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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第3章 ポタジェ村

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6 災厄に備えて

 ディアルナの言葉に、真っ先に反応したのはジークだった。

「それは、北の空に開いた穴に関係しているのでしょうか?」

 〈ええ、そうです。それに気づいた貴方たちが、ここに来るだろうと予想していました。だから、マルムに頼んでおいたのです。私自身が貴方達を探し回るよりも、確実だと思ったので〉


 そしてディアルナは、居住まいを糺すと、徐に伝え始めた。



 〈空の穴が出現するのは、実は初めての事ではありません。私たちの世界では、1000年に1度の間隔で起こるのです。どうやらあれは、異空間に通じる穴のようですが、私たちにも詳細は解らないのです。穴が何度か開くと、最後には超巨大な生物が降りてきます。わたしたちは、それをHerdEaterと呼んでいます〉


「・・・ハード?」

「イーター?」

 イレーネとウィンが呟く。


 〈群れ(Herd)を食らうもの(Eater)と言う意味です。私たちの世界の記録では、遠い昔から1000年に一度訪れる災厄となっていて、前回の出現の時は、その様子を目の当たりにした者もいます〉


 魔物の寿命は、人間より遥かに長い。ディアルナはまだ数百歳と若いので、前回の事は見ていない。けれど彼女の世界では定期的な災厄として、出来る限りの手を打っているのだと言う。


 〈今回の来襲も予測していましたが、『空の穴』の出現状況が記録とは違っているのです。今までは私たちの世界の中で、不規則な場所に穴が開き、3回目の穴が開いた時にHerdEaterが降りて来ました。けれど今回は、明らかにこちらの世界、つまり境界を越えてシュバルグラン王国へ向かっていると思われるのです〉

 ディアルナの説明に、ジークは落ち着いた声で応じる。

「こちらへ向かっているのではないかという事、次が半年後ではないかという事は解っています。疑問なのは、そのHerdEaterは、そちらの世界との境界を越えることができるのでしょうか?」


 〈はい、そもそもHerdEaterは、魔物や魔族を越えた存在です。たまたま今までは、私たちの世界で事足りていたのが、こちらが対策を取るようになったので、矛先を変えたのではないかと思います〉


「あの・・・『事足りた』って仰いましたけど、その『事』って何なのですか?」

 イレーネが、我慢できずに口を出した。


 〈食事です〉

 ディアルナは、あっさりと答えた。


「メシを食いに来る災厄・・・ってか?」

 ウィンが何とも妙な顔になる。


 〈そう考えられています。とりあえず、HerdEaterについて、解っている事をお伝えします。大きさは・・・そうですね、ヌーディブランチの5倍くらいでしょうか。巨大な体は黒い粘液と瘴気に包まれ、物理攻撃は殆ど効果がありません。短い4本の肢と、長い首に大きな頭。そして丸い穴のような口で、吸いこむように獲物を飲みます。ですので私たちは、対策としてその時が来る前に、可能な限り群れを作らないように行動します。散りじりになって、山中や洞窟などに身を隠すのです〉


「HerdEaterは、どのような攻撃をしてくるのでしょうか?」

 アリスヴェルチェが、静かに問い掛けた。


 〈攻撃してきたと言う記録は、ありません。ただ移動して、食べまくるのです。『群れを食らうもの』の名のごとく、群れを成している動物を好みます。魔物でも動物でも、おそらく人間も〉


 人間も食らう、というフレーズにイレーネ達は息を飲んだ。

 特に都には多くの人々が暮らす。人間は群れる動物の1つなのだ。


「HerdEaterが出現したら、王都に向かうのは間違いないだろう。『空の穴』がどこに出現するかが、重要事項だな」

 ジークの言葉に、アリスヴェルチェが頷いて答えた。

「王都の真上に出現したら、一番拙いわね」

「そうだな・・・だが、その可能性は低いような気がする。HerdEaterにとって、こちらの世界は初めての場所だ。3回目に出てくるのは確かなようだから、地上に降り立ってから群れを探して移動するのだろう。だが、可能性はゼロじゃない。それも踏まえて、様々な態勢を整えなければならないな」


