62- ──無力な主張──
しばらくの間、シンはリエリを労うように頭をポンポンと撫でていると、喧騒が流れ込んできた。
リエリが埋めていた顔を上げると、涙ぐんだ大きな瞳をシンに向ける。
「デリーターで意識を失ってた人達が、意識を取り戻したみたい」
「出ようか」
「うん! もう一回デリーター使うね。…………え、あれ? 何も表示されない」
「拘置棟内は、ネットが遮断されているから電話もメールもできないし、能力も使えない」
「能力って、ネットに繋がってないと使えないの? 初めて知った……」
「それより、あの女の部下が見張ってたと思ったけど、いなかった? 能力が効かないはずだけど」
「……さっきの警官かな? シンがくれたこの電気が流れるやつで何とか倒せたの」
「すごい、倒したんだ」
「うぅう。怖かった、今までで一番怖かった」
シンはリエリの頭を撫でる。
「もっと」
「はいはい」
「もっと!」
「よしよし」
リエリは満面の笑みを浮かべた。
二人はゆっくりと立ち上がり、檻から出てリエリが来た方向に歩き始めた。その瞬間だった――。
「おい……待てよ、コラ」
突如、二人を男の声が呼び止めた。
二人はとっさに声の方に振り返る。
「この声……覆面男か」
シンはそうつぶやいて、声の方に歩を進める。
「ちょ、ちょっとシン!」
シンは自身が拘留されていた部屋から、リエリが来た方向とは逆方法に十数メートル歩いて、止まった。シンが横目で檻の中を見ると、そこにはシンが覆面男と呼ぶあどけない顔の少年がいた。少年の目には光が無く、右腕と左肩には包帯が幾重にも巻かれている。
少年はシンをじっと見据えて僅かに口を開いた。
「ヨオォ……クソッたれのイカれ野郎」
「……お前もここにいたのか」
少年にそう返すシンの横で、リエリはシンの腕を体に引き寄せ、半身を隠すようにして少年を見た。
「こ、こいつが覆面男? 私達と同い年くらいじゃない」
「そう、こいつが覆面男」
シンは淡々とリエリにそう答えた。
「テメェ、そこのクソ女とグルだったのか。聞いたぜ、テメェ、アムなんだってなぁ」
「く、クソ女って……こ、こいつ、この殺人鬼!」
少年の言葉にリエリが顔をしかめた。
「俺に任しとけば、救世主が現れたみてぇに世界は平和になったってのに。お前のせいで全部台無しだ」
「お前のやり方じゃ、世界を平和にできなかったよ」
「ほざけ。テメェのクソ甘いやり方で犯罪者がいなくなるかよ。奴等は人間の面しただけの虫と変わらない。とにかく殺虫剤撒くみてぇに全員ブチ殺せばいいんだ、片っ端から悪を間引かないとこの世界はクソのままだ。それが唯一の根本的な解だ。理解しろ、それができるのは、世界で俺だけだ」
少年はそう言って、光のない目でシンを睨み付けた。
「この状況でまだそれだけほざけるなら、大したもんだよお前」
「テメェ……俺に上から目線で……」
リエリがシンの腕を引っ張って口を開く。
「シン! もう行こう! 他の人来ちゃうよ!」
「ああ」
シンとリエリは、少年の前から立ち去り、リエリが入ってきた入口に向かって歩き始める。
「おいアムゥ!! テメェの甘っちょろいやり方じゃ世界を救えねぇんだよ馬鹿が!! 四の五の言わず俺をこっから出せ! 俺がテメェの代わりに全部やってやる!! なぁ! おい……テメェ……」
少年の声は、シンとリエリが歩き進むに連れて小さくかき消えていった。




