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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第2章 悪霊城

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7 過去・現在・未来 全てひっくるめた自分らしさ

 真夜中を過ぎた頃、イレーネは再び目を覚ました。

 メタモルファルの癒しの力のお陰で、多少は回復できたが、その瞳は暗く澱んでいる。


「目が覚めたか? 大丈夫か? 水が飲めるか?」

 ずっと付き添っていたウィンが、そっと彼女の上体を起こしてやって、グラスの水を口元に近づける。イレーネは、ほんのひと口だけ飲み下した。

「ここは都の外の農家だが、安全だからな。エルオリーセは家主と一緒に台所で寝てるし、オリビエももうすぐここに来るだろうし・・・」

 彼女が安心できるよう、ざっと現状を説明するウィンだが、イレーネはそれを遮るように口を開いた。


「私・・・私はもう・・・以前の私じゃない。情けなく・・・みっともなく、泣き喚いて・・・命乞いして。耐えることも出来ずに・・・屈服して」

 イレーネの眼から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。

 思い出したくも無いあの時の無様な自分が、脳裏に浮かんでくる。裸にされて縛られ、高い木に吊るされたことも思い出していた。

「あんな屈辱も・・・自分が許せない・・・」


 ウィンはそっと彼女抱き起し、そして優しく抱きしめた。

「ああ、ツラかったな。痛かっただろ?苦しかっただろ?」

 彼の暖かい体温と、彼の匂いが、イレーネに静かに浸み込む。

「・・・・・うん」

 小さく呟いて、彼女はキュッと目を瞑った。


 微かな汗と埃っぽいウィンの匂いは、全く不快には感じられず、ただただ安心する。


 やがてイレーネは、ぽつぽつと話し始めた。

「私は・・・私はもう・・・以前の私じゃ無い。魔力を奪われ、誇りも意地も・・・尊厳も砕け散って、何も無くなって・・・」

「魔力が奪われたのは、薬のせいなんだろう?その効果は、アルバが消してくれてるから、時間は掛かっても元に戻るぞ」

 今もイレーネに寄り添っているアルバは、大きな耳だけをピクピクとさせて、その通りだと伝えて来る。

 ウィンは、幼子に物語を聞かせるように、優しく穏やかに話し続けた。


「それに、過去のイレーネも、今のイレーネも、未来のイレーネも、全部ひっくるめてイレーネじゃないか。変わっていっても、イイんだよ。いや、変わるのが当たり前さ。知ってるか?骨折すると、治った時は前よりも骨が丈夫になるんだぜ」


(は?・・・骨折? 骨?)

 酷い目に遭わされて、ボロボロになった今の自分を慰めようとしているのは解るのだが・・・

「・・・骨と誇りを一緒にしないでよ」

 軽く眉を顰めて言い放つイレーネの眼には、少しだけ以前のような光が宿っていた。


「そうか? どっちも、芯になるモノだぜ」

 ウィンは、あっけらかんと言いながらも、どこか嬉しくなってくる。

(そうだよ・・・この眼。この光に・・・俺は・・・)


「やっとお前らしくなってきたな。変わらない部分も、変わってゆく部分も、全部イレーネ、お前自身なんだからな」

 もう一度、過去・現在・未来の自分を肯定されて、イレーネは考えた。

(変わらない部分・・・それが自分の芯なのよね、きっと。私自身って・・・私らしさって、何だろう・・・)


 そこまで考えて、ふと視線を上げると、目の前にウィンの顔があった。

「イレーネ・・・こんな時にナンだけど、言っておくな。俺は、お前に惚れちまってるんだ」

 ここ暫くの間に、はっきりと自覚したウィンだ。

 そしてそのまま、彼女の唇にそっとキスをした。


 風にそよぐ花びらが触れるような、優しいキス。

 けれど彼の唇が離れて行っても、イレーネは呆気にとられた表情のままだった。


(ちょ、ちょっと・・・待ってぇ。何?・・・私は、これから自分らしさについて、沢山考えないといけないって言うのに・・・こんなキスって・・・惚れたって・・・ええぇぇ!)


