60- ──アイドルの勇姿──
エントランスは、警官や市民が頻繁に行き来し、ある種の活気のようなものがある。
リエリは、何か探すようにきょろきょろと辺りを見渡した。
「今日はどのようなご用件ですか?」
一人の男性職員がリエリにそう声をかけた。
「あ、あの。面会がしたくて」
「面会ですね。事前に留置係に連絡はとっていますか?」
「い、いえ」
「次回から、面会の場合は事前に確認をお願いしますね。既に今日他の方が面会していたり、面会禁止になっている場合には面会できないので」
「そ、そうなんですか」
「では、面会可能かどうかお調べしますので、こちらの申請書類に必要事項を記入いただいて、記入し終わりましたらあちらの警務課受付に向けて送付してください」
男性職員はそう言って、リエリに向かってサッと手の平を向けた。
「はい、わ、わかりました」
リエリは待合席に座り、宙を何度もタップした後、目を閉じた。
十分ほどでリエリは目を開けて立ち上がり、警務課受付に向かった。
受付の女性職員が愛想のよい笑顔でリエリに挨拶をする。
「こんにちは。ミハセ・リエさんですね?」
「は、はい」
「すみませんが、申請いただいた方への面会はできません」
「えっ? なんでですか?」
「現在留置されている方には、面会禁止がついているためです。しばらく時間をあけていただいた後、留置係に電話で問い合わせください」
「…………あ、あの」
「はい?」
「いつ、面会禁止が解除されるんですか?」
「すみませんが、分かりかねます」
「会わせてください」
「そう言われましてもですね」
「お願いします」
「困ります」
「お願いします。私の大事な人なんです」
「次の方にお待ちいただいていますので、お帰りください」
「…………」
リエリは今度は一転して黙り込み、宙を何度もしきりにタップし始めた。
「――あの、次の方がいるので、これ以上おかしな行動をすると強制退去いただきますよ?」
「……ふーん。中にいるその男の人が留置係の人なのね。留置所の鍵って、手に持てるのなんだ。そういえば、お婆ちゃんから昔の鍵は形があるって聞いたことがあるわ。…………シン! いた! よかった無事そうで」
「あなた、何をさっきからぶつぶつと? お帰りください。もう一度言いますが、お帰りいただけない場合、強制退去いただくことになります」
「…………。いいから黙って面会させなさい」
リエリは抑揚のない声で淡々とそう告げた。
「……!? ――最終通告です、お帰りください」
「……そう、面会させてくれないんですね。…………じゃあ、……もうここでやってやるわ!!」
リエリはそう言うと、指を震わせながらゆっくりと宙をタップしていく。女性職員は立ち上がりながら応援要請をしている。
「シン、今助けるね」
リエリはそうつぶやき、震える指で一度、宙をタップした。
――――瞬間、リエリの目の前の女性職員はデスクにもたれるようして倒れ込んだ。同時に、リエリを除くエントランス内にいる全ての人々は、支えを失った人形のように各々の方向に傾いていく。
数十人もの人々が同時に倒れた地響きのような音は、エントランス内を数度反響した後、徐々に収まっていった。
後ろを振り返ったリエリは、ビクッと目を見開いて顎を引き、口を手で押さえた。
至る所、警官や市民数十名がうつ伏せ、仰向き等さまざまな体勢で倒れ、微動だにしない。受付デスクには、膝立ちで体をもたれている男性や肘を突き眠るような姿勢の女性警官、待合席には、足を組んだまま頭を垂れている老人、ドミノように一方向に倒れた人々もいる。
無音の中、リエリは数秒の間、凍ったように動かなかったが、ハッと意識を取り戻して唇を噛みしめた。そして、自身の両頬を手でパシッと叩き、二度コクッと頷いた。




