5 森林火災と魔王の恋心
宿に戻ったウィンは、馬小屋にいるノイを見て安心する。
(やっぱり、帰って来てたのか)
けれど宿屋の中に入って聞くが、イレーネはまだ前って来ていないと言う。ウィンは急いでノイのところへ行き、声を掛けた。
「ノイ、イレーネはどこだい?」
ノイは不機嫌そうに心話を寄越した。
〈・・・部屋?〉
「いや、いないんだが・・・一緒に帰って来たんだろう?」
〈・・・・違う・・・置いて・・・〉
まだ今一つ、心話が下手なノイである。
置いてきたのか、置いていかれたのか。どっちとも取れるような言葉に、ウィンが困っていると、エルオリーセとアルバが買い出しから戻って来た。
ウィンの説明を聞いて、今度は心話に慣れているアルバが、根気よくノイに問いかけた。そしてどうやらイレーネが、森の中で逸れたと言うことが解る。
〈行き違いと勘違いで、こうなったみたいだよ。多分、イレーネは森の中で迷子になってると思うよ〉
アルバの言葉を聞いて、エルオリーセは宿に駆け込み、女将さんに声を掛けた。
「この荷物、預かってて下さい。仲間の女性が森で迷子になっているみたいなので、探しに行って来ます」
すると初老の女将さんは、きびきびと答えた。
「あの、綺麗な色の髪の娘さんかね。森は、危険な生き物はいないけど、深い穴もあったりして危ないんだよ。慣れてないと、方角も解らなくなるんだ。日暮れも近いし、急いだほうが良いね。アタシはひとっ走りして、樵たちのギルドに行ってくるよ。そろそろ作業から帰って来る頃だから、捜索の助っ人を頼むわ」
それはありがたいと礼を言い、エルオリーセは外に出る。そして、既に用意をしていたウィンと、事情を理解したノイと一緒に、アルバに乗って森へ駆けた。
その頃イレーネは、歩き疲れてへたり込んでいた。
小鳥たちは巣に戻ったようで、辺りには声も無い。野兎や栗鼠たちも去ってしまって、イレーネは独りぼっちだ。
(・・・独り・・・なんだわ)
心許無い気分が、不安を掻き立てる。その不安が、足を止めることを許さない。
(でも・・・きっと・・・探してくれているから)
ウィンやノイ、そしてエルオリーセとアルバも、自分が迷子になったと知れば探してくれる筈だ。
そこで漸く、イレーネは、足を止めた。
信頼できる仲間がいても、独りになることはある。そうなっても、彼らがいると思うだけで、心が強くなれそうだと感じた。
(今、出来ること・・・居場所を教えることだわ)
これ以上動かずに、探してくれている相手に解るように、自分が出来ること。
イレーネは、静かに集中を始めた。
「・・・ヨ~~~ホ~~~・・・ヨ~~~ホ~~~・・・」
遠くから、微かに声のような音が聞こえた。樵のドワーフたちが、山に入っている時に出す掛け声だ。
イレーネは、小さな雷の魔法を飛ばす。近くの岩に当たった雷撃は、青白い光と音を発して散った。
次の瞬間、今度ははっきりと声が聞こえた。
「・・・・イレーネ!・・・イレーネ!どこだ!」
それは、ウィンの大声だった。
「ここ! ここよっ!」
声のする方向へ駆け出したイレーネは、直ぐに藪から出て来たウィンを見つける。
「ーーーーッ・・・キャァ!」
けれど駆け寄る寸前で足を滑らせ、思い切り彼に体当たりを食らわせてしまった。
「おっ!・・・って、オイ!」
ドカン、と音が出そうなほどの勢いで突っ込んできたイレーネを、何とか抱き留めて、そのまま後ろに倒れ込んだウィンだ。
(勢い良すぎだろう・・・)
出来ればもう少しロマンチックな方向で、胸に飛び込んできて欲しいところだ。
けれど、イレーネの方は、見つけて貰った嬉しさが爆発していた。
