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【第3章】手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第3章 ポタジェ村

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5 父を知る旅

 イレーネとウィンは、北へ向かった。

 途中でアリスヴェルチェたちと無事合流し、更に北を目指す。

 その先々で、北の山脈から来たと思われる魔物たちと出会うが、ジークの的確な指示と、高レベルな戦闘員のお陰で、難なく追い払ったり討伐出来たりした。

 その中で、お互いが能力を確認しつつ、親しさも深まってゆく。


 イレーネは、シュバルグラン王国では唯一の、直接戦える魔法使いとして、その力を見せた。

「イレーネは、炎と雷の魔法が一番高レベルなのね。その杖の宝石は、かなり凄いOrareよね」

 アリスヴェルチェが感心したように言うと、イレーネは素直に喜ぶ。

「ええ、そうです。風と土の魔法が、まだちょっとっていう感じだから、精進しないと。このOrareは、魔王国の前魔王様が作ってくれた物ですわ」

 一応相手は女公爵だから、口調も少しばかり丁寧になっているイレーネだ。


「ほう、もしかしたらOrareは、高位の魔族が作るものなのか?」

 ジークの問いかけに、イレーネは礼儀正しく答える。

「そのようです。今のところ、魔王国でも作れるのは前魔王だけだと聞きました」

「ふむ・・・という事は、王国に現存するOrareは、何らかのルートで高位の魔族からもたらされた物なのかもしれないな」


 貴重なOrareは、特に高レベル、つまり多くの魔力を蓄積できるものだと、王国内でも数少ない。国王所有の物以外は、貴族が家宝として、大切に代々受け継いでいる。

 アリスヴェルチェが持つ『フォーゲルの翼』というサークレットも、その1つだ。


「イレーネの杖も、そのうちきっと二つ名が付くわね。イレーネ自身が、名付けても良いのよ」

 アリスヴェルチェに言われて、イレーネは杖の先の宝石をまじまじと見る。

「・・・・う~~ん・・・考えておきます」

 最後はそう言って、溜息をついたが、自分には命名センスは無さそうな自覚があった。



 多少時間は掛かったが、それでも半月後にはマイミス地方に入る。

 その頃には、旅仲間として互いに呼び捨てにしあう関係ができた4人だ。


「マイミス地方は、今は私の領地になっています。アルアイン公爵が亡くなった後、暫定的に管理を任されたのですが、その後正式にフォーゲル領になりました」

 事務的な口調のアリスヴェルチェは、やはりイレーネの気持ちを汲んでいるようだ。

 けれどイレーネの方は、全く気にしていない。


「解ったわ。とりあえずレザンの町に入るのよね。アリスは御領主様だけど、どうするの?」

 自分たちは宿を取るつもりだが、アリスとジークは領主の館か城に入るのではないかと思ったイレーネだ。

「ううん、このまま身分は隠して、こっそり行くわ。色々と面倒だし」

「そうだな。直に町民の、生の声も聞いてみたいしな」

 かなり自由な、御領主夫妻であるらしい。


 結局4人で旅をするパーティーのように、レザンの町に入った一行だった。


 アリスヴェルチェとジークは、自領になったとは言え、町民たちのの前には殆ど姿を見せていなかった。アルアイン公爵の旧領を預かっている、とういうスタンスを貫いているらしい。それは、この地方の人々が、公爵を悪く思っていないという状況を鑑みてのこともある。


「この町は、御領主様が代わったのよね。前の御領主様の時は、どんな感じだったの?」

 町の居酒屋で、食事をとりながら主に聞いてみるイレーネだ。

「そうさなぁ・・・税は高かったけど、町は活気があったかな。俺たちの暮らしは、それなりに安定していたしなぁ。なにせ、魔物の襲来が、全く無かったからな」

「今は?」

「税は安くなったけど、魔物が来るようになっちまったんだよ。この町を襲う事は無いんだが、村が襲われたっていう話が、結構頻繁に流れるようになっちまった。まぁ、城代様が対処してくれてるけどな」


 居酒屋の主の言葉には、以前を懐かしむような響きがあった。

(アルアイン公爵は・・・きちんと領地を治めていたって言う事かしら・・・)