 空の監視体制、迎撃態勢。

 討伐が目標だが、被害を最小限に抑えて、最悪でも撃退まで漕ぎつけたい。

 そして、猶予は半年。


「ディアルナ様、大変ありがたい知らせ、誠にありがとうございます」

 重苦しい空気に支配された空間で、イレーネはふいに、最大限の尊敬と感謝を込めて、淑女の礼で腰を屈めた。

 その言動に、一同はハッとする。

 そして口々に礼を言い、会話が再開した。


 こちらに来るのはこれが最後だと言うディアルナに、少しでも多くの情報を求めて、4人は時間が許す限り質問する。

 「HerdEaterは、どのくらいの間、居続けるんだ?満腹になるまでか?」

 ウィンの疑問に、ディアルナは答える。

〈満腹になるのかどうかも、解りません。こちらの世界での記録では、食われた者の総数はまちまちなのです。居続ける時間も、その時によって違っています。一番短い時で、こちらの時間では7日、長い時は数週間でしょう。因みに、攻撃されてかなり弱った時も、帰る場合があるようです〉


 話が終わると、やがてディアルナは去って行った。

 〈皆様の、人間の勝利を、心からお祈りしております〉

 そんな言葉を残して。



 レザンの町に帰って来ると、4人は早速、今後について話し合った。

 アリスヴェルチェとジークは、急ぎ王都に向かい、国王と院主に報告して、迅速に態勢を整えることに着手すると言う。

 イレーネとウィンは、やはり急いでロートホルン城に戻ると決めた。

 未曽有の災厄は、国全体の一大事だ。例え辺境にあるロートホルン城でも、なにがしかの影響はあるだろう。それに、イレーネとしては彼らに助力を求めたくもあった。


 アリスヴェルチェとジークに対して、人外の友人の意見も聞きたいからと言って、一旦離脱すると言うイレーネに、女公爵夫妻は信頼を籠めた目で頷いてくれた。

「連絡は、王都の私の屋敷宛に送ってください。必要なら、スケジュールを調整して、王都の外に出ますから」

 アリスヴェルチェは、しっかりと約束して、ジークと共に直ぐにレザンの町を発った。



 イレーネ達も、ロートホルン城へ向かう。

 ウィンは、先に行けと言ってくれたが、出来れば一緒に行きたいイレーネは、ノイに頼み込んだ。

「ねぇノイ、ウィンとリバティも一緒に運んでくれない?」

 〈えぇっ!〉

 ウィンだけなら二人乗りでも全然大丈夫なノイだが、馬を1頭どうやって運べと言うのか。

「リバティは、吊り下げられるようにするから」

 重量オーバーだよ、と言いたいところだが、甘えるように窺うようにお願いされれば、嫌とは言えないノイである。


 結局、イレーネとウィンを背に乗せ、布とロープで吊り下げたリバティも含めた重さを抱えて、飛ぶことになったノイである。

 いくら力強く丈夫なダークペガサスの翼でも、筋トレ並みの苦行になった。それでもイレーネにはツラそうな顔は見せられない。ノイだって、漢なのだ。

 一方リバティの方は、宙吊りで空の旅を強いられたわけだが、最初こそ身体を固くしていたものの、図太い性格が幸いして直ぐに慣れ、のんびりと運ばれていった。


 途中何度か休憩を入れ、ひいこらゼイゼイと何とかロートホルン城に到着した時、ノイは疲労困憊の有様だった。

「ごめんね、ありがとう、ノイ。大好きよ」

 頭を抱きかかえて、その額にキスをするイレーネだ。

