1 空の異変
そして、その日はやって来た。
空の一点に、ポツンと出来たホクロの様な黒は、少しずつ痣のように広がってゆく。
ここ数カ月の間、じっと空を見ていた観測員たちは、次々と連絡を送る。
「計画通り、総員行動せよ」
迎撃隊の指揮を執るアリスヴェルチェ・フォーゲル女公爵は、各地へ指示を出した。
これ以降は、夫のジーク公が状況を見ながら計画を進め、戦いの場に出るアリスヴェルチェがそれを遂行する役目を担う。
ジークが拠点であるエルプスの町で、集まる報告を纏めながら的確な指示を飛ばす間に、イレーネはアリスヴェルチェと共に、『空の穴』が出現し始めた場所に向かった。
エルプスの町を駆け抜けてゆく、白馬と漆黒のダークペガサス。
住民は全て避難を済ませた町中には、出撃命令を待つ兵士たちが、きびきびと動いていた。
「アリスヴェルチェ様だ!」
「女公爵様と、紅の魔導士様だ!」
イレーネはノイと共に、その存在を全軍に紹介されていた。
「イレーネ・カーネリアン魔導士です。シュバルグラン王国唯一の、魔法のみで戦う『戦う者』。愛馬ダークペガサスと共に、ドラゴンのブレス並みに強力な魔法を操る彼女は、HerdEaterに対する心強い協力者です」
アリスヴェルチェの、女騎士として、また女公爵としての言葉は、重く受け止められた。
イレーネが、アルアイン公爵の娘であることに、気づくものはいなかった。
『朝焼け色の髪の公女』として、宮廷内でも知られていたイレーネだが、今はもうそんな面影も無い。
髪の色は、金褐色に近い赤になり、豊かに波打つ髪は、無造作に後ろに纏められている。
王国では伝説に近い漆黒のダークペガサスに跨り、深紅のローブを纏った姿は、かつて都を追われた謀反人の娘、没落貴族令嬢のそれでは無い。
イレーネは、いつしか『紅の魔導士』と呼ばれていた。
エルプスの町から西に、10㎞ほど離れた地点。
頭上に侵食しつつある真っ黒な『空の穴』を見上げて、イレーネが呟く。
「・・・ついに、来たわね」
確実だと言われ、そう思ってはいたが、それでも出来れば杞憂に過ぎなかったという事になれば、とも思っていた。
背筋に、嫌なものが走る。
「そうね・・・戻りましょう」
アリスヴェルチェは短く答えて、グラーネの手綱を引く。
2人は、来た道を戻った。
エルプスの町に着き、館の中へ入って馬を降りた時、イレーネは異変に気付いた。
「アリス! 血が付いてるわ・・・」
アリスヴェルチェの上着の下の方と、履いている乗馬ズボンに赤い染みが付いていた。見ればグラーネの鞍にも、同じように血の跡がある。
「えっ・・・あ・・・月の物かしら。そう言えば、ずっと無かったけど・・・」
痛みは無い様だが、イレーネは不安を覚えた。
「ちょっと失礼。触るわよ・・・」
普段はほとんど使う事が無いが、イレーネには貴族の子女として『癒しの力』がある。上手では無いという自覚はあるが、それでも状態を判断することは出来た。
「・・・えっ・・・これ・・・アリス、痛みは無いの?」
イレーネはパッと顔色を変え、アリスヴェルチェに問い掛ける。
「特には・・・」
戸惑ったように答えたアリスヴェルチェに、イレーネははっきりと告げた。
「妊娠してる。アリスは、身籠ってるの。出血は危険だわ」
急いで人を呼び、イレーネはアリスヴェルチェを寝室に運ばせた。
館にいた『癒し手』を呼び、念のため診察してもらうが、診断はイレーネと同じだ。
「妊娠初期の出血は、前置胎盤の場合が多いのですが、今診察した感じだと、胎盤の位置は大丈夫そうです。けれど、母体の状態が安定するまで、安静は必須です」
イレーネよりも『癒しの力』に長けた女性の言葉にホッとするが、それに応じるようにアリスヴェルチェはガバッと起き上がって言葉を発した。
「出血を止めて下さい。今は、安静になどしていられる状況ではありません。お腹の中の子も、きっと頑張ってくれるはず・・・」
それを聞いた途端、イレーネの中で何かがプチッと切れた。
「馬鹿っ!」
パァン・・・とアリスヴェルチェの頬が鳴る。