 頭の中が、かき混ぜ始めた生卵のように、渦巻いている。

 もうグシャグシャで、グルグルして、混乱してどうしようもない。


 その様子を見て取ったウィンは、サラリと言って寄越した。

「イレーネに、どうして貰おうとかは考えて無ぇから、安心しな。ただ俺は、これからもお前を守りたいと思ってて・・・まぁ、まだまだ未熟者だとは思うが、それでもいつかは、俺が傍にいて良かったって思われたい。『惚れた女の願い』は、叶えてやりてぇってコトだが、それは俺が勝手にそう思ってるってだけのコトさ。だから、気にしないでイイぜ」


 な?と顔を覗き込んできたウィンに対し、イレーネはただコクコクと頷くだけだった。



「もう、良いかしら?」

 エルオリーセが、そこで漸く部屋に入って来た。

 無粋な真似はしたくなかった訳だが、キリが良さそうなので声を掛けたのだ。

「オリビエが、来てくれわ」

 その言葉と同時に、幽霊男爵はエルオリーセの後に続いて部屋に入って来た。その手には、丸めた大きな紙屑のような物を乗せている。


「そ、そりゃ何だ?」

 慌ててイレーネから離れたウィンが、オリビエが持つ妙な代物に目を止めて尋ねる。

「これが、パピアだ」


 その言葉に、イレーネは一瞬だけビクッとするが、直ぐにキッとパピアのなれの果てを睨んだ。

「どういう事?」

 オリビエは淡々と、これまでの事を説明する。

「・・・・と言うわけだが、今は私の力で抑えているので、コイツは無力だ。先ずは、尋問しようと思ったので持って来た。皆で聞いた方が、良いかと思ってな。オイ、パピア!」

「・・・ハ、ハイッ・・・ヒィ・・・す、少しで良いので・・・そ、そのお力を緩めて下さいませ」

 ずっと苦しかったのだろう。パピアは掠れた声で、切れ切れに懇願する。オリビエは、ほんの少しだけギュッと潰していた力を緩めてやった。


「では先ず、何故イレーネを狙った?」

「そ、それは・・・スラルヴィオ・フレグ前魔王様に来た、お手紙を読んだからで・・・」


 本性が紙の肖像画のゴースト、パピアには特異な才能があった。

 およそ文字という文字ならば、集中さえすれば、かなりの距離があっても、それを読むことが出来る。そして同じように、紙に文字を浮かび上がらせることも容易だ。そして、それ自体には大した魔力も必要としない。

 パピアの話に、一同は納得した。イレーネが姿を消した理由に、納得する。


「イレーネ様が、ナラン・フレグ魔王陛下の想い人だと知って、面白そうだと思いまして・・・陛下からイレーネ様へのお手紙の中に、実はイレーネ様が人間だと言うことも解りまして・・・」

 パピアは、タガが外れたかのように話し続ける。


「私めは、以前ゼン・インディ様の側近でございました。けれど、インディ様が処刑されて、解雇されたわけでして・・・」

「ゼン・インディに、お前は何をしたのだ?」

 オリビエは、再び力を籠めながら問いただす。

「グエッ!・・・ヒィ・・・そ、その・・・インディ様のお助けをしただけでございますぅ~~」

「お前が、甘言や情報を与えて、そそのかしたのだろうがっ!」

「ハ、ハィ~~~~」


 パピアはその能力を使って、ゼン・インディの企みを巧みに推し進めたのだろう。時にはおべっかを使い、彼を慢心させ、勝手に盗み読んだ情報を折り交ぜて操縦した。そして、彼が危うくなれば、さっさと離れて落ちてゆく様を見る。

 それが、この力を持たない卑屈なゴーストにとっては、この上ない楽しさであったのだ。


「そっ、それで・・・これからどうしようかと思っていたので・・・色々な御方の手紙を、読んでいたのでございます。それでイレーネ様の事を知りまして・・・その・・・色々と生活にも困っていたものですから、気分を晴らしたくて・・・」

 現魔王に対して、特に不満があったわけでは無い。ただ、現状を少しばかり引っ搔き回しても、罰は当たらないだろうと言う程度の切っ掛けだったようだ。

 つまりは、愉快犯だったという事か。

 けれどそれで、イレーネを拉致して甚振られてはたまったものでは無い。


「イレーネ、お前には権利がある。好きにしろ」

 オリビエは、イレーネの膝の上に、ポンと丸まったパピアを放った。



 メロンくらいの球は、白っぽい表面がカサカサとひび割れ、大きな瘡蓋が張り付いているように見える。

(・・・大きなシュネーバルのようだわ)

 イレーネは、以前食べたことがある異国のお菓子を思い出した。雪の玉と訳される丸い揚げ菓子は、粉砂糖が振ってあった。

 そう思うと、何やら面白くなってくる。


 イレーネは無事な左手を伸ばし、その表面に指を当てると、爪を立てて軽く引っ掻いた。

「ヒギャァッ!」

 表面の薄い欠片が、小さな音を立てて剝がれかけた。

「おっ。お許し下さいませぇ~~~、イレーネ様!何でもいたします!・・・言う通りにいたします!」


(・・・私と同じコトを言って・・・コイツには、プライドって言うものが無いのかしら?)

