63- ──〝犯罪ゼロ〟の特異点 #1 ──
2091.11.14 Wed. 17:48 JST
一ノ瀬は超満員の会場の中心で周囲を見渡した。五階席まで埋まり切った数万の聴衆の視線は一ノ瀬のみに注がれている。各所で拍手が巻き起こっては消えていく。
一ノ瀬は大きく息を吸って、演台の十数本の束ねられたマイクに口を近づけた。
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『私は、今日、歴史に残ることになるこの集会に、皆さんと共に参加できることを本当に嬉しく思います』
会場を揺らす地響きのような歓声が巻き起こり、しばらく続く。
『……今から四十年前、人類は、技術的特異点を迎え、その恩恵を今日まで享受してきました。農作物、工業製品、物流の完全自動化による産業革命に端を発し、遺伝子修復による寿命革命、ビットを通じた脳のネット接続による通信革命など、数えればきりがありません。この重要な変革は、人類の行く末を照らす素晴らしい灯りでした。
しかし、あれから四十年経った今、人類は未だ、不条理に苦しめられ、不条理を憎み、不条理と戦っているのです。
四十年たった今、我々は、犯罪という足かせに縛られています。
四十年たった今、我々は未だに犯罪に苦しみ、動物的感情をむき出しにするのです。
四十年たった今、我々を苦しめるのは、皮肉なことに、我々自身なのです。
我々が今日、この場に集まったのは、この恥ずべき現状を、広く広く、世に訴えるためです』
再び、会場を揺らす地響きのような歓声が巻き起こる。
『〝犯罪ゼロ〟の特異点を目指す人に、《あなた達は、いつになったら夢物語だと理解するのか?》と嘲笑する人達がいます。
我々は、無垢な少女が、残忍で身勝手な欲求の犠牲者である限り、決して理解することはできません。
我々は、一家を支えるが大黒柱が、いわれのない暴行と殺人の犠牲者である限り、決して理解することはできません。
我々は、精一杯働いた老人が、非情にも財産を奪われる犠牲者である限り、決して理解することはできません。
我々は、無実の人々が、言葉に表せない恐怖の犠牲者である限り、決して理解することはできないのです。
我々は、決して、決して、理解しない。
全ての犯罪がモレなく公正に裁かれ、犯罪者は二度と犯罪に手を染めず、新たな犯罪者が生み出されない。この強大な潮流が形成され、人類が〝犯罪ゼロ〟の特異点を迎えるまで、我々は決して理解することはないでしょう!
皆さんの中には、大変な苦難を経て、ここに来た人々がいることを、私は知っています。
皆さんの中には、かけがえのない家族を失った人もいるでしょう。
皆さんの中には、かけがえのない恋人を失った人もいるでしょう。
皆さんの中には、かけがえのない友人を失った人もいるでしょう。
皆さんが受けた不当な苦しみは、必ず贖われると信じ、私と共に戦いましょう。
――行きましょう、私と共に〝犯罪ゼロ〟の特異点へ』
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一ノ瀬の言葉に会場は地震と紛う大喝采に包まれた。
会場の巨大モニターには、一ノ瀬の演説にボロボロと涙を流す白髪の男性、子供の遺影を持った若い夫婦が映し出されている。