 イレーネは、首を傾げながら話を聞いた。



 その晩は、町中に宿を取った。

 1室に集まって話をしているところに、1人の青年がやって来る。

「アリスヴェルチェ様、ご無沙汰しております」

 明るく挨拶をした青年に、アリスヴェルチェは微笑みながら答えた。

「パンサが来てくれたのね。元気そうで、何よりだわ」


 パンサは、ポタジェ村の村長の末息子で、アリスヴェルチェの手伝いをするために王都に来た。彼女の活動を陰ながら支え、少年の身でありながら大きな役割を果たす。

 いつしか彼は青年となり、尊敬するアリスヴェルチェの従卒になりたいという夢を叶える。

 今は更に、その上の騎士を目指していて、レザンの城代の元で修行中だ。


 そしてそのレザンの城代は、ライアン・ユールフェストだ。

 シュバルグラン王国の、『戦う物』の訓練施設であるステーブルベース。そこの責任者であった彼は、アリスヴェルチェに惚れ込み、最終的には女公爵の一の騎士となって、ここマイミス地方の領主代理となっていた。女公爵夫妻の依頼を受けて、ステーブルベースの責任者の地位を後進に譲り、城代として職務に励んでいる。


「ユールフェスト様もお会いしたがっておりましたが、今回は非公式のお出でなのだから自分が動くと目立つだろうと仰いまして、自分が代理を務めさせていただきます」

 パンサは、既に騎士に相応しい振る舞いを身に着けているようだ。

「解りました。お願いね、パンサ。それにしても、すっかり見違えるようになったわね」

 弟を見るように、優しく褒めるアリスヴェルチェに、パンサは頬を赤くして嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます、アリスヴェルチェ様。ジーク様、ご所望の書類をお渡しするようにと、ユールフェスト様から預かって参りました」

 パンサは、分厚い封筒を取り出して、ジークに渡す。

「門番に渡す書状と、砦の鍵は預かってきております。明日は、私もご一緒致しますので、麓の門番小屋でお待ちしております」

 そう言って、パンサは礼儀正しく挨拶をし、最後にトレードマークのような明るい笑顔を見せて帰って行った。



 パンサが帰ると、部屋の中は再び4人になる。

 先ずはジークが、封筒をイレーネに差し出して言った。

「王都から取り寄せて貰った、アルアイン公爵の謀反に関する資料の写しだ。これを読めば、客観的な事実が解るだろう」

 イレーネは、意を決したように封筒を開け、書類を読み始めた。


 じっくりと眼を通した後で、イレーネはふぅと溜息をついて、書類をウィンに渡した。

「ウィンも読んでおいて。構わないわよね、ジーク?」

「ああ、構わない。その資料は、重要機密と言うわけでは無いからな。実は、それ以外にも極秘の資料があるんだ。それについては、持ち出しが出来ないので、明日現地で、私とアリスの口から話そうと思う」

 ジークは、淡々とそう言って、話を終えた。


 イレーネはウィンと共に、部屋に戻った。

 アリスヴェルチェたちは夫婦だし、自分とウィンも旅の間同室だったこともあるので、今更どうと言うことも無い。

「・・・ねぇ、ウィン。どう思った?アルアイン公爵の事だけど」

「どう・・・とは?」

「あの資料を読んで、思ったの。何だか、私と似てるなぁって。まぁ、親子なんだから当たりまえかもしれないけど」

 浮かない表情で言うイレーネに、ウィンは首を傾げた。

「・・・そうか?確かに見た目は、似てるのかもしれねぇけど。アルアイン公爵は、男前で優秀だって聞いたしな」


 レザンの町で集めた前領主の話によると、彼は見た目も良く、優秀だったという事だった。一人息子だった彼は、隣国の姫を嫁に貰い、その後、程無くして父が病死したため公爵の地位と領地を得た。やがて娘であるイレーネが産まれたが、元々身体が弱かった妻は体調を崩してしまう。