「アーーー、良かったぁ。どうしようかと思ってたわ」
「全くだぜ。おっと、皆にも知らせないとな」
そしてウィンは、大声で辺りに怒鳴る。その声を聞きつけて、真っ先に駆けつけたのはノイだった。
〈イレーネ!・・・イレーネ・・・ごめんなさい〉
結果として大切な主を森の中に置き去りにしてしまったノイは、泣きそうな顔つきで頭を擦り付けて来る。
「ノイ・・・私の方こそ、ごめんなさい。探してくれて、ありがとう」
そして、まだウィンに言っていなかった気づいたイレーネは、素直に頭を下げた。
「探し出してくれて、ありがとう、ウィン。逸れてしまって、ごめんなさい」
実はまだ、体当たりされて地面に転がったウィンの上に、馬乗りになっているイレーネだ。感謝とお詫びを告げるような体勢では無いだろう。
ウィンは苦笑いで、イレーネの身体ごと、腹筋だけで起き上がって言った。
「俺の方こそ、居眠りしちまってたからな。スマン、悪かった・・・だが、見つけられて良かったぜ」
そしてウィンは、どさくさに紛れるように、ギュッとイレーネを抱きしめた。
(ま・・・ちょっとした御褒美ってコトで)
ハグさせてもらう事がご褒美と考えるのは、ウィンがイレーネに好意以上の気持ちを持っているからだが、そこまで深く考えていないウィンだった。
迷子事件では、色々と迷惑を掛けた。
翌日イレーネは、捜索に協力してくれた樵たちにお礼を言いに行く。ドワーフやコボルトの樵たちは、優しく対応してくれ、村の子供たちも無邪気に話しかけてくれた。
「ここは本当に、良い村ね」
名残惜しくもあるが、明日にはここを断つ予定のイレーネは、しみじみと呟いた。
けれど宿に戻る途中、いきなり村中に鐘の音が鳴り響いた。
カンカンカンカンカンカン!
「火事だぁーーー!森から、火が来るぞーーー!」
ふと気づけば、焦げ臭い風が吹きつけて来る。
「山火事か? いや、野火なのか?」
ウィンの言葉に、エルオリーセが答えた。
「森から出火してて、風向きからすると、村に火が向かってると言うことよ!」
(・・・ま、まさか・・・私の・・・)
イレーネは真っ青になった。
昨日迷子になった時、居場所を知らせるために魔法を使った。火の魔法は、燃え移ると危ないと思ったので、小さな雷撃を放ったのだ。けれど岩に当たった時に、小さな火花が散って、たまたま近くにあった枯れ草に落ち、それが火種になったかもしれない。
「ノイっ! 行くわよ!」
イレーネはひらりと愛馬に跨り、勢いよく駆け出した。
「あっ!オイ、待てよっ!」
慌てて後を追おうとするウィンに、エルオリーセが声を掛ける。
「私とアルバは、村長のところへ行きます。そっちは、任せました」
鍋を背負った彼女は、そう言うなり、アルバを伴って駆け去った。
強い北風が吹いていた。
森林火災となった火事は、勢いを盛んにして村を襲う。
「私のせいでっ!」
イレーネは、ノイを駆って、迫りくる火の手の前に立ちはだかった。
「絶対に、消すから!」
火には水。
イレーネは、仕える限りの水魔法を、文字通り浴びせた。
『ストリーム』『スプラッシュ』『ウォーターウォール』・・・
けれど出現した水は、見る見るうちに蒸発し、炎の勢いを減じることさえ出来ない。
焼け石に水、を表すようなイレーネの魔法は、ただ魔力を消耗させるためだけのものだった。
「ぅ・・・ま、まだ・・・もっと」
迫って来る火の壁と熱風で、イレーネの髪も焦げ始める。
そしてノイも、恐怖でパニックに近い状態だった。
〈イレーネっ!・・・怖いよぉ~~~〉
経験が浅いダークペガサスは、これほど大きな火を見たことが無い。ただ動物の本能だけで怖がって、ジリジリと下がってゆく。