 けれど汗びっしょりで息が荒いノイを見て、慌てて城から出て来たアルバに頼む。

「急に来て、ごめんなさい。とりあえず、リバティの世話をお願いしてもイイ?」

 〈ホント、急だね。でも、解ったよ。任せて〉

 そしてイレーネは、荷物を降ろしているウィンに向かって言った。

「ノイのケアをしてから行くわ。先に行って、エルオリーセとオリビエに、説明をしておいてちょうだい」

「おう、解った」

 ウィンを見送りもせず、イレーネはノイを井戸端に引いて行った。



「無理させてゴメンね、大丈夫?」

 イレーネは井戸から水を汲み上げると、片手を入れて適温のお湯を作る。そんな細やかな魔法も、既に難なく使いこなせるイレーネだ。

 〈・・・な、なんの・・・これしきっ・・・〉

 終わってから言っても少しばかり様にならない台詞だが、それでも強がるダークペガサス。


 汗で光る漆黒の身体をお湯で洗い流し、丁寧に拭き上げたイレーネは、最後に翼の付け根辺りをせっせとマッサージする。

「終わったら、とりあえずゆっくり休んでね。ブラシ掛けと蹄のお手入れは、また今度」

 〈・・・うん、解った。・・・ありがと、イレーネ〉

 気持ち良さにウトウトしだしたノイを、厩に何とか連れて行ったイレーネだった。



 イレーネが城の応接間に入ると、ウィンは既に説明を終えていた。

 エルオリーセとオリビエ、そしてアルバまでもが、難しい顔になっている。

「状況はウィンから聞いたのよね。単刀直入に言うわ。手伝って!」

 腰を下ろすなり、そう言ったイレーネだ。


「私は・・・イレーネの助けになりたいと思う。どれだけの事が出来るかは解らないけど、手伝いたい。それに、そのHerdEaterが起こす災厄は、王国全体に被害を及ぼしそうだもの。こちらの方にまでそれが届く可能性もあるでしょうしね」

 エルオリーセは、穏やかに答えて傍らのオリビエを見た。

「・・・エルオリーセが望むなら、私に異論は無い。だが、君たち以外に正体が知られるのは避けたいと思う」

 オリビエは、エルオリーセの肩を抱き寄せて言った。


 自分が幽霊であることを知られることよりも、エルオリーセとアルバがメタモルファルであることを知られたくないと思っている。

「HerdEaterに対しては、当然王都から軍勢が出るのだろうから、人目にはつきたくない。縁の下の力持ちで、陰ながらこっそりと手伝う事なら出来るだろう」


 オリビエの言う事は、尤もだと思うイレーネは、そこで提案をした。

「アリスヴェルチェ女公爵ご夫妻にだけ、会って事情を伝えておくのはどうかしら? お二人は、私とウィンを信頼して、極秘事項を教えてくれたわ。私もお二人を、信頼している。思慮深くて思い遣りもあって、秘密はきっと守ってくれる筈だわ」


 オリビエは、ウィンに問いかけた。

「君は、どう思う?」

 イレーネの言葉を疑うわけでは無いが、世慣れた彼の意見も聞いてみたい。

「そうだなぁ・・・俺も、信用してイイと思うぜ。あの2人の噂は、それなりに沢山聞いたけど、誠実な人柄らしいしな。多分、今回の件に関しても、あの2人が実質的に陣頭指揮を執るんじゃないかと思う。彼らなら、こっちの事情を理解した上で、最も適切な指示を出してくれるだろう。正体がばれないように、巧いことやってくれると思うぜ」