「お腹の中の子供に、何を背負わせてるのよっ!子供は、親の所有物じゃ無いわ!」
イレーネは叫びながら、アリスヴェルチェの両肩をベッドに押し付けた。
「どんな場合でも、親の都合を押し付けるなんてダメ!芽生えたばかりの命に、我慢や頑張りを強要する真似なんて、許さないんだからっ!」
丁度その時、連絡を受けたジークが、部屋に駆けつけて来た。廊下で事情を聞いたのだろう。
「アリス!」
ベッドに駆け寄った彼は、イレーネを押しのけて妻の身体を抱き寄せた。
けれど、そんな事でイレーネの感情は治まらない。
「世の中にはね、お腹の子供を愛して、大事に大事に育んで、それでも産んであげられなかった母親だっているのっ!母子共に健康を願って、その日を待ち望んでいた父親もいるの!」
イレーネの心の中には、エルオリーセの事が蘇っていた。
「私はっ、もうそんな親子を見たくない!絶対にっ!」
イレーネは、激昂して怒鳴る。
「・・・アリス・・・僕もイレーネと同意見だ。お腹の子供を最優先にして欲しい・・・」
ジークがアリスヴェルチェを抱きしめたままそう言うが、イレーネは止まらなかった。
ウィンは、HerdEaterをおびき寄せる家畜たちの準備が整ったと報告するため、館に来ていたが、廊下でイレーネの怒鳴り声を聞くとギョッとした。
(ヤベェ!・・・完全に、暴れ馬状態じゃねぇか!)
急いで室内に駆け込み、イレーネの背後に掛け寄ったところで、またイレーネが怒鳴る。
「2人に、言いたい事があるわ!こんな時に、子作りなんてしてるんじゃないわよっ!」
ビシッと指を突き付けて、ジークとアリスヴェルチェを糾弾し始めたイレーネの口を封したのは、ウィンの掌だった。
「ーーーッ!・・・モガモガッ・・・」
「落ち着け!とにかく、黙れ!・・・イレーネ!」
どうどう、と声を掛けたいくらいのウィンだ。
そのまま少し後ずさり、ウィンは小声で彼女の耳元で囁いた。
「ジークとアリスが、今までどれだけの重圧と戦って来たか考えてみろ」
イレーネはまだハァハァと息を荒くしていたが、その言葉でグッと言葉を飲み込んだ。
HerdEaterの事がはっきりしてから、女公爵夫妻は国王や院主との折衝から何から、全てを背負って働いてきた。まだ予測の段階で、国を挙げて迎撃態勢を整えることが、どれほど困難だったかは容易に推測される。
反対勢力もあっただろう。非協力的な貴族たちもいただろう。
それでも彼らは、半年と言う短い期間で、可能な限りの準備を整えた。
「そんな中で、夫婦で支え合って頑張ってきたんだろう。時にはそうして、互いの愛を確かめ合って、困難を乗り越えて来たんじゃないか。本気で子作りしようと思ってたわけじゃ無いことくらい、お前にだって解るだろう?」
「・・・・ぅ・・・」
ウィンの言葉に、イレーネは何も言えずに俯くしか無かった。
ジークが、絞り出すように呟く。
「・・・・すまない・・・今までそんな気配も無かったから、頭に無かった・・・だが、ちゃんと考慮すべきだった」
イレーネの指摘に、真っ赤になったジークとアリスヴェルチェだったが、そこにウィンが底抜けに明るい笑顔で言った。
「まぁ、授かりものだからな。めでたいことに変わりはないぜ。とは言え、今はのんびり祝ってる時間は無いから、先の事を考えようぜ」
イレーネは深呼吸をすると、気持ちを切り替えたように言う。
「フレグ魔王国へ、連絡をします。援軍の魔物を送って貰えるから、アリスが抜ける穴はそれで補充できると思う。良いわね、ジーク?」
「ああ、頼む。それに伴って、多少計画を変更しなければならんな。軍に連絡して、援軍の魔物と協力するよう伝えないと・・・」
アリスヴェルチェは、そっとジークの腕の中から身を離し、静かにベッドに横たわった。
「ジーク、行って。私は、お腹の中の子供を守るから、貴方はこの国ごと、私と子供を守って」
彼女は、母の眼をして真っ直ぐに彼を見つめる。
「・・・・解った」
ジークが表情を引き締めて答えると、アリスヴェルチェは更にイレーネに視線を移す。