「ノイっ!もっと前へ!」
イレーネが叫んでも、ノイは足を進めることが出来ずにいた。
魔力が尽きかけて、頭がぼうっとしてくる。
けれど、負けず嫌いの気性だけが、イレーネを縛り付けていた。
ゴウッと、ひと際強い北風が吹く。
炎の壁が、一気に押し寄せて、イレーネとノイを飲み込もうとした時だった。
ふいにノイの轡を掴んで方向を変えさせ、そのままその背に飛び乗った者がいた。
「ノイっ!逃げるぞ!」
それは、途中で動かなくなったコーンホースのイブキを乗り捨てて、駆け付けて来たウィンだった。
泡を吹いて走るノイを制御して、ウィンは北東側の小高い丘に上がった。岩と土ばかりのその場所は、村を見下ろす場所にある。風向きから見ても、ここに火の手が来ることは無い。
丘の上でノイから跳び下りたウィンは、放心状態のイレーネを抱き下ろした。その途端、ノイはその場に蹲ってしまう。
「おい、大丈夫か?」
その場に座り込んだイレーネに声を掛け、彼は立ち上がって火に飲み込まれてゆく村を見た。
「・・・あっ・・・あぁぁぁーーー!」
突然、イレーネが大きな泣き声を上げ、目の前の地面を両手の拳で叩き始める。
「わっ、私のせいで!・・・だからっ、火を消さないといけないのにっ・・・村・・・村がっ」
ガンガンと、地を叩くイレーネの拳は、皮膚が破れて血を吹いていた。
それでも彼女は、泣きながら地を叩き続ける。
「何で、出来ないのっ・・・あれほど、修練したのに・・・村を救えなくて・・・とっても良い村なのにっ! 私はっ!」
この森林火災の原因をはっきりと知っているわけでは無いが、何となくそれを察したウィンは、静かに彼女の傍に跪いた。
「・・・イレーネ」
静かに名を呼び、彼は彼女の両の手首を掴んで、自分の胸元に導く。
「叩くんなら、こっちにしろよ」
痛ましすぎて、見ていられない。
イレーネが自分を責める気持ちを肩代わり出来るわけも無いが、せめて少しでもその痛みを減らしてやりたいと思った。
「うっ・・・うわぁぁ~~~ん!」
イレーネは、藻掻くように、彼の胸を叩きながら泣いた。
微かに感じる胸の痛みを受けながら、ウィンは静かに彼女の背中を撫で続けた。
魔力の消耗による疲労もあり、イレーネは泣き疲れて眠ってしまった。そして彼女が目覚めたのは、夕暮れも近い時間だった。
「ん?・・・・・あれ?」
体を起こしてみれば、そこは灌木を背にした青草の上で、ウィンの上着を敷いている。両手には、裂いたスカーフが緩く巻きつけてあった。
「・・・・・私・・・」
そこで漸く、先ほど前の記憶が蘇った。きつく唇を噛み締めるイレーネの傍に、ウィンが近づいて来て座った。
「眼ぇ、覚めたか」
「・・・・・・・寝ちゃってたのね・・・」
「疲れたんだろ。さっきピロが来て、色々報告してくれた。村は全焼しちまったけど、住民は無事全員避難できたそうだ」
「全焼・・・」
イレーネは、やっぱりそうなってしまったかと深く俯く。
そこへ、エルオリーセがアルバに乗ってやって来た。ウィンから事情を聴いたエルオリーセは、イレーネの傍に屈みこむ。
「イレーネ、森林火災の原因は、確かに貴女の考えるものかもしれないけど、運悪く偶然が重なったこともあるんじゃないかと思う。だから、あまり自分を責め過ぎないで。ただ、厳しいことを言うけど、魔法を使うって言う事は、大なり小なり周囲に影響を与えるって言う事は忘れないで。特に、威力が高い魔法は諸刃の剣で、失敗した時はその被害も大きくなるものよ」
イレーネは、俯いたまま更に深く頭を垂れた。