 そんな相手になら、あの時自分が泣き喚いた声も言葉も、大したものでは無いような気がしてくる。


「・・・エルオリーセ、細い紐、持ってる?」

 イレーネが尋ねると、エルオリーセは着ている採集服のポケットの1つから、短い紐を取り出して渡した。

「これでイイ?」

 イレーネは軽く頷いてそれを受け取ると、膝の上の白っぽい球に巻き付ける。

 そして、思い切り力を籠めて、ギュゥゥゥーーーと締め上げた。


「ヒギィィーーグェェェ~~~・・・ウグァ!」

 パピアの悲鳴を聞きながら、イレーネは最後にギュッと結び目を作り、更にそこで綺麗な蝶結びを作った。

「・・・もう・・・これでイイわ」

 そして1つ大きなため息をつくと、そのまま枕に頭を落として目を瞑った。


「あ、おい・・・・大丈夫か?」

 ウィンの心配そうな声に、エルオリーセが代わって答えた。

「まだ上体を起こしてるのもツラいはずだから、寝かせてあげて」

「そうか・・・・それにしても・・・」

 ウィンは彼女に毛布を掛けなおしてやりながら、小さく呟いた。

「やられたら、やり返すっていう意地は、ちゃんと残ってるじゃないか。それでこそ、イレーネだぜ。やられっぱなしは性に合わないんだよな」




 翌朝、エルオリーセはノイに乗って魔王都のスラルヴィオの屋敷に向かった。

 ジリジリと待っていた魔王ナランとその父親に、球になって気絶したままのパピアを渡し、全ての顛末を語る。

「・・・そいつが、元凶なのだな。ゼン・インディの側近で、肖像画のゴーストの話は噂で少し聞いた。まさかコイツが、そんな能力があるとは知らなかったが・・・」

 ナランは、絞りだすように呟く。スラルヴィオも、眉を顰めながら言った。

「じゃが、これで色々と納得できた。このパピアに関しては、ナラン、お前に任せよう。持ってゆくが良い。儂は、迎えの馬車を出そう。イレーネが療養するには、この屋敷の方が良いと思うのでな」



 そしてイレーネは、迎えの馬車で、スラルヴィオの屋敷に運ばれた。

 屋敷の主は、静かな離れに病室を用意し、彼女がゆっくりと回復できるように心を尽くす。酷い目に遭ったイレーネが、何とか戻って来れたことにホッとしたが、ノイの変化には目を丸くして喜んだ。


「立派なダークペガサスになったのぉ!うんうん、完璧な体じゃ。翼も申し分ない」

 そして彼は、ノイの今後の教育について、イレーネに告げる。

「儂が責任もって、ノイを教育しよう。ダークペガサスに関しては、儂が一番適任じゃと自負してるでなぁ。ダークペガサスの持つ様々な能力が開花し、自在に使えるように指導しようと思うぞ」


 ノイは、ペガサスが魔力によって変化したダークペガサスでは無い。産まれながらのダークペガサスで、その能力がどれだけの物であるかは解らない。

 けれどスラルヴィオは、ノイの可能性を確信していた。



 その日から、ノイの特訓が始まった。

 イレーネは病室の窓を開け放って、庭で行われているその様子を見守る。訓練の休憩時間になると、ノイは窓辺に駆け寄ってきて、鼻先を突き出した。そして撫でて貰うと、またスラルヴィオの指導を受ける。

