める。

 人とダークペガサスの主従は、静かに決意を固めていた。


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