「後ね、自然災害の前では、出来ることって限りがあるわ。例えば今回のような大規模な火災だと、迎え撃って退けるよりも、受け流すほうが有効なのよ」
「受け流す?」
イレーネは顔を上げて、真っ直ぐにエルオリーセの眼を見た。
「そう。今回の場合だと・・・例えばまだ燃えていない場所に大量の水を撒いて、燃え広がる方向を変えるとか・・・もう少し小規模なら、対抗火を焚いて燃えるものを先に焼き尽くしておくとか、かしら。あれほど大きな炎だと、水を掛けてもダメなことは解ったでしょう?」
「うん・・・」
「多分魔法には、火・水・氷・雷の他にも、種類はあるんじゃないかと思うのよね。例えば、風とか土とか? もし風の魔法が使えたら、風向きを変えることも出来たと思うし、火に土を被せることも出来たと思う。土は蒸発しないしね。つまりイレーネは、まだこれからも学ぶことは多いと言う事よ」
イレーネは大きく頷いた。
(私は・・・まだまだ・・・なのよね。この程度で、慢心してはいけないのよ)
自分が今出来ることを正しく理解して、魔力を使う時は常に冷静に考える。そして、まだ自分に足りない物をしっかりと認めたら、後は出来ることからやってゆくだけの事だ。
何種類かの魔法がそこそこ使えるようになって、過信していたのだと思う。
けれど、やるべき事が解ったら、立ち止まってはいられない。
「・・・今、私に出来ることは無い?」
イレーネは立ち上がると、きっぱりと言い放った。
村の住人たちが集まった避難場所に合流したイレーネ達は、日没と共に姿を現したオリビエも一緒に、復旧作業を手伝った。
何とか燃え残った物資を、焼け跡から探し出したり、新しくまた村を作ろうと決まった場所で、小屋を建てたりする。そんな作業の中で、オリビエはイレーネに言った。
「何も出来なかったと悔やむことは、私にとってはいつもの事だ。日中、何かがあっても、私は何も知らずにいて、夜になってから唇を噛むことは結構ある」
「・・・・ああ、そうなのね」
珍しく慰めてくれているらしいこの幽霊男爵に、イレーネはフッと口元を綻ばせた。
「大分、髪が焦げたようだな。後で整えてやろう。エルオリーセに手伝って貰ってな」
「・・・は?」
どういう事かと思っていたが、その後の休憩時間に、オリビエはエルオリーセを連れ、鋏を持ってやって来た。
「そこに座れ」
ぶっきら棒に言って、イレーネの髪を整えてゆくオリビエだが、不安そうなイレーネに向かって、エルオリーセが説明した。
「大丈夫よ。オリビエは上手だから。城にいた時は、私の髪でよくやっていたの。カットしたり結い上げたりしていたわ」
つまりは、恋人同士の遊びのようなものだったのだろう。
器用な幽霊は、愛する人のドレスを作ったりして着せ、その髪を美しく結い上げて楽しんでいたのだ。
人形ごっこのようなものだろうが、2人だけで暮らす古城の生活には、そういう遊びもアリなのだ。
「よし、これで良いだろう」
焦げた場所はカットして、その部分が目立たないように、細い三つ編みを作っている。エルオリーセが持っていた細いリボンを結んで飾れば、朝焼け色の髪は可愛らしい髪形となっていた。
(何だか、新しい自分になったみたいだわ)
イレーネは、再び立ち上がったような気分になる。
(やってしまったことは消えないから、反省して出来るだけの償いをする。そしてそれを忘れないようにして、また先へ進めば良いのだから・・・)
大泣きしたことを思い出すと、恥ずかしくもある。けれど、それをぶつけた相手がウィンだったことは、少しだけ安心もした。
彼になら、素の自分を見せても構わない。そんな気になっているイレーネだった。