 王都で力を持つ彼らならば、イレーネの出自や、公式には主不在のロートホルン城のことも、上手く取り計らってくれるだろうとウィンは踏んでいた。


「解った。ご夫妻に、会うとしよう。場所や日時は、任せる」

 オリビエの決断に、エルオリーセとアルバも静かに頷いた。


「あ! それと・・・」

 イレーネは、ふいに声を上げた。

「スラルヴィオお爺様と、連絡を取りたいの。HerdEaterについて、何か知ってることがあるかもしれないから、聞いてみたいわ」

 HerdEaterは、どういう存在なのか。魔物なのか、それに近い生き物なのか。

 前魔王スラルヴィオ・フレグならば、なにがしかの知見がありそうだと思うイレーネだ。


「それなら、来月当たり伝書インプが来ると思うから、手紙を書けばいいと思うわ」

 エルオリーセが、にこやかに告げた。

「・・・何?・・伝書・・・インプ?」

 イレーネの疑問には、オリビエが答える。

「ああ、3か月おきくらいに、魔王国から手紙を持って来てくれるんだ。スラルヴィオ老の手紙だが、私に関する調査の件と、イレーネの近況を尋ねる内容だな」


 それならば、先に女公爵夫妻との顔合わせの方を、先に片付けた方が良いだろう。

 イレーネは早速手紙を書き、翌日ウィンが手近な村からそれを送る。

 1週間後、返事を入手したイレーネ達は、ロートホルン城を後にした。



 顔合わせの場所は、キセタップの町と決めた。

 王都とポタジェ村の間にあるキセタップは、馬市で有名だ。イレーネとウィンも、以前訪れたことがある。アリスヴェルチェとジークは、王都の北にあるエルプスと言う町へ向かう途中で、少し迂回して立ち寄ってくれることになっていた。


 移動はスムーズで、イレーネ達は待ち合わせの前日には、キセタップに到着している。

 馬市が無い時のキセタップは、のんびりとした町で、行き交う人々の数も少ない。けれど馬市のためなのだろうか、宿の数はかなり多い。シーズン以外は閉めている店も多いが、寧ろイレーネ達には好都合だった。


「女公爵夫妻は、町外れの館を借りて宿泊する予定だそうだ。俺たちは、明日の夕方訪問するって連絡してあるぜ」

 ウィンの言葉に頷いて、一行は準備を整えた。

 翌日の夕方、先ずはイレーネとウィンだけで、それぞれの愛馬に跨って館を訪れる。ノイは、黒馬のふりを続ける予定だ。


 館に着くと、既に警備の者たちに話は通して置いてくれたのか、イレーネとウィンはスムーズに中に通される。庭に面した広い応接室に通され、ひと通りの挨拶を済ませると、アリスヴェルチェが親し気に問いかけた。

「お連れの方たちは?」

 イレーネは、にこやかに答えた。

「失礼させていただいて、庭の方から来ます。警備の方々を、遠ざけて貰えますか?」

 アリスヴェルチェは頷いて、テラス窓から庭に出る。そして警備の者たちを呼び寄せて、何事かを命じた。直ぐに庭は無人となり、イレーネ達も出て来る。


 そしてイレーネは、軽く手を動かして、空に小さな火球を飛ばした。

 それが合図だったのだろう。

 薄闇の中に、2つの黒いシルエットがふわりと降り立つ。

 エルオリーセは、大きな梟に姿を変えたアルバに乗り、きちんとしたドレスを着ている。僅かに透けた姿のオリビエは、礼装に身を包んでいた。

 アルバは、エルオリーセを降ろすと、いつものウルフドッグの姿に戻る。


 人外の親友たち、とイレーネに聞いていたが、それでもアリスヴェルチェとジークは息を飲んだ。

 そんな2人に、イレーネは声を掛ける。

「中で、ご紹介しますね」



「オリビエ・ローレンス・ロートホルンと申します。男爵を名乗る幽霊です」

 オリビエは、古いが礼儀正しい所作で頭を下げた。

「こちらは、エルオリーセ。私の妻です。そしてこちらのウルフドッグが、アルバ。エルオリーセとアルバは、メタモルファルです」

 オリビエの紹介に、エルオリーセは恭しく腰を屈めて頭を下げる。ウルフドッグも、しっかりと頭を下げて礼を取った。


 するとジークは、興奮を抑えられないかのように、眼を輝かせて告げる。

「こんな機会が、巡って来るとは・・・あ、これは失礼、ロートホルン男爵。もしかしたら、ロートホルン城の城主ではないですか? いや、大分以前に、近くまで行ったことがあるんです。動植物の調査と採集旅行でね」

「・・・ロートホルン城・・・私は知らなかったわ」

 軽く首を傾げたアリスヴェルチェに、ジークは優しく言った。

「辺境だし、歴史の中に埋もれたような城なんだ。知っている人は、殆どいない。かなり昔から、城と周囲の山は誰の領地にもなっていない筈だよ。宮殿の書庫なら、歴史を遡れば記述がある資料があると思う」