 王都の方が医師や薬も多いからと言う理由で、それ以後、妻と娘は領地を離れることになる。公爵はそれでも、忙しい合間を縫って王都の屋敷を訪れていたが、イレーネが3歳になる頃、妻は亡くなってしまった。


「見かけじゃなくて、性格とか・・・中身?・・・アルアイン公爵って、何と言うか・・・自分の目的のために突き進んだ感じじゃない?資料を読んだ感じだと、やっぱり自分が、国の頂点へ昇り詰めたいって思っていたみたいだし。自分の力を証明したい、って思っていたような気がする。そんなトコロが、私と似てるような気がするわ」

 ああ、そういうコトか、とウィンは納得した。


「う~~ん・・・向上心とかなら、別に似ててもイイと思うし、自分を証明するために行動する人間は、それなりに多いと思うから、気にしないでイイと思うけどな。それに、イレーネと公爵じゃ、根本的に違うと思うんだよなぁ」

「え?」

「俺の推測だけど、アルアイン公爵は自分が生まれ持った容姿と能力や身分を、当たり前のように使って証明しようとしていたんじゃないか?それが野心となって、周囲の事なんざ何も考えずに、行動した結果だった思うんだよな」


 ウィンは、イレーネの眼を真っ直ぐに見て続けた。

「でもお前は、ゼロどころかマイナスの状況から、自分自身の努力と経験を積んできただろ。証明したいモノが、根本から違うんだよ」


 イレーネが自分を、負けず嫌いと言うなら、そこは父と似ているのかもしれない。ただ父の場合は、誰にも負けたくないと考え、イレーネは自分が負けたままなのが性に合わないと考える。


「まぁ、血が繋がっていれば、良くも悪くも、どっかしら似るのは当然だしな。けど、縛られる必要は全く無いぜ。それにしても、何で急にンなコトを言い出したんだ?」

「・・・アルアイン公爵・・・お父様が、私の中で1人の人間として存在するようになった・・・ような気がしたの。今までずっと、『お父様』と言う名の漠然とした存在だったから」


 謀反人としての父親が、実像を得たような感覚なのかもしれない。

 まだ彼の全てが解ったわけでは無いが、全てを知って、自分は自分自身として歩み続ける覚悟を決めるイレーネだった。



 翌日、イレーネ達は宿を出て、レザンの北にある元禁足地に向かった。

「アルアイン公爵が、山の麓から砦へ向かう道を封鎖して、誰も近づけないようにしていたの。先ずは麓の門番小屋へ行くわ。パンサがそこで待っている筈だから」

 アリスヴェルチェの言葉に、馬上のイレーネが問いかける。

「アルアイン公爵が、最後に逃げ込んだ場所よね、砦って。そこには何があったの?資料だと、公爵は魔物を操っていたということだったけど、そもそも彼にはそんな魔力は無かったんじゃない?」

 資料によれば、公爵は防御魔法の使い手だったはずだ。

 そんな会話を聞いていたジークは、馬を寄せて来て答えた。

「実は、それが極秘事項なんだ。最初から、話そう。アルアイン公爵は、ある時・・・多分、妻を亡くした後だと思うが・・・山の中で1人の乙女と出会った」


 あまりに美しいその乙女を、公爵は砦に連れて行った。ディアルナと名乗ったその乙女は、その日から公爵の庇護下に入る。

 彼女のために砦を改装し、不自由が無いように整える。それに必要な人手は、遠くから調達し、領民が立ち入らないように禁足地とした。

 隠しておいたのは、噂が立たない様にとの配慮だったようだが、領民はこっそりと言い交わしていた。

 禁足地には、公爵様の秘密があるのだろう、と。


 そしてジークは、敢えて事務的に説明する。

「だがその乙女は、高位の魔族だった。魔物が統べる異世界から来て、魔物に命令することが出来たんだ。ラトラーダのディアルナと名乗る彼女は、やがて公爵に正体を見破られた。そして彼は、ディアルナを砦の塔に幽閉したんだ。ある種の呪具を使って、彼女の魔力を封じてね。ディアルナは魔物の姿に戻り、それ以来公爵に命じられて魔物にあちこちを襲撃させた」