「イレーネ、貴女には負担を増やしてしまうけど、よろしくお願いします」
イレーネは、胸を張って答えた。
「任せなさい。私より、アリスの方が辛いんじゃないかと思うわ。何も出来ない悔しさや焦り、自分を責めたくなるような気持と戦うのって、大変だと思う。でも、絶対に負けないで!」
堂々と、人差し指を立てて言い放つイレーネは、多少虚勢を張っている部分もあったが、王国唯一の魔導士としての誇りに満ちている。
「イレーネ・・・ありがとう」
アリスヴェルチェの言葉を背に受け、イレーネは部屋を出た。
ジークとウィンも、それぞれの仕事に向かう。
『空の穴』は、広がりつつあった。
その日の夜、エルオリーセたちがやって来た。
知らせを受けて、実際に見ておこうと、『空の穴』の近くに設営した仮の陣まで飛んできたのだ。
「大分広がっているが、完全に開いてHerdEaterが出てくるのは、恐らく朝になってからだろうと思う」
全軍の指揮を執ることになったジークは、アリスヴェルチェの離脱の事情を説明した後、最後にこう告げた。
エルオリーセとアルバ、そしてオリビエは、アリスヴェルチェの懐妊を素直に喜んだが、空を仰げば重苦しい気分が圧し掛かって来る。
「・・・明日の朝・・・か」
オリビエが呟いて、傍らのエルオリーセを見た。
けれど彼女は、夜空に開いた穴の向こうにある無限の闇を見つめている。そしてその顔は、真っ青になっていた。
「ん?・・・どうした、エルオリーセ?・・・真っ青だぞ」
けれど彼女は、硬直したように動かない。
「アルバ、エルオリーセの具合が悪そうなんだが?」
今度はアルバに声を掛けるが、ウルフドッグ姿のメタモルファルも、固まってしまっていた。
けれどアルバは、やがて大きく胴震いをする。
〈・・・うん、大丈夫・・・だよ〉
伝えて来た言葉に、エルオリーセもハッとして身体の力を抜いた。
「私も、大丈夫・・・ちょっと、緊張したかな」
笑みを浮かべたが、その顔色は青いままだ。
不安を覚えたオリビエは、一旦かなり後方へ移動することを選ぶ。日中は行動できない彼としては、そうするのが最善だと判断したのだ。
明日の夜、一緒に近くへ行ってその姿を見ようと提案するオリビエに、エルオリーセは素直に従った。
朝日が昇り、辺りが明るくなると、『空の穴』の黒さが際立つ。
真下に佇むと、空の半分が黒くなるように見えるほどの大きさにまで広がった穴は、やがて内部が渦を巻くような動きを見せた。
穴の真下を取り囲むような形で布陣していた兵士たちも、固唾を飲んで空を見上げる。
やがて渦の中から、真っ黒な物体がその先端を覗かせた。
でろりとした質感の、太い触手のようなそれが、頭だと解るまでに時間は掛からなかった。
兵士たちは、思わず後ずさりしたくなる気持ちを堪え、武器を握り締める。
彼らを統率する『戦う者』たちも、自らを鼓舞して目を凝らしていた。
「・・・やはり・・・大きいな」
ジークが呟くと、傍にいたウィンが答えた。
「想定通りなんだろ?家畜の方は、準備できてる。ここから南東方向に集めてるぜ」
『空の穴』の出現場所は、ジークが想定した幾つもの場所の1つだった。
エルプスの町の西。
そこから南東の方向にノーテック砦がある。
ポタジェ村は、そこから南西方向。キセタップの町が、南の方角にあるので、HerdEaterを上手く誘導しなければならない。
王都は南南東の方角だが、相当の距離があるので、当面は心配ないだろう。
「何か・・・気味が悪い色ね。形も・・・品が無いって言うか・・・」
イレーネが、眉を顰めて呟いた。
魔物の範疇にさえ入らない化け物は、ぐにゅりと長い首らしきものを伸ばしている。
先端には、大きく広げられたままの赤黒い口があり、その周囲には、幾つもの青い点があった。
「あの青い部分は、眼点か?・・・視覚以外の嗅覚なども担っているなら、感覚点と言った方が良いのかもしれん」
ジークは、生物学者らしい意見を述べたが、今は呼び方などどうでも良いだろう。
頭と同じくらい太い首が、伸びきったと思われた時、その本体は一気に穴から出た。
ズズゥン!
