64- ──〝犯罪ゼロ〟の特異点 #2 ──
『我々は、〝犯罪ゼロ〟の特異点へ至る、〝二つの決定的解決策〟を持っています。一つが、〝準備社会〟の実現です』
『〝準備社会〟の実現は、罪を犯した者を立ち直らせ、再犯を防ぐ決定的な方策です。
我々には、罪を犯した者を立ち直らせる責務があります。
犯罪の多くは、再犯者によって繰り返されているのです。
実に、全犯罪の六割が、再犯者によって発生しているのです。
彼らはなぜ、再び犯罪に手を染めるのでしょうか?
――それは、彼等には仕事と居場所がないからです。
無職者は、有職者と比べて、再犯率が四倍にのぼります。
毎年、一万三千人の受刑者が居場所なく出所し、うち三人に一人は、二年以内に刑務所に戻ってきてしまうのです。
皆さんは、皆さんの家族・友人が罪を犯してしまったとしたら、彼らを見捨てるのでしょうか?
……犯罪の多くは環境が原因です。誰でも犯罪者になり得るのです。
嫌なことが限界まで重なり、罪を犯してしまうこともあるでしょう。
学校や職場での理不尽の連続が積み重なり、ある些細な出来ことをきっかけにして、フラストレーションが爆発してしまうこともあるでしょう。
あるいは、幼少期からの継続的な家庭内暴力によって、人格形成に深刻な悪影響を受けてしまうこともあるでしょう。
……個人的な話になりますが、私の弟がまさにそうでした。
私の弟は、義父から日常的な暴行を受けていました。
――しかし、私は助けませんでした、助けることができませんでした。
私が何か言えば、義父の標的が今度は私に向くことを知っていたからです。
弟は、必死に苦しみに耐えていました。
しかし、弟は十二歳のとき、ついに耐えかねて、マンションから飛び降りました。
幸いな事に、弟は奇跡的に一命を取り留めました。
私は、弟に申し訳ない気持ちと自身の薄情さによる自己嫌悪で押し潰され、弟の病院に見舞いに行くことができませんでした。
その後、すぐに保護施設の職員が自宅に来て、私は義父のもとを離れ、日本にいる母方の祖母のもとへ行くことになりました。弟も、退院後に日本に来ることになりました。
やっと、義父から解放されたと安心しました。姉弟そろって幸せに暮らせると。
私は弟と一緒に暮らせる日を楽しみにしていました、罪滅ぼしの念もきっとあったのだと思います。
しかし、弟と日本で暮らす日が来たのは、数年先のことでした。
弟は、マンションから飛び降りてから五ヵ月後に病院を退院しました。
その当日、病室に来た施設の職員を、隠し持っていた果物ナイフで刺し重傷を負わせ、病院から逃走。タクシーで自宅まで向かったそうです。
──そして、家に到着すると、リビングにいた義父の首を背後から刺し、殺害したのです。
弟は、裁判で家庭内暴力が考慮され、懲役三年執行猶予五年となりました。
一昨年、弟が出所し、私と共に日本で暮らし始めましたが、その生活は数日と続きませんでした。
弟の性格は以前とは全く異なるものになっていたのです。
三件の暴行と二件の窃盗を起こして逮捕され、現在は刑務所に収監されています。
……。どうすれば、彼、彼等は立ち直れるのでしょうか?
地域社会の理解や協力などという、曖昧な対策は意味を成さないでしょう。
そのようなことは、百年以上前からスローガンのように言われ、何ら成果を上げていません。
一度、罪を犯した人間は、仕事と居場所を失います。
情報は瞬く間に駆け巡り、地域社会は一体となってその人間を避け、排除するのです。
彼等には、仕事も居場所もないのです。
そのような人間の行きつく先は、自ずと絞られます。
だからこそ、彼等の更生には、仕事と居場所を提供し、社会で経験を積むことが必要不可欠なのです。 しかし、現在の刑務所には、その機能がないのです。
私は、リアリストです。
いきなり彼らを我々と同じ社会に戻すのは、余りにもリスクが高いでしょう。
――では、どうするか?
刑務所で刑を終えた後、彼らを巨大なゲートシティで生活させるのです。
そこは云わば、我々の社会に戻ってくるまでの〝準備社会〟です。
ゲートシティ内で彼らを生活させ、我々の社会に戻してもよいかどうかの判断をするのです。
そこで問題がなければ、晴れて、もう一度我々の社会の一員として彼らを受け入れればいいのです。
この度、日本GC建設は、我々の準備社会の実現に賛同しました。
即ち、南関東において富裕層向けに開発され、本日完成を迎えた世界最大のメガゲートシティを、この準備社会のために〝用途変更〟するということです。
実現のための関連法案は、既に九月に皆さんの支持によって圧倒的多数で可決されています。
私は信じます。
――ゲートに入った全ての者が、真の反省を心に刻めることを。
私は信じます。
――ゲートに入った全ての者が、我々の社会に復帰することを。
そして、遺族が、社会が、彼らを許し、受け入れることを。
それを我々は、信じ、待たなければならない!
それは、この世に共に生きる我々にとっての責務なのです。
私は信じます。
――準備社会の実現を。
――更生の革命を』
スタンディングオベーションの中、会場の誰もが、血が沸き立っているかのような生き生きとした表情を一ノ瀬に向けている。シンバルを持った機械人形のように繰り返される拍手は一向に止む気配がない。