 イレーネにとっては、魔物や魔族の話はとても身近だ。高位の魔族の能力も、実際に見知っているので、ジークの話はすんなりと飲み込める。それはウィンも、同じだった。


 ジークの話は続く。

「ディアルナにとって公爵は、異世界から来て初めて出会った人間だったそうだ。それまでは、遠くから気づかれないように観察するだけだったと言っていた。そして優しく口説かれて、やがて彼を愛するようになったのだ、と」


「ジークは、そのディアルナと話をしたのね」

 イレーネの言葉に、ジークは頷く。

「途中までは、アリスヴェルチェも一緒だったけどね。話を戻すが、幽閉されてからは、公爵は彼女を完全に魔物として、道具として扱っていた。呪具で縛られたディアルナを、虐げて無理やり言う事を聞かせていたらしい」


(・・・やっぱり、とてもじゃないけど父親として見れないわ)

 イレーネは、心の中の公爵の姿に、バッテンをつけて置く。

(それどころか・・・人として、男としても最低なんじゃない?)

 これで、ある意味、自分の中で決着がついたような気がする。アルアインの名と共に、父親の存在も捨てて良かろうと。


「公爵が最後にこの砦に来たのは、ヌーディブランチが倒されたので、次の強い魔物を再度呼び寄せるつもりだったからだ。ヌーディブランチも、ディアルナが異世界から呼び寄せた魔物だったからな」


 イレーネは、資料に会った挿絵を思い出した。

 巨大で四つ首のとんでもない魔物は、王都の『戦う物』たちを苦しめ、国王さえも済んでのところ焼き殺すところだったのだ。

 そしてそのヌーディブランチは、女騎士(リッテリン)アリスヴェルチェ・フォーゲルによって倒された。


「私とアリスは、先回りして砦に到着し、そこでディアルナを見つけたのだが・・・その先は、砦に着いてから話そう」

 最後にジークは、そう言って話を締めくくった。



 山の麓に着くと、そこには小さな小屋としっかりした門、そして高い柵があった。禁足地だった頃の名残なのだろうが、領主が代わってもそのままにしているらしい。

 待っていたパンサと合流し、狭い山道を登ると、やがて砦が見えて来る。

「・・・砦と言うより、こじゃれた山城って感じだな」

 ウィンが呟くが、それを聞きつけたイレーネは、こっそりと思う。

(でも、ロートホルン城の方が立派だわ)


 パンサが門を開け、中に入ると、周囲から小動物が逃げてゆくような気配を感じた。

 〈イレーネ、何だか不思議な気配がするね。魔力を持つ小動物が、結構いそうな雰囲気〉

 ノイが、イレーネにだけ伝えて来る。

「・・・そうね。ノイたちは外で待ってることになるけど、充分注意しててね」

 小声で言うイレーネに、ノイは軽く首を振って答えた。

 〈うん、任せて。他の馬たちを、守ってるから〉


 するとそこに、草むらの中から、真っ白な毛玉のような物体が跳び出して来た。

「ピキューーーッ」

 毬のような塊は、泣き声を上げながらアリスヴェルチェの胸に飛び込む。

「わっ・・・あ、マルムじゃないの!」

 小さな魔物は、再び鳴き声を上げると、草の中に飛び込んで遠くに跳ねて行った。

 〈あのちっこい魔物、〈待ってた、呼んでくる〉って伝えてたけど、何の事だろう?〉

 ノイが、不思議そうにイレーネに伝えて来た。



 大扉を開けて中に入り先に進むと、がらんとした広間に入る。

「ここが、アルアイン公爵が亡くなった場所だ。ここで、続きを話そう」

 ジークが言うと、パンサを含めた5人は床に腰を下ろす。パンサは、公爵が亡くなった直後にここに来ていたし、出来事の全てを知っている。


「公爵より先に着いた私とアリスは、そこの階段から上がって、塔の先端にある部屋に入った。するとそこに、本来の姿のディアルナがいた。こちらの世界で言うなら、鹿に近い身体だが、ボロボロの状態だった。ヌーディブランチとの戦いで魔力が残り少なくなっていたが、私はアリスから『フォーゲルの翼』を借りて、癒しの力を使った」


