77- ──〝死〟の特異点#1──
2099.11.11 Wed. 09:59 EDT
「フフ。あなた、口下手なのに大丈夫?」
リエリがシンをからかうようにしてそう笑った。
「まあ、……俺なりに。言いたいことを言うだけ」
シンは頭をポリポリとかき、リエリにそう返すと、木製の重厚な扉をゆっくりと開けて中に入っていく――その瞬間、一斉に大きな拍手が起こった。
中は巨大な扇形の会議場になっており、数多の聴衆席が設置されている。扇形の根元の位置には演台が設置されており、聴衆席は全て整然と演台を向いている。
巨大な天蓋からは青空が見え、ゆっくりと雲が流れていく。
シンは拍手の中、天蓋からの光が差し込む演台に向かって、真っ直ぐ歩き進めた。そして、演台に立つと両手を突き、マイクに顔を近づけた。
『I've a brusque way of talking in English. So I'm going to speak in Japanese now.』
会場の所々で僅かに笑いが起きる。
『国連総会第三委員会において、UNCPO初代事務局長として、ここに就任の挨拶を申し上げることは、俺――私にとって大変名誉なことです。国連事務総長が、新たに設立された国連犯罪防止機構=UNCPOを構築する特権と責務を私に託されたことに、深い感謝の意を表します。
本日の挨拶では、私の信念と、この組織の方針を表明させてもらう、――いただきます。
その前に、少し個人的な話をさせてください。
……私には母がいません。
私が五歳のときに、殺害されたからです』
シンが演説を始めてから会場の喧噪が徐々に弱まっていく。
『当日の午後三時半頃、幼稚園で呼び出しがあり、タクシーに乗せられて病院に向かいました。
病院職員に連れられて地下に向かうと、通路のベンチでむせび泣く父がいました。
初めて父が泣いている姿を見て、訳も分からず、私も涙を流していました。
犯人が自宅に押し入ったとき、父は母と一緒にいたそうです。しかし、父は母を守れなかった。
――『なぜ、命を懸けてでも守らなかったのか?』
――そうお思いになる方がいるかと思います。
父は、幼い頃に両足を悪くし、不自由な状態でした。
必死に犯人に抵抗したそうですが、結果的には犯人に撃たれ重傷を負いました。そして、目の前で行われた愛する人への筆舌に尽くし難い凶行を、どうすることもできず、ただそこにいることしかできなかったそうです。
その事件を境に、父はかつての父ではなくなりました。
必然的に、私は父の元を離れ、母方の親戚の家で過ごすことになりました。
事件の裁判は、証拠不十分で十年かけて最高裁まで縺れ込み、最終的には被告は無罪になりました。
その最高裁で、各国の皆さんも知っているでしょう、前代未聞の被告が殺される事件が起きました。
――その犯人が私の父です』
会場が大きくどよめく。
『父は、十六歳で脳信号解読を果たした天才でした。現在皆さんの脳にも滞留し、日々の情報通信を支えている〝ビット〟の開発者です。
父は、たった一つの事件で栄光を失い、罪人になりました。
俺――私は、これら一連の事件以降、ずっと考えていたことがあります。
――〝犯罪による悲しみをなくせないか〟と。
今から私が、…………俺が言うことは、職務を超えた提案だと思う。
だが、そんなことは知ったことではない』
遠くのリエリが右手を頭を抱えた。
次回完結いたします。
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