78- ──〝死〟の特異点#2──
──最終話──
『神の眼は、七年前、日本で世界に先駆けて導入された。
そして、その後急速に世界に広まっていった。
刑法犯の認知数は、神の眼の導入後、一年間は六倍を記録した。
これは過去の犯罪が明らかになったことによるが、その後、神の眼の犯罪抑止効果によって、件数は指数的に減少していった。
今や世界の犯罪は、神の眼導入前の二百分の一以下の水準にまで低下している。
神の眼の絶大な効果で犯罪は減ったが、それでも世界では、毎日不条理の犠牲者が生まれている。
貧困の改善や教育拡充などさまざまなアプローチが為されているが、結局のところ、NGOや自称教育専門家の食べるネタにしかなっていない。
では、どうするのか? 例外もあると言って、諦めるのか?
――俺は、絶対に、絶対に諦めない。
〝犯罪による悲しみをなくす〟
そのためには一体どうすればいいのか?
──俺はずっと考えていた。
そして結論に至った。
俺が精一杯背伸びをしてできること、それは、
――〝人が死なない世界〟を実現することだ』
会場の誰もが、困惑と疑念の表情を浮かべ、シンを見ている。
『俺達は日々、あらゆる犯罪の危険に晒されている。
その中で最も取り返しのつかない犯罪は、殺人だ。
人が死ねば、犯人がいかに謝ろうが、遺族がいかに泣こうが、殺された人が戻ってくることはない。殺された人は人生そのものを奪われ、遺族はやり場のない怒りや悲しみ、無力感にさいなまれる。
人類は有史以来、死をただ受け入れることしかできなかった。
死に抗うことができたのは、宗教くらいのものだった。
――俺は、科学的に死を殺す。
俺が先月まで社長を務めたフォーティットという会社が、〝技術〟を開発した。
それは、〝脳に蓄積された全情報をデータ化する技術〟だ』
会場は一挙に騒がしくなり、宙をタップし始める者や、退席する者、隣と会話し始める者など、混沌とした状態となった。
『全情報というのは当然、五感情報に加え、喜怒哀楽、他、全情報が含まれる。
人格は、これら全ての記憶の接合体でできている。
つまり、この技術は、〝人格のバックアップ〟を可能にするものだ。
既にヒトクローンの技術的障壁はない。
皮膚の一部と、この人格のバックアップデータさえあれば、この世を去った人間を〝再生〟できるようになる。
――だから、
不条理でこの世を去った人も、また幸せに暮らせる。
事故で愛する人を失っても、また幸せに暮らせる。
事件で精神を病んだなら、同意を得て事件前のバックアップを適用すればいい。
肉体的寿命を迎えたなら、肉体を差し替えてバックアップを適用すればいい。
贖罪せずに自殺した犯人がいるなら、再生して裁判にかければいい。
人格のバックアップで、ありとあらゆることが超越される』
いつの間にか会場の喧噪は収まり、
会場の誰もが真剣な眼差しでシンを見ている。
『人格のバックアップは、神の眼を通じて、二十四時間三百六十五日、自動的に実行される。
……実を言えば、人類の九十六%の初回のバックアップは、既に実行され、サーバーに情報が蓄積されている。
〝何を勝手に〟と思う者もいるだろうが、知ったことではない。
今、既に、人類の九十六%の〝死〟は消滅している。
信じがたいだろうが、事実だ。じきに実感するだろう。
死は、悲しみと虚無しかもたらさない。
悟ったような顔をして、「自然の摂理に反する」、「生命倫理に反する」などと言う者がわいて出るだろう。その質問を繰り返されるのは面倒だから、一言だけ答えておこう。
「その言葉が、誰かの役に立ったことがあるのか?」と。
死など、抹殺すればいい。
死の悲しみなど、捨て置けばいい。
前へ進もう、神の眼の下で。
前へ進もう、悪を砕いて。
前へ進もう、悲しみを捨てて。
――――人類は今日、〝死の特異点〟を迎えた――――』
シンは演台から降り、再び入ってきたドアの方に歩き出す。
会場から拍手はなく、誰もが茫然とただシンを目で追っている。
シンが入ってきた扉の近くには、笑顔のリエリが待っていた。
「お疲れさま」
「ありがとう」
「世界は受け入れるかな? 俺達が目指す世界を」
「さぁ? でも既に、事務総長やら各国の外務省から呼び出しと、メディアからの質問が大量に来てるよ」
「……俺を悪魔と呼んでる一部のメディアは、今頃発狂してるかも」
「あなたが正義でも悪でも関係ない。それこそ『知ったことではない』わよ。……私はあなたの傍にずっといる」
「ありがとう」
シンはそう言って、少し照れくさそうに微笑んだ。
リエリが手を腰に当てて顔をシンに近づけると、
右肩に寄せていた髪が垂れて揺れた。
「たとえあなたが嫌だと言ったって、ずっとずっとずっと、ずーっと一緒にいてやるわ!」
「ありがとう……リエ」
シンはそう返して、照れくさそうに笑顔を見せた。
巨大な天蓋の先では、雲がゆっくりと流れている。
太陽と天蓋の間にある小さな雲が僅かに進む度、天蓋から傾斜して差し込む光は、照度を上げて二人を包んでいった。
私は皆様の〝当たり前〟を壊すことができたでしょうか?
もし「壊れなかったよ」という方がいたら、すみません。
でも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
流行を気にせず、
自分自身が書きたいと思うものを存分に書き切りました。
〝犯罪&正義〟について私が感じていたもの、
「どうにかしたい」とずっと思っていたもの、
それら全てを文章に起こすことができました。
もし、この作品の極小片でも皆様の記憶の片隅に残ったとしたら、
こんなに幸せなことはありません。
読んでいただいた皆様、
本当に本当にありがとうございました。
※続編はあるかもしれません(照)