そしてノイも、荷役馬として働きながら、決意をしていた。
(もっと、強くなりたい。怖い物なんて無い、っていうくらいに強くなるんだ。イレーネを守れるくらいに、身体も心も強くなるんだ)
両肩に不格好なコブがあるダークペガサスの若駒も、その主と同じように前を見ていた。
数日滞在して復旧作業を手伝った一行だが、王都に向かうと言う目的がある。それを伝えると、村長も村人も、手伝って貰ったお礼を述べて、快く送り出してくれた。
「昨日、手紙を送っておいたわ。スラルヴィオお爺様にね。ツルマ村に救援物資を送って貰えないかって言う事と、ナラン魔王にも宜しくって。大量のバラよりもツルマ村へお金を送ってもらうほうが嬉しいって伝えて欲しいって」
利用できるものは何でも利用しようと言うイレーネは、実は結構ちゃっかりしているのかもしれない。
「風の魔法とか、土の魔法とか、色々なことを学びたいって書いておいたの。もっともっと、学びたいから」
かなり分厚い手紙を、書き送ったイレーネだった。
それから数日後、魔王都ルグロリューが見えてくると、イレーネは感心したように言った。
「あれが、魔王都ね・・・流石に滅茶苦茶禍々しくない?瘴気が漂っていそうだわ」
都の背後には、噴煙を上げる険しい山脈がそびえ、空は灰色に澱んでいる。その麓にあるルグロリューは、石造りの建物ばかりで重苦しい。大きな都ではあったが、その割に行き交う魔物たちの数も少ないように見えた。
「そうか?まぁ確かに、のんびりした雰囲気じゃ無いが、店屋は種類も多いし食い物屋や宿も多いから、便利そうではあるな」
ウィンの言う通り、通りには様々な店が並んでいる。武器屋・防具屋・薬屋なども、何店舗もあるからかなりレアな品物もありそうだ。
「まぁ、そうね。衣服も色々選べそうだけど、魔物向きのデザインが多そうな気もするわ」
そう答えるイレーネは、美しい髪を隠すことも無く、平然としている。
『朝焼け色の髪の公女』が都に来た、と例の魔王に知られる懸念はあるが、イレーネ自身は全く気にしていない。娶られる気なぞ、これっぽっちも無いからだ。向こうも一時の熱から覚めれば、自身の立場を考慮して諦めるだろうと思っている。
とりあえずイレーネ達は、ピロに聞いて来てもらって、前魔王スラルヴィオ・フレグの屋敷を訪れた。既に魔王都では、彼の帰還が噂になっていて、その場所を知るのは容易だった。もう日は落ちていたが、彼ならば孫娘のように思っているイレーネの訪問なら、問題は無いだろう。
「おお、漸く来てくれたなぁ。首を長くして、待っておったぞ」
老スラルヴィオは、満面の笑みでイレーネを迎えた。
「お爺様、ごめんなさい。来る途中で、色々あったので遅くなってしまいましたわ」
イレーネは、もう一度、森林火災の事を説明し、ツルマ村への支援をして貰えないかと聞いてみる。するとスラルヴィオは、笑みを絶やさずに答えた。
「その件は、送ってくれた手紙を読んで直ぐに、救援物資や資金などは送っておるよ。今はナランが忙しいので、儂が代行したんじゃ。だから心配はいらんよ。ところで、そちらの方々の紹介をしてくれんかの?」
前魔王スラルヴィオ・フレグは、既に完全な自由の身になっているので、面会者の人数制限も無い。なので、今回は全員で訪問していた。
イレーネが、仲間を順に紹介してゆくと、スラルヴィオは穏やかにうんうんと頷いた。
そして最後に、オリビエが口を開く。
「私の城の周辺にブラックレックスが現れたり、ドラゴンが複数現れて城を半壊されたりしております。色々と調べながら、ここ魔王都まで来ましたが、どうやらゼン・インディ公爵という魔族が、関係しているという事が解りました」