地を揺るがすような地響きに続いて、粘着質な音が続く。
ベシャリ!
グチャグチャ・・・ズルズル・・・
頭から落下した巨体は、その衝撃さえ感じないようで、ゆっくりと体勢を整えると、長い首の先にある頭を動かし始めた。
HerdEaterを取り囲む軍勢の指揮官は、ライアン・ユールフェストだ。
「・・・ヌーディブランチの、数倍はあるじゃないか」
小さく呟くが、怯む色は全く無い。
アリスヴェルチェの一の騎士を自任する彼は、彼女が戦いに参加できない今、代わりとは言えないまでも、自分が粉骨砕身働く覚悟でいる。
彼はその軍勢の大半を、地に降りたHerdEaterの南東側に集めた。ウィンが用意した家畜の群れが、その遥か後方にある。
そこまでは、この軍勢が化け物を引き寄せなければならない。
手筈通り、HerdEaterの後方で、群れと認識されないようバラバラに配置された『戦う者』たちが、一斉に魔法付与の攻撃を始めた。
けれどHerdEaterは、そちらに頭を巡らせただけで、何も感じていないように見える。
「攻撃開始!」
ユールフェストは、号令をかけると、自ら炎の付与魔法を掛けた槍を投げる。
HerdEaterの前方に立つ軍勢は、全力で攻撃を開始した。
HerdEaterは、頭を巡らせた。
巨大なホースの先端のような口が、ユールフェスト達の方へ向き直る。そして口の周りにある幾つもの青い点が、燐光を放つように光った。
どうやらユールフェストたちを、群れと認めたらしい。
「退却!全速力!」
サッと踵を返して叫んだユールフェストは、そのまま南東方向へ駆け出した。周囲の騎馬たちも、同じように方向転換して走り出す。
HerdEaterの動きは、見かけに反して素早かった。
黒い巨体を首ごと伸ばすように、その口を上から被せるように落とす。
隊の一番後方にいた数騎が、悲鳴と共に飲み込まれた。
それでも大半は、HerdEaterから一定の距離を取って草原を駆ける。
それを追って、黒くぬめる体表を持つ怪物は、移動を開始した。
イレーネとノイは、上空からその様子を冷静に観察していた。
「ジークの予想通り、『戦う者』の攻撃は殆ど効いていないわね。体の表面、って言うか身体全体がドロドロした液体みたい」
〈うん・・・あの黒い液体、何か臭いよ〉
ねっとりした体液のような物は、背中の辺りから少しずつ湧いて出ているように見える。そして流れ落ちると、地面と接する当たりで体内に戻っているようだ。
生物とは思えないほどの異様さに、イレーネととノイは驚くばかりだ。
「攻撃が当たると、直ぐに塞がって元通りだけど・・・強いて言うなら、炎>雷>氷>水の順で効果がありそうに見えるかな・・・」
目を凝らして観察すると、確かにその傾向はある。
イレーネが他に使える魔法は、風系や土系のものがあるが、そもそも物理攻撃が効かないのだからそっちは論外だろう。
〈僕も、そう思う。アイツが移動した跡に、少し粘液みたいなのが零れてるけど、持って行く?〉
イレーネは頷いて、愛馬の意見通り、サンプルとして採集した。
ユールフェストはたちは、予定通り家畜の群れが見える場所までHerdEaterを誘導する。
「よし、散開っ!」
その声と共に、騎馬たちは一斉に散った。
全速力でバラバラになる『戦う者』たちは、群れの形態を解除する。
そこからは、ウィンとアルバ、そして沢山の牧童たちの仕事になった。
簡易柵で囲い込まれた牛数百頭は、迫りくる化け物に気付くとパニックになる。
「ブモォォォ~~~」