「そう言えば、ちょこっと聞いた事があったな。女公爵夫妻は、男女逆の魔法が使えるって」

 ウィンが思い出したように言うと、ジークとアリスは揃って笑みを浮かべた。

「ええ、私が付与攻撃魔法の『戦う者』で、ジークが『癒し手』なの」

「確かに、男女の役割は逆かもしれないが、お互い得意な方を伸ばした結果なんだ」

 事も無げに言う2人は、誇らしげだ。


「では、話に戻ろう。ディアルナを癒して呪具から解き放つと、彼女は人間の姿になった。私が彼女と話している間に、アリスは広間に戻った」

 そこで、アリスヴェルチェが口を挟む。

「そこから先は、私が話すわ。先ず、ディアルナが裸の美女の姿になって、ジークに抱きついてきたから、何だか気まずくなって部屋の外に出たの。そうしたら、門の方から公爵が来た気配がしたので、階段を駆け下りたわ。1人で行動したのは、私のミスだった。そのせいで、死にかけて・・・」

 するとジークは、慌てたように言う。

「あ!そう言えば、あの時の事を詳しく話してなかった。ごめん、アリス。今更だけど、説明させてくれ。ディアルナが肉感的な美女の姿だったのは、公爵の好みだったからなんだ。抱きついたのも、感謝する時はそうすると公爵が喜ぶからだそうだ。彼女は、彼以外の人間と交流したことが全く無かったから、それが普通なのだと思っていたんだよ」


 どこか必死そうに説明するジークに、アリスヴェルチェはクスッと笑った。

「大丈夫。そんな事かなって、思ってたから。後になってからだけど。・・・でもあの時は、何だか自分が恥ずかしいような気持になって、王弟殿下と最高の美女はお似合いだわって思っちゃったのよね。だから、公爵との決着は自分自身でつけるって決意して・・・」


 イレーネは、ふと思った。

(アリスって、完璧な女騎士(リッテリン)で女公爵だと思ってたけど、普通の女性な部分もあるんだ)

 尊敬する相手に、親近感が沸く。

(それなら・・・私だって・・・いつかは、きっと)



「死にかけたっつうのは、やはり相手は公爵なんだな?」

 ウィンが言うと、アリスヴェルチェは頷く。

「ええ、私はもう魔力が尽きていて、歯が立たなかった。でも最後に、刺し違える感じで、持っていた呪具を公爵に装着できた・・・そこからは・・・」

 言い淀むアリスヴェルチェに、ジークはその肩を抱き寄せて、彼女の代わりに話した。


「丁度その時、私とディアルナが広間に降りて来た。かつて愛した男に、手酷く裏切られたディアルナは、砦にいる魔物を呼び寄せて、公爵を死に至らしめた。遺体は食われて、残ったのは武具と骨だけだった」


 イレーネは、キュッと口元を引き締めた。

 生きたまま魔物に食われるという最後は、彼に相応しかったのかもしれない。それだけの事をしたのだ、と思いながらも、心の中に微かな憐憫の情が生まれる。

 けれどこれで、父親との別れが明確な形で出来たような気もした。


(・・・お父様・・・私、イレーネは貴方を越えて生きて見せます)