ゼン・インディの名を聞いた途端、スラルヴィオの表情がキッと引き締まった。
そして、暫く考えた後、前魔王はゆっくりと口を開く。
「以前にも話したと思うが・・・儂が息子に位を譲る時に、少しばかりゴタゴタがあったんじゃよ。それについて、きちんと話しておいた方が良さそうじゃ。何しろそのゴタゴタは、ゼン・インディ公爵が元凶だったからのぅ」
ゼン・インディ公爵は、現魔王ナラン・フレグの側近だと言う。長い付き合いの中で、ナランは彼と友人付き合いをしていた。少しばかり軽率な面はあったが、魔族としては優秀で、皇太子だったナランを良く助けていたのだ。
けれど40年前頃から、少し様子が変わっていった。尊大な振る舞いが多くなり、ナランに向かって早く王位に就くようしつこく勧めるようになる。彼の父であるスラルヴィオを貶めるような話を、何度も伝えたり、ナランこそが魔王に相応しいのだと持ち上げた。
けれどナランは、寧ろそんな速記に言動を不審に思う。結局彼は、あまりにも露骨なゼン・インディの様子を父親に報告した。
親子は話し合い、秘密裏にゼン・インディの周辺を洗った。その結果、彼が宮廷内で既に暗躍していることが解る。良からぬことを企てているらしいとの報告もあり、これは迅速に対策を取らなければならないという結果になった。
スラルヴィオは、そろそろ息子に位を譲ることを考えてもいたし、出来れば平和的にそれを行いたいとも思っていた。だったら、いっそゼンの思惑通りに実行し、油断させて決定的な証拠を掴んで、彼とその一派を粛清しようと計画を練る。
「こちらの計画通り、いかにも儂と息子が不仲で、ナランはゼンの進言通りに王位を無理やり奪ったような体を装うことが出来たんじゃ。儂はテスタマッタ村に幽閉された訳じゃが、ナランは時々こっそりやって来て、儂の助言通りに事を進めてくれた。現在ヤツは、魔王の側近として尊大かつ勝手気ままに振舞っておる。だがナランは、彼の一派に対して必要な対処を進め、ヤツの外堀を埋めたんじゃ」
ゼン・インディの方は、ここまで来ればと、すっかり油断していたようだ。老スラルヴィオと魔王の計画に、全く気付いていなかったのである。
「後は、何かはっきりした断罪の決め手があれば、と言う所まで来ていたんじゃが、それが無くてのぅ。いっそ何か事件を捏造してでも、と考え始めていたところなんじゃ。だが今、オリビエ殿の話を聞いて、その決め手が出来たと考えておる」
王国の強力な魔物たちは、許可が無いと国の外には出られない。その許可には、魔王の許しが必要なのだ。ゼン・インディが何を考えて、ブラックレックスやドラゴンを国外に出したのかは解らないが、国王の承認も無しに、勝手に許可を出したことは確かだ。これは、越権行為に他ならない。
「ヤツのしでかした事の証拠を早急に集め、断罪するようナランに伝えることとしよう」
使者を送るために、早速立ち上がったスラルヴィオだったが、ふと思い出したようにイレーネに告げた。
「イレーネや、今晩は皆一緒に、ここに泊まると良いぞ。また明日、ゆっくりと話をしようのぅ」
ゆっくりと休ませてもらったイレーネ達は、翌日の午前中にスラルヴィオと話し合った。
「昨晩遅くに、ナランが来てくれてのぅ、ゼン・インディの件はもう向こうに全部任せておけば大丈夫じゃ。ヤツが言うには、魔王国の外に魔物を行かせたのは、手駒の能力を確認したかったからだそうだ。ナランは、オリビエ殿にもきちんと謝罪すると言っておったし、きちんと賠償金を払うそうなので、彼に伝えておいておくれ」