「ブォ!モオゥーーーー!」
HerdEaterは、前方から消えた人の群れの代わりに、新たに牛の群れを感知していた。
「ヨシ!開けろ!」
リバティに乗ったウィンが大声を上げると、南東方向の柵が倒される。
牛の悲鳴と地響きが、辺りに響き渡った。
時刻は、昼を過ぎていた。
逃げる牛たちの群れを、ウィンたちは必死にまとめながら駆ける。牧童たちも、恐怖と戦いながら必死に馬を駆った。
ところが、アルバの様子がおかしい。
いつもなら風を巻いて走り、家畜たちに心話を伝えながら、的確に群れを纏めるアルバが、何故は今は動きが鈍い。
時折身体が硬直したかのように動きを止め、それでも何とか走り出してはまた止まる。心話も伝えることが難しいようで、必死に何とかしようとする様子が窺えた。
「おい、アルバ!大丈夫か?」
ウィンは駆け寄って問いかけると、ウルフドッグは切れ切れに伝えて来た。
〈・・・だ・・・だいじょう・・・ぶ・・・・まだ、頑張れる・・・〉
けれどこの様子は、明らかに異常だ。
ウィンは、決断した。
「・・・アルバ、一旦離脱しろ!こっちは、俺たちで何とかする。お前はエルオリーセのところへ戻れ。これまでの詳細を伝えるんだ!」
伝令として、とりあえず彼を離脱させる。
アルバの方も、流石に現状ではあまり役に立っていない自覚があったのだろう。素直に彼の言葉に従って、走り去っていった。
そして数時間が立ち、太陽が傾きかけて来る。
けれどHerdEaterは、疲れも見せずに牛の群れを追いながら、少しずつその数を減らしていた。
(マズイな・・・このままだと・・・)
牧童たちの疲労も蓄積され、動きが鈍くなっている。逃げ続ける牛たちも、疲れて来ていた。
それに伴って、徐々に群れの形態が崩壊し始めていた。群れから外れ、勝手な方向に逃げる牛が増えている。
(次の中継点から、家畜を補充するか?)
ウィンは考えたが、直ぐにそれはダメだと頭を振った。
ノーテック砦までの道のりの途中には、幾つかの中継点が作ってあり、そこに補充用の家畜を待たせている。けれどそこから、新たにそれらを連れて来るのは、ほぼ不可能だろう。迫りくるHerdEaterに向かって、家畜を誘導することになるのだから。
上空からその様子を見ていたイレーネは、サァッと地上に降りて来て、ウィンと並走した。
「ウィン、大丈夫?」
「見ての通りだぜ。結構、ヤバそうだ。・・・ヤツは、夜になったら寝ると思うか?」
「どう見ても、寝たり休んだりはしそうもないわね」
アルバが抜けた穴は、大きかった。
バラバラになりつつある牛の群れを、何とかしなければならない。
数が半数程度に減った群れだが、それでも纏めれば効果はある筈だ。
イレーネは、温存していた魔力を使う事にする。
土を次々と盛って土塁のようにし、散りそうになっていた群れを纏め、逃げ出そうとしていた牛の前に火の壁を作って足止めする。
けれど牛たちの疲労と、牧童たちのそれはどうすることも出来ない。
次の中継地点が見える所まで、何とか辿り着きたいが、それは果てしなく遠いゴールのように思えた。
このままでは、計画が崩れてしまう。
唇を噛み締めたイレーネが、ふと西の空を見た時、それは忽然と現れた。
「あっ!ウィン!・・・見て!」
美しい茜色に染まった空の中に、幾つもの黒い点が現れる。
そしてそれらは、ぐんぐんと大きさを増していた。
「援軍よっ!」
魔王国から派遣された魔物たちが、こちらへ向かって飛んで来る。
イレーネの心に、闘志が沸き上がった。