「それにしても・・・」

 ジークは再び向き直り、失礼にならないよう気を付けて、エルオリーセとアルバを見る。

「メタモルファル・・・伝説の『癒しの獣』とは、まさか直に会えるとは思わなかった。子供の頃、文献を漁って憧れていたんだ。夢が叶った・・・エルオリーセさん、どうぞよろしくお願いします」

 ジークは彼女の手を取り、敬意をこめてその手にキスをする。

 礼に適った淑女に対する所作だが、オリビエは微かにこっそり眉を顰めた。

「そしてアルバさん、どうぞよろしくお願いします」

 ジークは片膝をついて、ウルフドッグの前に手を差し出す。

 一瞬戸惑ったアルバだったが、黙ってその手の上にポンと前脚を乗せた。



 質素だが心のこもったディナーを共にし、イレーネ達は再び応接室に戻る。食事の必要は無いオリビエも、その味を楽しんだので、一同は和やかな雰囲気になっていた。

 今後、互いに尊称無しで語り合おうと言う約束も、その間に結ばれている。


「エルオリーセが人型メタモルファルで、アルバが犬型メタモルファルなんだな。まだまだ知らないことは沢山あるが、メタモルファルであることは、私も隠して置いた方が良いと思う。オリビエが幽霊だという事も合わせて、周囲に知られないよう万全の対策をすると約束しよう」

 ジークは市井の学者のような雰囲気になっているが、王弟としての立場は役に立てるつもりのようだ。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 エルオリーセがそう言うと、アルバとオリビエも静かに頭を下げる。

 彼ならば、信頼できる。そしてその妻である、女公爵の事も。


 話がひと段落すると、ジークは大きな地図を持って来て広げた。


「国王陛下と院主の姉上から、正式に陣頭指揮を執る許可を貰った。国民に対することは全てそちらが引き受けてくれるので、我々はHerdEaterに対する準備を思い通りに行える。そこで、先ずはHerdEaterの出現場所を絞り込むことと、『空の穴』に関する監視体制を整えるつもりだ」

 一同は、静かに頷く。


 そんな中、オリビエだけは地図を食い入るように見つめていた。

(・・・知らなかった・・・この国は、こんなに広かったのだな)

 王都の存在は知っていたが、後は比較的近くの村とポタジェ村くらいしか知らない幽霊男爵である。

 その様子に気付いたのか、アリスヴェルチェが問いかけた。

「オリビエが爵位を得たのは、何時頃のことですか?」

 金髪碧眼で貴公子然としたオリビエが、男爵を名乗るのは当然に思える。


 けれど、それに対する答えは、オリビエの中にはない。

 正直にそう述べて、彼は呟くように言った。

「自分の事に関しては、全く解らないのです。知りたいと、常々思ってはいるのですが」


 するとアリスヴェルチェは、夫を見て提案する。

「ねぇジーク、ロートホルン城に関する資料を、手に入れて送ってあげたらどうかしら?」

 忙しい最中だが、王都に手紙を出すくらいの事は出来るだろう。何なら、書くのは自分がしても良いと言う妻に、ジークは喜んで承諾した。


 最後にジークは、地図の1点を差して言った。

「王都の北にあるここ、エルプスという町を、今後の拠点にする。フォーゲル領内なので色々と便利だし、レザンと王都の間の中間地点だから、動きやすいはずだからな」


 この後は、ポタジェ村に向かって、それから北西の方角になるエルプスに向かうと言う女公爵夫妻だ。

 イレーネ達も、ポタジェ村までは一緒に行くことにして、翌朝一行はキセタップを後にする。暫くは忙しくなるので、ポタジェ村の家を閉めておきたいし、マイカおばさんや村の人々にも会いたかった。