 やがてノイは、ダークペガサス固有の能力を身に着けていった。

 魔法に対する高い耐性と、攻撃に対する防御。そして主と決めた相手にだけ、自らの魔力を分け与える能力。

 そしてノイは、自分だけが行える能力を開花させた。

 漆黒の大きな翼を、自在に出し入れできる力だ。収納したときは、以前のような肩にコブがある黒馬の姿になり、必要に応じて翼を広げることが出来るようになった。


 そんな日々の中で、イレーネも徐々に回復していった。

 ベッドの上に起き上っていられるようになると、オリビエは彼女の髪を整えてやる。

 無残に切り刻まれた朝焼け色の髪は、彼の鋏によってさっぱりとしたショートヘアの髪形になる。皆に、それも良く似合うと言ってもらって、僅かに慰められるイレーネだが、それでも時折いつもの癖で髪に手をやると、無意識に溜息が零れた。


 ある日、エルオリーセがふわりと柔らかい布包みを持って来て、イレーネに渡した。

「これ、良かったら使って?」

 布包みを開いてみると、そこにはこんもりと波打つ朝焼け色の髪が現れる。

「・・・・これって?」

「ウィッグよ。オリビエに手伝って貰って、作ってみたの。以前見せたことがあるでしょ?イレーネの髪色にした私の髪を。それを長く伸ばして切って作ったの。本物には及ばないけど、少しは役に立つかもしれないかと思って」


 イレーネは、戸惑いながらもウィッグを着けた。鏡に映る顔は、以前と変わりないように見える。

(こんな事まで、してくれなくても良いのに・・・)

 いずれ伸びるとは言っても、時間は掛かるだろう。それまでの間、イレーネの溜息の数が少しでも減れば良いと思ったエルオリーセだったのだ。

 そんな彼女の心遣いが、素直に沁みるイレーネは、心からのありがとうを口にした。


 魔王ナランは、毎日イレーネの元へ花や果物などを届けさせていた。本当は見舞いに行きたいところを、我慢している。父のスラルヴィオを通じて、まだ完全に回復していないからお会いできないという彼女を言葉を受け取っていた。

 イレーネが人間であると言うことは、パピアのせいで知れ渡ってしまっている。今は秘密裏に彼女を匿っている形だが、そこへ魔王が見舞いに行ったりしたら、良くない結果になりそうだと解っていた。


 パピアの件は、ゼン・インディの事件に関与していたことも含め、都中に知れわたるように動いてはいるが、まだ時間は必要だろうと思われた。

(いつか・・・彼女を娶ることが出来るだろうか・・・)

 魔王ナラン・フレグは、日々悩んでいる。



 イレーネは、考えていた。

 ずっと、いつかは女公爵として新しく家を興すという目標を掲げてきた。かつて公爵令嬢として過ごしていた時が、自分らしいと思っていたのだ。

 けれど今、『自分らしさ』とは何か、という根本的なことが解らなくなっている。


 ウィンは毎日イレーネの部屋を訪れ、他愛ない話をして帰ってゆく。『お前に惚れている』と言ったことなど、無かったかのような態度だ。

 けれどイレーネは、それがありがたかった。

 彼との話の中で、本当の『自分らしさ』が、少しずつだが解ってゆくような気がしていた。


 女公爵になりたいと言う望みは、傅かれて豪奢な生活をしたいという事ではない。

 返り咲きたいと言う気持ちは、このままでは終われないと言う心に根差している。


(ウィンが言っていたように、私って、負けっぱなしが性に合わないんだわ。落ちるところまで落ちた私を、あっさりと見放した連中に、見せてやりたいのよ。・・・証明したいのかもしれないわ、私自身を・・・これって、意地・・・かな)

 誇りは砕かれてたが、意地の欠片は残っていたのだろう。

 要は、負けず嫌いの意地っ張り。

 自分の本質、芯になっているのは、それではないかと考え着いたイレーネだった。


『負けず嫌いの意地っ張り』

 それでイイじゃないか。そう聞かされたウィンは、朗らかに笑った。

「崇高な使命や、気高い目標に命を懸けるヒーローやヒロインもいるだろうけど、イレーネには似合わない・・・っつうか、そっちの方がお前らしいよ」

 多分自分は、そんなイレーネに惚れたのだから。

 こっそりと胸の中で呟くウィンだった。



 そしてオリビエも、スラルヴィオ老人と話をする機会を得ていた。

「お忙しいところ、申し訳ありません。実は私も、前魔王陛下から教えを受けたいと思っております」

 彼の言葉を受けて、スラルヴィオは意外そうな表情に柔和な笑みを添えて答える。

「ほう?・・・いったい何じゃ?という前に、儂の事はとりあえず大公と呼んで貰って良いかな?イレーネやエルオリーセのように、お爺様でも構わんぞ。いや・・・さすがにそれは無いか」


