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76- ──交わらない正義──

「――あ、やっぱりあんただったか。

 このシリアルナンバーは見覚えがあったんだよ」


 黒のコートを纏ったシンが一ノ瀬にそう声をかけた。


「…………何が、……起きたの」


 一ノ瀬はうっすらと目を開けて、そうつぶやいた。一ノ瀬は上半身を起こして、シンの方を向くが、シンの背後の炎が眩しいのか目を細めている。


「……。あなた……クレイ・シンね」


 一ノ瀬は、はだけた胸元を右手で押さえながらそう問うた。


「ああ」

「なぜ、ここにいるの」


「治安維持」

「人権無視の偽善者がよく言う」


 一ノ瀬は吐き捨てるようにそう言うと、隣に倒れた男に視線をずらした。


「この男性、倒れているけど、あなたがやったの?」

「そう」


「あれほど、……あれほど記憶削除はするなと言ったでしょう! 殺人に等しい人権無視なのが分からないの?」

「俺は、あんたの考えには従わない。あと、使用したのは《LOCK》だから記憶は消してない」


「……? あなたが持っているのはデリーターのはず……いや、その前になぜ、なぜ力を失っていないのよ?」

「悪いね、能力は俺が全部もらったよ」


「……そんなことが」

「別に信じなくてもいいけど、それじゃ」


「待ちなさい」

「うん?」


「なんなの、なんなのよ! あなた!!

 この事態は、あなたが引き起こしたんでしょ!」

「……。結果的には、確かにトリガーを引いたのは俺かもね。でも、弾丸を込めてトリガーに指をかけたのは、あんただよ」

「…………ふ、ふふざけてるの? ……許さない……絶対に許さない」


 一ノ瀬は深緑色の大きな目でシンを睨み付け、息を荒くした。


「なんなのよ、あなた……。一体、何がしたいのよ? あなたが邪魔さえしなければ、全部上手くいったのに」

「俺は別に邪魔をするつもりはなかった。〈準備社会〉だっけ? いいんじゃないか? 凶悪犯が集まってカオスな社会生活を営む理想郷っていうのは。それは俺も興味があった」

「……フ、フフ……。あなたも所詮、批判しかできない人間みたいね、可哀想に。よくいるマスコミ・野党の連中と同じね」


 一ノ瀬はそう言って、蔑むような笑みをシンに向けた。



「俺は能力を持った時から、一つの目的のために行動してきたよ。

 ――〈誰も死なない世界(・・・・・・・・)〉をつくるためね」


「………………。フ、…………フ、フフフ。……フフフフフフフ!! ――あなた、どこまでも私を馬鹿にするのね」



「人が悲しまずに済む最も根本的な対策は、〈誰も死なない世界〉をつくることだよ」

「──あなたの妄想には笑いしか出ないわ。

 子供特有の現実と非現実の区別がつかない思考回路ね。

 あなたとは、永遠に分かり合えそうもないわ」


「そうかもね。――俺はあと何万人もロックしないといけないから、おしゃべりは終わり。

 俺が進む方向に来ると、またロックされるから気を付けたほうがいい。一度ロックされれば、数ヵ月は病院でアンロック待ちになるだろうから」


 シンはそう言って、一ノ瀬の前から立ち去ろうと向きを変えた。


「待ちなさい」

「まだ何か?」


「あなた、受刑者をロックした後、彼等をどうするつもり……まさか、またデリーターを使って記憶を消したりしないわよね?」

「街には市民が相当数いるから、今はデリーターを使わない。けど、事態が収拾したら凶悪犯には今まで通り《DĒŁĒTĒ》を押すよ」


「わ、私の考えに従いなさい!! あなたの考えは絶対に間違っているの。

 人の人格は、どんな犯罪者であろうと尊いものなのよ。人の記憶を消すのは、殺人と同じ行為なの。人の尊厳を奪う行為なの。なぜ、なぜそれが分からないの!?」


「また、その話か。結局、〇・〇〇〇……%の限りなく低い更生の可能性にかけて、動物を世に放つか、そこは割り切って脳の神経回路をリセットして、新たな人生をスタートさせるか、その違いでしょ。

 どちらが悲しむ人数が少ないかと言えば、当然後者の方。だから俺は《DĒŁĒTĒ》を押す。それだけ」


「違うわ!! だからこそ、準備社会が必要なのよ!! 私に賛同してくれる人がどれだけ多いか、あなた知ってるの? 皆、求めているの、それを!!」

「――やめとけよ。猛獣同士(・・・・)を同じ檻に入れて何になるんだ?」


「――わ、私の弟が猛獣だっていうの? ……ふ、ふざけないで、…………ふざけないでよ………………ふざけるな!! ……ま、また一緒に暮らすの……マサトは、たった一人の、私の家族なんだもの…………」


 一ノ瀬は吐き出すようにそう言って、顔を両手で押さえてむせび泣いている。手から漏れた何粒もの涙は、炎色を反射して地面に落ちていった。


 シンは自身が着ていた黒のコートを一ノ瀬の肩にかけ、その場を去った。


こんなのも書いています↓

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