 警護の者たちを連れて、街道を駆けていた一行だが、途中の休憩地点で、ふとアリスヴェルチェが聞いた。

「あの遠くに見える、大きな建造物は何? 遺跡のようにも見えるけど」

「ああ、あれはノーテック砦と呼ばれている、古い城塞です。まあ、遺跡のような代物で、相当に大きいですが、誰もいないし、大した物はありません」

 唯一、そこへ行ったことがあるウィンが答える。

「ノーテック砦か・・・名前だけは知っているが・・・ちょっと行ってみるか?」

 時間には余裕があるし、とジークが言うと、一同は好奇心が出たのか面白そうに頷く。

「いいわね、以前ウィンに聞いた時から、一度行ってみたいと思ってたの」

 中でも一番楽しそうに言ったのは、イレーネだった。

 ちなみにオリビエは、昼間なので、エルオリーセの背中の箱に入っている。



 草原の中を、ノーテック砦に向かった一行だが、近づくにつれてその大きさに驚く。

「いつ作られたかも解らないくらい古いモノらしいけど、その割に崩れてもいないんだよなぁ」

 門や塀などもなく、ポツンと建っている砦は、城の尖塔くらいの高さの壁がある。蔓植物が這い上がって伸びているが、積み上がっている巨石にはひび割れ1つ無い。


「・・・ゲンバ岩ですね。岩石の中では、強度が高くて雨風にも強いんですが、この辺り・・・いえ、シュバルグラン王国内では産出しないと思います。・・・どこから運んできたのか・・・」

 蔓植物をかき分けて壁の素材を調べていたエルオリーセが、一行に向かって言った。

 彼女が熟練の採集専門ハンターであることを、イレーネとウィンは良く知っている。


「ふむ・・・私は、建築学方面には疎いが、素材も造りも相当に珍しいものなのだな」

 ジークが感心したように言うと、ウィンは一行を内部へと案内した。警備の者たちは、周囲の警戒に残しておく。


「全体的な造りは、上から見ると、凹と言うか、コの字のような形をしてるんだ。内部は4つの階層になっていて、あちこちに階段がある」

 最初に入った場所は、殺風景な空間で、あちこちの壁や床に焼け焦げたような跡があった。

「野盗が根城にしていた時もあったから、あれはその名残だろうな。厨房とか、そう言った生活空間は全く無いんだよ」

 ウィンの説明に、エルオリーセが付け加える。

「・・・この階は資材置き場とか、倉庫とか・・・そんな感じで使われていたような気がする。あそこにあるのは、昇降機の跡じゃないかしら。上の階へ運ぶための」


 一行は、とりあえず最上階へ進んだ。


「わぁ! 凄い眺め!」

 360度見渡せる風景と吹き抜ける風に、イレーネは歓声を上げた。

 コの字型の屋上は、見通しが良い。イレーネは内側の胸壁に走り寄り、下を覗き込んだ。

「高いわねぇ~~、あ、下にぐるっとテラスみたいなものがあるわ」

 他の面々も、彼女に倣って下の方を見下ろした。


「それにしても、何も無いように見えるわ」

 するとエルオリーセが、足元を見て言った。

「これは・・・台座みたいだけど・・・ホラ、向こうにも見えるし、下の回廊みたいなテラスにもあるわ」

 確かに彼女の言う通り、何かを据え付けてあったような部分があった。


「多分だが、この下の階にある妙なモノを取り付けていたんじゃないかと思うんだが・・・」

 ウィンが、ふと思い出したように言った。

 説明するより見せた方が早いだろうと、ウィンは一同を案内する。

 階段を降りた先の部屋には、確かに妙な物体があった。


 油を染み込ませた紙や布で、厳重に包まれた物体は、高さこそ胸のあたりまでだが、相当の重量があるようだ。

 とりあえず1つだけ、注意しながら包んでいる物を取り外すと、中から出て来たのは金属製、鉄か鋼製の物体だった。

「・・・何だ?これは?」

 全員が首を傾げるが、確かにこのような構造物は見たことが無い。

 けれどエルオリーセだけは、直ぐに小さく呟いた。

「・・・・見た事がある・・・・」


 え?と口を開きかけたイレーネに、エルオリーセはきっぱりと告げた。

「役に立てるかもしれないわ。遠い昔、遠い遠い国で、これに似たものを見たことがある」

 そして彼女は、一同に言った。

「これについて、もう少し調べたいと思います。時間が掛かりそうなので、私とアルバとオリビエはここに残るわ」


 何かあったら、アルバに飛んで行って貰うからと言う彼女に、イレーネ達は頷くしかなかった。


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