 全てが落ち着いた後、スラルヴィオ・フレグは正式に大公の地位に就いた。現魔王ナラン・フレグの補佐となって、その治世を陰から支えている。


「は、はぁ・・・それでは大公、教えていただきたい事は私の本性、と言う、私は何のゴーストなのかを知りたいと思っております」

 先日から、ふと気になってしまった。パピアが肖像画の幽霊ならば、自分は一体何の幽霊なのだろうか、と。


「ふむ・・・・」

 魔族の知識に置いては並ぶもののない前魔王は、深く考える。そして、ゆっくりと話し始めた。

「ゴーストと言う種族は、多岐にわたる上に、分類も難しい。一般的には、恨みや思い残すことが強くて、この世に出現した種族ということになっていおる。例えば、例の肖像画の幽霊ならば、描かれた人物或いは画家の怨念が元になっているのだろう。パピアの場合は、本性は紙だが、生み出された場所がそうだったからなのだろうな」

 そう言うゴーストも、多いと言う。壺から出現したゴーストが、打撃に弱いとも聞く。割れることを恐れるとか。


「魔族は、ゴーストになることは無い。そもそもゴーストが、魔族或いは魔物であるからな。人がゴーストになる場合もあるが、その場合は生前の姿を取るのが殆どで、この国にも元は人間のゴーストもおるよ。そうなると、オリビエ殿の場合は、元は人間のゴーストという事になるが、本性が人と断じるには、その魔力の大きさや質が桁違いのような気がするんじゃ。生前の記憶は、どんな感じなのじゃな?」


 オリビエは、スラルヴィオに全てを話した。

 いつの間にかロートホルン城に存在していて、長い長い時を独りで過ごしていた事。その時間の中で忘れてしまったのかもしれないが、生前の記憶は無いこと。

 ただ自分が『ロートホルン城の主』であるという事と、『オリビエ・ローレンス・ロートホルン』と言う名と、『男爵』という地位を持つという事は、最初からずっと頭の中にあったこと。


「ふむ・・・そうなると、鍵はロートホルン城にありそうじゃな。シュバルグラン王国の領地内だが、辺境であるがゆえに、この国ともそれなりに近くもある。王宮の書庫を探せば、古い記録があるかもしれん。触るだけで崩れてしまいそうな古い本も、大量にあるのでな。じゃが、パピアを使えば、書いてある内容も解る筈じゃ。何しろアヤツは、『魔力封じの薬』の製法も、そこから盗んだと白状しておるんじゃよ。消えてしまったインクの文字も、本を見るだけで解るそうだ」


「パピア・・・そう言えば、結局ヤツはどうなったのですか?」

 魔王ナランに、球状のパピアを渡した後は、その処遇は任せっぱなしになっていた。


「おお、伝えてなかったの。今アヤツは、紙の球のまま鳥籠に入って吊るされておるよ。ナランは燃やしたかったみたいじゃが、あの状態のままなら利用価値があると止めたんじゃ。能力には距離限界があるが、急ぎの知らせとかには役立ちそうじゃろう?」


 少なくとも魔王都の中でなら、FAXのような使い方が出来そうだ。便利な道具であるかもしれない。


「とは言え、書物の量は膨大じゃ。調べるには相当時間が掛かると思うが、それでも良いかな?」

 穏やかに笑みを浮かべたスラルヴィオに、オリビエは深く頭を下げた。

「はい、どうぞよろしくお願いいたします。近いうちに、私たちは城へ帰るつもりですので、そちらの方へ連絡をいただければ有難く存じます。こちらに滞在するのはもう少ししか時間がありませんが、もし可能なら、その間に他にも教えていただきたい事がございます」


 そう、彼らはそろそろ帰ることを考えていた。

 ゴーストであるオリビエは、確かにこの魔王国は居心地が良い。けれど不思議なほど、ホームシックのような気分を味わっている。エルオリーセとアルバと一緒だった、あの頃が懐かしくてならない。そしてイレーネやウィンが来てくれてからの時間が、どれだけ豊かで満たされたものだったのかを自覚していた。