 ジークの話は、その後も続いた。

「アリスの命は、風前の灯火だった。私にも魔力は残っていなかったし、ここで彼女を失うと思って絶望した。けれど、ディアルナがその魔力で、彼女を救ってくれたんだ」

「つまり、命の恩人・・・恩魔物ってことね」

「ええ、だから、もしまた会えたら、お礼を言いたいと思っているの」

 アリスヴェルチェは、ジークに肩を強く抱きしめられたまま、穏やかに笑みを浮かべた。


「塔の上の部屋に、行ってみてもいいか?」

 話がひと段落したところで、ウィンが聞いた。

 イレーネも行きたいと言うので、揃って階段を上がる。


 塔のてっぺんの小部屋は、綺麗に片付けられていた。

 ウィンが窓を開けると、爽やかな風が入って来る。

 その時、遠くから金色に輝く光がやって来て、滑るように室内に入った。


「え・・・ディアルナ?」

 ジークが呟くと、柔らかな光は静かに床の上に降りる。


 眼を見張る4人の前で、金色の光は美しい姿を現した。

 鹿のようにしなやかな体は金色で、長い尾と鬣は虹色。頭の羽飾りも七色に輝き、神々しいオーラに包まれている。


 〈久しぶりですね、ジーク、アリスヴェルチェ〉

 心話(テレパシー)で伝えて来たディアルナは、知らない人間たちがいることに少しばかり驚いたようだ。

 〈マルムに頼んでおいたのです。貴方達が来たら、直ぐに知らせるように、と。それで、そちらのお二方は?〉


 イレーネとウィンは、慌てて自己紹介をする。ジークも口添えしたので、ディアルナは納得した。

 そしてそれが済むと、アリスヴェルチェが進み出て、片膝をつく騎士の礼をもって、謝辞を述べた。

「あの時は、本当にありがとうございました。お陰様で、命を落とさずに済みました。心から、お礼を申し上げます」

 〈いいえ、私も助けて貰ったのですから。それより、後遺症はありませんでしたか?〉


 人間と魔物の魔力は、根本的に違う部分がある。ディアルナはその魔力でアリスヴェルチェの命を救ったが、魔物の治癒魔法による後遺症は無かったのかと聞いたのだ。


「無くした足が、生えてきましたが・・・」

 アリスヴェルチェの言葉に、そう言えばとウィンが呟く。


「片足を無くして国王を救い、女騎士(リッテリン)になったんだったな。だからカカシの(スケアクロウ)女騎士(リッテリン)なんて、巷で呼ばれたりしてた・・・だが、いつの間にかそんな呼称も聞かなくなった。片足だとは気づかれないほどの、素晴らしい戦いぶりだと言われて・・・」


(そう言えば、そうだったわ・・・)

 イレーネも、思い出していた。カカシという蔑称は、でくの坊の意味もある。女の身で騎士の位を授与された彼女は、最初はそんな風に思われていたのだ。


「お陰様で、両足が揃いました。少しばかり後遺症・・・生えた足のつま先に蹄が出来ましたが、無くした片足が戻って来たので、感謝しております」


「えっ! 蹄っ!」

 イレーネは、思わず声を出してしまった。

 しまった、と慌てて口を覆うが、どうしようもない。

 けれどアリスヴェルチェは、イレーネに向かって穏やかに微笑んだ。


「ええ、足の5本の指が蹄に変わったの。でも、全く不自由は無いわ。裸足にならない限り、誰にも見えないしね。それに、ジークはこの蹄が好きだって言ってくれて、私も彼にしか見せないと誓っているの」

 夫婦の秘密だと言うアリスヴェルチェは、フフッと笑って更に言った。

「だから、イレーネ達も内緒で、お願い」


 片足の先が魔物でも、それがきっと夫婦の絆の1つなのだろう。

 イレーネは、彼女が歩んできた苦難の道を思い、心の中でそっと女公爵夫妻を祝福するのだった。



「それにしても、またこちらへ来れたのは、何故なのでしょうか?」

 やがてジークが、ディアルナに向かって口を開いた。

 そもそもディアルナは、禁を破ってこちらの世界に来た。異世界との境には、強固な障壁があって、ディアルナはこっそりそこに穴をあけてやって来たのだ。

 公爵への復讐を済ませた後、ディアルナは言っていた。

 元の世界に戻れば、罰を受けるだろう。こちらにはもう、二度と来れないと思う、と。


 するとディアルナは、一同を見回してから、静かに告げた。

「この世界・・・私たちの世界とあなた方の世界に共通の、大きな災厄が出現しそうだからです。ラトラーダの長老会議で、シュバルグラン王国に伝えた方が良いだろうという結論になったのですが、その使者として私が名乗りを上げました。私なら、ジークとアリスヴェルチェに伝えられるから、と」


 イレーネ、ウィン、ジーク、アリスヴェルチェの間に、緊張が走った。



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