「ありがとうございます、お爺様」
イレーネの言葉と共に、一同は頭を下げる。
「それで、これからどうするね?ここに滞在していても構わんし、どこかに屋敷を借りるなら手配するが?」
スラルヴィオの提案に、イレーネは嬉しそうに答えた。
「昨晩、皆で話し合ったのですが、旅の目的は果たされましたけど、まだ暫くはここに滞在したいと思っていますの。魔法に関して、まだ教えを受けたい事が山ほどございますので」
結局彼らは、スラルヴィオの屋敷に、当分の間滞在することになった。
イレーネはその間、ほぼ外出もせず、ひたすら魔法の習得に励む。出来るだけ多くの種類の魔法に関する知識を蓄え、せめてその基礎くらいは習得したいと思っていた。
エルオリーセとアルバは、きままに魔王都の中を歩き回り、珍しい品などを集めている。食物もそうだが、薬草なども珍しいものが沢山あり、時折都の外に出ては採集なども行っていた。そしてイレーネの修行が長くなりそうだと解ると、良い機会だからと、長期間の採集旅行に行くことにする。主に火山近くの植物や鉱石を、調査も兼ねて集めて置きたかった。当然、鍋も持ってゆく。夜になれば、オリビエも出て来て、久しぶりのエルオリーセのとの2人だけの時間を楽しむのだろう。
ウィンは、とりあえず屋敷内にいたが、退屈そうなノイと共に、自己鍛錬に励んだ。
ここまでの旅で、色々と役立ってくれたインプのピロは、これで任務は終わりになる。名残惜しげではあったが、彼はレコルト村へ帰って行った。
その間に、意外にもあっさりと、ゼン・インディの件は終わりを告げた。
大した抵抗もせず、意味不明な言葉を呟き続けたゼンは、突きつけられた沢山の罪状を前に、為す術も無く処刑を受け入れるしか無かったのだ。
彼の最後の言葉は、側近を呼ぶものだったと言う。
『パピアを、呼んでくれ』と。
事後処理も全て終わる頃、魔王ナラン・フレグはオリビエたちを宮殿に呼んだ。ロートホルン城の半壊になどに対する謝罪を、公的に行いたいと言う。それはゼン・インディの罪を周囲に知らしめる意味合いもあったのだろう。
ナランとしては、イレーネに会いたかったので一行を全員招待したのだが、来たのはオリビエとエルオリーセだけだった。イレーネは勉強が忙しかったし、ウィンは柄じゃないと登城を遠慮したのである。
明らかにがっかりしたナランだったが、謝罪は丁重に行われた。城の修繕費用は、全てこちらで持つと言う言葉に、2人は穏やかにそれを受け入れる。
けれどナランは最後に、言いにくそうに聞いてきた。
「イレーネ嬢が来れなかったのは、非常に残念だ。・・・だが、その・・・少しばかり聞いておきたいのだが、イレーネとオリビエ殿の関係は・・・どのようなものなのだ?」
魔力が高く容姿が良い彼を見て、不安になったのだろう。
けれどオリビエは、あっさりと答える。
「旅の仲間です。陛下がご心配になることは、全くありません。何しろ私には、最愛の妻がおりますので」
そして傍らのエルオリーセの肩を、優しく抱き寄せる。
それを聞いて、安堵の表情を浮かべた魔王は、恋する若者の姿を体現しているようだった。
それからのナランは、何度かイレーネに手紙を書き送った。
父親の屋敷に滞在している彼女なので、以前のようなとんでもないプレゼントは贈れない。熱烈なラブレターに添えて、花束を1つとか高価なスイーツなどを1箱とかを届けさせるくらいだ。
けれどイレーネの方は、忙しいと自分に言い訳をして、全てを放っておいた。その辺りは、公爵令嬢だった頃の名残もあるのかもしれない。
手紙もプレゼントも、部屋の中に積み上がってゆくばかりだった。