 エルオリーセとアルバも、彼の気持ちはよく解っているし、ここは旅先であると思ってもいる。

 ウィンに至っては、そもそも人間であるから、魔族に変装している必要があるこの国は、正直に言えば居心地が悪いのだ。


 そんな訳で、後はイレーネの気持ち次第なのである。


 けれど、話を持ち掛けられた時、イレーネはあっさりと言った。

「そうね、そろそろ帰りましょうか」

 あまりにも簡単に同意した彼女に、拍子抜けする。

「魔法の勉強も、基礎は終わったし、今後の筋道も理解したわ。まだまだ未熟だとは思うけど、これからどうすれば良いかは、もう解っているの。私はやっぱり、いつかはシュバルグラン王国の王都に行きたい。私って、やっぱり『負けず嫌いの意地っ張り』なんだって、自覚したのよね」


 性に合わないことは、したくない。

 ただ、それだけ。

 だから結局、これからやるべき事は変わらない。


 そう言い切ったイレーネは、以前の没落貴族令嬢とは全く違う雰囲気を纏っていた。



 そしてノイも、短期間でスラルヴィオの教えをマスターしていた。

 元々賢いノイだったが、前魔王の教え方も的確だったのだろう。

 ノイは、イレーネの前で伝えた。


 〈僕は・・・ダークペガサス、ノイシュヴァルツは、イレーネ・アルアインを終生の主と定め、力の限り貴女を守り、その命に従い、騎乗獣として傍にいることを誓います〉


 それはダークペガサスの、主従の誓いだった。

 かつてその母と父が、また数多のダークペガサスが、主と定めた相手に贈る誓い。

 スラルヴィオを通じて教えられたそれを、ノイは継承した。


「ノイ・・・いいえ、ノイシュヴァルツ。私、イレーネ・アルアインはその誓いを受け、お前を私の騎乗獣と定めます」

 イレーネは、背筋を伸ばして誓いを受け入れる。


 そして、フッと表情を変えて、いつもの調子で付け加えた。

「普段は、今まで通り、ノイって呼ぶわよ。一人前、いいえ、一匹前って言うのかしら? そうなっても、ノイが赤ん坊みたいだった頃や、やんちゃ坊主で大変だった頃も、私は知ってるんだからね。ダメな時は、ダメって叱るわよ」

 〈えぇ~~~でも、まぁ・・・うん。解ってる。それにしてもさぁ・・・折角ちゃんと誓いを立てたのに、何かカッコ悪くない?〉


 主従で親子で親友みたいな関係の、イレーネとノイだった。



 帰国する旨を伝えられたスラルヴィオは、愛弟子であるイレーネに1枚のローブを与えた。

「異国では、魔法のみで戦える者を、『魔法使い』とか『魔導士』と呼ぶそうじゃ。シュバルグラン王国では、そういう人材さえいないそうだが、イレーネ、そなたがシュバルグランでは、初めての存在になるな。そしてそんな人々は、その証としてローブを纏うのが通例と聞く。だからこれを、帰国のはなむけとして贈ろう」


 そのローブは、深紅の地で、美しい縁取りが施してあった。

 少しオレンジがかったサーモンピンクに、金糸の刺繍があるその縁取りは、見事な造りだが、それ以上に力を感じさせる。

「そして、これもじゃな」

 スラルヴィオは、更に1本の杖を渡した。

「やはり、人間の魔法使いなら、杖が無いと格好がつかんじゃろう?」


 それは素朴だが軽い木の杖だったが、先端にイレーネの髪と同じ色の宝石が取り付けてある。

「ローズクォーツじゃよ。畜魔力器にしておいた・・・ああ、そちらではOrareと言うのだったか。おや、意外そうな顔をしておるな。知らなかったようじゃが、そもそもOrareは、高位の魔族なら作ることができるんじゃ。まぁ、この魔王国でも、作れるのはまだ儂だけなんじゃがの」

 少しばかり自慢げに言うスラルヴィオは、流石は前魔王というところなのだろう。


 ローブを着て杖を持ち、ダークペガサスに跨るイレーネは、まるで最強の魔法使いのように見えた。

(でも、これって・・・仰々しくない?)

 まだ未熟だと自覚しているイレーネとしては、この姿で人前に出るのは恥ずかしいとさえ思う。

(でも、いつかきっと・・・似合うようになってみせるから!)


 それまでは、大事にとっておこうと心に決めたイレーネだった。



 そして数日後、イレーネ達は魔王ナラン・フレグの前に立った。



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